食材の調達と調査依頼。
ベルファの街のギルドマスターである禅師から、市長であるメイヤーズさん主催の晩餐会への招待を受けた。取り敢えず行きますよ、とは言ったものの俺は困っていた。
刺身も鮨ネタも作るのは良いけど、問題は素材の調達だ。この世界に寿司や刺身に適した素材があるかどうか俺には解らない…。
という事で俺達は素材調達の為に、世界樹から海に面したスラティゴへと移動した。
スラティゴで漁師や、屋台のおやっさんに聞いてみたが、そもそもこの世界では魚を生食では食べないそうだ。魚は必ず加熱処理をしてから食べるみたい。
しかし地球から素材を持ち込むと、地球由来の素材を持ち込める事を怪しまれてしまうかもしれない…。
…さて、どうしよう…。
更に問題がある。禅爺は鮨を作ってくれと言った。俺は調理をする人だが、鮨職人ではない。シャリ玉をどうするか…だな。
この世界には、調味料としての『酢』が存在しているのは確認済みだ。スラティゴの屋台でビネガーソースを使ったバーガーを食べた事がある。酢は調達出来るとして、次はコメがあるかどうかだ。そこをティーちゃんに聞いてみた。
どうやらこの世界にも稲作の文化はあるようだ。ただ、この世界ではパン食が中心でコメ食派はごく少数らしい。しかし、コメがある事は分かったのでこれも調達は可能だ。
次は原材料の魚だな…。取り敢えず、地球から持ち込むのは最後の手段として、スラティゴで魚を見て周る事にした。
◇
三体を連れてスラティゴの商業通りの露店を見て歩く。そもそも晩餐会に何人くらい来て、どれだけ食べるのかが分からない。しかし、俺とは別にちゃんとした料理人も来ると聞いているので、試食程度にちょっと出せばいいかなと思った。
俺達は露店を見て周る。選ぶのは生食でいける魚だ。俺はこの世界の魚は良く解らんので、ティーちゃんに鑑定をお願いした。
生食文化はないが生でも食べられる魚は結構いるみたいで安心した。一応、スタンダードな所は揃えたいので片っ端から調べて貰った。
タイ、ブリ、マグロ、サーモン、アジ、エビ、イカ、タコ。この辺りを鑑定して貰ってから買っておいた。幸いな事に身質がよく似た魚が多い。エビ、イカ、タコは見た目そのまんまだったので生で食べても大丈夫な事だけを確認して俺達は世界樹に戻った。
◇
世界樹の料理屋の厨房を借りて、買ってきた魚を捌く。出刃も柳刃もないので料理屋にあった近い形状のものを借りた。
…ていうか妖精って刃物持って料理するんだな…。妖精が刃物を持っている姿を想像したらなんかコワい…。まぁそれは良いとして、俺は手際よく解体していく。
モンスターの解体は出来ないけど、魚の解体は出来る。普段仕事でやってるからな。元々、魚を触れなかったし触りたくもなかったが、この仕事を始めてから慣れてきた。今じゃ普通に処理が出来る。
水洗いで鱗と内蔵を取り除いて卸していく。
「ふーむ、なんか凄いでしゅ。刃物の扱いのスピードがタガーの時と違うでしゅ」
「そうじゃな、速い上に正確に処理しておるのぅ…」
ステータスが振り切れてるので、仕事の時よりかなり速く正確に処理が出来る。次に骨取りをして皮引き。それぞれの素材を刺身にしていく。完成したのでみんなで試食してみる事にした。
生食文化の無い世界でも、怖いもの知らずのシーちゃんがまず食べようとする。俺は慌ててそれを止めた。
「ん?何で止めるでしゅか?試食して良いんでしゅよね?」
「うん、試食は良いんだけど、このままだと食材を引き立てる調味料がないからね」
ティーちゃんに聞いてみる。
「この世界に、醤油ってあるのかな?」
「醤油…どういう調味料なんじゃ?」
「こうなんて言うか…黒くて…あっ!!」
「何よ、いきなりびっくりするじゃないッ!!」
俺の肩に乗っていたリーちゃんは、俺が突然大きな声を出したから驚いたようだ。俺は三体と家にいる時に、焼き魚に醤油掛けて食べた事を思い出したのだ。
「この前、家でお魚さん焼いて食べたでしょ?」
「うむ、中々美味じゃったのぅ…」
「焼いたお魚さんがどうかしたでしゅか?」
「あれに掛けたのが醤油だよ。黒っぽくてさらさらしててしょっぱいヤツ」
「ほほぅ、あれの事か…今、知識の書庫にアクセスして調べてみるからの」
暫くしてティーちゃんが、説明してくれた。
「残念じゃが、この大陸にあるのは、港町などにある魚醤という似たようなものがあるだけじゃな…」
魚醤か…スラティゴにあるかな…?俺が考えていると、ティーちゃんが続けて説明してくれた。
「西大陸の端に群島があるんじゃが、醤油があるらしいのぅ…」
「西大陸の端?そこはちょっと遠すぎるね…西大陸の西端でしょ?」
「そうじゃな、ここからだとかなり遠いのぅ…」
話している俺達に、リーちゃんが事も無げに言う。
「転移ですぐ行けるけど?どうする?」
「…そうだな…取り敢えず醤油は後日、調べに行こう。もう一つ探して欲しいのがあるんだけど…」
「なんじゃ?」
「ワサビなんだけど…根を摺り下ろした緑色の薬味で辛いんだよ。そういうのってある?」
「辛い根なら、薬草保管庫にいくつかあるでしゅ」
「リー、ちとシーと一緒に保管庫から取ってきてくれんかのぅ…」
はいはーい、と返事をしつつシーちゃんを連れて転移する。暫くして二人が戻ってきた。
いくつかの根を摺り下ろしてみて、ちょっとだけ舐めてみる。うん、緑の根のヤツが色的にワサビと遜色ない感じだ。
今日の試食は、醤油が無いのでワサビはそのまま保管して、使うときになったら出してもらう事にした。代わりにこのお店に置いてあるカルパッチョソースがあったので、それに付けて食べてみる事にした。
「おおっ、美味じゃのう…生の魚がこれほどとはのぅ…」
「美味しいでしゅ、このタレで美味しくなるでしゅ」
「うんうん、良いね、コレ」
それぞれ食べて感想を述べる。概ね好評のようだ。料理屋の妖精達も集まって試食する。妖精達は基本、客に出す以外は生食だろうが加熱したものだろうが構わず食べてみるそうだ。妖精達が結構な勢いで食べていく。結局、俺は一切れづつ食べただけで後は全部、妖精達が平らげた…。
酢飯とシャリ玉の握り方は後にするとしてまずは米と醤油の調達だな…。シャリ玉は地球に戻った時に動画で確認してみるか…。
◇
刺身の試食は終わったので、翌日は鮨を作る為のお米を調達しに行く事にした。ティーちゃんによると、王国の南部に米の生産をしている村があるそうだ。
ベルファから、街道沿いに南に行くとブレーリンという一大商業都市があり、そこから更に南に行くと、米や大麦、小麦などを生産しているシャリノアという村がある。
今回はそのシャリノアへと向かう。ちなみに、王国最南端にはクロナシェルと言う軍港都市があるそうだ。まずはベルファ近くの森まで転移した。いつも通り、森から出てベルファに入る。
午前七の刻。珍しい装備と、ちびっこ二人を連れているので衛兵達は覚えててくれたようだ。記帳して、軽く挨拶をしてから街に入った。
そのまま街を素通りして南に抜けても良かったんだけど、来たついでに冒険者ギルドで依頼を見ていく事にした。
「おはようさんでーす!!」
挨拶をしてギルドに入る。朝、早いせいか冒険者やハンターのPTが少ない。
「おはようございます、朝早いですね」
そう返してくれたのは受付のアマリアさんだ。うーむ、相変わらずの美人さんだ。そして他の受付のお姉さん達も挨拶してくれる。
やっぱり若い女性達と会うと心が潤うね。個人的にはこの人達に会いに来たついでに依頼を見ていく、と言う感じだなw
まだ朝早いので、冒険者やハンター達もいない。いつもの様に依頼ボードを見ていると、まだまだギルド内は忙しくないので、お姉さん達がちびっこ二人をカウンター内に呼んでくれた。
お菓子やら紅茶やらを出して貰って、二体は楽しそうにお話しを始めた。その間に、俺は依頼ボードを見ていく。ざっと見て赤色の依頼はない。しかし、黄色の依頼が出ていた。
「おっ、黄色…」
「黄色黄色っ、早く早くっ!!」
俺の肩に乗って一緒に依頼ボードを見ていたリーちゃんが早く見ろと急かす。どうやら調査依頼の様だ…。依頼はこれから向かうシャリノアギルドから出されていた。
シャリノア村での水質調査依頼のようだ。最近になって村の水源である、ウェルス河での水質汚染が酷いらしい。
「どうせ現地に行くんだし、ついでにこの依頼を受けて行けばいいじゃん」
リーちゃんに言われるまでもなく俺は受けるつもりでいた。…取り敢えず、内容を良く見てみるか。
最近になって突然、水質汚染が分かったようだ。原因は今の所、分かっていない。村人達にも健康被害が出ているらしい。
村の水源であるウェルス河の水質汚染は、王国の一大農業生産地であるシャリノアにとって大きなダメージになっている。ひいては王国の食糧事情にも影響を及ぼしかねないそうだ…。
お米だけでなく、パンの基になる小麦や、ビール生産に使われる大麦も生産しているらしい。お酒やビール生産に関わるとなると、俺にとっては一大事だw
この世界で美味いビールが飲めなくなると困る。…マジで困る!!これは要調査だなw!!
俺は黄色依頼の紙を持って受付に行く。二人はお菓子と紅茶を貰って満足そうだ。ここの人達はちびっこが可愛いのか交代で二体を膝の上に乗せてお菓子を上げていた。
「これからシャリノアに行くので、ついでにこの黄色の依頼受けたいんですけど…」
一番手前にいた受付の女性が出て来てくれて、依頼内容確認と依頼受諾の為の案内をしてくれる。取り敢えずマスターの許可がいるそうだ。
ついでだから禅爺にも会っていくか…。