能面。
俺は般若面の男に肩を刺し貫かれて膝を付いた。 かなりの痛みと出血で頭の中が混乱していた。
…さて、どうするか…。
俺が必死にどうするか考えていたその頃、クレアも片膝を付いて目の前の能面を見上げていた。能面の鎌には血が滴っている。
時間は数十分程前に遡る。
黒装束を全て倒し、六の島に乗り込んだ直後、突然建物の上からそれは飛び降りてきた。
両手に湾曲した鎌の様な武器を持ち、能面を被った黒装束がクレアに襲い掛かる。
既に見えていたクレアは瞬間、後ろ廻し蹴りを繰り出す。
しかし、当たった。と思った瞬間、妙な感覚がした。
…これは…当たっていない…!!避けられたのか?しかし間合いは十分だったはずだ…。
疑念のクレアに、目の前の能面が素早い動きで攻撃を繰り出す。上段、中段と回転しつつ鎌で連続回転斬撃。
勢いそのままに下段蹴り、更に回転して中段で鎌で横薙ぎに攻撃する。
まるで舞い踊るかのように素早く攻撃を繰り出す能面。
距離を取っても、すぐに急速接近してくる。移動スキルを使っているのだろう。
しかしクレアは心底「遅い」と、感じた。
これがただの人間相手なら、相当速い部類に入るだろう。主の様に特殊なスキルを持っていない限り、スキルを使っていたとしても人間のスピードの限界などこんなものだ。
クレアは避けつつも、相手が敵意を持って攻撃してくるなら誰であろうと容赦はしない、そう考えていた。
中段横薙ぎで隙だらけの能面の頭に、右腕のガントレットを打ち下ろす。
終わったな…。
そう思った瞬間、先程の違和感が襲う。クレアの拳を覆うガントレットがそのまま能面の頭をすり抜けた。
「何ィィッッ!!そんなバカなッ…!!」
そのままの勢いで打ち下ろした拳が地面を抉る。
ドゴォォォォォォッッッッッ…!!
能面はそのままクレアの右上腕を狙い、鎌連撃を繰り出す。
しまった!!
そう思った次の瞬間には、能面の鎌がクレアの腕を横薙ぎに斬っていた。
すぐに飛び退いたクレアの腕から、血が滴っていた。
…どうなってる?闘気アーマーは常に張っている。それをまるですり抜けた様に、直に腕を斬られた…。
いや、それもそうだがこっちの攻撃もヤツの頭をすり抜けた…どういう事だ?
考えるクレアに、それを許さじと能面が接近してくる。
クレアはそれを敢えて左のガントレットで受けた。
もう一度、謎のすり抜け現象を確認する為だ。
縦回転の上からの鎌斬撃を左腕のガントレットでまともに受ける。
クレアは龍眼で視ていた。その瞬間を―。
能面の鎌は、闘気アーマーをすり抜け、プラチナ装備のガントレットをもズズッとすり抜けた。
腕に鎌の刃が突き立つ。
「…グッ…!!」
血が滴る程度で済んでいるのは龍だからだ。普通の人間なら、もう既に腕が二本飛んでいる所だろう。
肉を切らせて骨を…そう思って右正拳を突き出す。しかし、拳は能面の顔をすり抜けた。
先程の上からの頭部への攻撃がすり抜けたのと言い、この正拳の突きがすり抜けたのと言い、クレアは目の前の能面が能力者である事を確信した。
能面は右拳が空振りになったクレアの脇腹を狙い、鎌を左から横薙ぎにする。
「…ッッ…!!」
鎌の先が、クレアの脇腹を刺し貫いていた。その一瞬で、クレアは鎌を左手で掴むと、そのままの気合で鎌の先を引き抜き、能面を右裏拳で殴り飛ばす。
一瞬、ほんの少しだが、すり抜けず能面に打撃を与える事が出来た。クレアは脇腹を抑えつつ能面のスキルを理解した。
派手に吹っ飛んで行く能面。
能面に亀裂が入っていたが、暫くしてふらりと立ち上がった。クレアは片膝を付き、能面を見上げていた。
◇
自己治癒で回復するはずの腕から、未だに血が流れている。更に脇腹を鎌で刺し貫かれ流血していた。
…油断した。
相手が人間だからと。そして闘気アーマーを過信していた。
まさか主以外の人間に、黒龍の闘気を突破してくるものがいるとは思ってもいなかった。
「…出血が止まらぬとは…自己治癒を遅らせているのか…?」
ご丁寧に、回復遅延効果付きだ。
自己治癒が極端に遅れている。これはそう言う事なのだろう…。
≪…リー、いるか…?≫
クレアは密談スキルを使い、リーアを呼ぶ。
≪はいはーいっ…て、うそッ!!…クレアが攻撃喰らってるなんて…!!…えーっと…何千年振り…?≫
≪…そんな事は良いから、シーからハイポーションを貰って来てくれ!!こんな所を主に見られとうはない…。それからティーとシーは絶対に呼ぶな。コイツはわらわが倒す!!≫
≪…わ、わかった。すぐ貰ってくる!!≫
クレアに付いてきたギャラリー達が心配そうに見ていた。
◇
クレアは脇腹を刺し貫かれ、片膝を付いたまま考えていた。
全ての攻撃が、すり抜けてしまう。これはこやつのスキルだろう。
そして闘気アーマーを、いとも簡単に突破した…。これも同じく、すり抜けるスキルだ。
相手の攻撃をすり抜け、相手の防御もすり抜けて攻撃出来るスキル…か…。
しかし相手の防御をすり抜けているのに、何故そのまま腕をすり抜けずに攻撃出来るのだ…?
そして先程、一瞬だったが掴み、打撃を与える事が出来た。どういう事だ?
思考を整理しようとした瞬間に、能面が無言のまま動く。
「…クッ、主以外の人間に負けるわけにはいかぬ!!」
飛び退き、距離を取るクレア。しかし能面は素早く追撃してくる。
クレアは能面の双鎌回転攻撃を避けつつ考えた。
すり抜けられるなら、闘気アーマーもガントレットも意味がない。クレアは闘気アーマーを解除した。
そのタイミングでリーアが戻ってきた。
≪クレアッ!!はい、これッ!!≫
小瓶を受け取ったクレアは、能面の攻撃を避けつつ、豪快にハイポーションをがぶ飲みする。
傷口が内部から修復して完全に塞がった。
クレアはプラチナガントレットを外し、リーアの方に投げる。
慌てて受け取ったリーアが、クレアのガントレットを鞄にしまっておく。ギャラリーからは突然、投げられたガントレットが消えた様に見えていた。
「…致し方ない、下界で人間相手に使うような能力ではないが…やるしかあるまいな…」
そう言うとクレアは能面から距離を取り、右掌を上に向けて呟く。
『龍戯・黒閃鱗』
その瞬間、クレアのカラダの周りに大小様々の、黒く禍々しく光る八角の鱗のようなオーラが出現した。
現れては消え、消えては現れる八角鱗のオーラがクレアの周りを囲んでいる。
それを見たリーアが呟く。
≪おー、久々に本気になってる≫
クレアの周りに、出現した幻想的な八角鱗のオーラに一瞬、動きを止めていた能面が再び動き出す。
能面は鎌斬撃で連続攻撃を仕掛ける。低い体勢から高速移動で接近し、バックステップで後退するクレアの懐に入ると、交差させた両腕に持った鎌で横薙ぎする。
その瞬間、鎌の刃が八角鱗に阻まれる。それをクレアは龍眼で見ていた。僅かに、能面の身体が光っている。
「…無駄だ。お前が特殊なスキルを使おうとも、黒閃鱗には攻撃は通らぬ!!」
クレアの言葉を無視したまま、能面は構わず回転しつつ攻撃を続ける。
左の鎌で牽制しつつ右回転、左上段から鎌を打ち下ろし、その勢いのまま左足で下段足払い。
更に回転して右脚で後ろ廻し蹴り。クレアの側頭部に接近した瞬間に右脚の踵部分から隠しナイフが飛び出す。
しかし、ナイフの切っ先はクレアの頬を貫く事無く、やはり閃鱗が現れてその攻撃を阻んだ。そんな事にも構わず狂ったかのように回転し連続攻撃を仕掛けてくる。
しかし能面の全ての攻撃は、閃鱗によって阻止されていた。
能面の攻撃を阻む度に、閃鱗がその文様に沿って煌く様に光を放つ。
「龍の鱗には、通常の物理攻撃など効かぬ。そして特殊なスキルや効果をもってしても突き抜く事は出来ぬ。太古より伝わる古龍の魔法が常に脈打ち、流れているのだ」
クレアに一切攻撃が通らなくなった能面はが一旦、高速バク転で距離を取る。
暫くお互い動かず、沈黙したまま対峙が続く。
クレアは考えていた。
閃鱗によってこやつの攻撃がわらわに通る事はなくなった。だが、こやつはわらわの攻撃をすり抜ける事が出来る。すり抜けられてはダメージが与えられぬ。
しかも、まだこやつの持つスキルがどんな絡繰りかは解からぬ…。
しかし「フゥ…」と一息吐いたクレアが開き直る。
…だが!!それが何だというのだ。物事を複雑に考える必要などない。単純だ。こやつがすり抜ける事の出来ない攻撃をすればいいだけの事だ!!
クレアの瞳に覚悟の光が灯る。能面は臨戦態勢のまま無言だ。
こやつを倒すには閃鱗ではなく、別の能力を見せる必要がありそうだな。そんな事を考えつつ、クレアが不敵な笑みを浮かべる。
面白い能力を持っている人間もいるものだ。主と出会ってからというもの、強い奴に会えて退屈しなくて済みそうだな、フフッ…。
そんな事を考えながらクレアが叫ぶ。
「…人間よ、残念だがお前では、わらわには勝てぬ!!」
その言葉に反応した能面が武器を構える。
「…わらわに攻撃を当てたお前に敬意を表し、久しく見せていなかった黒龍最凶の力を見せてやろう…」
そう言いつつ、クレアは考えていた。
これをやると醜くなってしまうのでやりたくないが、今は主はおらぬから見られる心配もない。
こやつに攻撃が通らぬ以上、やるしかあるまい…。
そしてクレアが叫ぶ。
「人間よ、見るがよい!!これが黒龍の力だ…!!」