希望的観測というものは大体、期待通りには行かない。
無事パラゴニアの防衛に成功し、俺達は大天幕のお店で食事をする事になった。
食事と飲み物が運ばれてきたので、改めて隊長の乾杯の声で食事を始める。今回の突然の襲撃について話しつつ、話は巫女様と隊長二人の話になった。
どうやら二人とも召喚者であり、スキル持ちの能力者だそうだ。俺は近くにいたので二人のスキルが視えていた。巫女様は『ランドメイカー』と『祈祷』、隊長は『ガーディアン』と『べイカー流銃砲術四式』を持っていた。
地獄でフィーちゃんにも叱られたし、失礼に当たるのでこれ以上は視ないようにしとこう…。そう思っていたら二人が話をしてくれた。
二人は江戸末期、文久の頃に出会ったようだ。…ん?召喚魔法エネルギーって時空超えるのか?
俺は二人の話を聞いた。二人は江戸の幕末期の人物の様だ。
隊長はバリー・フリントというアメリカの海軍将校。巫女セイは本宮 勢といい、日本の小さな港村の山の上にある神社の巫女をしていたそうだ。
その港村にバリーと配下数人が寄港した時に二人は出会った。
村長と村人達は密かにバリー達を歓迎したが、時は幕末で尊王攘夷が叫ばれていた時代。攘夷志士は異人に対して厳しかった。
すぐに情報を聞き付けて、突如、港村に乱入する攘夷志士達。そしてバリー達を庇う村人達と攘夷志士達の間で一触即発の事態となった。
隠し立ては許さんと村の家屋を破壊し、村人を切り殺す志士達。村人は助けを求めて山の上へ逃げていく。それを追い掛けるように集まってくる攘夷志士。
神社にて宮司、巫女勢と話をしていたバリー達は突然の騒ぎに慌てて外に出る。
目の前では村長が攘夷志士達を説得していた。
「お侍様、あの方達は補給の為に数日、こちらに寄港されているだけです。明後日には出港するのです。何卒ご容赦を…」
「えぇィッ!!やかましいッ!!斬り捨てるぞッ!!」
刀を振りかぶった志士の動きが止まる。バリー達、海軍士官達がピストルを構えていた。一触即発の中、巫女であるセイが現れた。
「この様な神聖なる場所での暴挙は許されるものではありません。この方達は外国から来られたというだけで、悪さをしている訳ではないのです。むしろ村の人達に世界がどんなものであるかを話し教えて下さっているのです」
言い募る勢に、志士達は刀を抜いたまま叫ぶ。
「神に仕える巫女が外来の男達に洗脳されたか!!穢れた者達めッ!!ええィッ!!火を掛けろッッ!!神社ごとこヤツらを燃やしてしまえ!!」
志士達が狂乱し叫ぶ。
「そのような罰当たりな行為はお止め下され!!」
食い下がる村長を蹴り倒し、刀で斬り殺そうとしたその瞬間―。
巫女、勢の皆を護ろうという強い想いが、時空を超えた召喚のエネルギー波に捉えられ、一瞬にしてその場にいた者達が召喚されてしまった。
降り立った地は、西大陸の西端。
この世界に降り立った瞬間、再び時が動き出す。村長が切り殺される前に、バリー達、海軍士官のピストルが火を噴いた。
銃弾に倒れる志士達。
銃弾に倒れた仲間を見た志士達は周囲の状況の異変もありパニックを起こして森の中へと逃げて行った。
突然の周囲の異変に戸惑うものの、バリー達は冷静に村長と勢、村人達を護りつつ、どこに来たのかも分からなかったが、村人と海軍士官たちは協力して生活を始めた。
生活していく中で、スキル、魔法などに気が付いたようだ。
最初は森を開いて居住区を作ろうという事だったが、森に逃げていた志士達がモンスターに殺されているのを発見し、断念する。
そこで自らのスキル『ランドメイカー』に気付いたセイが、海の上に島を創る事を提案し、安全の為にも海の上に島を創っていく事になった。
『ランドメイカー』は大地から精霊にエネルギーを送り、島を生み出すスキルである為、大陸よりの近海でしか発動出来ない。
巫女セイ、バリー、宮司、村長らが、西大陸の浜辺から充分な距離と場所を選定し、セイが最初の島を創り出した。
召喚エネルギーで一緒に飛んできた海軍船で島に渡り、村人たちは協力して島の丘に簡素な神社を建設する。
鳥居も作り設置して、その周りを建物で囲んでギリシャの神殿のような作りにした。
村長と宮司、バリーが話し合い、巫女セイを統治者とし、バリーを警備隊長、宮司、村長は補佐として巫女を支えつつ、島を繋げて発展させていく。
その規模によって一度島を作ると、数カ月から数年、スキルは使えなくなるが、セイとバリー、そして宮司と村長が大きさなどを策定して、海に島を作り繋げていった。
そして巫女セイはスキル『祈祷』を使い、各島を創るごとに資源を生み出していく。
それが数年続き、群島の形となり、今のパラゴニアが出来上がったそうだ…。島を創り出すスキルか…スケールのデカい話だな…。
◇
二人の話を聞いた後、続けて俺達が何故ここに来たのかを聞かれた。俺は、漸く本来の目的を思い出した。
海苔と醤油が欲しい事を伝えると、パラゴニアの魚介の島と農耕の島で製造し販売しているようだ。
パラゴニアを助けたという事で、今回もその二つは無料でいいとの事だった。海苔と醤油で何をするんですか?と巫女様に聞かれたので、刺身と鮨の件を話す。
巫女様の話だと、ここパラゴニアでも旅館や宿屋で鮨を出しているようだ。ちなみにシャリ玉を握れる職人さんがいるか聞いてみた。
どうやら召喚された鮨職人がパラゴニアの噂を聞いて、ここで働いているらしい。色々お伺いしたい事があって…と俺が言うと改めて明日にでも紹介しますよと言ってくれた。
これでシャリ玉握りの練習が出来るな。いや、むしろいっそのこと職人さんに来て貰うか…。俺は諸々の材料が揃ってきたのと、シャリ玉が何とかなりそうなのでほっとした。
◇
巫女様と隊長はクレアのお供をしていた戦士達にも、挨拶とお礼を言って周る。俺達はビールを飲み、肉を食べながら戦闘の話をしていた。
「クレアに貰った『すり抜け』スキルで何とか助かったよ」
「そうでしょうとも!!主、これで増々、強くなりましたな!!」
そう言いつつ、クレアが思い出した様に、一振りの刀を俺に見せる。
「これは先程、神殿内で拾ったものです。戦利品として、これもわらわから主に献上しますぞ」
良く見ると般若面が使っていた刀だ。クレアが恭しく俺に刀を差しだしてくる。
刀を受け取ろうとした俺は、ティーちゃんの視線に気づいた。なんかありそうだな…。クレアは早く受け取ってくれと言わんばかりに刀を差し出す。
俺は気にせず、刀を右手で掴み、受け取る。そのまま龍眼で観察してみた。装飾などは施されていない、ごく普通の刀の様に見えるが柄の部分から、ただならぬ気が漏れ出しているのが視えた。
…これは!!…何だw?
「どうですかな、主?ティーの鑑定によるとそれは相当の業物の様ですぞ…」
期待を込めた様な視線で俺を見るクレア。危険そうな気が漏れ出し、俺の右腕を浸食しようとしていたが精霊の籠手のお陰なのか、それ以上、腕に絡み付いてくることはなかった。
「…これは相当危険な刀みたいだな?確かにクレアの言う通り、俺が預かっていた方が良いかもね…」
「フフフ、主。気に入りましたか?」
「…あぁ、なんか凄い刀っぽいのは解ったよ…」
クレアの言葉に、取り敢えず適当に答えておく。続けて刀を観察しつつ、俺はティーちゃんに聞いてみた。
「ティーちゃん、コレちょっと鞘から抜いて見ても良いかな?」
「…ふむ、それは良いんじゃが…何ともないんかの…?」
「何ともないかって…何がw?」
そう言いつつ、俺は少しだけ刀を鞘から抜いて見た。
刃文が妖しく光っている。そして鞘から少しだけ刀身を抜いた状態だったが、俺の脳内にスキル情報が流れ込んで来た。
『鬼哭怨呪』、信じていた者に斬殺された椿姫の悲しみの念が刀に強く残り、怨念が段々と強くなり妖刀『鬼椿』となる過程で形成されたスキル。
『鬼』で持つ者の脳を支配し使用者の力を上げる。
『哭』で周囲に剣圧を飛ばし血の雨を降らせ、複数人を一気に斬殺する。
『怨』で殺した者の魂を引き寄せ更に強い念を形成させる。
『呪』で最終段階に入り、発動すると、怨念が使用者に乗り移り死ぬまで刀を振り続けて周囲の者を殺し続ける。
…コワッ!!
コレ、完全に呪いのアイテムじゃねーか…。クレアのヤツ、何が献上だよ…。しかしこんな危険なモノ、そこら辺りに放っておく訳にもいかないからな…。
アイテムボックスの肥やしにしとくか…。
「クレア、ありがとう。これは俺が預かっとくよ」
そう言いつつ、妖刀『鬼椿』をアイテムボックスに放り込む。
「…それは良いんですが…主…。何か異変は感じなかったのですか…?」
「…いや。特に何も感じないけど…」
「ほんとに何ともないんでしゅか?」
「そうじゃ、何か体調が悪くなったとかそういうのはないんかの?」
リーちゃん以外の三人が俺に、異変が無かったか聞いてきたけど…別に俺には呪いとか祟りの効果は付いていない。
リーちゃんはロコモコだけ食べて眠くなってきたのか何も言わず、ティーちゃんのポケットに潜り込んでお休みタイムに入ろうとしていた。
「うん、全然何ともないね…」
俺の言葉に、何故かクレアが焦ったような顔を見せる。
「…アンソニーよ、あの刀は相当な禍々しいエネルギーを持つ妖刀なんじゃが…」
「…あぁ、スキルが見えたから分かったよ」
「何で呪いとか祟りが起きないんでしゅかね…?」
そう言われてもなぁ、俺も『スキル泥棒』でスキル自体見えて妖刀って解ったけど何にも起こらないんだよな…。クレアは焦りまくって俺の身体をやたらと確認している。俺は呪いや祟りなどの異変が起きない理由を考えてみた。
般若面に拳の表面を切られて、肩も刺されてるからなぁ…。ワクチンみたいに耐性が付いたのか…。
…さすがにそれはないか…。
それか俺のステータスが振り切れ過ぎてて呪いも祟りも効かないのか…。
後、考えられるのは『ゾーン・エクストリーム』だな…。呪いや祟りが攻撃と認識されているのかもしれない。
それだと、呪いや祟りは極限まで遅くなり、すぐに俺に到達する事はないだろうな…今は…。
何か当てが外れたようなクレアは、がっくりしたまま溜息を吐いて、円形カウンターの方へと向かった。クレアが離れたタイミングで、二人に『ひそひそ』で聞いてみた。
≪何で皆、あの刀と俺の体調を気にしてんのw?≫
≪いや、クレア姉さまがでしゅね…≫
二人から事の経緯を聞く。
≪…なんだ、そんな事だろうと思ったよ…≫
≪いや、注意はしたんじゃがのぅ…≫
≪ああいう人…いや龍は思い込んだら折れないでしゅからね…≫
俺も呪いや祟りが起きない理由を二人に話した。
≪…そうか、カイロシエル様にスキルを創成して貰ったんじゃな≫
≪それなら納得でしゅね≫
≪取り敢えず刀は俺が預かっとくよ。刀のスキルも見えちっゃたし、放置してたら危険だからね≫
≪それが良いじゃろうな…≫
クレアは両手にビールジョッキ四杯を持って戻ってくるとドカッと座って豪快に飲み始めた。そして肉を噛みちぎり、これもまた豪快に喰らっていく。
当てが外れてやけくそ気味のようだが、希望的観測というものは大体外れるものだ。豪快に飲み食いするクレアを横目で見つつ、俺はビールを飲みながら考えていた。
俺と闘っていた般若面は、刺突と斬撃が中心だった。この刀のスキルを使っていた様子は全く見えなかったが…。椿姫の念とスキルが付いている事に気付いていなかったのか…?解ってはいたが使いこなせなかっただけなのか…。
俺は気になって、再びアイテムボックスから刀を出してじっくりと見る。
やっぱり、ごく普通の刀にしか見えないが何か気になる…。
俺は刀を少しだけ抜いて見た。じっと見ていると妖しく光る刃文に何だか魅入られていくようだ。
刀の角度を変えると一瞬、刃文の中に着物を着た鼻から上を夜叉面で隠した女性が見えた。
…あれっ?目の錯覚か…?
俺は思わず後ろを振り返った。