百八人?
クレア、ティーちゃん、シーちゃんが戦闘態勢で集まってくる。
「…主…、鐘の様な音が…いや、これは鈴か?…鈴の様な音が聞こえますな…」
「…あぁ、俺も今、一瞬空間の揺らぎが視えた…」
俺の肩に乗っていたリーちゃんも何かを感じ取ったようだ。
「…これは…転移サイン…転移サインを感知!!誰か来るよ!!」
「…融真とギャル子は下がっててくれ!!皆、戦闘態勢だ!!」
しかし、俺がそう言った直後にフラムが振り返って俺の身体の向こうを指さす。同時に、リーちゃんが転移ナビをしてくれた。
「アンソニー!!転移位置が移動してる!!出現場所は二人のすぐ後ろッ!!」
瞬間、俺は神速を発動した。一瞬にしてギャル子と空間の揺らぎの間に立つ。何もない空間から、鉄の棒が突き出ていた。
突然、空間から飛び出して来たそれは、俺の『ゾーン・エクストリーム』によって動きが遅くなり、空間から先だけが飛び出した状態だ。
その先には沢山の鉄の輪が付けられており、先は槍の様に尖っていた。
…これは…錫杖か…?
今にもギャル子を背中から貫こうとしていた錫杖の先をタガーで弾く。同時に空間が激しく揺らぎ、遮蔽が解除された。
俺のタガーに弾かれて、五、六メートル程、後退したその場所に、錫杖を持った禅僧の様な素朴な法衣を着た老人がいた。
遮蔽が解除され姿を現した老人は、簡素な法衣を纏い、右手に錫杖を持っていた。白髪のザンバラ髪、彫の深い細い顔立ちで眼光が鋭い。
簡素な法衣の下に見える腕や足は細いが筋肉が付いていた。
この爺さん、ただ者じゃなさそうだな…雰囲気だけは…。錫杖を常に地面に一定のリズムで打ちつけ、無数の輪をシャリン、シャリンと響かせている。
俺が爺さんを観察していると、ついさっき、背中から刺されそうになっていたギャル子が俺に抗議してきた。
「オッサ…、いやダンナ!!余計な事しなくてもアタシは避けれたよ!!」
ギャル子が禅僧爺さんを見る。
「ダン爺さん、何しに来た?悪いけどさー、アタシと融真はこっちに亡命するから!!もうあんな窮屈なとこには戻らないからね!!」
ギャル子の言葉にダンと呼ばれた爺さんが、しゃがれた声で一喝する。
「…フンッ、バカ者共がッ!!監視に来てみれば簡単に裏切りおって!!こうなったら無理にでも連れ帰って、改心するまでチャビーと同じく独房行きじゃッ!!」
ダン爺の怒りの言葉に、融真が冷静に返す。
「…いや、ダン爺。俺はもうスキル持ってないからあっちに帰っても何も出来ねーよ…」
「お前らには仕置きが必要なようじゃな。儂が叩きのめしてすぐに連れて帰ってやるわ!!」
目の前の爺さんは、怒りマックスで顔が真っ赤だ。…血圧とか大丈夫かw?あんまり怒るとプチッって逝くぞ?
「…はぁ、爺さんヤル気…?ムリムリ、アタシと爺さんじゃ勝負は見えてるって…」
「お主の様な単細胞に、儂は倒せぬわッ!!」
「アハハッ、爺さんゆうよねーw」
ギャル子は相当自信がある様だ。俺は隣に立っていたギャル子のスキルを視た。
『ワイルド・キャット』『魅惑』『密談』と、三つ持っている。
『ワイルド・キャット』、あらゆるネコ科の獣人に変身出来る能力。身体能力を大幅に上昇させ、敏捷、感知能力が鋭くなる。手足の爪が硬質化し対象を切り裂く。
赤色スキル。
『魅惑』、肉感的なスタイルと躍動的な動き、弾ける汗の匂いで範囲内にいる対象の意識を鈍らせる。
黄色スキル。
次に、怒り露な激おこダン爺さんのスキルを視た。『幻錫響』『餓鬼囚道』『錫杖技+4』の三つだ。
『幻錫響』。範囲内で錫杖を地面に打ち付け、リズムを刻んで錫杖の音で対象を眠らせる。リズムを変えると、対象の動きを止める事が出来る。
赤色スキル。
これは今、ダン爺さんが錫杖でトントン地面叩いてるヤツだな。
『餓鬼囚道』。幻錫響の範囲内で、地面の下から餓鬼を呼び出すスキル。呼び出された餓鬼が範囲内の敵に取り付き、体力を吸い取っていく。
黄色スキル。
『錫杖技+4』。これは近接戦闘で錫杖を使って闘う技の様だ。突く、打つ、振り回して闘いつつ、錫杖の先に付いている鉄の輪を鳴らす事で幻錫響の効果を更に上げるようだ…。
いずれも対複数人でも闘う事が出来る能力だな…。さて、爺さんの相手はギャル子に任せて、両人その実力を見せて貰うか。
「オイ、ギャル子よ。ヤル気ならあの爺さん任せても良いか…?」
そう言いつつ、俺は隣にいるギャル子を見た。
「…………ぐぅ…」
「………おいぃぃっ!!お前、思いっ切り掛かってんじゃねーかァァッ!!」
ギャル子は器用にも、立ったまま眠っていた。俺は振り返り、後ろの面子も確認する。
「……ぐぅ…」
「…うおぉぉぉぉぉいっっ!!お前も掛かってるんかいっっ!!」
見ればかなり後ろにいたクレアも、立ったまま思いっ切り幻錫響に掛かってた…。龍眼で地面を見ると、このダン爺さんの能力の範囲はかなり広い。
妖精族三体はシーちゃんの無属性範囲魔法、サイレントで錫杖の音をブロックしていたので全く幻錫響の影響は無かった。
融真は膝を付いて必死に眠気に抵抗していたが、シーちゃんがサイレントの範囲内に引っ張り込んだので何とか眠らずに済んだ。
…しょうがねぇな…。俺がやるか…。
俺は前面に『反響憎悪』を最大で放出させて錫杖の音を乱していたので、全く平気だった。見るとフラムも同じ様に小さな手を翳して俺の真似をしている。
目の前のダン爺さんが、錫杖を更に早く、地面に打ち付ける。シャリンシャリンという音が徐々に早くなっていた。
「…お主がホワイトか…。何故お主と子供達は眠らぬのだ…」
「…さぁ…?何でだろうね…w?」
俺がすっとぼけると、イラついた様子で錫杖を地面に打ち付ける。すぐに地面からボコッボコッと何かが這い出て来るのが見えた。
やせ細っているがお腹だけ異常にポッコリ出ている鬼の様な顔をした餓鬼が、ギャル子とクレアの足に数体、取り付く。
…まずいな、早くこの爺さん倒さないと二人の体力が奪われてしまう…。
と、思ったが、俺はふと思い出した。クレアは今は擬人化しているが龍だ。少々体力を持っていかれた所で、どうもならないだろう。
ギャル子の方はどうなるか知らんが、そう焦る必要もないかな…。
≪ティーちゃん、あの爺さん俺がやっちゃうけど良い?≫
俺は密談で後方にいるティーちゃんに確認する。
≪うむ。そっちの爺ちゃんは任せる。リーがもう一つ、転移サインを感知したようじゃ。わたしらは新手の敵を迎え撃つからの≫
≪解った。すぐ終わらせるよ≫
そして俺はアイテムボックスからサッと龍神弓を取り出すと、すぐに弦を引き、問答無用で雷撃のエネルギーショットを放った。
雷の矢が錫杖の先を撃ち抜く。
「ぐほォォッ!!」
ダン爺さんは雷撃ショットで感電して錫杖を取り落し、その場に膝を付いた。瞬間、錫杖が爺さんの手から離れた事によって、幻錫響の範囲が解除された。
「…ぐッ、お、お主…弓使いとは…聞いておらぬぞ…」
「あぁ、そうだろうね。エミルは俺の本職、知らないからねぇ…」
話しつつ、俺は龍神弓をアテムボックスに放り込む。さて、この爺さんのスキルはいらないんだが一応、抜き取っておくか…。そんな事を考えつつ、俺はゆっくりとダン爺さんに近づいていく。
しかし、俺は肝心なヤツの存在を忘れていた。フードが一瞬にして現れる。
…しまった!!コイツを忘れてた!!
「…シャーリー様、ここは撤退です。後はウツギミール様に任せましょう」
そう言うと、フードはダン爺さんを連れて転移してしまった。
…くそっ、逃がしちまった…。
ダン爺さんがいた場所には、錫杖だけが取り残されていた。俺はそれを拾うとアイテムボックスに放り込む。休む間もなく俺は眠ったままのギャル子を担いで、新手の敵を迎撃するティーちゃん達の方へ向かう。
クレアはダン爺さんの範囲スキルが解除された後、すぐに目が覚めたようだ。途中、担いでいた眠ったままのギャル子をクレアに預ける。ギャル子を護るように、と話すと、クレアは不満そうだったが俺は構わず神速でティーちゃん達に接近した。
目の前に、青白い顔をした金髪で癖毛の強い、陰気な男がいた。しかし、次から次に湧いてくるけどエミルの仲間って何人いるんだ…?
まさか、『エミルと108人の仲間達』とか言わねーよなw?108人いない事を願いつつ、俺達は戦闘態勢に入った。
◇
俺は次から次へと現れる、エミルの仲間に困惑してた。
今回は職場の長期連休システムを利用してこっちに飛んできているのだが、休みは明日までだ。一度、地球に戻って翌日には仕事に行く予定になっている。余り闘いを長引かせると地球に帰れなくなってしまう。
目の前の男は、何を言っているのか聞こえなかったが、ブツブツと呟いている。かなり陰気な雰囲気でちょっと相手をするのを躊躇う程だ。
俺はエミルの仲間について融真に聞いてみた。
「…融真、エミルの仲間って何人いるんだ?108 人とか言わないよなw?」
「…ダンナ、何言ってんだ。そんな水〇伝じゃあるまいし、アイツとあともう一人、四歳だったか五歳だったか女の子だけだよ」
…という事は計七人いるのか…。
「その、四、五歳の女の子って…その子も戦闘要員なのか?」
「…あぁ、そうだ。エミルのチームで一番危険なヤツが、目の前のクライと未依里って子なんだ…」
「…ふむ。融真がそこまで言うなら相当ヤバいんだろうな…?」
「…あぁ、かなりヤバいよ。アイツはネガティブ過ぎるんだ。周りがそんな事を思っていなくても曲解して捉える。被害妄想、いや誇大妄想狂に近い。で、その強い思いが念力になって表れるんだ。見てれば解かる…」
続けて融真が説明してくれた。
「…ダンナ、アイツはマジで危険だからな…。アイツには、敵も味方も関係ないんだ。感情が爆発すれば見境なしなんだ…」
融真の言葉を聞いて、エミルの仲間がどうして一人づつしか現れないかが解かった。
単純に、強力な範囲攻撃を持つ者が多いってのもあるけど、一気に全員が出てきたら、それこそ敵だけじゃなくて味方までも巻き込んで収拾が付かなくなるからだろう…。
俺は改めて、目の前の陰気男を龍眼で視る。その視線はどこを見ているか分からず、ドス黒いエネルギーが男の周りを漂っていた。
「…ティーちゃん、アイツの鑑定は…?」
「うむ、今終わった」
対峙している所へ、ギャル子を担いだクレアも来た。ギャル子を融真に預けるとクレアは目の前の陰気な男を観察する。
「…コイツは…相当な負のオーラが漂ってますな…」
俺はクレアの言葉に頷きつつ、ティーちゃんの送ってくれた人物鑑定を読んでみた。
ちなみにダン爺さんのフルネームは、ダン・シャーリー。ギャル子は、キャサリン・バンシー。