盗賊退治における盲点。
妖精族の話を聞いた後、前を向いた俺はゾッとした。
今までのどのモンスターよりも動きが速い。いや、速いを通り越している。気配を感じさせず、既に俺の目の前にいた。
俺が見上げているとクーガーの口がパックリと開く。瞬間、大きな牙が上から襲い掛かって来た。
「ヤバいィッッ…!!」
俺は神速を使って、後ろに距離を取る。しかし、次の瞬間にはもう俺の目の前まで接近してた。
…速い!!
距離を取っても、すぐに目の前に現れる。俺は巨大な前足から繰り出される爪攻撃をタガーでいなす。しかしパワーが強すぎて、いなすどころかそのまま押し潰されそうな勢いだ。俺は、全力でクーガーの爪斬撃を弾く。
俺はタガースキル『ストームラッシュ』で対抗し、爪斬撃を乱撃で押し込んでいく。クーガーが接近してくれるお陰ですぐにスキルが視えた。『クーガーファング』、『爪斬撃』、『跳躍』、そして…。
『ファントムランナー』コイツのスピードの秘密はコレかッ!!
説明文には、屈強でしなやかな体躯を生かした、幽幻の如き疾走。目で追うのは困難。と説明が付いてた。皆がヤバいって言ってたのはこれだな…。
さあ、どうするか…。
俺は神速を使ってクーガーの後ろに周り込む。ボンドスパイダーから抜き取った『粘糸』を使い、クーガーの動きを止めようと試みた。しかしクーガは粘糸をものともせず反転し、攻撃して来た。
範囲攻撃を設定しようとしたがクーガーの動きが早く、範囲設定も出来ない。
こっちが周り込むと、反転しクーガーファングと爪斬撃が来る。俺は応戦に精いっぱいで有効な攻撃をする余裕を貰えなかった。しかし、動きを止めないと『スキル泥棒』が使えない。
どうするか…動きを止める事が出来れば…。俺は暫く逃げ回りつつ、考えていると『龍眼』の事を思い出した。俺は神速を使ってクーガーから距離を取る。クーガはファントムランナーを使って俺に迫って来た。それを『龍眼』で観察する。
すると動きのモーションがハッキリと視えた。
俺はレーダーマップで距離を確認するとすぐに反転した。ある『作戦』を思いついた俺は、森の中を全力で走って逃げた。
≪アンソニーよっ、逃げてどうするんじゃ!?クーガーは獲物が死ぬまで追いかけて来るぞっ!?≫
≪取り敢えず作戦があるから暫く逃げる!!≫
それだけ言って俺は北に向かって走った。
◇
森の北側には、小高い丘の様な場所がある。そこに小さく切り立つ崖があるのを、午前中に確認している。崖は数メートルの壁になっていた。
龍眼とレーダーマップで、どれだけの距離をクーガーがファントム出来るかは確認している。俺は崖まで近づくと、すぐに『龍神弓』を取り出した。
俺は弓スキル『狂襲乱射』で崖の壁に適当な穴を空けると、振り返って壁の前に立つ。そしてレーダーマップでクーガーを確認した。
クーガーが目の前に現れた瞬間、俺は神速でその場所から逃げた。
追い掛けるのに一生懸命になってたクーガーは突然、目の前に現れた壁に慌てて四肢を踏ん張って急ブレーキを掛ける。
しかし敢え無く、滑ってそのまま激突した。
ドゴオオォォォーンッ!!と大きな音と共に、壁の穴にクーガーの頭がスッポリ嵌った。
すぐに俺はクーガーに接近すると、アイスエッジを使ってクーガーの首周りを氷結させる。クーガーは壁から頭を抜こうと必死に藻掻いていた。
「クククッ『バカが嵌る穴作戦』成功だなw」
俺はクーガーが壁の前で止まる事を想定していた。だから事前に壁の前の地面をある程度、アイスエッジで刺しておいた。
当然、地面は凍る。クーガーが足で踏ん張っても無駄無駄無駄ァッ!!そして俺の予想通り、見事に突っ込んでくれたw
しかし『ファントムランナー』が、壁とかをすり抜けるスキルじゃなくて良かった。消えた様に見えるほどに速い、という事だな。
さて、コイツが壁から頭を引き抜くまでに、スキルを抜き取るか。クーガーは相変わらず藻掻いていたが、首が固定されているのでスキルの抽出は速かった。
◇
まずは『跳躍』を抽出。『ファントムランナー』も使えそうなのでこの二つを抽出した。その後、すぐに三体が転移して来た。
「おおっ、これはどうなっとるんじゃ?」
「アンソニー、コレどうやったの?」
リーちゃんに聞かれたので、経緯を話す。
「バカが嵌る穴ってヤツだよ」
「ふーん、よくそんなの思いついたね~」
リーちゃんが感心している傍で、横をチラッと見ると、シーちゃんがクーガーのお腹を触りまくっていた…。
「あぁぁ~っ、ふかふかもふもふでしゅ~っ」
「どれ、わたしも今のうちにモフモフしておこうかのぅ」
「そうですね、これは大チャンスですよ!!」
「よしっ、俺もっ!!」
俺も便乗して、クーガーが動けないうちに思う存分もふもふしといたw俺達に散々モフられたクーガーはグッタリ弛緩していた…。
その後、近くで『跳躍』を試す事にした。再び妖精ネットワークを使って、上空のモンスターを探して貰う。森の西に『デビルホーク』がいるようだ。
俺達は、すぐに森の西に向かった。
森の西へと向かった俺達は、開けた場所から上空を見る。かなりの高高度でデビルホークが悠然と飛んでいた。
獲物を探していたホークの眼が、俺達を見つけてギラッと光る。すぐにホークは旋回しながら下降してきた。
「ちょっと試してみるよ。結構高いけど届くかな?」
「アンソニーよ、気を付けるんじゃ。デビルホークに捕まると闘いづらくなるからの」
ティーちゃんの助言を受けて、どんな感じか試してみる。グッ、と膝を曲げた俺は『跳躍』を使ってジャンプしてみた。
―瞬間。
ミサイルの如く、ビュンッッッ!!と俺の身体が高速で天空に飛んでいく。ドスッッ!!という鈍い音と共に、俺はホークの腹に頭から激突した。
「ゴフッ…!!」
ホークが大量の血を吐いて、そのまま墜落していく…。
「イッテェェッ!!」
俺は頭の痛みに堪えながら、下を見てビビった。…オイオイ、三十メートル以上は上昇してるぞ…。神速と同じく、脳のリミットが外れてる事を忘れて使うと危険だな。
そんな事を考えていた俺も、すぐに墜落を始めた。
「…うわっ、うわわわっっ…やべぇっ、どうしよぅっ!!ヤバいっヤバいっっヤバいっーぃぃぃっ!!…ぉ、おぉぉっ、落ちるっ、落ちる落ちるぅぅっ…!!」
南無三っ!!俺は目を閉じて必死に祈る。瞬間、俺は地面激突、三メートル手前で突然、思い出した。
「旋風掌だッ!!」
地面に右手の籠手を翳す。俺は籠手のスキル『旋風掌』を思い出して発動させた。掌から出る強い風で、カラダを浮かせて、何とかふわりと降りる事が出来た。
「…ふう、マジで焦った…」
…旋風掌の事をすっかり忘れてたわ…。三体が駆け寄ってくる。
「アンソニーは頭突きが好きでしゅね~」
「頭突きって、アンソニーの必殺技なの?」
「あんまり頭から突っ込むと、増々リミットが外れてしまうじゃろ?」
…口々に言われたが、頭突きが好きとか、俺の必殺技とかじゃないです…。…これもただの事故です…。
ホークの息があるうちに、俺は右手を翳す。ホークには、『バードアイ』と言うスキルがあり、使えそうだったので抜き取っておく。
『バードアイ』は遠くの対象を遠望出来るスキルだ。
その後、解体は皆に任せた。三人が、手際よくホークを解体をしていく。まだまだ補助スキルとしては少ないが、対人とかで徐々に増やして行っても良いかなと思った。
…何より、森での戦闘は疲れる。普通のヤツが出てこないからな…。皆が解体を終えたようなので、俺達は再び世界樹に戻った。
◇
翌日。戦闘とスキルの抽出の訓練を終えたので、今日から対人戦に挑む事になった。
「まずはそこらの、賊でも倒していくかのぅ」
ティーちゃんの提案で、まずは盗賊退治からやる事にした。俺達は、森を抜けて街道に向かう。
盗賊や山賊の類は大体、街道を適当に歩いてれば出て来る。俺は三体と共に、森を抜けて街道に出た。
「ヤツら、出てくるかのぅ…?」
「出て来るよ。アイツら無駄に湧いて来るからね」
暫く歩いていると俺達の前を塞ぐように、如何にもな感じの男達が姿を現わした。
「おおっ、ホントじゃな。アンソニーの言った通りじゃの」
男達は地味な革防具を付けて、腰にタガーを下げていた。厳つい顔と日に焼けた肌、ひげ面でバンダナ、黒い布で口元を隠している。
男達はニヤニヤと俺達を見ている。
「…オイッ、そこのお前。黙って金と装備、子供を置いていけ!!」
…偉そうだな。盗賊相手に容赦する必要もないので俺はすぐに『神速』でヤツらの背後に周り込んだ。しかし、ヤツら俺の動きが見えなかったのか反応がなく、背後に周り込んでいるのに全く気付いていない。
…こりゃ、楽勝だな。しかしその時、思い掛けない事態が俺を襲った。
俺は急いでヤツらから距離を取り、元の位置に戻る。そして俺は、思わず声を上げてしまった。
「クッセェェェェェェッッッ!!」
俺の叫びに、三体と盗賊達がキョトンとしてフリーズした。
「…なんじゃ?アンソニーよ。何があったんじゃ?」
俺は振り返ってティーちゃん達を見る。
「ん?なんじゃ?鼻摘んで、どうしたんじゃ?」
「いやいやいやっ!!皆、どうして臭わないの?アレがッ!!」
俺の言葉に、あぁ、と言う顔をしたティーちゃんが説明してくれた。
「アイツらは臭いと分かっておったから、臭い消しの魔法を掛けておいたんじゃ」
「えええっ、皆だけずるいぞっ!?何で俺にもその魔法掛けてくれないんだよっ!!」
俺達のやり取りに、男達が怒る。
「テメェらッ!!何いってやがるッ!!これからお前ら死…」
男達の言葉が急に止まった。俺が龍神弓で、男達の足下に『狂襲乱射』を打ち込んだからだ。
「ちょっとアンタらは黙ってくれ!!これは大事な話なんだ!!」
そして再び、振り返る。
「皆、俺が潔癖症って知ってるよね?」
「ああ、知っておるぞ」
「うんうん。分かってるでしゅ」
「じゃあ何でアイツらが臭いって言う、凄ぉーく大事な情報を俺にも共有してくれないわけ?それ、おかしくない?余りの臭いで鼻、捥げそうになったんだぞっ?」
俺の言葉に、シーちゃんがケラケラ笑い転げる。
「アハハッ、鼻、捥げたでしゅか?」
「大丈夫よ、おおげさねー…」
「そうじゃ、これくらいの事で何を騒いでおるんじゃ…」
俺は思わずむっとした。
「これくらいの事って…アイツらの強烈な臭い嗅いでからそう言う事言いなよ?アイツらこんだけ離れててもメッチャ臭いんだからなっ!!俺はあんな臭い奴らと闘いたくないんだよっ、マジでっ!!」
俺の叫びに、男達の顔付きが変わった。