騒ぎ。
翌日。俺が仕事から帰ってくると玄関先にティーちゃんとシーちゃんがいた。
ん?世界樹でフラムと一緒に留守番してたんじゃ…?
車の窓から玄関を見るとフラムも一緒にいた。
俺は一旦、車を止める。車のドアを開けて運転席から降りると、フラムが駆け寄ってきた。
「あぅーっ!!」
そして、もう離さんぞwと言わんばかりに俺の足にガシッとしがみ付く。
「やっぱり連れて来たんだね。まぁこうなるかなとは思ってたけど…」
「そうなんじゃ、向こうで騒ぎがあってのぅ…」
「結構、大変だったんでしゅ…」
「そうか。取り敢えず家に入ろう。おやつ食べながら話を聞くよ」
俺は足にしがみついているフラムに抱っこしようか?と聞くと、にこにこしながら両手を上げてきた。俺は仕事用のトートバックを肩に下げて、フラムを抱っこしてやる。
「二人とも買い物した荷物持って入って来てくれる?」
俺が頼むと、ティーちゃんとシーちゃんが家に荷物を持って入ってくれた。その後、抱っこしていたフラムを下ろす。
「フラム、パパは車をガーレージに入れて来るから、姉さん達と買い物してきたおやつ、見ててな…」
そう言うと、フラムを二人に任せて先にキッチンに行って貰う。その間に俺は、車をガーレージに入れて家に戻った。
三人はキッチンで買い物袋の中を覗き込んでいた。
「…おっ、これはプリンじゃな?」
「シュークリームもあるでしゅ!!」
三人は座敷に置いてある卓袱台の上におやつを並べていた。
土間にも丸テーブルと椅子があるが、座敷側にも四角い卓袱台と座布団を置いていた。ダイニングキッチンみたいな感じだ。
「…後は、チョコレートと、クッキーじゃな…」
二人が、次々とスイーツとお菓子を取り出す。フラムはプリンもシュークリームも、チョコもクッキーも知らない。
姉さん達二人が、嬉しそうにしているのを不思議そうに見ていた。
「フラムや、これらは甘くてとても美味しいんじゃ。アンソニーが着替えてきたらおやつの時間じゃからの」
「もう少し待つでしゅ…」
そう言ってテーブルの上に、スイーツとお菓子を並べて待つ三人。俺は洗面所に行って部屋着に着替えると、手洗いうがいをしてからキッチンに戻った。
◇
俺がキッチンに戻ってくると、二人が今日はおやつにどれを食べようか相談していた。日持ちのするものは、また次にという事で、プリンとシュークリームで迷っていた。
最終的に、プリンは明日まで賞味期限があるので、シュークリームから食べる事にしたようだ。
俺は三人の為に飲み物を用意し、テーブルに置く。ティーちゃんは紅茶、シーちゃんはミルク、フラムには飲むヨーグルトを出して上げる。
フラムは目の前に置かれた、シュークリームと飲むヨーグルトを不思議そうに見ていた。
まずは二人が、袋からシュークリームを取り出して、食べて見せる。いつもの様にクリームが溢れ出て、口周りがクリームだらけになっていたw
フラムも真似をして袋を開ける。小さな手でシュークリームを掴むとがぶりと端に嚙み付いた。
フラムの方も、顔がクリームで汚れるのも気にせず、もしゃもしゃと美味しそうに食べている。二人が食べ終わった後、口周りを拭いて上げようとすると待ったが掛かった。
「クリームがもったいないじゃろ…」
ティーちゃんはそう言うと、小さな舌でペロリペロリと器用に口周りのクリームを綺麗に食べていく。
シーちゃんも同様に、小さな舌でペロペロッと口周りのクリームを舐め取った。
それを見たフラムはキャッキャッと喜びながら真似をする。上手く舐め取れなかったクリームは、手で取って舐めていたw
俺はフラムの口周りと手を綺麗にしつつ、いつもならこのおやつの時間に真っ先にキッチンにいるはずのリーちゃんがいないので、どこにいるのか聞いた。
「…あぁ、リーならフラムを実体ごと転移させて疲れたから、ソファの上で寝ておるんじゃ」
「こっちの魔素が少な過ぎて魔力パイプが安定しないから転移させるのが難しいんでしゅ」
二人の話を聞きつつ、俺は部屋の中のソファをチラッと覗いてみる。ソファの上で大の字になって涎を垂らしつつ、鼻風船を出して寝ているリーちゃんがいた。
…相当、疲れているようだな。俺はキッチンに戻ってくると、何があったのか二人に話を聞いた。
昨日、クレアにフラムを預けて、俺とリーちゃんが地球に戻った後、フラムを連れて世界樹の中を見せて歩いたそうだ。
◇
世界樹の中を案内して女王の間に戻ってくると、ティーアとシーアの部屋に、新しく設置したフラム用のゆりかごベッドを見せる。
「これからはここがフラムの家じゃからの。このベッドで寝起きするんじゃ」
ティーアの説明に、「あぅあぅ」と応えるフラム。
早速、フラムは籐のゆりかごベッドに入ってみる。二人が揺らしてやると、嬉しそうに笑っていた。
しばらくするとフラムはそのままベッドの中で眠ってしまった。
フラムが眠ったのを見てから、ティーアは錬金術研究部屋へ、シーアは薬草保管庫で素材の在庫チェックを始めた。
クレアはフラムの傍にいたが、退屈だったのか、いつの間にかフラムの隣で寝ていた。
しばらくお昼寝をした後、目が覚めたフラムは起き上がり辺りを見回す。傍で寝ているクレアを見たが、姉さん達がいない事に気が付いた。
まず、姉さん達を探そうとトコトコ歩くフラム。しかし二人がいるのは部屋の奥側にある錬金部屋と薬草保管庫である。
それを知らなかったフラムは部屋を出て世界樹の中を探して歩いた。たまたま通りかかった妖精に、声を掛けるフラム。
「あぅ!!あぅあーぅ…」
「…ん?フラム様?何ですか?…ふむふむ姉さん達、どこいるか?」
それを聞いた妖精は、フラムを連れて女王の間に戻る。部屋に入ると、フラムが消えてパニックになっているクレアがいた。
「…姉さま、とにかく落ち着くんじゃ。まだそう遠くへは行っておらんじゃろ…」
「任せて頂いたのに、このままフラムがいなくなってしまっては、申し開きが出来ぬ…。主に何と説明すれば良いのだ…」
クレアはパニックになったまま妖精が連れて戻ってきたフラムに気が付かなかった。
「姉さま、フラムなら戻って来てるでしゅよ?」
指摘されて、振り返ったクレアがフラムを見た瞬間、抱き上げる。
「…あああ、良かった。フラムよ、どこに行っておったのだ?心配するだろう?」
安堵の表情で、フラムに問いかけるクレア。その問いに、フラムを連れて来た妖精が答えた。
「どうやら、ティー様とシー様を探して歩いてたみたいです」
「そうか、手間を掛けたのぅ。今度からわたしらも気を付けるからの…」
そう言いつつ、フラムを連れ戻した妖精に、ティーアがチョコ一粒を渡す。妖精はそれを受け取ると、どこへやら飛んで行った。
「フラムや。わたしらがいない時は部屋の奥におるからの…」
クレアに抱っこされているフラムに、説明しつつ部屋の奥を指さす。それを見たフラムは両手を上げて「あぅあぅ」と、応える。
「そろそろお昼の時間じゃ。皆で下に降りて料理屋で何か食べるかのぅ…」
ティーちゃんの言葉に、皆で下に降りようとしたその時、フラムがクレアに何やら話し掛ける。
「あーぅ、あぅぁぅ、あぅ?」
「…ん?フラムよ、どうしたのだ?」
フラムの言葉が解らないクレアは、ティーアを見る。
「…うーむ、アンソニーがどこにいるか聞いておるようじゃな…」
「フラム。主は今、仕事に出ておるのだ。しばらくすれば帰ってくる。それまで待つのだ…」
その言葉に、むぎっゅと顔をしかめるフラム。今度はティーアに頻りに何かを聞いていた。
「あぅ、あぅあぅ~、あぅ、あぅっ」
「…フラムよ、アンソニーは仕事に出てるんじゃ。二日ほどで帰ってくるからの…」
「そーでしゅよ、それまではここにいるでしゅ。さぁ、お昼ご飯を食べに行くでしゅよ」
二人にそう言われて、ムスッとしたフラムは突然、「あぅーっ!!」と叫ぶと、ピカーッと光を放って消えてしまった。
「…何ィッ!!どうなってるッ…!?フラムが消えたぞッ!?」
フラムが消えてしまった事に焦るクレア。
「しまった!!フラムは転移を持っておったんじゃ。恐らくアンソニーを探しにどこかへ飛んだかもしれん…」
「…困った事になったでしゅ、あねさま。さっきのはただの転移じゃないでしゅ。あれはアンソニーが発現した転移スキルの方でしゅ…」
「…『神幻門』の方か…。これは困った事になったのぅ…」
ティーアはしばらく考えると、シーアに指示を出した。
「シーよ、リーを地球から呼び戻すんじゃ!!それからこの星にいる全妖精にフラムを探す様に通達じゃ!!」
それを聞いたシーアは、すぐに部屋の隅に置いてある装置?に手を当てて魔力を流し込む。そして装置に付いていたボタンをトントン、トン、トトン、トントンと不規則なリズムで叩き始めた。
そんなシーアを見つつ、クレアはティーアを詰問する。
「ティーよ、さっき言っておった地球とは何なのだ?リーは何故そんな所に行っておるのだ?主の仕事に付いて行ったのではないのか?」
捲し立てる様なクレアの問いに、ティーアは焦った顔で、これ以上は誤魔化せないと思った。そしてクレアに全ての事を話した。
◇
俺がこの星の人間ではないという事、そして神様からの依頼でこの星に転移して来ている事をティーアが話した。
「…ほぅ、主は異星人だったのか…それであの様な人間離れした動きが出来るのだな…」
ティーちゃんの話に、納得したクレアが更に問う。
「それならば最初からフラムにそう言ってやればよいものを。何故、隠していたのだ…?」
「…姉さま、アンソニーは元の星での仕事もあるんじゃ。そう言ったらフラムは付いて行きたがるじゃろう…」
「うむ。当然、そうなるな。ならば連れて行けばよかろう?全員でその星に転移すれば良いだけの話ではないか?不都合な事など無いだろう…?」
クレアの言葉に、言いにくそうに顔をしかめるティーア。
「…それがじゃな、姉さま。アンソニーのいる星は…凄く遠いんじゃ…」
それを聞いて腕を組んで考えるクレア。
「…確かに、地球などと言う星は聞いた事がないな。それでもこの銀河の中の話であろう?リーの転移であれば問題なく行けるぞ?」
その言葉に、ティーアが重い口を開いた。
「…そんなレベルの距離ではないんじゃ…。姉さま、アンソニーがいる星は…七つの銀河を超えた先、天の川銀河の中の辺境の星なんじゃ…」
「…銀河を七つ超えて…ちょっと待て!!…銀河を超えるだと!?それも七つ超えた先の…」
頭を抱えるクレア。
「…銀河を超える…?普通の転移や魔法では到底、銀河を渡る事など出来ぬ。道理でリーしか行けぬわけだ…」
呻くように呟くクレア。
「…姉さまなら解るじゃろ?『全員』は行けないんじゃ…」
一呼吸置いて、ティーアが話を続ける。
「実体を持つ者を転移させるのは質量の問題でリーでも厳しい…。膨大な魔力が必要になるがそれでも上手くいく確率は低い…」
ティーアの言葉に顔をしかめるクレア。
「確かにフラムをあちらに転移させるのはかなり難しいな。しかしティーよ、それならば主はどうやってこっちに転移しておるのだ?」
最もなクレアの疑問に、ティーアが世界樹の地下にある転移室の事を話した。
地下にある転移室は、そもそも、神様が妖精族に作らせたものだ。世界樹が宇宙から吸収したエネルギーを魔素に変換し、凝縮させて転移室の魔法陣に高い魔力を循環させている。
それでも実体ごと転移させるのは難しい。ティーアは地下の転移室に、アンソニーのアバターが安置されていると話した。
そして魂だけワームホールを通過してアバターに入り、この世界で活動していると話した。
「姉さま、この事は内密じゃ。魂の無いアバターが狙われてはアンソニーはこちらに来る事は出来ても、活動ができんのじゃ…」
クレアは頷きつつ、ティーアに問う。
「ティー、主のアバターは…向こうの世界の主と同じなのか…?」
「そうじゃ。全く寸分狂わず同じなんじゃ。なんせ神様が作ったアバターじゃ。別人だと魂が入ってもリンクがズレるからの…」
「…そうか…それを聞いて少し安心した。この事は内密にしておく…」
二人の話が終わると、シーアもリーア及び、星にいる全妖精への通達を終わらせていた。