リサイタル。
…何だ…?目の錯覚か…?
刃文に夜叉面を被った女性が見えた。俺は目を擦って後ろを振り向く。後ろには誰もいない…。しかし錯覚ではなく確かに刀に女性が映り込んでいた。
…コワッ!!
ゾッとした俺は慌てて刀を鞘に戻し、アイテムボックスに放り込んだ。
周囲の人達の酒も進み、宴もたけなわになった所でパラゴニアに来ていた楽団の一座が、余興に歌と舞踊を見せてくれる事になった。
楽団員達が手際よく簡単な舞台を設営していく。そして楽団が演奏を始めた。ギター、ピアノ、トランペット、ウッドベースとパーカッションで構成された楽団は、しっとりとした夜にぴったりのジャズの様な演奏を聞かせてくれた。
二曲目からは歌い手さんが現れ、演奏に合わせて歌を披露する。皆お酒が程よく廻っているので、演奏と美しい歌声に酔いしれていた。
俺はカクテルを飲みつつ、歌声に聞き惚れる。いいねぇ…。何と言うか鳥が天空を舞う様に優雅で美しく透き通るような声が俺を夢心地にさせてくれる。
そんな俺を見ながら肉を食いちぎり、ビールを飲んでいたクレアが突然聞いてきた。
「主はああいう歌が好きなのですか…?」
「…ん?あぁ、そうだね。雰囲気のある音楽も良いけどそれに乗せたハイトーンの歌も良いね」
そう言うと突然、立ち上がるクレア。ンッンンッ、と喉の調子を整えている。
「姉さま、何をする気なんじゃ?」
「まぁ、楽しみにしておれ」
「…ん?…歌う気でしゅか…?」
「オイオイ、プロが歌ってるってのに邪魔したらダメだろ…。客からブーイングが来るぞ?」
飲んでいたカクテルのグラスを置いてクレアを止めようとしたら、既にもう楽団長の前で交渉を始めていた。
…うおぉぉぉいッ!!行動が早過ぎるだろッ!!
どうするかな…。アイツ酔ってるし、止めないと大変な事になりそうな気がする…。ジャイ〇ンキャラはフィーちゃんだけでいいよ…。
そんな事を考えていると、横からふいに声を掛けられた。
「ん?わっちがどうかしたんかの…?」
「ぅわっっ!!」
びっくりして声の方を見ると、クレアの座っていた席に何故かフィーちゃんが座って足をバタバタさせていた。
「…なんだフィーちゃんか、びっくりした…。って、アレっ?何でフィーちゃんがここにいるの…?」
俺が聞くと、今になって衝撃の事実が明かされた。
「実はじゃな、戦闘が終わった後におんしがどうやって現世に戻るかルーシと美濃さんと一緒に隠れて見ておったでな?で、戻ったのを確認して付いて来たんじゃ」
………。
…マジか…。…酷い。酷い話だよ、全く…。帰れるかどうかも分からんのに、俺をほったらかしにして隠れて見てたとは…。この世界のヤツらってスパルタ加減がひどすぎるよな…。
「まぁ、そう思わんでもいいじゃろ?ほわいと。おんしも新しい転移スキルが身に付いたし、良かったでな?」
「…えぇ、まぁ…そうですね…」
…そうだ。そう言えばこの子も俺の心が読めるんだったな…。迂闊に変なこと考えてると危険だな…。
「ほれっ、あそこにルーシと美濃さんも来ておるでな?」
言われた方を見ると、少し離れた場所で魔族らしき人と話しているキルシさんがいた。幻影魔法だろうか?肌の色を白く、そして目の色はブラウンに変えていたが特徴や服装からキルシさんだと分かった。
美濃さんの方もスキルか魔法か分からなかったが、体格を二メートルほどに変化させて魔族と話をしていた。
俺と話していたフィーちゃんに、ティーちゃんとシーちゃんの二人が声を掛ける。
「フィー、久しぶりじゃのぅ」
「とってもひさしぶりでしゅ」
「そうじゃ、二ヵ月ぶりくらいでな?」
ちびっこ三人が再会の言葉を交わしている間に、俺はクレアの事を思い出して焦った。しまった!!早く止めないと大変な事に…って、あぁ…もうダメだ…。
見るとクレアはもう舞台の上に立っていた。そして楽団の演奏が始まってしまった…。ここまで来るともう止められない。俺は覚悟を決めて見守る事にした。
◇
舞台の上に立ったクレアに気が付いた客達が拍手でクレアの登場を歓迎している。
…この拍手がこの後、おそらく恐怖の悲鳴に変わるだろう…。そんな事を考えていると、横からフィーちゃんが腕をツンツンしてきた。
「わっちも何か食べても良いかのぅ?」
「…ん?あぁ、良いよ」
そう言うとフィーちゃんはうちの二人と同じロコモコをとトロピカルジュースを注文していた。
「ばーぐばーぐぅ♪はんばぁぐー♪」
フィーちゃんは歌いながら、嬉しそうに小さな体を揺すってロコモコが来るのを待っている。そうこうしていると、舞台の上でクレアが歌い始めた…。
俺は慌てて目を閉じて耳を塞いだ。ついに恐怖のジャイ〇ンリサイタルが始まってしまった…。
………?
暫くして俺は目を開けて舞台を見る。しかし恐怖の悲鳴はなく、清涼な風を思わせる、優しく繊細な美しい声が響き渡っていた。
…あれっ?ナンダコレ…w?
良く見ると、クレアはハイトーンで楽団の演奏に合わせて歌っていた。
……………嘘だぁッッ!?
舞台の上で歌っているクレアは、大股開いてドカッと椅子に座り、ガハハと笑いながらビールを飲んで、肉を喰らっているいつものイメージとは真逆だ。
先程の歌い手さんと比べても遜色はない。それ程までにクレアの歌声は澄んでいて綺麗だった…。俺は在りえない光景に、呆気に取られた…。
「姉さまは歌だけは上手いんじゃ」
「そうでしゅ、歌だけはとっても上手なんでしゅ」
二人がそう説明してくれた。歌だけは、かwクレアは調子に乗って二曲ほど歌うと、スッキリとした感じで戻ってきた。
「いや~、やはり歌うのは良いものです。モヤモヤしている時には歌うのが一番ですな!!」
そう言いつつ、戻ってきたクレアに触発されたフィーちゃんが、椅子から飛び降りる。
「わっちも歌ってくるでな!!」
ええええぇっっ!!やめてぇぇっっ、今度こそホントにジャイ〇ンリサイタル開催されてしまうぅぅぅっっ!!
俺は、走って舞台に行こうとしたフィーちゃんを慌てて止めようとしたが、その前にクレアにひょいと抱き上げられた。
「フィーよ、どこに行く気なのだ?」
「ううん、離さんか!!わっちも歌いたいんじゃ!!」
「それはまた今度だな。フィーの大好物が来ておるぞ?」
クレアの言葉に、丁度タイミング良く運ばれてきたロコモコを見てフィーちゃんが目をキラキラさせた。
「ばーぐじゃ!!ばーぐばーぐ、はんばぁーぐ~♪」
抱きかかえられたまま、両手をバタバタさせて喜んでいる。
クレアはそのままドカッと大股を開いて座ると、フィーちゃんを膝の上に乗せて、俺が置いたままにしていたカクテルを一気に煽った。
「…あっ、それ俺の…」
「ガハハハッ、やはり歌った後の一杯は最高ですな!!」
そう言いながらステーキに齧り付く。さっきまでの清涼で澄んだ感じは消えて、またいつものクレアに戻っていた…。しかし、このワイルド過ぎな、ザ・ガサツを絵に描いたようなクレアの意外な一面には驚かされたな…。
俺は別で注文していたサラダを食べつつ、クレアに話す。
「クレア、歌が上手いなんて以外だな?見直したよ」
「…フフフ、そうですか。主、わらわに惚れ直しましたか!!」
「いや、『み・な・お・し・た』だよ!!」
「ガハハッ!!やはり惚れ直したようですな!!」
コイツ…酔ってて聞いちゃいねぇな。俺は溜息交じりで立ち上がると再びカクテルを貰いに円形カウンターに向かった。
フィーちゃんはナイフとフォークを使い、まずは目玉焼きを半分にして食べる。その後、サラダをもしゃもしゃと食べていく。どうやら好きなモノは後に残して食べる子のようだw
俺はカクテルを貰って席に戻ってくる。見るとフィーちゃんは既に綺麗さっぱり食べ尽くしていた。
…はやっ!!
山盛りライスの上に、グレイビーソースがたっぷり掛かったデカいハンバーグが乗ってたはずなんだけど…。見ると口の周りがソースだらけだ…。
俺はすぐに布の端切れで口周りを綺麗に拭き拭きして上げた。
その後、満足そうにトロピカルジュースを飲みながら、うちのちびっこ二人と、食後のデザートを何にするかメニューを見て相談していた。
◇
酒の島で食事と酒を存分に楽しんだ俺達は、宿屋のVIPルームに案内された。クレアは珍しく酔いつぶれていない。
バリ島にありそうな茅葺?みたいな屋根で平屋、壁はやはり茅葺で下半分しかなく、窓は無くて風の通りが心地いい。
最低限の灯りと海のせせらぎの音に癒される。
こんな所でもクレアは平常運転だ。風呂から上がってきたと思ったら、酔ったまま全裸で俺をベッドの上に押し倒そうと襲い掛かってきた。
その瞬間、眠そうにゴロゴロしていた妖精族三体は、飛び起きるとこっちを見て目をキラキラさせる。
「…クレア、今日はもう遅いし、明日職人さん紹介して貰うんだから、そういうのはまた今度な…」
そう言うと俺はさらりとクレアを躱し風呂へと向かう。
風呂に入る前にチラッとクレアを見る。ベッドの上でうつ伏せになったまま、うきーっと両手足をバタバタさせて不満を表明していた。
暫くしてそのまま動かなくなったので恐らく酔いと睡魔に負けたんだろう…。
そんなクレアが寝ているベッドに妖精族三人が上がると、そのまま寝ているクレアが風邪をひかない様にタオルケットを掛けてあげていた。
…どっちが大人なんだかw
暫くして風呂から上がった俺も、服を着てベッドに入る。ちびっこ達も既にお休みタイムに入っていた。俺もかなりお酒を呑んでいたのですぐに眠りについた。
◇
明日早くに鮨職人さんを紹介して貰うので風呂に入った後、すぐにベッドで眠りについた…。しかし、眠っていたはずの俺は、何故か薄暗い靄の中に立っていた。
…あれ?…ここは…どこだ?
周囲を確認してみるが、特に何もないし誰もいない。なんだこれは…夢か…?
その時、突然背後から声を掛けられた。
「…こんばんは」
俺は驚いて慌てて後ろを振り返った。しかしそこには誰もいなかった…。
なんだ?何が起こってる?
必死に状況を把握しようとしていた俺の背後から、再び声が聞こえた。
「…こんばんは…」
静かな、心の底から這い出て来るような声…。声がどこから聞こえるのか分からなくて辺りを見回す。
やはりどこにも声の主らしき者は見えない。
なんだよ、変な夢だな…。そう思いつつ前に向き直ると、目の前に夜叉面を付けた女性が立っていた。
「…うわっっ…」
俺は、思わず声を漏らした。俺はすぐにバックステップで距離を取った。
…心臓に悪いわ!!
不意に声を掛けられて振り向くとそこに女性が立っていた。夜叉面を付けた女性の口元が笑っている。
…妖刀『鬼椿』に憑りついている椿姫か…?
その女性は刀に映り込んでいた女性そのままだ。やべぇ、呑み過ぎたかな?こんな変な夢見るなんて…。
「…ふふふふふっ…」
結構若い感じの声だ。戸惑っている俺を見て笑っている。
「驚かせたようで済みませぬ。もうご存じかと思いますが刀に宿る椿と申します」
「…はぁ、そうですか…どうも…俺はアンソニー・ホワイトです…」
「あなた方はわたしがお視えになるのでしょう?」
そう言いつつ、椿姫は夜叉面を外す。艶やかな黒い髪でボブカット。ぱっちりな瞳は目尻が少し下がっていて二重瞼。鼻と唇は小さく、柔らかそうなぷにぷにの頬。肌は透明感のある白さだ。
面の下から現れたのは、まだあどけなさの残る十代半ばであろう可愛らしい女性だった。
「…えぇ、まぁ…視えますよ…?」
「そうですか、良かった。今までこの刀を所有されていた方々はわたしがお視えにならなかったもので…」
「ちょっと待って…これ、俺の夢の中だよね?どういう事?意図的に夢の中に入って来たって事?」
「そうです。いきなり刀から出てお願いをしてホワイトさんのお連れ様に消されても困りますので…。それでこういう形でお話させて頂こうかと…」
そう言いつつ、
「突然で申し訳ないのですが折り入ってお願いしたい事があるのです」
椿姫は後ろを向くと着物をはだけさせ、真っ白に透き通る背中を見せる。俺は思わず、その背中にある大きな刀傷に言葉を失った。
これは…後ろから袈裟斬りにされたのか…確かスキルの説明文に殺されたってあったな…。背中を見せた椿姫が言う。
「お願いしたいのは『復讐』なのです」
「復讐…ですか…?で、一体、どこの誰に復讐するの…?」
俺の問いに、椿姫が経緯を話してくれた。