ただの夕食会が宴会になった。
ロメリックとギルド前で別れた俺達は、宿泊と夕食会の為に、前に泊まったダンディなおやっさんのいる宿屋に向かう。
今回も、風呂、テラスが付いた最上階の部屋が空いていればそこに泊まりたい所だ。
街の通りを抜けて、目的の宿屋に入る。交易商人らしき客が数人いたので、カウンター前にあるソファにみんなで座って待つ事にした。
他のお客さんが手続きを済ませたのを見てからカウンターに向かう。
「いらっしゃいませ、お泊りですか?」
「えぇ、この前の最上階の部屋、空いてます?」
「はい、空いておりますよ。それではそちらの部屋でお手続きをいたします」
俺は前払いで料金を払いつつ、
「これから一階で食事をしたいんですが、二人ほど後から来るんですよ。それでですね、大きいテーブル席を予約で取って貰っても良いですかね?」
「はい、それはよろしゅうございますよ。後からのお客様が来られましたらご案内致します」
部屋の鍵を受け取って一度、宿屋の最上階に上がる。前泊まった時と違うのは、クレアが一人増えただけだ。だから俺は最高の大部屋にしたんだけど、クレアは不満そうだ。
「…主、部屋割は子供達で一室、わらわと主で一室で借りたかったのですが…」
シャリノアの時と同じくゴネ始めたので、階段を上がりながら部屋が広いからその一室だけで良いんだ、と言っておいた。
「風呂も付いてるし、テラスもある。ベッドもちゃんと人数分以上あるよ」
「姉さま、二つ部屋を借りると料金がかさむからダメなんじゃ…」
ティーちゃんが宿泊料金の話でクレアを説得しているが、実は二部屋借りるよりこの最上階の大部屋の方がかなり高い。
俺は狭い部屋より広くて開放感のある方が良いから大部屋にしたんだけど、前回泊まった時に気に入ったので空いていればここが良いと思って部屋を取ったのだ。
「大きい部屋はテラスも付いててとっても快適なんでしゅ」
「…クレア、二人で泊まりたいのは分かるけど、そんなに急がなくても良いんじゃない?どうせもう行き遅れてるんだし…」
三人に突っ込まれて、唇を尖らせて不満を表明するクレア。残念そうなクレアだったが、勝手を許すとコイツはどんどん事を進めて行きそうで怖い。
時々、ブレーキを掛けてやらんとな…。
◇
「…ふむ。これは中々、悪くはないですな…」
部屋に入るなり、クレアは一頻り部屋を見て周っている。
「部屋にお風呂が付いてるってのもあるんだけど、テラスも付いていて凄く良いんだよ」
そう言いつつ、クレアを連れてテラスに出る。
「街も一望出来るし、星空も綺麗に見れるからね…」
「ほほぅ、それは良いですな…ここでゆっくりお酒でも呑みながら夜空を見るというのもまた一興かもしれませぬ…」
今は夕日が西に沈みかけている頃で、街がオレンジに色付いていた。これはこれでまた綺麗で良いな…。
「…アンソニーは、風景が好きなんじゃのぅ…」
「うん、こういうの見てると心が落ち着くんだよね…」
俺は皆とブレーリンの街の夕方の景色を楽しんでいた。
◇
クレアに部屋とテラスを見せて周った後、俺達は一階に降りる。
一階のカウンター付きの広い料理屋スペースの一角、予約を取った大きいテーブル席に案内してもらって、そこでロメリック達を待つ事にした。
時間が時間なので、他のお客さんも多い。貴族と見受けられる紳士や婦人、交易商人とみられる人達などがいた。
結構な高級宿屋の様なので、俺達以外、冒険者やハンターらしき人の姿はなかった。
二人を待っていると、早くもクレアがお酒を注文しようとしたので待ったを掛けた。二人が来るまで、もう少し待ってからな、と釘を刺して置く。
眉を顰め、唇を尖らせるクレア。
並の美人ではないから、どんな表情も絵になるんだが、それに騙されてはいけない。中身は豪放かつ威勢が良く、大味なワイルド過ぎちゃんだからな…。
二人が来るまでは、皆でソフトドリンクとちょっとした乾きもの(おやつ的なもの)を頼んで待つ事にした。ふと見ると、クレアはドリンクに手を付けていない。
理由を聞くと、
「酒を呑む前に、先にドリンクを飲むと酒がおいしく無くなりますからな…」
と、酒好きのおっさんみたいな事を言ってた…。…コイツ、血圧と肝臓の数値上がるぞ、マジで…。そうこうしている内に、宿屋の前に馬車が止まった。
◇
馬車から、テンダー卿とロメリックの二人が揃って下りて来た。宿屋に入ってくる二人に、貴族や交易商人の人達が、一様に立ち上がり礼をする。
他のお客さんは皆、二人の登場に驚いているようだ。俺達も立ち上がり、改めて挨拶をした。
「わざわざお越し下さり、恐縮です…」
「いやいや、堅いのは無しで。今日は気楽に食事を楽しみしましょう」
テンダー卿の言葉に、俺は軽く頭を下げる。
褐色の肌に精悍な顔付の、正にワイルドな良い男だ。そして温厚かつ誠実なロメリック。対照的な二人だが、何故か義兄弟としてみると違和感がない。
二人に席に着いてもらって、クレア待望のお酒の注文を取る。全員、まずはビールを頼んだ。子供達には、見た目がカラフルで美味しそうなトロピカルジュースを注文する。
クレアがいきなりジョッキ二杯分の注文を取っていたので。あんまり一気に飲み過ぎるなよ、と俺が釘を刺しておいた。
「…分かっておりますとも…貴族や大商人らがおりますからな…。こういう時はチャンスですから、呑み過ぎはしませぬ…」
俺はクレアの言った言葉の意味が良く解からなかった。何がチャンスなんだよw?
テンダー卿やロメリックがいる事で他のお客さんも、挨拶をしに来たりと、かなり盛況だ。挨拶に来る貴族や、商人達をチラチラとクレアが見ている。
皆、お酒が回り良い感じに陽気になった。そんな中…。
「…突然で、失礼!!」
ビールを呑んでイイ感じに頬を赤く染めたクレアが突然立ち上がり声を上げた。
「今、ここにいる皆様にお話させて頂きたい事があります!!今回は我が主、アンソニー・ホワイトより、皆様へ些少ながら…」
そこで一旦、言葉を止めるクレア。一体、何を言うつもりなんだ…?
「我が主からのご挨拶と致しまして、今夜一晩の飲食、全ての御代を、主が持ちます故!!今後も、テンダー卿、マスターロメリック共々よろしくお願いしたい!!」
…オイオイオイオイ…全く。チラチラタイミングを見計らってると思ったらコイツ、これを狙ってたのか…。
「おおっ、なんと太っ腹な…」
拍手と共に、歓声が上がった。そっとロメリックが、俺に聞いてくる。
「…あの、だ、大丈夫なんですか…?」
「…ぁ、あぁ、お金の方は大丈夫なんだけど…今後のクレアの行動の方が凄く心配だわ…」
俺の言葉に苦笑いするロメリック。テンダー卿は、クレアの言葉が粋に感じたのか、盃を上げて改めて乾杯の音頭を取る。
まぁ、お金はかなりあるし、元々今回は俺が支払いを持つつもりだったから良いんだけど…。
クレアが威勢よく言い放ったので他のお客さんが次々と俺に挨拶に来てくれた。
しかしクレアのヤツ、どんどん暴走している気がするんだが…。
クレアが他のお客の飲食も全て俺の奢りだ、と宣言してしまったので、各テーブルが宴会の様になった。
途中から食事に来たお客さんにも、今夜の飲食の料金は全て俺持ちだという事をカウンターで伝えて貰う。途中から食事に参加した人達も大いに喜んで、挨拶に来てくれてかなり盛り上がった。
奢りという事で注文が増えた為か、厨房ではスタッフ達がかなり慌ただしく動いていた。ホール担当の従業員もあちこちから声を掛けられ、少し混乱気味だったが、みんな程良く酔っているので小さなことは気にしていなかった。
今回、クレアは酒を呑むのを程々に抑えて、他の客の所にお酒を勧めに周っていた。クレアの事だから、何かもう一つ別に思惑がありそうだ…。