いいタイミングで人を引き寄せる男。
俺は椿姫と皆にどうするか説明をする。
「先に言っておくよ。凄く時間が掛かるね。だから覚悟が必要かな。こういう時はキヒダ王を追い詰める為の正統性が無いとダメだね」
「…それはどういう事でしょうか…?」
「王の血統だよ。キヒダは国を乗っ取ったんでしょ?ならその王として正統ではない所を攻めるのが良いと思うけど…まずその為には…」
続けて話す。
「まずは東鳳の王の正統な血筋を持った人間を探す事からかな。今回の場合だと太蘇の太淵王が亡くなって次の後継順位は本来、天陀王の近しい人間に戻るはずだけど、今は太蘇の副官だったキヒダが王として居座ってる。だから正統後継者を擁立してキヒダに対抗させるって方法なんだけど…」
俺は椿姫をチラッと見る。
「お父さんの…天陀王に男子は生まれてないんだよね…?」
「…えぇ、わたし一人です…」
「お父さんに兄弟はいなかったの?叔父さんとか?」
「父上の弟である叔父の天流はいましたが…父上が殺されてからその後、行方が解らなくなっていまして…」
…ふーむ。行方不明か…反乱を恐れたキヒダに捕まって殺されたか、兄が死んだ一報を聞いてすぐ逃げたか…捕えられているなら何とかなるが…死んでたら…どうするかな…。
俺は考えをまとめた後、皆に話す。
「取り敢えずこの件はまずその叔父さんの天流さんを探す事から始めようか」
「そうじゃな、まずはそこからじゃな」
「皆さん、どうかよろしくお願いします…」
「クレア、そろそろ服着ろよ?」
取り敢えずの方針が決まったので、今回の話し合いはお開きにしようとした所、クレアが真面目な顔で椿姫に質問する。
「椿とやら、聞いてもよいか…?」
「えぇ、何でしょう…?」
「お主はなぜ復讐をするのだ。そいつを殺した所でお主の今の状態は変わらぬかもしれぬであろう?」
クレアの問いに、静かに椿姫が答える。
「わたしは太淵様に斬られ、殺されました。しかし元々この刀に憑いていた妖気に操られての事なのです。わたしは…太淵様の無念を晴らしたいのです。そしてこの刀に憑いている妖気を鎮めて、これ以上犠牲者が出ない様にしたいのです…」
椿姫の言葉に、神妙な面持ちで考えていたクレアが静かに口を開く。
「…そうか…分かった。我々が力を貸してやろう。我らホワイトファミリーを信じるがよい」
「…はい、ありがとうございます!!」
そう言って椿姫がクレアに抱き着く。一瞬、クレアは驚いた表情を見せたが優しく椿姫を抱擁していた。
…ていうか椿姫もクレアが全裸なのに特に何も気にならないのw?
しかしクレアのヤツ、根拠なく『信じるがよい』とか言うのやめて欲しい…。…どう対処するか考えるのは俺なんだからな…。
…結局、クレアは最後まで全裸のままだった。なんで?お前は俺の声が聞こえなかったのか?
俺は溜息を吐きつつ、眠る為に再びベッドの中に潜り込んだ。
◇
パラゴニアで一泊して次の日の早朝、地球からの召喚者で鮨職人だった方を巫女様に紹介して貰う事になっていた。
どうやら宿屋の一階でやっている料理屋で、握りから巻き鮨まで出しているそうで…。
爽やかな短髪で目が細く、顔立ちの整った日本人だ。見た感じ思ったよりもかなり若い。俺は挨拶をしてから、失礼ながらと言って年齢を聞いた。
三十六歳だそうだ。想像よりもかなり若かったので大丈夫かなと思ったが、話を聞くと高校の頃から、アルバイトで鮨店にいたようだ。
修業するうちに、そこの従業員になったそうだ。
十七歳のアルバイト時代から十九年、鮨職人として素材の選別から、ネタのカット、握りと巻きまで出来るらしい…。
今度は逆に、「アンタは何をしてた人か?」と聞かれたのでスーパーの鮮魚コーナーで刺身と鮨ネタカットしていたと話す。
俺の話に、鋭い目を更に細くした男が言う。
「…教えるのは良いんだが、まずはアンタの腕を見たいね。まずはネタのカットから見せて貰いたい」
「…えぇ。それは良いんですが…俺はスーパーの従業員レベルなので…」
先にそう断っておいたのだが、そんな事は関係ないと一蹴された…。
「専門店だろうがスーパーだろうが、きちんと仕事を熟しているかを見たいんだよ。俺は腕の無いヤツが嫌いなんでな…そんなヤツに教える気はない」
見た感じの通り、職人気質ではっきりモノを言う男だ。そう言われたので、取り敢えず料理屋の従業員の制服を借りて厨房に入る。
包丁を貸そうか、と言われたが昨日のうちにリーちゃんに自分で使っている出刃と柳刃を持って来て貰っていたのでそれを使う。
俺が普段仕事でも使っている出刃が堺〇光、柳刃が堺一〇字〇秀だ。俺がそれを取り出すと、ちょっと見せてくれと男が俺の包丁を手に取った。
包丁をじっくりと観察され、俺は目の前の男が年下にもかかわらず、何だか極度に緊張していた。そんな様子を巫女セイさんが微笑みながら見ていた。
厨房の外では俺達の会話が聞こえたのか、「主に対して失礼なヤツだな」とか「偉そうな人間だ」とか、クレアが言っている。
…アイツ!!頼むからそれ以上、何も言うなよ!!
俺は変な汗が出てくるのを感じた。それを察した妖精族三体が慌ててクレアの口を止める。
≪姉さま、アンソニーが教えて貰うんじゃから口を出してはいかんじゃろ…≫
≪それにしても主に対して失礼な態度であろう?主の実力を全く分かっておらんな…≫
…お前、俺が地球でやってる仕事、見た事ないだろ?全く、色々ごっちゃにして言うなよなぁ…。
あっちを気にしていると集中が切れるので、とにかく言われたものを処理していく。
まずは下しからやってみてくれと言われたので、まず出刃を使い鯛のような魚を下す。
が、その前にまずは鱗取りからだ。
これまた地球から持ち込んだ俺が仕事でも使っている通称、スーパーガリガリくん(鱗取りの道具。ヘッドが大きく鱗が飛ばない仕様になっていてヘッドと持ち手が一体になっている。ちなみに名前は俺が勝手に付けた。本来の名称は知りませんw)を使い、鱗を際まで綺麗に排除していく。
鱗が綺麗に取れていないと、下ろしも皮引きも綺麗に行かない。鱗は残っていないに越したことはない。
次に下ろし。この世界ではステータスが振り切れてるので、腕が正確無比に動く。上身、下身と切り離して一度、俎板を綺麗にする。
下ろしの後は腹骨をすいて皮引だ。尾の方から包丁の先を入れて刃を俎板に付けて均等に力を入れて皮を引いていく。
下ろし、皮を引いた身を見て男が無言のまま頷く。次にカットをして刺身を造っていく。
大根ケンを盛った皿を用意されたのでそこに盛り付ける。盛り付けられた刺身を見て男が再びうんうんと頷いた。
「…良いだろう。アンタ、カットの方は大丈夫そうだ。試すような真似をして悪かったな。腕を見てみない事には教えて良いものかどうか解からないからな」
男はそう言うと、笑顔を見せる。先程よりかなり表情が和らいでいた。
「…改めて、俺は九坂 源次だ。よろしくな!!」
「アンソニー・ホワイトです。よろしくお願いします」
鋭いゲンさんから、まず名前について突っ込まれたが、色々事情があってハンドルネームを使ってるんですよ…と答えると笑っていた。
そして俺は鮨屋のゲンさんに、一からシャリ玉の握り方を教わった。
◇
「…あと六日後だと!!アンタ、そりゃ厳しいな…」
三十分程、シャリ玉の握り方を教えて貰いつつ、習いに来た理由を聞かれたので晩餐会の事を話した…。
「…アンタの腕は悪くはないが…完全マスターするなら数年は掛かるからな…さてどうするか…」
そう言いつつ考え込むゲンさん。
「…俺が少しでも教えたんだから、中途半端なものは出させたくない…」
再び考え込んだゲンさんだったが、暫くしてある提案をする。
「…アンタが良いなら、俺がその晩餐会でシャリ玉握ろうかと思うが…どうだろう?」
「えぇ、当初は一緒に来て貰おうかなと思ってたんですが、いきなり一緒に来てくれって頼むのもなんか失礼な気がして…」
「そりゃそうだ。いきなり初対面でそんな事言われたら断ってたよ!!」
そう言いつつ、笑うゲンさん。ですよねーw
「しかし俺が全部やったらアンタの立場がないだろう?下ろしとネタのカットはアンタがやってくれ。俺はシャリ玉と握りを作るよ」
「解りました。では当日、朝にまた迎えに来ます」
「東大陸なのに当日に移動で大丈夫なのか?」
そう聞かれたので、うちのメンバーが転移を使えるんで、と伝えると納得して笑っていた。
その後、午前中はそのお礼も兼ねて厨房の手伝いをする。俺は若い頃、アルバイトで料理屋の厨房にいた事があるので特に問題なく仕事を熟した。
◇
午前中で仕事の手伝いを切り上げ、当日朝にまた来ますとゲンさんに伝えてから、俺は皆と合流した。
そのまま宿屋の一階にある料理屋でお昼を食べる事にした。紹介をしてくれた巫女様にお礼を言いつつ、皆でお昼を食べる。
昼食が終わり、暫くティータイムでまったりした後、午後からは海苔と醤油を買いに行く。
これもまた巫女様が付いて来てくれた。
海産物販売店に入り、何種類かの巻き寿司用の海苔を貰うとアイテムボックスに入れておく。その後、別の店で醤油も買っておいた。
これで目的は果たせたので、俺達は巫女様にお礼を言って帰る事にした。
試食会の件をロメリックに伝えてもらう為に、リーちゃんに転移して日時を確認してきて貰う。
その間に俺達は、東大陸のスラティゴに戻る為に、出入り口のある酒の島の門まで向かう。見送りをしてくれるという事で、巫女様が付いて来てくれた。その途中、バリー隊長も合流した。
暫くしてリーちゃんが戻ってくる。
「明日の夜にロメリックの館で、試食会をよろしくお願いしますって言ってたよ?」
という事で、明日の夜にロメリックの館で厨房を借りて試食会をする事になった。
俺達は酒の島の門の所で、巫女様とバリー隊長にお礼を伝える。
「ありがとうございました。これで晩餐会も何とかなりそうです」
「いえいえ、こちらこそパラゴニアを護って戴いてありがとうございました。また遊びに来てくださいね」
そう言いながら、巫女様はうちのちびっこ達にお菓子をくれた。
「ホワイト殿の助力に感謝します。ありがとう」
巫女様と隊長に別れの挨拶をして帰ろうとした時、慌てて一人の男が駆け寄って来た。
「…待って下さい!!」
その男は軍服を着た、如何にも軍人といった感じの壮年の男だった。さっぱりとした黒っぽい金色の短髪で色白、顔付はシャープな感じでもみあげから口周りにうっすらと鬚があった。
奥まった眼は碧い瞳で真面目そうな感じだ。俺より少し背が高い。
男は肩で息をしながら、呼吸を整える。
「…す、済みませぬ。お呼び止めして申し訳ない…。貴殿がアンソニー・ホワイト殿でしょうか…?」
「えぇ、そうですが…何でしょう?」
「…差し迫った話ではないのですが、少しお耳に入れたい事がありまして…」
男の言葉に、クレアが前に出る。
「お前、先に名乗らぬとは失礼であろう?主は忙しいのだ。失礼なヤツに構っている暇などない!!」
「クレア殿、そちらはリベルト・グランテ殿です。西大陸の戦火から仲間と共に逃れてきた方ですよ」
クレアの剣幕に、バリー隊長が取り為す様に紹介をしてくれた。
「…大変失礼しました。貴殿がここから離れると聞いて急いで来たもので…」
「リベルトさん、お話とはどのような事でしょう?」
俺の問いに、漸く息を整えたリベルトが話を始めた。
「…西大陸の現在の情勢についてです。昨日、黒装束達と戦い、アルギスを撃破されたとか…。わたしはアルギスを知る者です。あの男を倒す程の力を持った貴殿に、あの不気味な宗教団体と異能の者達の動きについて話しておきたいのです」
特に急いでいる訳でもないし、アルギスとエレボロス教の話が出て来たので、俺はリベルトの話を聞く事にした。