ネガティブサイコ。
クライ・ウツギミール、二十三歳。ヨーロッパ生まれ。幼少の頃より、厳しい両親に抑圧されて育てられ、自らを肯定出来なくなってしまった。
抑圧された事によって元々持っていたサイキックの資質が徐々に現れるようになる。
常に自らを否定し、周りからも否定されていると思うようになり、ついには精神的に追い詰められ、両親を念力で殺害。
刑務所に入ってからは周りの囚人達からも否定され続け、ついにクライの感情は爆発、ネガティブな念が超常現象を引き起こし、全てをその強い念によって破壊した。
その強すぎるネガティブな念が召喚エネルギーに掛り、刑務所全体の爆発と共に、クライはこの世界へと召喚された。
スキル『ペシミスティック・サイコ』(排他的念力)。赤色スキル。『オプティカルインヒビット』(光学認識阻害)黄色スキル。
…サイキッカーか…。この人物鑑定を読む限り、コイツは余り刺激したくないヤツだな…。下手したら俺達が爆死しかねない気がする…。
さっきのダン爺さんみたいに逃げられても困るから、まずは先に送迎屋の排除からだな…。
俺はこっそりフラムに送迎屋おじさんのいる所を聞く。するとフラムはクライの右後方を指さした。俺は石を拾うと、電撃を纏わせて投げ付ける。
しかし、クライが顔を上げた瞬間、バァンッ!!という激しい音と共に、俺が投げた電撃石が爆発して弾け飛んだ…。
「…うはっ、コイツは思った以上にヤバそうだな…?」
「…だろ?刺激しなければ良いんだが今のアイツの状態を見てると送迎フードが後ろで煽ってると思う…」
融真がクライの状態を見て状況を分析する。
「…ティーちゃん、どうする?コイツはかなり戦いにくい相手だけど…。取り敢えず融真とギャル子には下がっててもらった方がいいよね?」
「…そうじゃな、こやつの相手はわたしとシーがやった方がいいじゃろう…」
「ちょっと待て、ダンナ!!マジでこの子達に闘わせる気か…?」
「うーん、俺にはちょっとアイツをどう攻略するかが視えないんだよな…」
しかし、いつもならすぐに闘いに名乗りを上げそうなクレアが今回はだんまりだ。何か危険を感じ取ってるのかもしれない…。
コイツはかなりヤバそうなヤツだからな。融真の言う通り、ティーちゃんとシーちゃんだけに闘わせるのは危険だな…。
「取り敢えず、融真はギャル子を連れて下がっててくれ。俺がやってみるよ。ティーちゃんとシーちゃんはクライを観察しつつ、俺の援護をしてくれ…」
「…解った、気を付けるんじゃ。相手はサイコキネシスを使うからの…」
「隙を見てシーも行くでしゅよ!!」
俺は、融真がギャル子を連れて下がったのを確認し、フラムをクレアに預ける。フラムはぐずって、俺から中々離れようとしない。
「フラム。すぐに戻って来るからクレアと待っててな…」
顔をしかめたまま、不満を表明していたフラムだったが、仕方なくクレアに抱っこされる。
「クレア、フラムを頼むぞ?」
「…うむ。解っております…」
クレアが妙に静かなのが気になったが、フラムを預けた俺は龍眼を発動したまま、離れているクライを視た。
相変わらずブツブツと呟いている。こっちまで陰気になりそうな、凄まじい陰鬱なオーラだ。
…さて、やってみるか…。
瞬間、俺は神速を発動する。しかしクライの手前、三メートル程で前に進めなくなった。
マジか…!!
三段とはいえ神速が止められるとは…そして何か得体のしれないエネルギーによって俺は全方位から凄まじい圧力を受ける。
「ぐおぉォォォォッッ…これはッッ!!やべぇッ…!!」
メキメキと俺の全身から骨が軋むような音が出る。見えない力に押し潰されるようだ…。
何故か、ゾーン・エクストリームが反応しない。攻撃意思ではなく、排他しようとする意志だからなのか…?
そんな俺を見たシーちゃんが、即座にプロテクトを纏い、全身から外側へ反作用を使いつつ、ジェットでクライに接近する。
サマーソルトキックでクライの後頭部を蹴り飛ばすものの、目を赤く光らせたクライが振り返った瞬間、超念力でシーちゃんが弾き飛ばされたた。
「…うわわわぁっ!!」
シーちゃんは、反作用によって圧力からの危険を回避していたが、滞空したまま数十メートル弾かれ、後退させられた。
その隙に、俺はアイテムボックスから龍神弓を取り出す。しかしヤツが俺を振り返った瞬間、龍神弓を持っていた俺の左腕を押し潰そうと、クライが念力で圧力を掛けてくる。
…やべぇッ!!弓を出したのは失敗だったか!!ぐっ、くそっ、腕がッッ…!!
俺は苦し紛れに、右腕から闘気ハンドを出し、クライを殴りつける。しかし闘気ハンドも、クライの目の前で止められてしまった…。
一瞬、闘気ハンドで気が逸れたクライを、地面から現れた大地の精霊ガイアスが捕らえる。が、一瞬にしてガイアスの手が腕ごと吹き飛んだ。
…コイツ…厄介なヤツだな…。
ガイアスはすぐに腕を修復すると再び、クライを捕らえるべく腕を伸ばすが、クライは超念力によって宙へと逃れた。
宙から俺達を赤く光る眼で見下ろすクライ。俺達は一旦、ヤツの範囲から退避する。
「…ティーちゃん、コイツは想像以上に厄介だぞ…。危うく腕を押し潰されるとこだったよ…」
「…うむ。どうするか…。シーなら接近は出来るが決定打を与える前にさっきみたいに飛ばされてしまうからのぅ…」
迷い、攻めあぐねている俺達を、冷静に視ているクレア。
「…クレア、どうした?体調でも悪いのか…?」
俺の問いに、いつになく真剣な表情のクレア。
「…やるしかありませんな…」
溜息を吐いて、呟くように言うと、クレアは後方にいる融真の方へと歩いていく。
そして融真に、フラムを預けた。
「…娘を頼む」
「…ぁ、あぁ…良いけど…奥さん、何する気だ…?」
「あやつの相手は、わらわしか出来ぬからな…」
そう言うとクレアは一瞬にして前線に戻ってきた。
「…主、下がってくだされ。ティーとシーも下がるのだ!!」
「…まさか、姉さま…アレをやる気でしゅか…?」
「…確かに、クレア姉さまでなければ、あやつの相手は出来ぬかもしれんの…」
ティーちゃんとシーちゃんの言葉から、クレアが何かをする気である事が伝わってくる。
俺達はすぐに融真とギャル子、フラムがいる場所へと下がる。俺が戻ってきたので、フラムはすぐに抱っこしてくれとせがんだ。
フラムを抱っこしながら、俺はクレアを龍眼で視る。
「…主、わらわの力を見ても、嫌うて下さいますな…」
そう言うと一人、禍々しい負のオーラを放つクライを見上げるクレア。
「小童!!貴様のせいで主の前で見せたくない力を見せる羽目になったではないか!!この代償は高く付くぞッ!!」
そう言うと、クライから放出される圧力をものともせず、静かに立つクレア。
「…『龍戯・怨蝕』!!」
クレアの全身から、赤と黒が混じり合った禍々しい炎のオーラが、一気に放出した。瞬間、ジャンプして宙に逃れていたクライに接近すると、赤黒い炎を纏った拳を上から打ち下ろす。
赤く目を光らせ、念力を放出するクライだったが、何故かクレアには通用しなかった。赤く光るクライの眼が、驚きを見せる。
「ぐぁッ!!」
為す術無く殴られたクライは、垂直に落下して地面に激突、そこには四、五メートル程のクレーターが出来ていた。
「…ダンナ、アンタの奥さん、一体何者なんだよ…?」
「…いや、アレは俺も初めて見たわ…。だから何も聞かないでくれ…」
俺達の会話を聞いたティーちゃんとシーちゃんが説明してくれた。
「…アレは姉さまの種族が持つ、固有の力なんじゃ。スキルでもなく魔法でもない…敢えて言うなら…」
「スキルと魔法が合体したような力なんでしゅ」
「…マジで?俺はクレアがただの戦闘狂だと思ってたけど…闘気や魔法以外にも固有の力を持ってたのか…」
俺の言葉に、融真が呟く。
「…ダンナ。やっぱりアンタの奥さん、普通じゃないよ…。俺と闘ってた時にアレ、出されてたらマジで死んでた気がするわ…」
融真の言う通り、俺も初めて見るクレアの本気モードに若干引きつつ、超サ〇ヤ人を思い出していた…。
それの赤黒いバージョンって感じだな…。
クレーターの中から、赤く目を光らせたクライがヨロヨロと立ち上がる。激突前に、念力で衝撃を緩和させたのか、クライは殴られて頬が赤く腫れあがっている以外、地面への激突のダメージはほぼ無かった。
口元が切れて、血を流すクライ。相変わらずブツブツ呟いている。
「…どう…して、き、効かな…い…僕の…念力…」
立ち上がり、呟くクライを容赦なく追撃するクレア。
クライは顔を恐怖で引き攣らせ、殴られる寸前に、光学認識阻害を使ってクレアから逃れる。クライは念力で圧力を発していくものの、クレアの赤黒い炎に阻まれて全く念力が通用しなかった。
龍眼で視ていると、クライの周りを漂っていた陰鬱で暗いオーラが渦巻き、どんどんクレアの身体に吸い寄せられていた。
クライの念力に内在するネガティブなエネルギーを吸い取っているのか…?
クライは必死に逃げ回り、何とか念力でクレアの動きを止めようとする。
しかし、ネガティブエネルギーを吸い取られ続け、焦って光学認識阻害をミスした事によってついにクレアに首を掴まれてしまった。
「…ひいぃぃっ、ぉ、お助け…」
瞬間、クライは恐怖で失神してしまった…。
「…こやつ、面白いヤツだな。怨蝕が治まるまでダークエネルギーを溜め込んで持っていたとは…」
黒龍が持つ、固有の力『怨蝕』は本来、飛び火して対象を浸食していくものである。
しかし、クライの持っていた陰鬱なエネルギーが強大且つ、膨大だった為に怨蝕は飛び火せず、その力を吸収する事を優先した。
結果、ダークエネルギーを吸収し切った所で、クレアの発動した怨蝕は治まり、幸運にもクライは命拾いした。
◇
「…オイッ!!起きろッ!!」
クレアがクライの首を掴んだまま、揺さぶっている。そこへ俺達が集まった。
「…クレア、助かったよ。今回ばかりは俺もどうして良いか解らなかったからな…」
「…奥さん、何で俺と闘ってる時にさっきのアレ、やらなかったんだ…?」
融真の問いに、クレアは俺をチラッと見る。
「…余り下界で見せて良い力ではないからな。しかも醜くなってしまうからやらなかっただけだ…」
「そうか?俺はさっきのアレ、カッコイイと思うけど…?」
「…ん?そ、そうですか…?」
俺の言葉が意外だったのか、クレアの不機嫌そうな顔が和らぐ。そこへ眠りから覚めたギャル子が寄ってきた。
「…あぁ、クライも来てたんだ…。ていうかクライも敗けたの?まさかオバ…いや、奥様がやったとか…?」
クレアに首を掴まれて揺さぶられているクライを見て、ギャル子が顔を引き攣らせていた。
「…あぁ、キャサリン、今度から奥さんに変な事言うなよ?ヘタしてたら俺達死んでたぞ…?」
融真の言葉に、ギャル子こと、キャサリンが顔を蒼褪めさせた。
「…先程は誠に、申し訳ありませんでした…」
キャサリンをチラッと見たクレアが言う。
「…もう良い。それより、コイツを早く起こせ…」
「ラジャッ!!…クライッ!!早く起きろって…!!」
クレアに向かって敬礼したキャサリンが、クライにビンタを応酬する。
「…ちょっ、オイッ!!キャサリン、もっと優しく起こしてやれよ!!」
「え?いや、奥様が早く起こせって言うから…」
そんな遣り取りの中、首を掴まれたクライが目覚めた。
「…あ、あれ?僕は何を…」
気が付いたクライを下ろすと、クレアが説明する。
「お前の溜め込んでいたネガティブエネルギーは全て、わらわが貰った。お前はもう闇から開放されたのだ…」
「…あぁ、そうか…僕は敗けたんだったな…」
しんみりと話すクライ。
「…でも…」
「…でも?何だ、クライ?」
融真に問われ、クレアを見たクライが、晴々した顔を見せた。
「…先生!!僕を暗い念から解放して頂きありがとうございました。今まで僕を止めてくれる人がいなくて暴走ばかりしてましたが…。今日を持って暗い人生にはサヨナラします!!」
「「「…先生!?」」」
クレアを先生と呼ぶクライに、俺と融真、キャサリンが思わず声を上げた。