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夢で会いましょう。

 椿姫は東大陸東端の国の王の娘だったそうだ。屋又(ヤマタ)備戎(ビジュウ)太蘇(タイソ)天登(アマト)の四部族から構成される連合体で『東鳳(トウホウ)』という国らしい。

 

 東鳳で最大勢力の部族、天登出身の天陀王(アマダオウ)は、太蘇の若き指導者の太淵(タイエン)を見込んで、娘である椿姫と引き合わせて婚約させた。


 息子のいなかった天陀王、そして太蘇の指導者だった父親を早くに失くした太淵。天陀王は聡明な太淵を迎える事により両部族の結束を強固なものにしようとしていた。

 

 部族は違えど、お互いを想い合う太淵と椿。東鳳の未来は安泰かと思われた…。しかし、ある男の『お国乗っ取り』によって、二人は悲劇に見舞われた。


 椿姫を斬ったのは、許嫁だった太淵だったそうだ。しっかりとした聡明な若者だったが、太蘇の副官、氣比田(キヒダ)の策謀に巻き込まれてしまう。


 まず、天陀王が氣比田に宴席に誘い出され毒殺された。


 当時は王は急死なされたと公式に発表されたが、椿姫が斬り殺され魂が刀に吸い寄せられた際に『刀の記憶』で全てを知ったそうだ。


 真実を知った事により、刀に宿る怨念に吸収されるはずだった椿姫の魂は強い憤りと恨みで吸収されずに刀に存在し続けた。

 

「ハッキリ申し上げます。東鳳の現王であるキヒダを殺して頂きたいのです」

「…ええぇっっ…殺せって…そのヒキダって王様なんでしょ?」

「いぇ、ヒキダではなくキヒダです…」

「…ぁ、あぁ…ごめんキヒダね…」


 ややこしいな…。ヒキダじゃなくてキヒダ王ね…なんか日本人っぽい名前だ。それはまぁ良いとして…王を殺してくれとは…かなり物騒な頼みをしてくれるな…。


 続けて話を聞く。

 

 婚約し次期王に内定していた太淵に椿姫を迎えさせ、祝儀を上げさせたキヒダは、太淵を王に就任させた。その二カ月ほど後に、キヒダは酒宴の場で、ある『無銘の刀』を新王太淵に献上した。


 その刀は一見、普通であったが若き太淵王が持った瞬間、人が変わった様に狂乱したそうだ。


 周りの家臣を斬り殺し、止めようとした椿姫をも押しのけ、よろけて後ろを見せた椿姫を背中から袈裟切りにした…。


 その衝撃の話を黙って聞いていたが、俺はおかしな点に気が付いた。


「…ちょっと待って!!話の内容からすると、刀には元々呪いがあったって事?」

「そうです。この刀は今は不名誉にもわたしの名前が付いておりますが、元々別の何かが憑いていたようです」


 『鬼椿』という名前が付いてしまったのは、その後も若き新王が狂ったように目に入る者すべてを斬り殺した際に、椿姫の名前を泣き叫び呼んでいた事から周りの者がそう呼ぶようになったそうだ。


 そして刀に銘が付いた。


 刀を献上した当のキヒダは王が乱心されたと刀を取り上げると、子飼いの配下に王の身柄を拘束させて牢へ幽閉する。


 刀を取り上げられたが、自らの手で椿姫を斬り殺してしまった為に、その精神を病んだまま発狂した若き太淵王は数週間の幽閉の後、獄死した。


 太淵から王印を奪ったキヒダは、王の席が空白になった事で自らが王の代理として政権を担う事を宣言し、そのまま王の席に居座る。


 この事件で部族間のバランスを破壊したキヒダは続けて武力によって他部族を制圧し、正式に王を名乗り、現在に至るそうだ…。


 しかし、当のキヒダはその刀を持っていても呪われない所を見るとそういう耐性を持っている能力者の様な気がするな…。

 

「…まず先に言っておくと、王を殺すのは…色々難しいと思うよ?その国に入れたとしても王には護衛がいるだろうしねぇ…」


 俺の言葉に沈黙する椿姫。暫くの後、重い口を開く。俺が般若面と戦闘しているのを見ていた椿姫は、俺ならばキヒダを殺せるのではないかと考えたそうだ…。


 しかし般若も呪いや祟りのデバフ効果はなかったように見えたが…あの時、スキル泥棒で見えた般若のスキル欄には耐性スキルはなかったけど…。


 そこの所を聞くと、ドウゲンは武術家としての修行で精神力が強く、刀からの呪いや祟りの干渉を無意識に抑えていたようだ…。

 

 しかしキヒダが持っていた刀をどうして般若…ドウゲンが持っていたのか…その辺りも聞いてみた。


 どうやらドウゲンは東鳳の忍だったそうだ…。しかしキヒダとドウゲンは面識はなく、どうやってこの刀がドウゲンに渡ったのかは不明だった。


 さて、どうするか…。


 どっちにしろ夢の中とは言え、このままだと寝不足で明日職人さんに会った時にフラフラして怒られそうだな…。そう考えた俺は、皆に相談する事にした。


「…悪いんだけど皆と相談させて貰うよ。明日大事な用があるし、取り敢えず一旦起きるからちょっと待ってて…」


 そう言った俺は、夢の世界から覚醒すべく…寝ている自分の身体へと意識を戻すと全身全霊で身体を起した…。



「…クレア姉さま、なんで起こすんじゃ…」

「そーでしゅ、まだ寝てる時間でしゅ…」

「いいから見るのだ、主がうなされているだろう?」


 クレア、ティーア、シーアがベッドの周りを囲んで男を見下ろしていた。ティーアとシーアは眠い目を擦っている。


「…確かにうなされてるでしゅね…」

「一体どういうことなのだ?やはりあの妖刀に憑りつかれて祟られているのではないのか…?」


 クレアの言葉にティーアが鑑定をする。


「…いや、特にステータス異常は見られんがのぅ…」

「…しかし、さっきから主の表情がコロコロ変わっておるが…これは何なのだ?」

「…ほんとでしゅ、うなされたと思ってたら慌てた表情になっとるでしゅ…」

「…今度は難しい顔をしておるな…姉さま、これはアンソニーが夢を見ているんじゃなかろうか…?」

「…ふむ。そうか…。しかし全然起きる気配がないな…」


 そう言いつつ、考えていたクレアがハッとして何かを思い出した。


「ティーよ、確かおぬし、主の家である物語を読んだと言っていたな…」

「姉さま、物語ってどの話じゃ…?」

「ほれっ、この間言っていたであろう?姫が王子にキスをすると目覚めるというアレだ」


 クレアの言葉に、眠そうに目を擦りながらティーアが突っ込む。


「…姉さま、それは逆なんじゃ。王子が姫にキスをすると目覚めるヤツじゃ」


 シーアはいつの間にやらコテっと横になって再び眠っていた。


「いや、逆でもイケる可能性はあるだろう?」


 そう言いつつ、クレアはベッドの上で寝ている男に跨ると顔を近づけていく。


「…姉さま、キスをするだけなのになんで裸になるんじゃ…?」


 魔法での服の装備を解除したクレアにティーアが突っ込む。それを無視したクレアは嬉しそうに唇を近づけていく。


 主が寝ている今のうちならば…。クククッ、既成事実が成立する!!


 唇まであと数十センチの所で、目の前にいる男が眠りから覚醒した事にクレアは気付いていなかった。



  俺は、目が覚めた瞬間、飛び起きる。しかし何故か目の前に迫っていたクレアに頭突きを喰らわせてしまった。

 

 ―ゴツッッッ!!


「ぐわっ!!あっ、主ッッ!!いきなり何をするのですかッ!!」

「…くぅぅぅっ、痛ってぇぇぇっ!!そりゃこっちのセリフだよ!!クレアっ、お前、何してたんだよっっ!!」

「…わっ、わらわは主がうなされておったから姫のキスで目覚めさせようと…」

「…逆だろ?それは王子のキスで姫が目覚めるヤツだよ…ていうかお前何で全裸なんだよっ?」


 …コイツ、人が寝ているのを良いことに、油断も隙もないな…。


 勢い余った頭突きに、俺もクレアも暫く悶絶していた。


「…もー、うるさくて寝れんでしゅ…」


 ちょっとした騒ぎにシーちゃんが再び目を覚ました。


「一体どうしたんじゃ、さっきからかなりうなされておったが…怖い夢でも見たんか?」

「…主、もしやあの刀が何か関係しておるのですか?」


 額の痛みを手で擦って紛らわせながら、俺は夢の事を思い出してアイテムボックスから『鬼椿』を取り出す。


「突然なんだけどこの刀に憑りついてる、というか引き寄せられて魂が捕われたままの椿姫が夢に出て来て…」

「なんですと!!襲われたのですか?主を夢で苦しめるとは、この刀、叩き折ってやりましょうか!?」


 刀を掴んで今にも膝で折りそうなクレアを慌てて止める。


「いや、待て待て待て!!椿姫が確かに夢に出て来たんだけど、俺達に頼みたい事があるって言ってるんだよ。クレア、とりあえず服着ろよ…?」

「…頼みたい事って…何でしゅか…?」


 俺はベッドの上に鞘から抜いた刀を置く。月明かりが刀の刃文に反射し、例の椿姫が映った。夜叉面は外したままだ。

 まず、怖いもの知らずのシーちゃんが近づいてみる。

 

「おおっ、刀の中に女の人がいるでしゅ」

「椿姫、大丈夫だから出て来てくれ」


 俺の呼びかけに刃文からすーっと煙が立ち上る様に霊体の椿姫が現れた。


「皆さんこんばんは。椿と申します。夜分に起こしてしまい申し訳ありませぬ」


 恐縮する椿姫の向かいでクレアが「…本当に迷惑なヤツだな…」とブツブツ言っている。


「文句は良いから早く服を着ろよ?クレア…」

「突然なのですがわたしが視える皆さんにお願いしたい事がありまして…」


 椿姫が皆に説明を始めた。



「ふむ。復讐か…しかし王を殺すのは難しいと思うがのぅ…」

「…そうでしゅね。警備の人がいっぱいでしゅ」


 妖精族二人の見解に静かに項垂れる椿姫。そんな中…。


「わらわなら簡単に出来ますぞ?」


 俺の方をチラッと見て得意気に言うクレア。一応、コイツの作戦と言うか意見を聞いてみようか…。

俺はクレアの作戦内容を話すよう促す。


「わらわが上空からブレスでその国を焼き払えば簡単に殺す事が出来ます!!」

「…姉さま、それはダメじゃろ…」


 …聞いて損した。コイツは本気で言ってるんだろうか?もうちょっとましな意見を出して欲しかった…。ていうかさっきから俺が服着ろって言ってるのに何でコイツは着てくれないワケ?


「…却下。王だけじゃなくて無関係な人間が巻き込まれるだろ?」

「ワハハッ!!主!!軽いジョークですよ、ジョーク!!」


 …そのジョーク、軽くないし全然笑えない…。何で今ジョーク言うんだよ?ゴ〇ブリにゴ〇ジェットを上から噴射するような感覚で言うなよな…。


「…クレア、ジョークは良いからとにかく服着ようか?」

「…それで、どうするんでしゅか?」


 俺は暫く考えてから口を開いた。


「俺個人は好きなやり方じゃないけど…殺るなら『暗殺』かなと思ってる…」

「…そうじゃな。暗殺しかないじゃろうな…」


 恐らく俺と般若面の戦いを見ていた椿姫もその方法を期待しての事だったのかもしれないが…。


「…でもこの方法には問題がある。俺はそのキヒダ王がどんなやつなのかは知らない。話を聞く限りでは悪いヤツだとは思うけど、もし現在の東鳳の国政が順調で、国民にとって幸せで平穏な状況であるなら…俺は無用な混乱は起こしたくない…」


 ここで一旦、言葉を止めて椿姫を含めて皆を見る。


「上手く暗殺が成功したとしよう。統治している王が急に死んだらどうなると思う?」

「…権力の空白が出来ますな…」


 クレアから、やっとまともな言葉が出た。しかし大真面目な顔をして語っているが、コイツはまだ全裸のままだ…。

 

 お前は人生という長い旅路のどこかで羞恥心というものを置き去りにして来たのか?


「…そうなんだ。その『権力の空白』が出来るとそれを狙っていたキヒダみたいなヤツが一斉に動き出す。各勢力が(シノギ)を削って戦うと、そのしわ寄せは国民に来るんだ。そうなると俺達が悪になるし、やってる事がキヒダと変わらないんじゃないかな?」


 俺の言葉に椿姫は俯いたまま沈黙している。そんな椿姫をシーちゃんがよしよしと頭を撫でて慰めていた。


「…で、どうするんじゃ?何か策はあるんじゃろ?」

「うん、あるにはあるんだけど…」


 俺の言葉に、椿姫がハッと顔を上げた。

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