変質。
無事フラムを発見した話を聞いた後、俺達は晩御飯にした。その後、みんなとゲームしたりテレビを見たりとまったりした。
俺はゲームをしながら、ビール350mℓとサワー缶500mℓ一本を飲み干した後、明日も仕事が早いので歯磨きをしてから寝る準備をする。
シーちゃんは既にソファーベッドの方で寝ていた。ティーちゃんはパソコンに向かって、まだゲームを続けている。
俺はフラムを抱っこしてベッドに乗せてやると、隣で寝かせる。寝つきが良いのかすぐに、すやすやと眠り始めた。
その寝息を聞きつつ、俺も眠りについた。
翌朝、目覚ましが鳴る前に、フラムにぺちぺちされて起きた。
「…ん、フラム…起きるの早いな…」
時計を見ると午前三時半だ。そろそろ起きる時間だな…。
俺は起き上がると、パソコンの前でコテッと横になって寝落ちしていたティーちゃんを抱っこして、ソファーベッドのシーちゃんの隣に寝かせてタオルケットを掛ける。
俺が洗面所に向かうと、目が覚めていたフラムは俺の後をトコトコ付いて来た。
二人で顔を洗ってうがいをして、キッチンに入る。土間側の赤ちゃん椅子に座らせて、飲むヨーグルトを冷蔵庫から出して飲ませた。
その間に、俺は皆の朝ごはんのみそ汁ともずくと納豆を、そしてお昼ご飯用のハムエッグと野菜を用意しておく。
軽く朝食を済ませた後、着替えてから自作弁当を持参して玄関に向かった。その後ろをフラムがトコトコ付いて来る。
「パパ、仕事行ってくるから待っててな…?」
「あぅっ!!」
そう言い聞かせると手を上げて返事をした。奥の間から眠い目を擦りながら、早寝早起きのシーちゃんが起きてきた。
「…フラム…アンソニー、仕事行くでしゅ。一緒に待つでしゅよ…」
そう言いつつ、フラムに言い聞かせる。
「…お昼過ぎには、美味しいおやつ買って帰ってくるでしゅ…」
おやつ、という言葉を聞いて昨日のシュークリームと幸せターンを思い出したのか、元気よく手を上げて返事をした。
玄関から出て、二人に見送られながら、俺は車を出して仕事に向かった。
◇
仕事を終えて帰ってくると、期待していたお迎えが無かった…。
俺はガーレージに車を入れてから、荷物を持って玄関を開ける。やけに静かだなと思って、奥の間をチラッと見るとティーちゃん、シーちゃん、フラムがお昼寝をしていた。
俺は洗面所で手洗いうがいをしてから着替えて、キッチンに入る。そこで一人、プリンと格闘しているリーちゃんがいた。
プリンを食べるのに必死で、俺が帰ってきた事に気付かなかったようだ。
「オーイ、ただいまー」
俺が声を掛けると、「おかえりー」と振り向くリーちゃん。プリンの容器に顔を突っ込んでいたのか、顔がプリン塗れになっていた…。
今日、仕事から帰ってきてすぐに向こうに転移するという予定だったが、三人がまだお昼寝しているので無理に起こす事はせず、待つ事にした。
俺は、500mℓのサワー缶とスモークチーズを冷蔵庫から取り出す。例の如く、サワー缶にストローを差し、チューチュー吸いつつ、スモークチーズを齧る。
サワーを飲みつつ、今日あった事をリーちゃんから聞いた。
◇
今日は朝から暑かったのでみんな疲れたようだ。朝からトメ婆と一緒に草取りをして動物達とふれあい、お昼を食べた後は爺婆のお茶会に参加したようだ。
今回、フラムは初めてだったので、二人の妹だと紹介したらしい。爺婆達はついに俺の隠し子が三人に増えたと笑っていたそうだ…。
フラムも動物の子供達と遊んで、爺婆達におやつを貰って楽しかったようだ。疲れたのか帰ってくるとすぐに、お日様の当たる縁側でお昼寝を始めた。
ティーちゃん、シーちゃんの二人も久々に、動物や爺婆達と交流し、少し疲れたのか、フラムと共にお昼寝する事にしたようだ。
今日買ってきたおやつは、幸せターン、チョコチップクッキー、ロールケーキとフルーツ牛乳。
ロールケーキは今日食べさせて、幸せターンとチョコチップクッキー、フルーツ牛乳は、リーちゃんに頼んで向こうの世界に持ち込んで貰う予定だ。
おやつでフラムの気を引いて、お留守番を覚えさせようかと考えている。ずっと一緒にいると分離不安症になりかねないからな…。
おやつで少しづつ、離れても大丈夫なように慣れさせていくつもりだ。
…犬の訓練みたいだなw
その為に、フラムにもおやつを入れるマジックアイテムの鞄を持たせたい。プリンの小さな容器に、頭を突っ込んでいるリーちゃんに、その事を相談した。
「世界樹の店でオーダーすれば作ってくれるよ?チョコを二、三個渡して急ピッチで頼む。って言えば一日で出来ると思う…」
そう言いつつ、リーちゃんは、ついでに…と話す。
「フラム用に、小さな人形かぬいぐるみの制作も頼んでおいて欲しいのよ…」
どうやら、今朝もリーちゃんが起きてフラフラ飛んでいる所を、フラムが抱き付いたようだ…。本人は抱っこして上げてるつもりらしいが、リーちゃんに言わせると
「アレは完全に折りに来てるよね。ベアーハグよっ!!」
だそうです…。
そんな事ないと思うけどw?今はもう完全に体長が逆転しちゃってるもんねw
向こうに戻ったら、鞄と妖精っぽい人形の制作を頼むか…。二人で話していると、三人が大きなあくびをしながら、起きて来た。
三人ともまだ少し眠そうだったが、座敷のちゃぶ台の方におやつのロールケーキと、飲み物を置いて上げた。
皆がおやつを食べ終えて、俺は500mℓと350mℓのサワー缶を飲み干す。その後、俺達は地球から、向こうの世界へとリーちゃんの転移で戻った。
◇
少しの時間差があり、俺の後にフラム、その後にティーちゃん、シーちゃんとリーちゃんが転移で世界樹の転移室に戻ってきた。
リーちゃんの超長距離高位次元転移魔法の凄い所は、地球との時差が少ない所だ。こっちの世界は夕方に差し掛かる前だった。
さて、まずは中層階にある工房に上がって、妖精達にフラム用の鞄と抱っこ人形の制作を頼みに行かないとな。
と言う事で皆で中層階の革工房に行く。リーちゃんに言われた通り、急ピッチでの制作を頼みつつ、チョコを三個ほど渡した。
「…解りました。明日の朝までには仕上げます」
そう言いつつ、妖精がフラムの肩から腰まで斜めにショルダーストラップの長さを図る。
次に妖精がカタログを持って来て見せてくれた。フラムの体に合わせたサイズの鞄で、デザインはフラムに見せて選ばせた。
「あぅっ」
すぐに決まったようだ。フラムが指差したのは、全体が黄色のパステルカラーで、前側で止めるボタンの位置に大きな花を象った留め具の付いたデザインの鞄だった。
うんうん、リジュリーに作って貰った服と色的に調和していて良いと思う。
鞄の枠は五十から三十程に減らして貰った。時間停止機能と盗難防止機能、耐久性を付けると、思ったより金額が高くなったので枠の方を減らす事にしたのだ。
まぁ、フラムはまだ小さいし、三十枠くらいで良いと思うw
当面はおやつと、抱っこ人形の収納くらいだし、気に入ったものがあれば鞄に入れる位だろうから、これくらいでいいだろう。
革工房の妖精達に鞄の制作を任せた後、次は縫製工房に向かう。革工房と同じく、妖精達にカタログを持って来て貰い、フラムに見せる。
「フラム。抱っこしてぎゅって出来るお人形さん、どれが良い?」
言い聞かせながら、ページをゆっくり捲ってやる。フラムは時々、飛んでいる妖精を見ながら、カタログを見ていた。
そして指差したのは、妖精を模した人形だった。
「それで良いのか?」
「あぅ!!」
こっちも早く決まったので、細かいオプションを付けていく。まず盗難防止、耐燃、防汚機能と人形の方にも色々付けといたw
妖精達にチョコを三個づつ渡して、人形の方も早めにとお願いして、俺達は上層階の女王の間に上がっる。
女王の間に戻ってきたのは良いが、クレアの姿が見当たらなかった。ティーちゃんが、ネットワークを使ってクレアがどこに行ったのかを妖精達に聞いた。
どうやらスラティゴの冒険者ギルドのマスター、エルカートさんが俺達を捜していたらしい。
たまたま、東鳳の様子を確認して帰ってきたリベルトが、エルカートさんから話を聞いて妖精ネットワークを使いその事をクレアに伝達してくれたようだ。
妖精の話によると、スラティゴの南にあるヴォルフの森から、変質した狼達が出て来て暴れ回っているとの事だった。
リベルトは、エルカートさんを手伝い、住民や商人達を施設や家の中に避難させたようだ。村を護ろうとした門衛が数人負傷したようだが、幸いな事にその他では怪我人は出て良ない。
クレアは俺達が戻ってくる少し前に、スラティゴに向かったと妖精からの報告を聞いた。
俺はティーちゃんを見る。
「変異種巨大センチピード、キメラモンスターに続いて、今度は狼が『変質』じゃ。すぐにわたしらも行った方が良いじゃろうな」
「そうだね。狼が突然、変質だからな。何かありそうだね」
「すぐ行くでしゅ!!」
「あぅっ!!」
シーちゃんの言葉に、フラムも元気よく返事をする。行く気満々だなwフラムを危険に晒したくないが、置いて行っても付いて来るだろうから連れていく事にした。
俺達はスラティゴまで、リーちゃんに纏めて転移して貰った。
◇
スラティゴの東門前に転移した俺達が見たのは、クレアが狼達を蹴散らしている所だった。
加勢するまでもなく、クレアは順調にその個体数を減らしている。しかし多いな…。既に倒れている狼を含めると三百匹はいるんじゃないだろうか…。
異様なのは、狼の身体の筋肉が張り避けそうな程に膨張して、二足歩行をしているという事だ。更に牙と手足の爪は異常な程に成長している。
赤く血走った目を大きく見開いて、口から涎が垂れて極度の興奮状態である事が伺える。
≪クレア、戻ったぞ。そのまま変質した狼を倒して行ってくれ。こっちは死んだ狼を調べる≫
≪主、ようやく戻りましたか。フラムも元気そうで何よりです。こやつらは狼の獣人ではなく、何らかの作用によって異常発達した狼の様ですぞ?≫
俺は頷きつつ、フラムを抱っこしたまま膝を付いて死んだ狼の様子を観察する。ティーちゃんとシーちゃんもナイフを使って狼の死体を解体して、内臓を調べてくれた。
死んだ狼は先程まで爆発的な筋肉を誇っていたとは思えない程に、小さく萎んでいた。見開かれたままの目は焦点が合っておらず、牙は抜け落ち、口を開いて涎を垂らしたままだった。
これは…薬物っぽいな?全身の毛が抜け落ちた狼の首に二つ、小さな傷跡があった。
何だ、この傷は…?
俺は続けて、クレアに倒されて死んだばかりの狼を見る。死んだ直後は、先ほど見た無残な狼の死体と違っていた。
死んだにもかかわらず、目を血走らせて見開き口を大きく開いたまま泡を吹いて涎を垂らし、激しく痙攣していた。
≪アンソニーよ、見つけたぞ!!こやつらの臓器を巡る血液から異常な反応があった。一種の興奮剤じゃな。そしてどの死体にも首に二つの傷がある≫
≪これはヴァンパイアの仕業でしゅ!!でも変でしゅね。吸血化だけじゃないでしゅ。異常なバーサーク化もしてましゅ…≫
≪それってこの騒動を起こした特殊な吸血鬼がいるって事か?≫
俺達が密談で話していると、目の前の死んだ狼の死体が徐々に萎んでいく。そして全身の毛と言う毛が抜け落ち、枯れ木の様な死体になった…。
かなり強烈な薬物成分っぽい…。死体が強力な副作用で変化しているように見える。
俺は立ち上がると、再びクレアが蹴散らしている狼を見る。クレアに向かって殺到していく狼達の中には、クレアの攻撃を喰らう前に、既に筋肉が断裂し体勢を崩して倒れている固体もいた。
こりゃ、メチャクチャだな…。
俺は『龍眼』で辺りを見回す。元凶がどこかに隠れているはずだ…。どこだ?森の中に隠れているのか?それとも遮蔽で隠れてるのか…?
龍眼で周辺を見渡すが、今の所隠れているヤツは視えなかった。レーダーマップも同様に、何の反応もない…。
仕方なく、俺は抱っこしていたフラムに、隠れているヤツがいないか聞こうとしたその瞬間、村の中から激しい破壊音と共に、大きな叫び声が上がった。