シャリノア大農場。
シャリノア大農場は王国の一大穀物生産地である。
北の高山から流れるウェルス河の綺麗な水は、シャリノア東辺りで逆L字に曲がって西の海へと流れ出ている。そのウェルス河が一部、シャリノア村の南側を流れていた。
大麦、小麦、稲、その他、野菜や、果実など諸々を栽培、生産しているそうだ。
ここでは牧畜もしており、村の中心から工作地や牧畜地が同心円状に広がっている。
王国の食糧庫と言われるだけあって強固な城壁がエリアごとに設けられ、容易に侵入出来ないような作りになっていた。
村ではあったが、巨大な農場要塞だ。
素性の分からないものは何日も掛けて調査され、検査を受けてからやっと入れるらしい。逆に言えば一度、素性が解れば次回からはすぐに通過出来るようだ。その為に交易商人などは積極的に身分証明に応じるそうだ。
村の中心に辿り着くまでの時間の長さが、その警戒の程を物語る。今回はロメリックがいたので比較的スムーズに入る事が出来た。
ロメリックが村の中心街の門衛に話を通す。
「ブレーリンギルドのロメリックです。水質汚染調査依頼を受けたホワイトさん達のPTと共に参りました。村へ入る許可と、依頼情報確認をしたい旨、お伝えして頂きたい…」
ロメリックの言葉に、敬礼しつつ衛兵が答えた。
「…はッ!!既に聞いております。お通り下さい!!」
衛兵は敬礼をすると、すぐに通してくれた。長い列を作って待っている人々に軽く頭を下げてから、俺達はシャリノアの中心街へと入った。
改めて村の中を見渡してみる。雰囲気は農場なので村、といった風情だったけど、なんせ王国の食糧庫と言われる所だけあってかなりの賑やかさだ。
ここを中心に、農道が放射状に整備されていて、収穫、運搬、保管までスムーズに出来るようになっているようだ。
規模で言うと軽くベルファの四倍程だろうか?ブレーリンよりも農場の分、広いといった感じだ。
そして嬉しい事に、ここには大衆浴場の他、何件かある宿屋のどこの部屋にも風呂が付いているらしい。
良いね!!おっさん、嬉しいですよ!!
南の軍港都市とも距離が近く、人の往来も多いそうだ。周りの施設を見物しつつ、みんなでギルドに向かう。
村のギルドはかなり大きく、高さは二階までだったが、なんせ面積が広い。聞くと商業ギルドとハンターギルドが併設されているとの事だった。
◇
ギルドのドアから入って右手側が商業ギルト、左側がハンターギルドの様だ。
カウンターの真ん中をパーテーションで区切っていて、そこに依頼ボードが掛けてある。
俺達は左手側のカウンターに向かう。
「ブレーリンから依頼の件で参りました。ホワイトさんと共にギルドマスターの部屋へ上がる許可をお願いします」
ロメリックの言葉に受付のお姉さんが、来たらお通しするよう言われております、と教えてくれた。受付のお姉さんに、お礼を言ってから俺達はマスターの部屋に上がった。
シャリノアのギルドマスターは、おばあさんらしい。ドアをノックしてから、部屋に入る。
「…失礼します。マロイ先生、お久しぶりです!!」
「久しぶりだねぇ、ロメリック。元気にしてたかい…?」
「はい。今回は事情がありホワイトさんの調査依頼に同行してまいりました」
「…あぁ、その件については伝書で知ってるよ。それでそちらが、最近良く名前が流れて来てる男だね…?」
「…ぁ、はい。初めまして。アンソニー・ホワイトです…」
俺に続いて、うちの二人も挨拶をした。
「ティーアと言うんじゃ、ばぁちゃんよろしく」
「シーアでしゅ。ばぁちゃんよろしくでしゅ」
「…おやまぁ、噂には聞いておったが可愛いちびっこ達じゃ!!しかし、本当にこんな小さな子らを連れておるんじゃのぅ…危なくないんか…?」
「…ぁ、いえ。この子らは結構な魔法が使えるので…」
俺なんかよりよっぽど戦闘慣れしてるからな…。まぁ見た目じゃ解からんわな…。
そして事前に聞いていたがロメリックによると、この目の前のマロイ婆さんも元Sランクだとか…。この腰の曲がったお婆さんが…?
村長が来るまで、マロイ婆さんが自身の事を話してくれた。
◇
名前はマロイ・ドルトンという。マロイ婆は召喚者であり、支援魔法を使うそうだ。地球では西洋の地方の農場で農耕、栽培、山での採集や狩猟までやっていたらしい。
ギルドとしては国の内政の発展という観点から、戦闘だけでなく、農耕、栽培、採集知識、運搬、流通や販売、道具制作と商農工の人材育成などでも評価をするようだ。その内政的な技術力が高く評価されたらしい。
そういう所も評価対象になるのか。そりゃそうか。国って言うのは内政面もしっかりしてないと、いざ戦争になると腰砕けみたいになるもんな…。マロイ婆と俺達が話していると村長が来た。
「先生、おはようございます」
マロイ婆に挨拶して入ってきたのは素朴な作業着姿の筋肉隆々の大男だった。
「お久しぶりです、ゴーリック村長」
「うん、ロメリックも久しぶりだね」
人当たりの良い顔つきと、優しい陽気な男だ。ロメリックが、村長を紹介してくれた。
「こちらがゴーリック・ダンガモア村長です。村長兼、現役のSランクハンターで農耕、採集、狩猟などを極めている方です!!」
ロメリックの紹介に相貌を崩す村長。
「アハハッ、極めてるって程じゃないよ。まだまだマロイ先生は越せてないからね」
そう言いながら、陽気に笑う村長。雰囲気がマスターと似ている気がする。しかしこの二人は村長とギルドマスターと役割が逆な気がするが…。
俺の疑問を察したのか、ロメリックが教えてくれた。
「ゴーリック村長はマロイ先生の弟子として長年、その下で修行されているのですよ」
…ほほぅ、お婆の弟子がこの筋肉隆々村長…。どういう経緯で、この二人は師弟になったんだろ…。そこが凄く気になったが紹介されたので俺も挨拶を返した。
「初めてお目にかかります、アンソニー・ホワイトです。よろしくお願いします」
「うん、噂は先生共々、聞いているよ。しかし、意外と小さいんだな。もっとごついかと思ってたよ、アハハ!!」
そう言いつつ、筋肉村長は人懐っこい顔で笑う。続いてうちのちびっこ二人も紹介する。
「ライトピンクの子がティーア、ライトグリーンの子がシーアです」
「ティーアなのじゃ、よろしく」
「シーアでしゅ、よろしくでしゅ」
二人の紹介に、目を細めてにこやかな笑顔を見せるマロイ婆。
「実はもう一人いるんですが、ちょっと今は別行動をしていまして…」
クレアは退屈な話は遠慮したい…と言って、今は別行動で村を見て周っていた。お互いの紹介が終わった所で、ソファを勧められ、俺達は今回の調査依頼についての話を聞くことにした。
「今回の水質汚染調査で新しい情報はありますか?」
ロメリックが切り出すと、マロイ婆が答えてくれた。
「新たに目撃情報が入っておる。やはり怪しげなローブを着た者達が川縁にいたのを村人が目撃したようじゃ…」
更に、それとは別の場所でも、目撃情報はあったそうだ。これで目撃情報は三回だ。
しかし、調査をしようにも危険が伴いそうなので、Aランク以下には依頼を回せないらしい…。
水質は日々、悪化しているとの事だ。具体的には…水が濁り、飲んだ住民が腹痛を訴えているらしい。そして、作物が枯れ始めたそうだ。家畜にも、一部被害が出ている。
ふむ、と唸るロメリック。
「…ホワイトさんはどう思われますか?」
「…えっ…?ぁ、あぁ…」
俺は、特に対策とかそう言う事は何も考えていなかったので、急に話を振られて戸惑った。まぁ、手掛かりとして汚染水があれば何か分かるかもしれん…。
「…えーと、汚染水のサンプルとかあります?あれば見せて頂きたいんですが…」
「うん、あるよ…」
そう言いつつ、村長が下げていた鞄から小瓶に入った水を見せてくれた。手渡された小瓶を手に取り、じっ…と採集された汚染水を観察してみた…。みんなが固唾を飲んで俺を見守る…。
………。
…よく考えたら鑑定持ってない俺が見ても意味がなかった…w龍眼で見ても何か黒い筋の様なものが見えるだけで、それが何かわからなかった…。
俺は、チラッと横に座っているティーちゃんの方を見る。
≪…今、鑑定結果が出た…≫
既に俺の横で鑑定をしていてくれたようだ。頭の中に、鑑定結果の情報が送られてきた。
『汚染水』危険な細菌が水の中で異常繁殖している状態。細菌が出す毒素により、農作物、動物及び人間に悪影響をもたらす。
…危険な細菌の異常繁殖とそれが出す毒素か…。俺は一つ、咳払いをしてから説明を始めた。
「えー…細菌が異常繁殖して、それが毒素を発生させているようですね…。今までにこう言う事ってありましたか?」
「…いいや、無いね」
俺の質問に、マロイ婆が「ない」と断言した。
細菌の繁殖か…自然現象で起こりうる可能性は無くなはないと思うけど…。更に俺は質問する。
「この村での生活排水はどうしてるんですか…?」
地球でもそうだけど生活排水とかが汚染、汚濁の原因になる事はある。そういう可能性を消して行けば、原因を絞り込めるだろう。
村長ゴーリックの説明によると、村には居住区域ごとに生活排水を処理する施設を作っているそうだ。マジか、凄いな…。
「水が汚れると作物や動物、村人の健康にも影響を与えるからね」
「…ふむ」
俺は考えた。住民の健康被害、水の濁りと細菌の異常繁殖…。今までは無かったのに突然起こる、と言うのはやはり何か人為的なモノがありそうだ。
俺は目撃情報のあった場所、時間帯を聞く。
大体、今くらいの時間、夕方に差し掛かる頃に、東に進んだ河の南側と少し奥まった所で、怪しげな者達がいたそうだ。
「…取り敢えず、今からちょっとそこら辺りを確認してきますよ…」
「うむ、気を付けてな。今は国境防備で人員が不足しているからねぇ。任せられる者も少ないんだよ」
「君達がやってくれるなら、こちらとしても助かる」
マロイ婆と村長の言葉に俺は頷く。
しかし、国境防備という一言で、ふと疑問が湧いた俺はマロイ婆と村長の二人に質問した。