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萌えよドラゴン。

 クレアが能面に向かって叫ぶ。


「見るが良いッ!!これが黒龍の力だッ!!」


 そして静かに目を閉じるクレア。その隙を付いて能面が高速で接近して来る。クレアは構わず、自らの身体の中に意識を沈めていく。


 暗闇の中、自らの腹の下にあるドス黒いエネルギーを掴んで引き出し、開放させた。

 

 瞬間、瞳を閉じたままのクレアの身体から禍々しく、黒い歪なエネルギーが竜巻の様に激しく迸る。隙を突いて高速接近していた能面は、その黒い竜巻エネルギーに遮られて止まり、すぐさま後退した。


 黒く禍々しいエネルギーの渦が晴れた後、そこには深紅の瞳を持ち、全身赤と黒い炎の刺青を入れたかの様なエネルギーを纏うクレアが立っていた。


「…おおっ、何だ、アレは…!!」


 クレアの禍々しい変化に、ギャラリーがどよめく。その中の一人、ドラゴニアらしき亜人が周りのギャラリーに下がるように言って周る。


「…あれは八大龍族の中でも、最凶とされる黒龍様が持つ力だ!!皆、もっと下がった方が良い!!」


 全身から迸る赤黒いエネルギーが炎のようにクレアのカラダのラインそのままに立ち上り、常に揺らめいている。


 一度はその禍々しさに退いたものの、能面は再び構えると突進して来た。そこから一歩も動く事無く、能面の前に立ち塞がるクレア。鎌の横薙ぎの攻撃を、クレアが片手の掌でそのまま受けた。


 掌底が斬られ、血が噴き出す…。


 そう思われた瞬間、掌に当たった鎌がズズズッ…とクレアの掌に呑み込まれていく。


 斬撃の感触が無く、吞み込まれて行く鎌に異変を感じ取った能面は、慌てて鎌を離す。しかし、赤黒いエネルギーが素早く鎌をそのまま伝い、能面の腕に絡み付く様に浸食した。


 瞬間、鎌ごと能面の腕が赤黒く変色すると、そのままドロリと鎌と腕が溶けて落ちる。


 危険を察知した能面は咄嗟に後退すると、赤黒いエネルギーに浸食される前に自らの右腕の肘から先を、左の鎌で切り落とした。

 

 腕から血が噴き出し、能面が声を上げる。

 

「アアアアアアアアアアッッッ!!」


 失った腕を抑えながら、能面が正面を見た時、そこにクレアの姿はなかった。


「…遅い!!そしてスキルを破ってしまえばこんなものだ…」


 能面は自分の腹を見ていた。背後からクレアの赤黒く迸るオーラを纏った腕が、腹部を貫いていた。


「…ァッ、アァァ…!!」

「人間よ、これが黒龍が持つ力『龍戯・怨蝕』だ…。憎悪、嫉妬、侮蔑、呪い、怨嗟、怨恨、怨念。全ての存在のあらゆる悪意と負の思念エネルギーを吸収し、それを具現化する事が出来る…」


 能面が天を仰ぐ。


「…ァ…かはッ、ァ…ァァ…!!」

「そして、恐ろしきは悪意と負の思念が闇のエネルギーを生成し、どんなものでも浸し貪る。それが例え特殊なスキルであったとしても…だ!!」


 能面の腹から、怨蝕が対象を貪り食い尽くす様に拡がっていく。


「…人間よ。わらわは負けるわけにはいかぬのだ…」

 

 クレアが声を上げる。


「わらわは負けるわけにはいかぬのだッ!!主と結婚するまではなッ!!」


 叫ぶクレアにギャラリーがざわつく。


「…何ィッ!!あの姉さん、独身なのかよォッ!?」

「おおお、俺ッ、あの姉さんと結婚したいィッ!!」

「俺も俺もぉっ…」

「…強いお姉様って素敵…」


 男女問わず、ギャラリーが別の意味で沸いた。


「…もう結婚してる(てい)で、あちこち言いふらして周ってる人…じゃなくて龍が、大きな声で何言ってんだか…」


 数メートル離れた所で、リーアが呆れた様に溜息交じりに突っ込んでいた。



 ギャラリーが、わらわらとクレアの周りに集まってくる。しかし、クレアはそれを手で制する。


「皆の者、わらわに近づいてはならぬ、まだ怨蝕が治まっておらぬからな!!」


 クレアの身体中から、黒い思念エネルギーが今だにメラメラと(うごめ)いている。その忠告に、全員ハッとなり後ずさりし距離を取った。


 皆が、後ずさりして下がっていく中、先程までギャラリーに下がるように言っていたドラゴニアが一人、進み出て膝を付いた。


「…クレア様、お見事でございます。下界におられるという話は聞いておりましたが…。お目に掛る事が出来て光栄でございます…」

「…うむ。怨蝕が飛火せぬとは…お主は我が里の者だな…?」

「はッ!!我らの集落は黒龍様の里の麓にありました故、少しは耐性を持っております…」


 ようやく怨蝕が治まっていくクレアの目の前で、能面の首から下が浸食され溶けて消えていく。


「…道玄…さま…」


 最後に一言だけ呟いた能面の頭部も、程なくして溶けて消えた。瞬間、スキルのタマシイが抜けて飛んでいく。すぐにスキルのタマシイを掴むクレア。


 溶けて消えて行った能面のいた場所に、小さなものが落ちている事に気が付いた。


「…これはッ!!…あの時の…シャリノアの小娘の時と同じ物か…?しかし怨蝕で溶けぬとは…」


 それを拾うクレアの手には、マイクロチップとスキルのタマシイが握られていた。クレアが、リーアを呼ぶ。


≪リーよ。主はどうしているのだ?まだ戦っておるのか…?≫

≪…うん。今、戦いの真っ最中だね≫

≪…そうか、早く行かねばならぬな…≫

 

 クレアは振り向くと、傍に控えていたドラゴニアに言う。


「…お主、すまぬが暫く供をせよ。これから本島に入るがどんな危険が待っているか知れぬ。お主と、戦える者達で島民を安全圏まで誘導して欲しいのだ」

「…はッ!!畏まりました!!」


 ドラゴニアは立ち上がり、振り返るとギャラリー達に言い放つ。


「この中に戦える者がいれば我らに付いて来て欲しい。危険があるかもしれぬ故、戦えぬ者はここで待つのだ!!」


 その力強い言葉に、ドワーフ、狼獣人、魔族、エルフ、リザードマンなどが名乗りを上げる。クレアは、供のドラゴニアと戦闘能力のある者を従えて、本島に向かった。



 その二カ月ほど前。西大陸北西部。


 パラゴニアの対岸にあるレジネス王国を一つ挟んで、その先にあるサンジェノ王国の首都が激しく崩壊し、炎上していた。


 攻め込んでいたのは、更にその北にある山岳の国ミネアである。ミネアはその領土のほとんどが山岳地帯である為に、鉱山から採れる鉱石などが主な収入である。


 逆に言えば鉱石くらいしか売るものが無い国であった。しかし、豊富な鉱石を使い、武器、防具を大量に製造し、交易をしていた。


 更に、人口が少なかったが教練された精兵で有事の際、援軍を出して周辺国とも友好を保っていた。海に面し肥沃な平野を有していたすぐ南のサンジェノとも友好関係にあった。


 それが崩れたのは先頃、ミネアを訪れた怪しい一団が原因である。その一団は宗教の布教の為にミネアを訪れたとしているが、ミネア王に取り入ると瞬く間に王国の中枢を掌握した。


 毎日の様に軍議が開かれ、軍団の編成と戦争への準備が進められていく。軍議の席に座る王の後ろに立って控えているのは、エレボロス教の教皇代理と名乗る青年だった。


 青年は自信に満ち溢れた表情で時折、王に耳打ちをしている。


 それを苦々しく見ている者がいた。


 ミネアの軍事司令官であるリベルト・グランテ将軍である。リベルトは地球からの召喚者でスキル持ちであったが能力については隠していた。

 

 今まで隠し通せたのは、能力(スキル)を隠すスキルを持っていたからだ。

 

 ふらりとミネアに流れ着いて三年。地球で職業軍人として軍学を修め、軍事教練や実戦での指揮もしていたリベルトは、隠していた能力(スキル)を見せるまでもなく、ミネア王国で階級を上げていった。


 人当たりも良く、厳しさと優しさを兼ね備えるリベルトは他の将校や将兵からも慕われていた。


 国土のほとんどが山岳地帯である為に、好き好んで移住してくる者も少ない。教練の行き届いた精兵とはいえ、他国に攻め入る程の軍事力はなかった。


 リベルト以下、他の将校達もそれが解っているだけに怪しい一団が来訪して以降のミネア王の変わりように驚いていた。温和な王が、人が変わった様に好戦的になった。


 意見する者を容赦なく手打ちにするなど、暴虐な王に変わってしまった。軍議の席も、皆一様に緊迫し、不安な表情を隠せない。

 

 そもそもこの国の軍は攻め入る為の軍ではなかったはずだ。


 この場の皆がそう思っていたが、口には出せなかった。しかしミネア王は、教皇代理の言うままに他国に攻め込む準備を進めさせる。


 ミネア王国に隣接する国は二つ。サンジェノとブラストンである。ブラストン王国は、西大陸中央を縦に分断する山脈のを背にしている。

 国土の半分は山脈に掛かっており、ミネア王国と同じような経済状況だった。


 唯一、ミネアと違うのは牧草地が南にあり牧畜で羊毛やヤギの角、牛肉や牛乳などで交易をしているという点だろう。


 王は言われるままに、似たもの王国のブラストンにエレボロス教の者を同盟の使者として送り、秘密裏に盟約を結んだ。

 

 そしてリベルト達将校は、勝てるかどうかも解からない戦争へと駆り出された…。


 

 歴戦のリベルト以下、ミネア軍の将校と兵士達は、一様に顔を蒼褪めさせていた。


 サンジェノ王国の王都は、背に高い山を抱き、北東にあるミネアとの国境線には広大な湖があった。更に、王城都市を囲む様に、ぬかるんだ湿地帯が広がっており、特定のルートからしか進軍が出来ない。


 地形的に護りやすく攻めにくい王城都市である。


 ブラストン軍の兵士を併せても、王城都市に籠城しているサンジェノ軍と漸く互角と言った所である。そもそも包囲戦は相手の倍の兵が必要だ。


 そんな所に、都市を囲む様にして、平野に数少ない兵を展開するなど、愚か以外の何物でもない。


 ガチガチの包囲戦は相手を死に物狂いにさせる危険があるのでダメだが、攻め込んだ連合軍にそんな兵の余裕はない。

 

 隙だらけの全く持って緩すぎる包囲であった。サンジェノの物見の兵士に笑われ嘲られるのも当然だった。


 サンジェノ王都は堅固な城壁、潤沢な備蓄。兵士の士気と民心も最高潮であった。ミネアとブラストン両国が不穏な動きをている、との情報も既にこのサンジェノ王国内にも入っていた。それからの準備期間も充分にあった。


 それだけに、サンジェノ軍側はよもや負けるなどとは思ってもいなかっただろう。何を思ったのか、山から降りて来た山猿らが、手を組んで何を勘違いしているのか。

 

 王城内ではそんな意見も出るほど余裕であった。


 リベルト達が各個撃破 夜襲の危険と隣り合わせの緩すぎる包囲戦を始めて二日目。囲んでいたものの攻めあぐねていた連合軍の目の前で突然、王城都市が丸ごと一つ壊滅した。


 サンジェノ王城の堅固な城壁が、まるでバターを斬ったからようにスライスされて崩れ落ちていた。

都市内の施設という施設は崩壊し炎上していた。


 王宮も例外ではない。王宮の形も成すものは何もなく、炎の中に瓦礫が山になっているだけである。

中にいた者は皆、絶命しているだろう。


 やったのはエレボロス教の教皇代理と名乗る青年、アルギスだ。膠着状態の戦場に突然、現れたアルギスは問答無用で両眼から高圧縮レーザーを放ち、城壁をスパッと切り崩す。


 レーザを王城に向けて乱射しつつ、同時に天空から無数の光の柱を王宮に墜としていく。平和な城塞都市は数秒で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。


 リベルト達と将校、兵士達は恐ろしいものを目の当たりにした。


 アルギスは、炎上崩壊する王城都市を見て笑っていた。


「…アルギス殿、ここまでやる必要があったのか?」


 リベルトは余りの所業に思わず、背を向けていた(アルギス)に問う。能力者であったリベルトは目の前のアルギスとの能力差を知っても尚、聞かざるを得なかった。


「…お前らが役に立たぬからだろう?違うか?お前らが先に攻略していれば俺が出て来る事などなかったのになァ?まぁ良い見せしめになっただろう?」


 振り返り、将校達を見て笑うアルギスを見て、リベルトは悟った。


 ダメで元々だと分かっていたのに進軍させていたのは、ミネア、ブラストン両軍と王都以外のサンジェノの他の領兵達に力を見せ付ける為のものだったのだと。


「…では無能共に仕事を与えてやろう。早く王城に行って戦後処理をして来い。今後は速やかに我々に従属する様に伝えろ。…まぁ、生きている者がいればの話だが…」


 そう言い放って笑いながら去っていくアルギスを、リベルト達は黙って見ている事しか出来なかった…。


 その後、たった一カ月半で、パラゴニアの対岸にあったレジネス王国も、エレボロス教皇に従属する事となった。


 そして二カ月が経ち、場所はパラゴニアに移る。

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