魔皇さま、三歳。
アルギスが立ち上がるとその肉体から光を放つ。その瞬間、放射状に光の光線が飛んで来た。
「ホワイト、フィーア、下がっていろ…!!」
そう言うとキルシさんは片手から炎の剣を出し、飛んで来る光線を剣で弾いていく。弾いたレーザーが地獄の彼方にある山に当たりドカーンっと吹っ飛んだ…。
ドラゴ〇ボールみたいだな…。
しかしスゲェな…。あれを炎の剣で弾くとは…。アルギスが出しているあの光線もかなり危険そうだ。恐らく魔法だろう。
天使に変化、と言うか変身したその前後で、アルギスが使っているスキルや魔法が別枠のようなんだが…。どういう事だ…?エミルの時の二重人格みたいなものなのか…?
「『シャイニングレーザー』か…天使モドキが、天使の真似事か?」
どんどん飛んでくるシャイニングレーザーを、事もなく弾き返すキルシさん。アルギスは少し宙に浮いて両手を拡げ、無言のままとにかく危険な光線をビュンッビュンッ飛ばしてくる。
アルギスの背中に、薄っすらではあったが再び翼が現れていた。それを見た魔皇フィーアが、近くに落ちていた枝を拾ってきて、ガリガリと線を引いていく。
「…ほわいと、わっちの前にあるこの線から出るなよ?死ぬぞ?」
…うん、わかってます…。あの光は超高圧縮されたエネルギーだ。人間が当たったら確実に死ぬわ…。
…あーあ、地獄大戦が始まちゃったよ…。もう、俺が手を出せるレベルを完全に超えていた…。
◇
「わっちは観戦させてもらうかの」
そう言いつつ、背中のライオンさんリュックを下ろすとビーチパラソルと小さなリラックスチェアを出す。
「地獄の日差しは強いでな?」
そう言いつつ、地面にパラソルを刺すとその下に潜り込み、椅子を拡げて寛ぎスタイルで座った。徐に、頭の角を外すとリュックの中にしまうフィーちゃん。
それ、カチューシャだったのね…。
俺がじっと見ていると、説明してくれた。
「この角カチューシャは魔界通信機なんじゃ。受信用なんじゃがの、たまに怨念とか怨霊の声が雑音で入ってくるのが煩わしいでな?特に地獄は苦しむ罪人たちの声がうるさいから外したんじゃ」
だそうだ…。
「ルーシが負けたらわっちの番じゃな」
そう言うと、何故かポケットからフチが桃色のハートサングラスを出して掛ける。
「ほわいと、おんしも目の保護するのがええぞ?眼がやられるからの」
「…は、はい…」
そう言われて俺も首から下げてるゴーグルを付けた。
俺も、フィーちゃんの隣で体育座りをして観戦させてもらう事にした。
「フィーちゃんて呼んでいい?」
そう聞くと、フィーちゃんは、「いいでな?」と言ってくれたが…。
「儂は許さんッ!!」
と、すぐに執事の美濃さんに摘まみ上げられた。
「…わわっ、す、すいませんっ…!!」
摘まみ上げられた目の前では、キルシさんとアルギスが魔法とスキルの応酬で激しく戦っていた。接近したいキルシさんと、距離を保ち戦いたいアルギス。
距離を取った所から、アルギスがシャイニングレーザーを放つ。
キルシさんはそれを炎の剣で弾き返すと声を上げた。
「燃やし尽くせ!!炎の悪魔ラーヴァッ!!」
≪…おうよッ!!やったるでぇッッ!!≫
呼びだされた悪魔は、地中から飛び出すと、キルシさんの左腕に憑依する。キルシさんが左手を翳すと、火球弾が無数に現れてアルギスを襲う。
おおっ!!なんかカッコイイ!!ああいうの欲しいな…。
そんな事を考えていると、隣でフィーちゃんが説明してくれた。
「ルーシは地獄に堕ちた時に、神聖魔法を失っておるでな?代わりに地獄中の悪魔を倒して支配下に置いておるんじゃ。…で、じゃな、無数の悪魔を使役してそいつらの魔法を使ってるんじゃ」
…ふむふむ。全悪魔を支配下に置いてるのか…スゲェな…。
アルギスは悪魔の火球弾をレイピアの滅砕振動派で何とか捌いていく。
しかし火球弾を捌き切れなくなってきたアルギスは、レイピアを地面に刺すと、防御シールドで受け流す方法に切り替えた。
シールドにぶつかり軌道を逸れた火球弾が辺りに飛び火していく。
…ドゴォォォォォォッッ!!
轟音と共に辺りが炎の海になった。瞬間、アルギスの背後を取ったキルシさんが横薙ぎに炎の剣を振るう。何とか反応し振り返ったアルギスは、地面に刺したレイピアを引き抜くとギリギリで炎の剣を受け止めた。
今度は炎の剣とレイピアの応酬になり、激しく撃ち合っていたが剣戟になるとキルシさんの方が優位だ。
アルギスは徐々に押され後退を始めた。瞬間、転移して距離を取ったアルギスが叫ぶ。
「『シルバーライニングッ!!』」
その瞬間、天空の真っ赤な雲の中から、電柱サイズの光の柱が無数に地上に降り注ぐ。
そのスキル名?魔法名?を聞いたキルシさんは炎の剣を地面に突き立てると、再び悪魔の名を呼ぶ。
「ラーヴァッ!!炎獄ドーム!!全て弾けッッ!!」
≪うわッ、マジかよッ!!この王、悪魔使いが荒すぎるぜッ!!≫
悪魔の名を呼び、周囲を炎のドームで囲んだキルシさんが、アルギスのシルバーライニングを、どういう原理か分からないが全ての光の柱を炎のドームで屈折させて弾いた。
「…オイオイ、マジか…こっちに飛んで来たらシャレにならんな…」
呆気に取られて呟く俺を気に留める様子もなく、フィーちゃんと美濃さんは涼しい顔をして戦いの様子を見守っている。
激戦で飛び火してくる衝撃の余波を、フィーちゃんが小さなモミジの様な左掌で軽々と受け止めていた。
龍眼で視ると掌を中心に黒っぽい渦の様な防御シールドを前面に出して、攻撃のエネルギーを吸収している。右手にはストローを刺したグラスを持っていて、まったりドリンクを飲んでいた…。
…このちびっこも、やっぱり普通じゃないよねwスゲェな…俺もあんな感じの防御シールド欲しいわ…。
そう思って後ろから、そっと魔皇フィーアのスキルを覗いてみる…。その瞬間、フィーちゃんが俺の方を見るとサングラスを少し上げて、三白眼でギロッと睨んだ。
「…ほわいと。おんし、今、視ておるな…?」
ゴゴゴゴゴゴゴ…と恐ろしい効果音が聞こえてくるようだ…。凄まれて、俺は慌てて視るのを止めた…。可愛いのに何だか凄く怖い…。
戦闘の方はキルシさんが押してはいたが、一進一退で両者とも決定打がなかった。
上空から雨の様に振ってくるシルバーライニングを、キルシさんは片手の炎の盾で防いでいた。
どうやら、炎の悪魔も限界になったようだ。ドームを消して今は炎の盾となって何とか防いでいた。
シルバーライニングの勢いに押されてか、地面に膝を付くキルシさん。左手の盾で光の柱の攻撃を凌ぎつつ、右手の炎の剣を右掌に収納すると、右腕を地面に突き刺した。
離れていたアルギスが膝を付いていたキルシさんを見て笑みを浮かべる。しかし、その瞬間、炎の柱が地面を突き破ってアルギスに襲い掛かった。
アルギスは炎の柱に巻かれた様に見えたが、スキルを発動し瞬間転移すると、キルシさんの背後に現れる。
レイピアを構えて、貰った!!とばかりに連続の高速刺突がキルシさんを襲う。しかし、アルギスの目の前にはキルシさんは既にいなかった。
焦り振り返るアルギスの背後から炎の剣がヤツの脇腹を掠める。
「…ククッ、惜しかったな。あれは我の幻影魔法だ。いや、悪魔の、といった方が正しいな」
「…グッ…!!」
アルギスも全力で炎の剣を弾くべく、レイピアを横薙ぎに振るい、炎の剣を捌くと左手から至近距離で魔法、『ライトバーン』を放つ。
強烈な閃光と、エネルギー放射が、剣を持つキルシさんの右腕に干渉する。
「…チッ…!!小癪なッ…!!」
両者とも譲らず、再び離れての魔法合戦となった。
◇
「これは時間が掛かりそうじゃのぅ。ちょっと手を貸すかの…」
そんな事を呟きつつ、フィーちゃんはパラソルとリラックスチェアをリュックにしまうと、美濃さんに呼び掛ける。
「美濃さんや、ルーシに手を貸すでな?闇魔法第一楽章、『闇の増幅』の準備じゃ!!」
「…はい、お嬢様」
すぐに美濃さんは何もない空間に次元の穴?を開けるとその中に手を入れる。そしてズズズッと何かを引っ張り出した。
出て来たのは八十年代に流行ってたような小さなラジカセとカセットテープの様な物だった…。
の様な物、と言ったがほぼその物だ。何でこの世界の魔族がラジカセとカセットテープを持ってんだか…。
そんな事を考えていると今度はフィーちゃんが、両手を上に拡げて待機する。
「ほわいと、おんしは離れておくんじゃ」
俺は言われるままに距離を取って下がった。それを確認してから美濃さんがラジカセにカセットテープをセットする。
「…では始めるでな?闇魔法第一楽章、闇の増幅…」
美濃さんがラジカセの再生ボタンをカチッと押し込む。すると保育園のお遊戯会の様な音楽が流れ始めた…。
そしてフィーちゃんは、歌いながら一人お遊戯会を始めた…。
…ナンダコレ…。
『闇の力を知ってるかい~?ヤツらは底で待ってるよ~?
いつも影から見てるんだ~、助けてやろうと力を溜めて~♪
一気に穴から出て来るよ?
闇の力が湧いてくる~、ヤツらが憑いているからさ~♪
ツイてるパワーで捻り上げ~、アイツの首が一回転~!!
闇の力を纏うんだ~、ヤツらが憑いてくれるから~♪
ツイてる魔力で吹っ飛ばせ~
いつもの火の玉、メテオサイズ~!!』
いきなり、魔皇の一人お遊戯会が始まって、俺は戸惑っていた。小さな手と足を一生懸命動かして、闇のパワーの凄さを表現している動きは可愛いから良いんだけど…。
…お世辞にも歌が上手とは言えなかった…。
音程、外しまくってるし…。まぁこの闇魔法第一楽章とやらを聞いた事がないので俺は何とも言えませんがw
当の本人は、そんな事を別段気にする様子もなく、ラジカセのお遊戯会音楽みたいな曲に乗って、とても気持ち良さそうに歌っていた。
ジャイ〇ンあらわるw
ようやくジャイ〇ンリサイタル…いや、一人お遊戯会が終わり、ピタッと最初のポーズに戻ったフィーちゃんがピキョーンと目を光らせると叫んだ。
「出でよ!!闇の力!!『ダークエンプリファイド!!』」
なんか最後の発動ワードだけまともだ…。発動までの歌と動きは何だったんだろ…。
フィーちゃんが発動ワードを叫んだ瞬間、その周りに範囲魔法陣が展開する。そして凄まじい勢いで範囲内を黒く歪なエネルギーが上昇していく。
「ウオオォォォォォォォォッッ!!」
その範囲の中で、ム〇クの叫びの様な闇霊が耳を劈く様な叫びを上げ飛び出してくる。
「…うわっ…耳が痛ぇ…」
俺は思わず耳を塞ぐ。離れといて良かった…。あの範囲に居たら確実に呪殺されそうだわ…。
チラッと美濃さんを見ると、全く以って平気の様だが…。
…よーく見るとちゃんと耳栓してた…。この人、と言うか牛頭さん、分かってたのに俺に教えてくれなかったな…。
両手で耳を塞ぐ俺の目の前で、魔皇フィーアが叫ぶ。
「対象をロック!!ルーシの力を増幅せよ!!」
同時に何体かの叫ぶ闇霊が、闘うキルシさんの方に飛んでいく。闇霊はそのままキルシさんの身体の中に飛び込んだ。
瞬間、キルシさんの身体から闇のエネルギーが迸る。まるでスーパーサ〇ヤ人の様に…。
どうやら『闇の増幅』とは、ステータス上昇の魔法の様だ…。闇霊が飛んで行ったから、まさかの味方を攻撃するのかと勘違いしちゃったよ…。
「ん…?フィーアか?余計な事を…」
キルシさんは笑いながらそう言っていたが、俺は闇のエネルギーの余りの勢いに当てられたアルギスの身体が、ブレて見えたのを見逃さなかった。