お土産。
朝早く、ブレーリンを出たので昼前にはベルファに戻って来れた。
ブレーリンからベルファに戻る途中、クレアは『密談』の事で妖精族三体と揉めた挙句、過去の醜態を曝してしまった。その後、無事に密談を繋ぎ直したが、クレアの気分はどんよりと落ち込んだまま、その足取りは重い。
まぁ、こういうタイプは変に慰めるより、放っておくとそのうち機嫌が直るだろう…。たぶん…。
昼に肉でも喰わせとくか…。
ベルファの南門から、いつもの様に名前と職業、滞在理由と滞在期間を記帳して許可証を貰う。
クレアは報告とかは退屈で興味がない、とテンション低めのまま、街を散策してくると言って離脱した。
◇
まずは冒険者ギルドに向かう。
水質調査依頼を受けたのは、このベルファギルドだったので、一応報告をしておこうと思っていた。
「チョリーッス!!」
元気よく挨拶して入ったが皆、キョトン顔になってしまった…。
「…アンソニーよ、変な挨拶したら皆が戸惑うじゃろ?」
ティーちゃんに言われた通り、皆の顔が?になっている。変な空気にしてしまったので慌てて言い直した。
「こんちわー!!」
「おおっ、アンタ達か!!水質調査ヤバかったらしいな…」
「…あぁ、変なヤツらばかりに会って大変だったよ…」
「…やっぱ俺ら行かなくて良かったわー…行ってたら死んでたな…」
BランクのPTの人達とそんな話を交わす。俺達は受付のアマリアさん達ギルド職員の女性にも挨拶をする。
「今回の調査依頼もご無事で何よりです。…教皇領の『聖女』称号を持つ者を倒されたとか…」
「…えぇ、かなりヤバかったですよ…まぁ最終的に勝てたから良かったですがね…」
「…増々、名前が国中に知られて行きますねぇ…」
調査依頼ついでの戦闘だったけど、もうその辺りの情報が周っているようだ。その辺りの話は、こそばゆくなってくるので話題を変えた。
「シャリノアとブレーリンに行ったついでにお土産買ってきましたよ!!」
そう言いつつ俺はお土産の焼き菓子を皆さんでどうぞ、と渡した。
「…ぁ、お気遣いありがとうございます。これはブレーリンで有名なお菓子ですね!!」
「おおっ、良いお土産ありがとうです~」
受付の女性達には、好評のようだ。後ろから冒険者やハンター達も、ズルイズルイと言って来たので、ここにいる人達だけねと言って、シャリノアで買った揚げたおかきのようなお菓子を渡して置いた。
「おおっ!!マジか!!ありがとう!!」
大変感謝されたが、これもまたシャリノアでは有名なお菓子のようだ。冒険者達はそれぞれ、別れてお菓子を食べつつ依頼などの話に戻っていく。
「一応、完了の報告をしたいのでマスターに許可貰ってきてもらえます?」
俺の言葉に、一人の受付の女性が上がっていく。暫くして戻ってきた女性から、上がって良いそうです。と言われたので、今日は俺とティーちゃん、シーちゃんの三人でギルドマスターの部屋に行った。
いつも通り、リーちゃんはティーちゃんのポケットの中だ。ドアをノックしてから入る。
「失礼します!!」
「…ご苦労じゃった。やはり工作員が絡んでいたようじゃな…」
「…えぇ、マスターマロイにも話しましたが…」
と、言いつつ今回の水質汚染調査について軽く報告した。既にマロイ婆からの伝書が届いているという事だったので細かい所は省いた。
「こうも工作員が多いのは不穏な前兆かと思います。そして南にある砂の王国も教皇領や帝国と何らかの繋がりがあるようです。近隣の国からも工作員を出させて、あちこちで活動させているのは混乱させるのはもとより、戦争前にこの国の弱体化を狙っているのかなと思いますよ…」
「…うむ。それについては一ヵ月程前から報告が多くなっておってのぅ…。王宮でも緊急対策が練られておる…」
「それから、特殊な怪物についてですが、センチピードの時と同様に人為的なモノを感じます…。今回の件でこれもまた、教皇領の者や帝国が関わっているのは確実です…」
禅爺はううむ、と唸ったまま沈黙した。
「この国には来て間が無いので、王都がどの辺りにあるのか分かりませんが…。…ここまで工作員が入り込んでいるのは危険じゃないですか?」
聞くと再び、ううむと唸る禅爺。
「…前回も言うたが、国境防衛任務でギルドとしても人手不足でのぅ…。冒険者も、ハンターもSとAは、ほぼ国境防備に集結し傭兵として従軍しておるんじゃ…」
「…えぇ、それは以前おっしゃられてましたね…」
「…苦しい所なんじゃ。帝国側が密かに国境線に軍備を拡充させているとの情報も入っておる…。防衛任務からは人手は割けん。そして冒険者やハンター不足の所に、今回のような内部工作の事件が頻発しておる…。お主はどう思う?」
「…うーん、国境に強い奴を集めさせて手薄になった背後を内部工作で攪乱ってとこですかね…」
「恐らく、この件は連動しておる。お主の言う通り、国境線に人を集めさせておいて内部工作、と王宮でも分析しておる」
「…最近では被害が出てから後手に回る事も少なくないんじゃ…」
そう言いつつ、禅爺は表情を変える。
「…まぁ、一旦、難しい話はここまでじゃな…」
「そう言えば、二人のお嬢ちゃんに挨拶するのは初めてじゃったな」
そう言いつつ挨拶をしてくれる禅爺。ティーちゃんと、シーちゃんも挨拶を返した。
禅爺が、ソファに座る二人にお茶とお菓子を出してくれた。それを見て俺はふと、お土産の事を思い出してお酒をアイテムボックスから取り出した。
「そう言えば、シャリノアに行ったついでにお土産買ってきましたよ…」
そう言いつつ、清酒、純米酒、大吟醸と三本の酒を渡す。
「おおおッ、お主!!わざわざこれを買ってきてくれたのか!!」
「…ぇ、えぇ…自分のも買っといたんですが、禅さんの分もと思い出しましてね。お土産に…」
禅爺は各瓶を眺めながら目を細めていた。喰いつきが凄いな…。
「家での晩酌に、呑んでやって下さい」
「うむ。ありがたい!!ワシは日本酒に近い酒が好きでのぅ。この世界ではシャリノアの酒が一番じゃ!!」
テンションの上がり方が半端ない…。お酒好きなのが良く解かった…。俺はついでに、クレアの事も話しておく。
「…実はもう一人いるんですが、硬い話が苦手なヤツでして…。気まぐれなヤツなんですが、機会があれば挨拶に連れて来ますよ」
「うむうむ、解っておる。無理にでなくともそのうちで良い!!」
まさかこの時の会話が後日、とんでもない形で実現してしまうのを、この時の俺は知らなかった…。
禅爺が話を戻す。
「…先程の話の続きなんじゃが、どうしても人手が足りんでな…。お主の様にフリーで動いてくれる者がおると助かる」
「えぇ、マロイさんからも、危険なヤツは見つけ次第、成敗しとくように言われましたよ」
「うむ。お主を含めて、フリーで動くSランク相当の者は三人しかおらん。水質調査の件もそうじゃが、教皇領の聖女を一人倒したのは大きい。引き続き、国内で不穏な行動をするヤツがおった時は対処を頼む」
と、頭を下げられた。
「…それから、他のフリーのSランクのヤツに会っても余り関わるなよ?」
「ん?何かヤバいヤツらなんですか…?」
「…いや、ヤバいというかじゃな…癖が強すぎて手に余るというか…相手をしておると頭痛を起こすぞ…」
「…ぁ、あぁ、そうですか…」
どんな二人なのか気になる所だが、禅爺がここまで言うんだから相当な変わり者なのかな…。
続いてメイヤーズ市長主催の晩餐会の件についての話をした。一週間後に開催予定だそうだ。
「…ブレーリンのテンダー卿と義弟であるマスターロメリックも興味がある様でしたので…」
「…おお、良いぞ!!ならば二人にも招待状を出すよう市長に言うておくわぃ」
と、二人の招待もお願いすると快諾してくれた。ちなみにシャリノアのマロイ婆が…と聞くと、
「…あの婆さんもか。勝手に来そうな気もするが…まぁ良い。一応、招待状を出してもらう様に言うておくか!!」
と声を上げて禅爺が笑う。一体どういう関係なんだか…。
「では刺身と鮨の件もよろしく頼むぞ!!」
と、言われて準備がぼちぼち進んでいる事を報告してギルドを後にした。
◇
街を歩きつつ、そろそろみんなでお昼を食べようかと話をする。
「クレア姉さまはどうするんじゃ…?」
「…呼ばんとまたすねるでしゅ…」
すぐにリーちゃんが呼んでくると言って転移した。暫くして建物の間の影から、転移でクレアを連れたリーちゃんが出て来たので、合流して料理屋に向かった。
今回の昼食は、ベルファでもそこそこ大きい料理屋に入ってみた。昼時なので大盛況だ。
今回はクレアもいるから、サラダと一緒に肉料理を少し多めに注文する。レアの牛肉ステーキと、豚肉の塊の煮込み、羊肉の蒸し焼き、鶏肉団子、生ハムと野菜の盛り合わせみたいなヤツにした。
肉を見たとたんに、クレアのテンションが上がったのが分かった。
「気分が下がった時には肉を食べねば…」
とか言いながら、がっついている…。お昼を食べながらこの後、どうするかについて話した。取り敢えずティーちゃんとシーちゃんは世界樹に戻り、牛肉やらを用意してくれるそうだ。
俺はリーちゃんが西大陸の端の島に転移で送ってくれるというので、二人で醤油と海苔を探しにいく事にした。
「…クレアはどうする?世界樹で牛肉の味見してても良いぞ…?」
クレアに、この後どうするか聞く。暫く牛肉の試食か…と呟いきながら迷っていたようだったが、
「主に着いて行きます!!」
といったので、牛肉はティーちゃんとシーちゃんに任せて、俺達は三人で西大陸の端の島に行く事にした。
クレアは嬉しそうに肉を食べていたが、口の周りが肉の脂でベチャベチャになっていた…。超絶残念美人になってる…。
口周りちゃんと拭けよな…。俺はアイテムボックスから布の端切れを取り出す。
「…クレア、一回口周り拭けよ?肉の脂で美人が台無しだぞ…?」
俺の言葉に一瞬、こっちを見ると串に刺してあった豚の塊の煮込みを両手に持ったまま、目を閉じて無言で唇を出してきた。
…拭いてくれって事かよ?さっきティーちゃんとシーちゃんの口周りを拭いて上げているのを見ていたせいか、当たり前のように唇を出している。
一度、肉を皿の上に置けば良いだろうに…。そんな事を考えていると、
「…主。わらわは今、両手で肉を持っておるのですぞ…?」
とか言ってきやがった…。
そんなの見りゃ解かるわ!!
クレアは、早く拭いてくれと言わんばかりに片目を開いてこっちを見てくる。
…しょうがないヤツだな…。
仕方なく、俺はクレアの口を綺麗に拭いてやる…。口周りが綺麗になった後、クレアは満足そうに、再び肉に嚙り付いていた。