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殺ったのは誰か?

 地獄での戦闘によって、アルギスが魔皇フィーアに消滅させられた同時刻。


 東大陸、王国領シャリノア―。

 

 二十四時間体制の深夜の医務室で突然、エミルは飛び起きると取り乱して叫んだ。


「…そんな!!これは…ま、まさか…アルギス様がッ…!!」


 上半身を起こし、突然一人叫ぶエミルに当直の回復士が驚き、座っていた椅子から転げ落ちそうになる。

 

 そんな回復士には眼もくれず、エミルは耳の付け根に意識を集中する。

 

 昨日から、そこにあるチップが機能停止している事に気付いていた。恐らく、この前、戦った男がやったのだろう…。


 しかし、あのチップはアルギス様の能力(スキル)によって生み出されたものだ。機能が停止していても、チップが存在する限りアルギス様とのリンクが切れる事はない…。


 最後に連絡が来たのは、別行動でアルギス様が西大陸西部を攻略している時だった。

 

「内部工作は任せた」


 と言われた。


 そのアルギス様の言葉を背に、わたしはこの王国の食糧庫とも言われるシャリノアへの工作に掛かった…。


 教皇領の配下と帝国側の能力者、毒島(チンピラ)と帝国兵を従えて三日目。合流するはずだった砂の王国の者は現れず、早くもこの王国の調査を任されたヤツらが来た…。


 忌々しい。ゴミの癖に、このわたしの能力を(ことごと)く破ったオッサン…。そしてわたしが発現したスキルも、アルギス様に与えられたスキルも全て抜き取った男…。


 しかし、わたしはこのまま負けたままでいる訳には行かない!!教皇代理として、わたしを『聖女』として認定し、わたしに能力を与えてくれたのだ。


 地球で散々な目に合ったわたしに、復讐する機会を与えてくれるとまで言った…。


 戦闘に敗北し能力を失っても、ギルドマスターの老婆と、村長と名乗る男に尋問を受けても、わたしが折れず突っぱねたのは教皇代理であるアルギス様の存在があったからだ…。


 その神秘性と、凄まじいスキルと魔法の威力を何年かの間、その傍でわたしは見ていた。大軍を蟻を踏み潰すが如く、消し去ってしまう絶対的強者。


 そんなアルギス様が…。


 今、この瞬間にわたしはリンクが切れた事を確信した。チップから出るアルギス様のエネルギーがなくなったのだ…。アルギス様の一部であるチップそのものが消えたと感じた…。

 

 それはつまり、西大陸でアルギス様が何者かに…。


「…そんなッ…そんな事ッ…そんな事がある訳ないッ!!…あの、あのアルギス様がッ…そんな…そんな事を出来る者など…この世界には…」


 突然、飛び起きて騒ぎ出すエミルに、医務室当直の回復士が慌てて助手にマスターを呼んで来るように指示を出す。


 回復士の助手に呼ばれ、すぐに起きたマスターマロイは急いで医務室に向かう。ギルドの当直職員も騒ぎを聞いて駆け付けた。


「…何があった?」


 マスターに問われた当直の回復士が慌てて答える。


「教皇領の者が突然、起きて騒いでいまして…」


 そんな回復士を威嚇する様に、声を上げるエミル。


「うるさいッッ!!ゴミ共がッ!!早くこの拘束を解けッ!!」

 

 両手両足の拘束具を引き千切らんばかりに暴れるエミル。叫ぶエミルにマロイが一瞬にして接近した。


「…騒ぐな。ここには他にも患者がおるのじゃ…」


 静かに、そう言うとマロイはエミルの頭を押さえ、瞬時にその額、胸の真ん中にスキル『心鎮点穴(しんしんてんけつ)』を打ち込む。


 『心鎮点穴』は点穴(各部位)を突く事により、相手の心を鎮め動きを抑えるマロイのスキルである。その瞬間、騒いでいたエミルは電池が切れた人形の様に声も動きも止まる。そしてスーッとその瞳を閉じた。


 その後、すぐに回復士が鎮静剤を打つ。マロイは心鎮点穴と鎮静剤で再び眠りに落ちたエミルを見る。


「…能力を失ったというのに、この娘は精神力が折れないねぇ…」


 呟きながら、数日前の水質汚染調査の時の報告を思い出していた(…人を操るマイクロチップはホワイトが機能停止させたと言っていたが…)


「…何故この娘は急に騒ぎ出した…?」


 マロイから聞かれて、ようやく落ち着いた回復士が答える。

 

「…鎮静剤が切れていた様です…。急に飛び起きて『アルギス』という者の名前を(しき)りに叫びまして…」


 回復士の言葉に頷きつつ、話を聞くマロイ。


「詳しくは解りませんが名前に『様』を付けていた感じから、その者をかなり信頼していたようです。その男が消えたか、殺されたかの様な感じでした…」

「…ふむ。この娘に深く関わる者、か…」


 回復士の見解にマスターが考え込んでいると、村長ゴーリックも現れた。


「先生、何かありましたか…?」

「…この娘が騒いでねぇ。ところでゴーリック、『アルギス』という名前について情報はあるかい…?」


 そう聞かれたゴーリックは、ふむ、と考え込む。暫くして思い出した様に話を始めた。


「…ここ数年程の事ですが、『砂の王国』に潜り込ませている『影』からの情報で、教皇領で新たに教皇代理として現れたのがそのアルギスという者だそうです。スキルを付与する事が出来るそうで、謎の多い危険な能力者だと言う話ですね…」

「…ううむ」


 (うな)るマロイ。


「話の流れからすると、その教皇代理アルギスという者がこの娘に能力を与えたと見て良さそうじゃな…」


 頷きながらゴーリックが話を続ける。

 

「ホワイトくんはこの娘が操られている可能性を言っていましたが…。この前の尋問の時の事を考えると、この娘さん自らがその教皇代理とやらを強く信奉しているように見えますねぇ。チップとやらが機能停止しても、変わらない所を見るに何もしゃべらないでしょうね。この娘さんからは情報は得られないかと思います…」

「うむ、同感じゃな。聞いても話すまいよ…。こちらで調べるしかなさそうじゃな…。『影』に鳩を飛ばし調べさせるのじゃ…」


 マスターの指示で当直の職員が動き出した。



「…しかし先生、教皇領から『聖女』認定されていたこの娘が強く信奉する程の者、しかも教皇代理と思われる実力者が殺されたとして…やったとしたら何者なんでしょうね…?」


 村長の問いに無言で思案に耽るマロイ。暫くして逆に村長に問う。


「…ゴーリック、お主はどう思う?そんな危険な輩を倒せる程の者がこの世界におるかのぅ…?」


 聞かれたゴーリックが考え込む。


「うーん、何分その教皇代理とやらの能力が未知数ですからねぇ…。しかし、この王国の者で対抗出来る人間がいるとしたらフリーのSランクハンターくらいかなぁ…。ジョニー、逸鉄(いってつ)くん、ホワイトくんの三人ならもしくは…やれるかもしれませんが…」


「…三人いずれも尋常ではない力を持っている危険度が高い人物として王都からの『影』が監視に付いておるヤツらじゃからのぅ…」

「ジョニーは北部国境戦線で帝国軍、二個師団を一人で壊滅させています。逸鉄くんは東部国境戦線で帝国の能力者で『英雄』称号を持つ者を一騎打ちで倒し、戦況を完全にひっくり返しましたからねぇ…」

「…そしてホワイトはカイザーセンチピードを倒しておるな…。『特殊甲殻』を粉砕、破壊して宮廷の最高魔導師のサエク様を驚かせたそうじゃ…」


 マロイの言葉に頷きつつ、続けてゴーリックが話す。


「砂の王国に『サネル』という危険な能力者がいた様ですが…そのサネルは工作中に、ホワイトくんとこのピンクのちびっこに手を出して返り討ちに会ったとか…ロメリックが言っていましたねぇ…」

「…そうじゃ、その話もにわかには信じがたいが…あの可愛らしいちびっこ達がのぅ…」

「…その後、入った情報では精霊を召喚する事が出来るとか…。しかも緑のちびっこの方は原理は分かりませんが、あの小さな体格で格闘をやるらしいです…」


 マロイは苦笑いを隠せない。


「しかもホワイトくんとこは奥さんを名乗っていた女性も居ますからね。三人とも人間とは思えないですねぇ。ちびっこ二人は恐ろしい程の魔力を感じましたし、奥さんは何と言うか人間では在りえない尋常では無いオーラでしたからねぇ…」

「…そうじゃな。あの自称嫁は人間ではなさそうじゃな…。我々のように自然を相手にしておる人間にはなんとなく分かるからのぅ…。しかし、結婚している風に言っていたが…。基本的に他種族が人間と結婚をすると言う事は余程でなければないが…。何か理由がありそうじゃな…」


 お互い、行き遅れ同士が結婚している風に見せているだけなのだが、深読みし過ぎるマロイ達には想像もつかなかった…。

 

 続けてマロイが話す。


「ホワイトの周りには規格外が多いのぅ。類は友を呼ぶ…というヤツか…?…まぁ、その内『影』から情報が上がってくるかもしれん。そうすれば誰がどこでそのアルギスという者を殺ったか、その背景も見えてくるじゃろう…」


 マスターの言葉に頷く村長。マスターは鎮静剤で眠っているエミルを見る。


「この娘については王都に確認し、あっちに送還した方が良いかもしれぬな」

「そうですねぇ。その方がいいでしょうね…」


 二人は話つつ、医務室を後にした。



 ―三日後。

 ギルドマスターの部屋に、エミルを捕虜としてシャリノアから王都へと護送していた衛兵達が慌てた様子で帰って来た。


「マスターッ!!緊急事態です!!護送の対象が剣を奪って逃走しました!!取り急ぎ手配を…」


 衛兵の様子に、村長と話していたマロイが問う。


「…どうした?何があったのじゃ?」

「便意を催したというので森で馬車から下ろそうとした瞬間に隙を突かれて剣を奪われまして…」


 衛兵の必死の弁解を聞きつつ、マロイがチラリと村長ゴーリックを見る。


「…先生。ブレーリン、クロナシェル、ウェルフォード村、王都に人相書きを送り、指名手配して貰いましょうかね…」

「…うむ、そうじゃな…」

「では僕が下に行って手続きをしてきますよ」


 ゴーリックは衛兵とは対照的に落ち着いた様子で腰を上げ、下の階にあるギルドカウンターに降りていく。


「…お主ら、相手が小娘じゃと油断しておったな?他の者は無事だったか?」

「…はい、護送に付いていた五人とも、怪我はありませんでしたが…面目ありません…」


 項垂れる衛兵にマロイが話す。


「良いか、覚えておくのじゃ。この星に呼ばれた異世界人はいずれもこの星の市井人を上回るステータスが付いてくる。原理は解からんがな…。あの娘の様に能力を失っても、訓練を受けていて戦う意思を失っていない者もおる。以後は気を付ける事じゃ…」


 マロイの言葉に一礼して部屋を退出する衛兵。


(…何故、逃走したのじゃ…自らを追い詰めるだけじゃというのに…)


 椅子に座り天を仰ぐと、マロイは今後の対策を考え始めた。

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