盗賊ウスバ。
『龍眼』でスキルの残滓を確認した俺は、危険を感じてタガーを抜いた。直後に後に気配を感じて振り向く。後ろの空間から飛び出し、俺の背中を狙っていたナイフをタガーで弾いた。
「…チッ!!気付きやがったか!!」
俺の目の前に、バンダナを頭に巻いた目付きの悪い猫背の男が、スゥーッと現れた。
「驚きだな。動きの速い野郎だ、勘が良いのか…?」
その男は素早い動きで俺に二回、三回とナイフを突き出してくる。俺はそれをタガーで難なく弾き返した。
「俺も驚いたわ。まさかゴミの中に電撃食らって動ける奴がいるなんてな」
バックステップしつつ、ナイフ攻撃を弾き返す俺に、男は横薙ぎ、突きで連続攻撃を繰り出してくる。俺達の応酬の間に、三人も駆け付けてきた。
「お前…カゲロウ盗賊団の頭、ウスバだな?」
グレンさんの言葉に、薄笑いを浮かべる男。
「…隠れる能力を持っていたのか。道理で捕まらない訳だ…」
続くフィルさんの言葉に、盗賊ウスバが笑う。
「俺の事、知ってるヤツがいたのか。俺も有名になったもんだ、ククッ…」
しかしコイツ、余裕だな。四人に囲まれて平然としてる。これは何かあるな。そう感じた俺は、ウスバから距離を取ってレーダーマップを展開させた。
グレンさん、ボルドさん、フィルさんの三人も集まってきたので、ウスバも警戒して俺を追撃してくる事は無い。慎重に様子を窺うように俺を見るウスバ。
「オイッ!!そこの三人よりお前ッ!!」
目の前のウスラハゲロウが俺に向かって叫ぶ。
「二人のガキを連れて珍しい装備のヤツ!!お前だな!?最近、うちのモンを片っ端からヤッてるヤツはッ!?」
「…ん?ああ。ゴミ掃除の事か…?」
俺はレーダーマップを広域で展開して周辺を確認しつつ適当にヤツに話を合わせる。
「確かにゴミ盗賊を片付けてるのは俺だけど?全然手応えないけどな…」
そう言いながら、俺はレーダーマップを見ていた。森の中を別の三十人程の赤い光点が移動しているのを確認した。やっぱりいたか。
「…俺達がゴミか?言ってくれるぜ…。そう言うおまえは何モンだ?」
「アンタがそれを知る必要はないね。お前ら、どうせすぐに片付くゴミだからな!!」
「テメェッ!!挑発してるつもりかッ!?」
コイツは時間稼ぎしているようだな。仲間が完全に馬車の背後を取るのを待っているのだろう。俺は…もう待つ必要はなくなった。
コイツのスキルも視えたし、森を移動しているヤツも確認出来た。盗賊達は、既に馬車の背後に近づきつつある。すぐに三体に密談スキル『ひそひそ』で伝えておく。
ティーちゃんとシーちゃんがいれば大丈夫だろう。ヤバくなったらリーちゃんに転移してもらえばいいし。まぁ、そんな事にはならんと思うが。
俺は、ウスラハゲロウのスキルを見る。
『大気光象』大気と光の屈折を利用して姿を消す。攻撃を仕掛けるか受けると解除。スキル発動中は動きが遅くなる。青色スキル。
良いね!!コイツ、面白いスキル持ってるわ。一応、貰っとくかw
◇
後方では、前線の戦闘が終わったのを確認していた。その直後に、突然の『ひそひそ』での連絡を聞いたティーアが、くるりと後ろを向いた。
「…ん?どうした?」
エルンが聞くが、ティーアは沈黙したままだ。
「あねさま…もう来てましゅ…」
同じく、シーアも振り向いて後ろを見ていた。
「…まさか…別働隊の奴らが周り込んで来てるのか?」
後方を見る子供二人の動きから、エルンが察した。
「…まずいわね。わたしはまだ動けないし…」
ルーシュの言葉に、エルンの顔付が険しくなる。後方は森に繋がっている。相手が何人いて、どう動いているのか分らない。姿を確認した時に、広く展開されて囲まれたら打つ手がなかった。
しかも怪我人が一人、非戦闘員が四人。余りにも不利だ。
エルンに焦りの色が見える。ホワイトと前衛の三人は、敵を全員無力化させたのになぜか戻って来る様子がなかった。
焦るエルンの足元で、シーアが少し前に出る。
「あねさま、シーが行きましゅ!!」
そんなシーアをティーアが止める。
「シーはこの前、クマと闘ったじゃろ?今回は相手がゴミでも大人数いるからのぅ、わたしがやる」
二人のやり取りに、エルンとルーシュが慌てる。
「…ちょッ、ちょっと待ってくれッ!!ダメだッ!!ホワイトさんに二人を見るように言われてるんだ。ここにいてくれッ!!」
「…そうよ。二人を危険に晒すわけにいかないわ、二人ともここにいて。わたし達が何とかするから…」
二人の心配をよそに、ティーアが静かに応えた。
「大丈夫じゃ。ここから動くことはない。二人とも心配せんでな?」
そう言うと再び、森の方へ向く。そして小さな右腕を上に伸ばすと、モミジの様な掌を天に向けた。
「…コール、シルフィア。仕事じゃ、来たれ…」
その言葉と同時に、ティーアの小さな掌を中心に、精霊のエネルギーが渦を巻いて徐々に集まってくる。
「…こ、これはっ!!」
…驚くルーシュに、エルンが尋ねる。
「なんだ?何が起きてる…?」
「…ま、まさかっ!!…こんな小さな子が…精霊を呼ぶなんて!!…あ、ありえない…」
エルン、ルーシュ、そしてカルダモンと従者レイモンの四人が上を見て驚いていた。
≪久しいの、ティーアよ≫
≪うむ、シルフィア、来てくれて感謝する≫
ティーアの掌の上に、風を纏った半透明の巨大な人型の精霊が出現していた。
「…じょ、冗談だろ…?」
その場にいる全員が、目を見開いて呆然としていた。
「シルフィア、ジャベリン!!」
ティーアの言葉と同時に、巨大精霊の周りに尖った螺旋状の風の槍が無数に出現する。
「森の中にいる対象をロック、殲滅じゃ!!」
ティーアの掌が、森の中に向かって振り下ろされる。その瞬間、無数の螺旋の槍がビュンッビュンッと風を切って飛んで行った。
「ぎゃああッッッ!!」
「ぐわァァァッッ!!」
「ぐほォォォォッッ!!」
…森の中に阿鼻叫喚の声が響き渡る。そしてあっという間に静かになった…。ティーアは森を荒らす事なく、一瞬にして三十数人の盗賊の別動隊を殲滅した。
◇
後方での阿鼻叫喚の声が聞こえた瞬間、俺の目の前にいるウスバの顔から余裕が消えた。どうやらティーちゃんとシーちゃんの二体が別動隊を殲滅したようだな。
後方を見るウスバは顔を蒼褪めさせて、身体を震わせていた。
「…お、オイッ…な、なんだありぁ…」
「…フッ、そうやって俺の視線を誘導してる間に逃げる気だろ…?」
しかし、ウスラハゲロウは俺の言葉には何も反応しない。顔を蒼褪めさせたまま、後ろの何かを見て恐怖していた。
「オイッ、ホワイトッ!!なんなんだあれはッ!!」
…ん?グレンさんまで何言いだすのやら…。フィルさんとボルドさんも、しきりと俺に後方の何かを確認させようとする。
…仕方ない。俺はウスバが逃げない様に警戒しつつ、後ろを確認した…。
「………げっ!!…なっ、なっ、なっ、なんじゃありゃぁぁぁぁーっ!!」
風を纏った、半透明の巨大な人型の何かが、馬車の傍に出現していた。
「オイッ、ホワイトッ!!あれもお前のスキルかッ?」
「こんなに離れているのに俺のスキルな訳ないですよっ!!」
ボルドさんに聞かれたがこんなに離れているのに俺のスキルなわけがない。しかし、あれは…精霊…か?精霊のエネルギーを感じた俺は、アレを誰がやったか分かった。
…ティーちゃん、やりすぎいぃぃぃっ…!!
精霊魔法は俺の想像以上に凄まじいものだった…。
「ホワイトッ、ウスバが逃げるぞッ!!」
呆然としていた俺は、フィルさんの声でハッと我に返る。慌てて俺は、ウスバを確認した。『大気光象』を使って、完全に消えている。しかも数十メートル程、すでに後退していた。背後に周り込んだ仲間がやられたと知って逃げるつもりだろう。
絶対に逃がさん!!コイツのスキルを貰わないとな。
「ホワイトッ、逃がすなッ!!」
グレンさんにそう言われたが、俺は落ち着いていた。捕まえる自信はある。だって龍眼で見えてるもんねww
ただ、ヤツのスキルを抜く前に、確認しときたい事があった。
「フィルさん、目が良いですよね?」
「ああ、かなり自信があるぞ?」
「アイツの消えるスキル、見えます?」
フィルさんは、よく目を凝らして見るが、どうやら見えないようだ。視力が良いと見えるとか、そう言うスキルではないようだ。
増々、良いね!!
「…ホワイト、お前は見えるのか?」
フィルさんに聞かれたので答えた。
「ええ、視えますよ。そう言うスキル持ってるので」
「マジかよ?お前、良いスキル持ってるなぁ…」
グレンさんが驚く。
「じゃ、捕まえてきます!!」
そう言って、俺はファントムランナーで走る。ウスバは既に百メートル以上、離れていた。神速だと長い距離は移動出来ない。あくまでも、ある一定の範囲だ。体感だと、自分を起点にギリギリ三十メートル位かな。
龍眼で視えているので、すぐに追いついた。コイツ、見えていないと思って油断してるなw?
俺はいきなりウスバの首を後ろからガッと掴んでやった。そして、軽くサンダークラップを発動させる。
―バチバチッッッ!!
「グハッ…!!」
その瞬間、大気光象が解けた。
「クソッ…て、テメェ…!!どうやって…なんで分かった…!?」
「残念でした。ウスラハゲロウくんよ。俺はお前みたいに隠れる能力を持ってるヤツが視えるんだよ…」
「オイ、ホワイト。そいつの名前はウスバだぞ?」
いつの間にやら、三人も来ていた。
「グレンよ、ホワイトはわざと言っておるんじゃ!!」
「…え?、あ、そうなのか…?」
ボルドさんとグレンさんの会話はスルーして、俺はウスバに宣告する。
「俺に会ったのが運の尽きだったな。さぁ、悪事を働いた代償を払ってもらうとしようか!!」
「…クソッ、放しやがれっ!!テメェッ、何する気だッ…!!」
後ろの三人の手前、スキルを貰うとは言えないので、『無効化する』と誤魔化した。
「ウスラハゲロウくんよ、お前のスキルを無効化させてもらう…」
スキル『大気光象』の抽出はすぐに終わった。
「バイバイ、ブリー!!(チンピラ) 今日からオマエはスキル無しのゴミに格下げでーす!!」
俺はウスバにパラライズボルトを喰らわせて動けないようにすると、三人にウスバを引き渡した。
「…後はご自由にどうぞ」
◇
「…ホワイト、お前一体いくつスキル持ってるんだよ?」
馬車に向かって戻る途中、グレンさんに聞かれた。
「しかも見た所、お主スキルを同時併用しておるな?」
ボルドさんにも聞かれたので、歩いて戻りながら俺は適当に答えた。
「うーん、五つくらいですかね?」
「オイッ、ホントかッ!?」
フィルさんが驚く。
「ん?皆、幾つか持ってるんじゃないんですか?」
俺の疑問に、三人が応えてくれた。
この世界ではスキルを複数持っているのは一般人ではほぼ、いないそうだ。長い訓練を経て、魔法やスキルを習得する者は冒険者やハンターがいるくらいで、それでも極僅か。先天的にスキルやら魔法を持っているのは、召喚者、転生者などの異世界人だけ。
その異世界人でも、二つ以上の複数のスキル持ちは、そうそう居ないようだ。
そういえば森のモンスターは複数持ってるやつがいたな。そう考えたら妖精の森のモンスターはかなり強い。人間や亜人達にはかなりの脅威になるだろうな…。
スキルの数を適当に誤魔化したつもりだったが、それでももうちょっと控えめに言っとけばよかったかなと思った…。
でもまぁ、既にファントムランナーとサンダークラップ、隠れているヤツが見える、と言ってしまっているので、変に誤魔化すより良いだろ…。
前衛三人と一緒に、拘束したウスバを引き摺って馬車の方へと戻る。その途中、ウスバが騒いでうるさいので、サンダークラップを強めに喰らわせて気絶させた。
戻っていく馬車の向こう側に、先程の精霊とは違う巨大な何かが、森の中にいるのが見えた。