群島パラゴニアの酒の島。
入場を待つ人達の後ろに並んで二十数分程待っていると、ようやく俺達の番になった。
門衛に挨拶をしてから、身分証明台帳と滞在期間台帳に記入し、許可証を貰ってから門を潜る。
街の中に入った瞬間に俺は目を奪われた。
森と都市が混在する島。
それはどこか懐かしさも感じさせつつ、随所に近世代的な要素をも取り込んでいる。
地球で言う所のパプアニューギニアと近代都市が、巧く混ざり合ったような不思議な街。
そして色彩豊かな建物や街の作りから、色々な文化の要素が取り込まれているのが分かる。
OEDOを感じさせる日本式の建築まである。感動で街に見惚れている俺をクレアが肘で突く。
「…主、観光はまた後でも出来ますぞ?今は早く良い店を探しましょう」
そう言われて慌てて我に返った。
そうだった。まずはこの島のお酒を呑んでみないとな。
「そこに観光案内の人がいるよ」
リーちゃんに言われて見ると、入場した門の横に、衛兵達の駐在所とは別に観光案内のような屋外カウンターがあった。
そこのお姉さんに、昼過ぎでもお酒出してくれるお店を聞いてみた。
「お勧めはこちらになります。色々なお酒が楽しめますよ」
と、紹介して貰ったのは酒の島の中央にある巨大なサーカスのテントのような大天幕のお店で、そこで色々呑めるそうだ。
大きな五角形の巨大なテントを、中央の巨大な柱と何本かの細い柱と丈夫そうな縄が支えている。
側面には壁は無く、風が吹き抜ける開放感のあるお店だ。その中には真ん中に円形で大きなカウンターが作られている。
各ブースで色々なお酒と、つまみ程度の料理を楽しめるようになっている。
どこかしら南国を感じさせる雰囲気だ。まぁ、俺は実際に南国に行ったことないけど…。
ていうか沖縄すら行った事ないんですけど…。
俺達もカウンターに並んで注文する。俺は見た感じトロピカルジュースのようなカクテル?を注文して先に適当なテーブル席に座る。
テキーラサンライズを少し派手にした様なカクテルだ。木で作られてるストロー?のようなものが刺してある。そしてグラスには果物が盛られていた。
「先にちょっとだけ、呑んでいい?」
と、リーちゃんに聞かれたので、どうぞと呑ませてあげた。
暫くして、クレアも両手に三つづつ、合計六杯分のジョッキを持って来た。
どうやらビールのようだ。
「やはり!!まずはコレでしょうな!!」
…取り敢えず、まずは生中で!!みたいなノリだ…。お前の前世、絶対おっさんだろ…w?
「んー、美味しー…」
リーちゃんは、カクテルを少しだけ呑んでご満悦だ。
その後、グラスに添えられていた果物も欲しがったのでそれも上げた。
クレアは相変わらず豪快に、一気に飲み干していく…。お前そういう呑み方、身体に悪いぞ…。
俺はゆったりと、島と店の雰囲気を楽しみつつ、カクテルを飲む。
「…ぉっ、これは見た目より甘過ぎないし、呑みやすくて良いね…」
俺の感想に、フルーツに齧り付きながら、リーちゃんもうんうんと同意する。
ゆっくりとカクテルを呑みながら、周りを観察してみる。
ここには色々な種族が訪れるようだ。人間、獣人、魔族?エルフ、ドワーフ、リザードマンなどがいる。
文化と人種、というか種族が混在している島なんだなと改めて実感した。
酒も色々なものがあるようだ。
種族的なモノ、地域的なモノなどだ。
この後、海苔と醤油について島で聞き込みをしたいので、俺は二杯だけと決めて、もう一度カウンターに行く。
別のカクテルを注文して席に戻る。
今度はソルティドッグのようなヤツだ。グラスのフチを塩が綺麗に飾っている。これにはレモンの様な果実が添えられていた。
席に戻り、改めて気分よく呑もうとしたら、店の周辺が急に騒がしくなってきた。
…全く、人様が気分よく呑んでるって言うのに…どこのバカだよ…?
俺は、チラッと騒ぎの方を見る。
酔っ払い同士の喧嘩かと思ったが、どうやら違うようだ。
◇
「お前達、どうやってこの島に入って来たッ!?」
島の警備兵が、黒装束で目以外を布で隠したヤツらに詰問している。警備兵は槍を手に、そして黒装束達は刀を抜いていた。
瞬間、俺は怒りが湧いた。
どうして俺が酒を呑もうとするとこうも毎回、邪魔が入るんだよッッ!!
…ふざけんなッ!!
俺はロックグラスを静かに置くと、立ち上がる。周りの客も不穏な騒ぎに動揺していた。
さっさと片付けて、呑み直すか…。そんな事を考えながら、
「ちょっとそこの怪しい黒装束叩きのめしてくるわ…」
と言おうとしたら、クレアがいなくなっていた。
「…あれっ?クレアのヤツどこ行った…?」
俺が新しく持って来たカクテルを少し掬って飲みながら、リーちゃんが教えてくれた。
「クレアならあそこの騒ぎに首突っ込んでるけど…?」
え…?
うおおぉぉぉぉぉぉいッ!!何やってんだよォッ!!
俺が叩きのめして正座させて説教してやろうと思ったのにィッッ!!
まだジョッキ三杯程しか呑んでいないはずなのに、頬を赤く染めたクレアが黒装束に絡んでいた。
「…お前ら、他の客に迷惑であろう?ヒック。騒ぎを起こすんじゃない、ヒック…。…ビールがまずくなるであろうがッ…!!」
少しふらつきながら、クレアは警備兵と黒装束の間に入る。
「…お客人、危ないですから下がっていて下さい!!」
「…ふむ。案ずるな…わらわが無断侵入のコイツらを叩きのめしてやろう…」
「…オンナ、我々の邪魔をするな。真っ先に首を飛ばされたいか…?」
「…フッ、人間如きが笑わせてくれる…」
その瞬間、クレアがふらついたと思ったら、両脚を踏ん張って左拳を目の前の黒装束の腹部に叩き込んだ。
「…ぐふううゥゥッ…!!」
刀を取り落し、くの字にカラダを折り曲げ、膝を付いて蹲る黒装束。
…うわっ、骨ごと内蔵逝ってそう…。まぁでもアレで手加減してるんかな…。
物理攻撃無効化が付いた怪物をハイキックで吹っ飛ばしてたのを考えるとアレは手加減してる方だろうな…。たぶん…。
「貴様ァァッ!!何するかッ!!」
前にいた仲間が、突然の攻撃を喰らって沈んだのを見て、後ろに控えていた黒装束達が動き出す。
クレアを囲む様に展開した男達は、一気に躍り掛かった。
しかし…。
「オンナッ!!死ねェッ!!」
「…ふうっ、うるさいんだよ…。ビールがまずくなるって言ったろうがッ!!」
言うが早いか、クレアは一気に攻撃を繰り出していた。
刀の斬撃を裏拳で弾くと、前面のヤツを頭突きで沈める。
そのまま少し宙に飛んで前転ついでに、前から襲ってくるヤツの頭に踵落としを喰らわせて沈めた。
腰を落として踏み込んだまま左側のヤツを、下からタ〇ガーアッパーカットで顎を撃ち抜く。
そのまま後ろから迫っていたヤツに左手で裏拳を喰らわせ、その動きのまま、接近していたヤツにハイキック、回転して更に後ろにいたヤツを右の手刀で袈裟切りのように肩から打ち込んだ。
流れるような攻撃で、わらわらとクレアを囲んでいた黒装束達が面白い様に倒れていく。
「…ふうっ、これでゆっくり酒が飲めますぞ?主…」
「…ぁ、あぁ、そうだな…」
計六人、数秒でその場に沈めてしまった…。…それ、俺がやろうとしてたんですけど…。
鮮やかな勝利に周りから拍手喝采が起きる。
「よくやった!!」
とか、
「姉ちゃん、カッコいいな!!」
とか言われて気分を良くするクレア。
俺は黒装束に近づいて、調べてみる。
他の客がクレアに奢らせてくれとか、一緒に呑もうぜとか、とにかく人種や種族、性別を問わずクレアを囲んで宴会に入りそうな勢いだ。
「…クレア、コイツらは俺が調べとくから、呑んでて良いよ…」
まずは警備兵達に横槍入れてごめんなさいね、と謝りつつ(俺も思いっ切り入るつもりだったが…)黒装束を調べる。
全員、『隠密』というスキルを持っていた。
『隠密』、緑色スキル。人に紛れて隠れて移動する能力。
と、なっている…。人に隠れて移動…キセル乗車かw?
多分このスキルで人に紛れて門から侵入したんだな…。
≪…しかし同じスキルを複数人が持ってるってありえるのか…≫
俺の疑問にリーちゃんがカクテルを掬って飲みながら説明してくれた。
≪簡単なスキルだとあるよ?≫
簡単って…『隠密』って簡単に習得出来るスキルなのかよ…。
警備兵達と黒装束を調べていると、お客の中の一部の人がコイツらについて教えてくれた。
「コイツらは最近、西大陸西部の国で暴れている暗殺宗徒ギルディアークのヤツらだ…」
暗殺宗徒?なんかヤバいワードが出て来たな…客の言葉に、続いて警備兵の一人が教えてくれた。
「大陸側から逃れて来た人達がいて教えてくれたんだが、かなり強硬な手段で、各国の上層に喰い込もうとしている奴等らしい…」
続いて別の警備兵も教えてくれた。
「何でも国の上層部を、そっくり自分達の都合のいい人間にすげ替える為の、ある教団の暗殺実行部隊だったかな…。その後に国民を変な宗教で洗脳していくそうだ…」
「…変な宗教…?」
「ん?あぁ、最近になって流行り出した…エルボス…エルボルス…だったかな…?」
エレボロ…なんか聞いたことあるな…。俺は思わず確認してみる。
「あっ!!それってもしかしてエレボロス教ですか…?」
「ああっ!!そうそう、それだ!!」
…あいつら、こっちの方まで来てんのかよ…。
「…しかし、何でコイツらは門衛に気付かれる事なく入り込んでいるんだ…」
警備兵のその疑問に、俺が答える。
「…スキルですよ。コイツらは人目に付かず入り込むスキルを持ってます」
俺達が話していると、他の島から警備の幹部クラスと思しき人物が、警備兵を連れて来た。
「…バリー隊長ッ!!この島に黒装束が…」
その言葉に、バリー隊長と呼ばれた海軍服?を身に着けた屈強で厳めしい壮年の男が、クレアに倒された黒装束を見て、呻くように声を出す。
「…ここにも入り込んでいたか…」
「ここにも?という事は…隊長…」
「…そうだ二の島と三の島にもいたのだ。…まずいな、コイツら全島に侵入しているかもしれん…」
そこに肩で息をしながら、走ってきた警備兵が叫ぶ。
「…隊長ッ…巫女様がッ…き、危険です!!…すぐお戻りください!!」
「…何だとッ…!!」
その言葉に隊長は指示を飛ばして行く。
「お前達はここから本島までの黒装束の存在を確認しつつ戻って来るんだ」
「…隊長は…」
「…俺はすぐに本島に戻る!!」
俺は、すぐにでも本島に戻ろうとする隊長を呼び止めた。