決着。
俺は、般若の空間膨縮の『縮』の範囲からギリギリ避けられず、肩を刺し貫かれた。
範囲に入る前なら、神速で避けられると思っていたが、一瞬前に発動したつもりが範囲から出ていなかったようだ…。
血が止まらない。刀で刺された事なんて今まで一度もない。この痛みは表現しがたい。熱く焼けるような痛みだ。
般若が再び、俺の前で刀を刺突の型で構える。俺は痛みと出血のせいで迷走神経反射の様な立ち眩みを起こし集中が切れていたが、このまま殺されるわけには行かない。
この間に何とか、片膝を付いたまま深呼吸で落ち着きを取り戻す。今の振り切れたステータスが無ければ、俺はここで為す術無く殺されていただろう…。
…沈黙が流れる。
ヤツの空間膨縮が先にヒットするか、俺の神速がそれを先に避けるか…。静けさと緊張感が漂う。まるで西部劇の決闘のシーンだ。
俺も般若もまだ動かない。どっちが速いか、勝負だな…。
―瞬間、呼吸を感じさせない動きで刺突の構えのまま飛び込んでくる般若。動く一瞬前だが、範囲が伸びてくるのが龍眼で見えた。
これはッ!!空間膨縮の『膨』のように周囲に円形で拡がると思い込んでいたが、そうではなかった。般若のいた場所から、範囲が直線状に道路のように伸びてくるのが見えた。
直線と分かれば避けられる。しかも少し距離を置いていた為に、伸びてきた直線状の範囲は俺まで届いていない。これなら避けるまでもないと思っていたが…。
しかし、般若は『縮』で、一気に俺の目の前まで接近して来た。
ヤバいッ…!!こういう使い方もあるのか!!
範囲が届いていなくても、そのまま『縮』で一気に距離を縮めて相手を範囲に入れてしまえばいいんだ…。
刀による刺突攻撃をタガーで弾くも、再び打ち合いになり、何とか力押しで弾き飛ばして般若を後退させた。次の瞬間、目の前の般若が刺突の構えのまま再び『縮』を発動させた。
◇
ヤツは自分の持つ刀の切っ先が俺の心臓の手前で止まった瞬間、違和感に気付いたようだ。般若の刀は、俺の心臓を貫けなかった。
ガッ、ガガッ…ガッガガガッ…!!
俺の身体の表面から出ている、攻撃無効化エネルギーが、ヤツの刀の切っ先を阻み、それ以上進ませない。
俺は『物理攻撃無効化』スキルを発動させた。
スキルの運用とスピード勝負、という意味では負けていたが、俺には今まで抜き取っているスキルがある。貰ったものは使わないと損だからな…。
というか間一髪で思い出して良かったわ…。
目の前の現象が解せないのか、般若に隙が出来た。ヤツが飛び退こうとした一瞬、
「オラァッ!!」
俺は右拳、全力の正拳でヤツの顔を殴り飛ばす。
「…グフッッ…!!」
空間膨縮の『膨』と『縮』は同時併用できないようだな。般若は、俺の全力正拳を喰らい、呻き声を上げて吹っ飛んで行った。
真獄の壁にぶつかり、電撃に弾かれて前によろめく。般若面に亀裂が入り、黒装束が所々焼け焦げていた。
クソッ…マジ痛ぇ…。全力で正拳を喰らわせたが、刺された右肩を無理に動かしたので激痛が走った。
しかし、全力でやらないとこっちが殺される。
さっき刀で刺された時に、俺は初めて命の危険を感じて震えた。殺されるかもしれない、そう感じた時に俺の中でアドレナリンが激流の如く溢れ出た。
俺は覚悟を決めた。
持ってるものを全部出す!!そしてヤツのスキルを、抽出して回収してやるっ!!
◇
お互いが攻撃をヒットさせて、五分に戻した。俺は肩を刺され、ヤツは頭に俺の正拳を喰らって脳震盪を起こしたのか、頭を抱えてふらついていた。
これはチャンスだ。今度はこっちから先制攻撃だ!!俺が攻撃を仕掛けようとした瞬間、突然頭を抱えた般若が慟哭を上げる。
「…ォォォ、オオォォォッッ!!レイホウッ!!何故ッ!!アアァァァッッ…!!」
般若がレイホウが死んだと、急に頭を抱えて泣き叫び始めた。
…何だ何だ急に…。
なんかスゲェ怖いんだけど…。覚悟を決めた俺も、突然の事態に困惑する。般若が泣き止んだ。そしてスッと直立すると今度は唸るような声を上げる。
「ォォオッ、グォオォォォッッ!!」
泣き止んだかと思った瞬間、ヤツの身体が赤く光り始めた。
これは…『鬼人化』だな!!
瞬間、ヤツは俺の目の前にいた。速い!!元々速いんだろうけど、さっきまでとはスピードが段違いだ。今回も先手を取られたが、俺も負けるわけにはいかない。
神速三段で対抗し、刀から繰り出される乱撃をタガーでいなしていく。パワーまで段違いだ。
三度、打ち合いになり、刀とタガーが火花を散らした。
コイツ…さっきの脳震盪のダメージはどこへやら、構わず攻撃してくる。鬼人化の影響で、痛みを麻痺させているのかもしれんな…。
こっちは肩が痛いままだ…早く決着付けないと…。
この狂ったような攻撃だと恐らく冷静に退くなどという事は考えられないだろう。こっちにはまだ切り札がある。
俺はタイミングを計っていた。そしてヤツが刀で下段からの切り上げ攻撃を繰り出したその時に、俺はタガーを弾かれて少しよろけて後退した。
刹那にヤツは刺突の構えに入る。
…来るッ!!
その瞬間、鬼人化を発動したままの般若が範囲を伸ばしたのを見た。一気に『縮』で距離を縮めた般若の刀の切っ先が、スローモーションのように俺の心臓にズズズッッと刺さっていく。
これで良いッッ!!このまま心臓狙って突っ込んで来いッッ!!
俺の心臓に、ズブズブと刀が呑み込まれていく。般若面の下から見えるヤツの目は赤く怪しく光り、勝利を確信していた。刀を刺突の構えのまま突進し、俺の心臓を貫いた般若は俺の身体ごと突き抜けて行った…。
般若は俺の心臓を突き抜けて、刺突の構えのまま動かなかった。暫く勝利の余韻に浸っていたのか…。
しかし漸くして、おかしい事に気付いたようだ。
ヤツは恐る恐る振り返る。
心臓を刺し貫いた。確かに刀が心臓に刺さったのを見た。しかしその後、般若は自分が、俺の身体も通過した事に今、気付いたのだろう。
ゆっくりと般若が振り返り、俺の姿を見た時、その動きが驚愕を表わしていた。俺と般若の距離、約二十メートル。俺は龍神弓を持って構えていた。
「…さようなら、般若。この勝負、俺の勝ちだ!!」
俺は、般若が範囲を伸ばすその瞬間を狙って、『朧』を発動させていた。粒子レベルまで身体を分解された俺の心臓に、ヤツの刀がスーッと突き刺さっていく。
いや、実際は突き抜けていた。俺の身体ごと、般若は刺突の構えのまま勢い良く通過した。
コイツ程の達人レベルの人間なら普通は異変を見逃さなかっただろう。しかし、鬼人化を使った事により、逆におかしな点に気付けなかったようだ。
ヤツが振り返り、驚いたような素振りを見せた時には既に、俺は神速でヤツとの距離を取っていた。
肉体再構成率を八十%まで戻し、俺は龍神弓の弦を引いていた。
俺は弓を構えたまま、既に闘気の矢をイメージしていた。弦を引く右腕の周りに三十発分の闘気の矢がセットされている。
俺は般若が再び突進しようとした瞬間、スキルを発動した。
闘気版『狂襲乱射』を放つ。
ドガガガガガガガガガガガガッッッッ…!!
俺はヤツの両脚を狙い、一秒間に三発、十秒間で全力三十発、闘気の矢を打ち込んだ。自分で言うのもアレだが、弓じゃなくてもうマシンガンの勢いだ。弓の名手、霍〇病も真っ青の超高速連射だな。
目の前の般若の動きが止まる。
一瞬にしてヤツの両脚は消し飛んで無くなっていた。こっちの攻撃が速すぎて防げなかったのか、鬼人化のせいで『空間膨縮』を使うという思考が欠けてしまったのか…。
般若は刀を取り落し、その場にドサッと倒れた。
俺はすぐに接近して刀を蹴り飛ばし、ヤツの首を上から掴んで押さえ付ける。
俺は『空間膨縮』、『鬼人化』、『空蝉』、『隠密』の四つとも選択して抽出した。
俺の足下で、般若はレイホウという名前を何度も呟く。そして、
「もうすぐ俺も…逝く…」
最後にそう言い残した後、般若は絶命した。
俺は、腐蝕のタガーを取り出す。
「…般若、アンタ強かったよ。マジで死ぬかと思ったわ…。でもな、俺もまだ死ねないんだよ…。…サヨナラだ。悪事の報いは地獄でしてくれ…」
俺は般若の首に、腐蝕のタガーを突き立てた。暫くして般若の身体は黒装束ごと腐って土に還った…。
…ふぅ。悪いヤツとはいえ、人を殺すというのは…精神的にキツイわ…。まぁ、躊躇ってたらこっちが殺されるとこだけどな…。
ようやくの決着に一息吐いていた俺は、般若が消えた場所に落ちていた小さな物に気が付いた。
…これはッ!!
◇
その頃、ドラゴニアと戦える者達を引き連れたクレアとリーアが本島に入った。
そこには、逃げる人々を襲う黒装束と、それを従えている幹部らしき者がいた。クレアがすぐに、ドラゴニアと連れてきた者達に指示を出す。
「ドラゴニアとドワーフ、狼獣人とリザードマンはすぐに島民から黒装束を引き離して戦うのだ!!エルフと魔族の者は島民の避難誘導をしろ!!」
「はッ!!すぐにかかります!!」
ドラゴニアが、ドワーフ、狼獣人、リザードマンと共に気勢を上げる。
「我らは全力で黒装束を倒すぞ!!」
「オォォッ!!」
声を上げると、ドラゴニアを筆頭にドワーフ、リザードマン、狼獣人が人々を襲う黒装束に横槍を入れて間に割って入る。
その隙に、エルフと魔族達が島民を巧く纏めて避難を誘導した。
黒装束を従えている幹部?らしき男が、レイピアを島民の身体を刺し貫く。瞬間、島民の身体が無残にも爆裂して四散した。
男は金色の短髪、鋭い目と整った顔立ちで、白地の法衣にハイネックの黒いロングコートを着ていた。
男は人間を殺し、爆散しても、さして何もなかったかのように宙に向かってブツブツと話している。
「…道玄、聞こえているのか?…対象はどうなった?何故答えぬ…」
逃げる人間をレイピアで刺し貫き、爆散させながら、空に向かって呟く男。
「オイッ!!そこのお前ッ…!!動くなッ!!これ以上は…」
叫ぶ警備兵に、男が目にもとまらぬ速さで、一突きにしようとした瞬間―。男と警備兵の間にクレアが割って入り、レイピアを裏拳で弾く。
「この者の相手はわらわがする。警備の者よ、今のうちにお前達も安全圏に移動するのだ!!」
「…は、はいッ!!」
間一髪、死を免れた警備兵が、クレアの言葉に慌てて警備兵達を集めて六島方面に避難した。
「…女、この俺の相手が出来るとでも思っているのか?」
そう言いつつ、クレアの胸を狙い男は瞬時にレイピアを突き出す。しかし、突き出されたレイピアを半身で避け、難なくその先を掴むクレア。
レイピアの先を掴んだまま静かに応える。
「…お前こそ、わらわに勝てるなどと思うているのではあるまいな?」
「ふんッ、勝つ?違うなァ。殺すつもりだァッ!!」
声を上げた男がレイピアの特殊な力を発動した。