水質調査完了報告。
俺はエミルの耳元に埋め身まれたチップの機能を停止させる為に、指先から極僅かな電流を流す。龍眼で見るとチップの光は消えたようだ。
念の為に、ティーちゃんにも鑑定で確認してもらった。
「…うむ、機能は停止しておるな…」
大丈夫かどうかは分からないが、とりあえずエミルを連れてシャリノアに戻る事にした。チラッとシーちゃんを見ると怪物のフクロウ頭を小脇に抱えていた。
気に入ったのかずっと持ったままだ。ドス黒い体液が首から滴っている。
「シーちゃん、村の人がそれ見るとびっくりするから、フクロウの頭は鞄に入れとこうね」
そう話すと、慌てて布を取り出して綺麗に包み込み、フクロウ頭を鞄に入れた。
◇
シャリノアに戻った俺達は、急いでエミルをギルドの医務室に運び込んだ。空いている治療ベッドに寝かせる。一応、回復士に状況を話しておいた。
ダメージでの衰弱と、俺が結構強めに地面に叩き付けちゃった事での、脳震盪や骨折の可能性などを伝える。数名の回復士が、慌ただしく動き始めた。
教皇領の者、という事もあって意識が戻って暴れられても困るので、ベッドの上で拘束してからの治療となった。
エミルの事は医務室の回復士に任せて、俺達はギルドマスターの部屋に上がる。まずは村長とマスターの二人にクレアを紹介…、しようとしたら勝手に自分から名乗り始めた…。
「アンソニー・ホワイトの妻であるクレア・ホワイトであります!!我が主共々、今後ともよろしくお願いしたい次第です!!」
クレアの挨拶にまたもや、
「うおぉぉぉぃっ!!」
…と突っ込みたい俺だったが、ロメリックの時も何も言えなかったし、既にマスターと村長の二人と挨拶を交わしているので、もう今更の様な気がして何も言わなかった…。
「…ふぅん。ホワイトくんは妻帯者だったんだね。見えないけどねぇ~…」
「…こりゃ驚いたわ。お主、結婚しておったとはのぅ…。まぁ、小さな子供達を連れておるから結婚しててもおかしくはないが…」
「「…見えんね~…」」
二人にそう言われたが本当の所を話しても、クレアが上手く被せて邪魔してくるだろう…。この年齢で結婚してないと思われるのも悲しいが、そこは事実だからしょうがない…。しかし結婚してないのに、していると思われるのも何だか…。
俺の心の中は複雑だった…。
しかし、クレアのヤツ、どんどん既成事実化していく気だな…。くうぅぅっっ…一回の借りがここまで大きいとは…。
◇
「…では早速、報告を聞こうか?交戦していた事はロメリックからの伝書連絡で知っていたけど…」
「無事、帰ってきた、という事は依頼は処理出来たという事で良いかのぅ…?」
村長のゴーリックとマロイ婆の質問に、ロメリックが答える。
「はい。やはり当初からの予想通り、工作員の仕業でした」
「…そうかい。やはり工作員だったか…」
マスターマロイの言葉にロメリックが続けて答える。
「…水質汚染の原因だった帝国の能力者、レイジ・ブスジマは、仲間割れで教皇領の『聖女』エミルに殺されたようです。他の帝国兵は無力化して牢にて拘束しています。…教皇領の者ですが、工作員は同じく無力化し、牢にて拘束中です。一団を統率していたと思われる聖女エミルですが…戦闘でのダメージもあり、今は医務室で拘束して治療中です。…これはホワイトさんの見解ですが、エミルは洗脳を受けているようです。有用な情報は得られないかもしれません…」
「まぁ、そこは仕方ないね。回復を待ってからだな…」
村長の言葉にマロイ婆も頷く。
「…うむ、すぐにはどうにもならんだろう…。しかし良くやってくれた。これで水質も少しづつ改善していくだろうね」
次にマロイ婆から、能力者との戦闘について聞かれたので、俺が経緯を話した。
◇
「毒島の護衛と思われる帝国兵は俺とクレアで制圧しました。水質汚染工作を行っていた、毒島 玲児ですが左腕に汚染するスキル『プルージョンアーム』と、右腕から神経麻痺の毒液を打ち出す『ベノムショット』というスキルを持ってました。最終的にクレアが、拳打によるラッシュ攻撃を喰らわせて戦闘不能にしました…」
その後、現れた教皇領の聖女様御一行に分断されたが、なんとか聖女に続いて、継ぎ接ぎモンスターも倒す事が出来たと報告した。
「先程ロメリックの報告にもあったと思いますが…下に寝かせている教皇領の能力者、エミルは『聖女』という称号を持っています。そんなのが王国の奥地まで潜り込んでるのはかなり危険な気がしますが…」
「…ふむ、そうじゃな。もう既に、教皇領の聖女までもがこの地にまで潜っているのは驚きじゃ…。急ぎ、王宮に伝書を送るわぃ…」
そういってマロイ婆はデスクで伝書を書き始めた。婆は伝書を書きつつ、良く『聖女』を倒せたなと聞いてきた。
「…結構ギリギリでした。かなりヤバい能力でしたよ…」
真獄での分断、十字架スキルによって動きを止められ、反響憎悪の見えない攻撃と、生命吸収する茨の道での攻撃。そして炎のゾンビ軍団。
いずれも動けなくなってからの遠距離からの攻撃であったことを話した。ただ最後の『ダブルフェイス』からの攻撃能力はしょぼかった…という事は言わなかった…。
続いて、継ぎ接ぎ合体モンスターの撃破について聞かれた。
「マジックキャンセルと物理攻撃無効化が付いているキメラモンスターをどうやって倒したんじゃ…?」
「…あぁ、それはですね…俺がモンスターの継ぎ接ぎの関節部分を内部破壊した後に、クレアが怪力で各部位を折って捥ぎ取り解体しました…」
と説明した。ふふん、とドヤ顔のクレアを見るマスターと村長。
「…そんな方法、よく思いついたねぇ…。しかし折る前に内部破壊をしたのか…。どうやったのか気になる所だけど…」
村長がその方法について気になる様なので簡単に説明した。
「まずはスキルを使って怪物と重なった所に、これを刺して関節を内部から破壊しました」
そう言いつつ、俺は気脈逆流タガーを見せる。
「ロメリックにも説明しましたが、このタガーには特殊な効果が付いています。刺突する事によってのみ、気脈の流れを止めて小爆発させる事が出来るタガーなんですよ」
「…ほぅ…効果付きのタガーかぁ~。スキルもかなり持ってるみたいだし、効果付きの武器まで持ってるなんて…ホワイトくんは面白い男だね~」
村長はにこやかに笑っている。
「…しかし、お前達。内部から破壊したとか、折って捥ぎ取ってやったとか簡単に言っておるが…
それは普通の上位ハンターでも難儀な事じゃぞ…?」
「アハッハッ!!お婆様、主とわらわのコンビネーションに掛かればあんな怪物など相手にはなりませぬよ!!」
得意気に話すクレアに、マスターも村長も笑いながらも呆れていた…。
◇
「しかし、最近になってあちこちの支部でも、この手の工作が発見されているようでのぅ…何か、きな臭いのぅ…」
そのマロイ婆の言葉に、俺は私見ですがと断って話す。
「…国内のあちこちで他国の工作員が動くのは、戦争の前兆かと思います。戦う前に、相手国を混乱させ、弱体化させておくのは戦の常道ですからね…」
マロイ婆も、うんうんと頷いていた。
「その事についても、王宮に伝書を送っておいた」
マロイ婆が話を続ける。
「…ホワイトや。お主はフリーじゃがこの王国のギルドに認められた者じゃ…。工作員に限らず、間違っている事をしているような輩は、許す事なく成敗しておいて欲しい…」
「…えぇ、この王国内を歩いてると嫌でも会いそうですからね。その時は片づけておきますよ…」
続いて依頼の報酬についての話になった。
意外と早い解決に、村長ゴーリックとマスターのマロイ婆も喜んでいた。報酬金を少し上乗せしてくれるそうだ。
ありがとうございます、とお礼を言った俺はふと本来の目的を思い出して村長に聞いた。
「そう言えばここに来た理由が、もう一つあるんですが…」
「…ん?何だい…?」
「…お米を探しているんですよ。出来ればかなり上質なお米が欲しいんですけど…」
「うん?お米なら沢山あるよ?今回は依頼も早く終わらせてくれたから、お米の分のお金は取らないよ!!次回からは、しっかり払ってもらうけどね、アハハッ!!」
村長ゴーリックから、依頼の達成の事もあって、今回は無料で良いとの事だった。今日の内にお米の卸業者に連絡を入れてくれるそうだ。明日の朝に受け取りに行ってくれとの事だ。
「ところで、お米を何に使うんだい…?」
マロイ婆に聞かれて、ベルファでの晩餐会の事と禅爺から頼まれた鮨と刺身の件を話す。
「…ほうほう、良いねぇ。その時にはわたしらもお邪魔したいねぇ…。久しぶりに禅にも会いたいし…のぅ…」
何か含んだような言い方だ。禅爺とマロイ婆は知り合いなのか…。まぁ、二人とも元Sランクだから、お互い知っててもおかしくはないだろうな…。
「ベルファに戻ったら禅爺に伝えておきますよ」
と言いおいて、俺はギルドを後にした。
米は手に入れる事が出来た。次は醤油だな…。