爆弾と地雷。
クレアは俺の首元を掴み上げ、恥ずかしそうに顔を背けたまま、衝撃の一言を放った。
「…お前…いや、主は…わらわの結婚相手の候補に決定だ。光栄に思うが良い…」
「は…w?」
思考が止まったままの俺に、クレアが続けて話す。
「…やり方は気に入らぬが、仮にもわらわに勝った男だ…。もう結婚するしかあるまい…」
クレアの言葉に俺の中で時が止まる。フリーズしてる俺に変わって、ティーちゃんが突っ込んだ。
「…クレア姉さま。候補も何も…他に誰もおらんじゃろ…?」
「ティーもシーも知っておろう。わらわが結婚するのは、わらわに勝つ事が出来る男だけだと!!」
「…そう言って幾多の男の人、ぶん殴って誰も近づいて来んくなったんでしゅよね?」
そっぽ向いたまま何も言わないクレア。リーちゃんがティーちゃんのポケットの中から、その様子を見てニヤニヤと笑っていた。
「クレア、良かったねぇ。やっと勝ってくれる相手がいてさ。もう良い歳なんだし、この際、結婚しちゃえばぁ?」
リーちゃんの言葉を聞いた俺は『ひそひそ』で、ティーちゃんに聞いてみた。
≪…何?この人?行き遅れてんの…?≫
≪…ああ、リーの言う通りなんじゃ…。アンソニーも独身じゃろ?ちょうど良いと思うが…≫
丁度いいって、何がだよw?しかし、勝てる相手としか結婚しないって、何だそれw?ちょっといきなりすぎて着いて行けないんですけどw?
≪…て言うか、そろそろクレアが何者か教えてくれてもいいんじゃない?≫
いつも、先行して情報をくれるティーちゃんが今回は何も言わない辺り、何かあるなとは思ってたけど…。ティーちゃんが俺の質問に答えてくれた。
≪先に言うと、怖気付いて戦わんかったじゃろうから、黙っておったんじゃ。…実は、クレア姉さまは、黒龍なんじゃ!!≫
≪は…w?≫
またもや時が止まり、頭が?になった。
≪今は擬人化しておるが、この世界の龍神の娘で現黒龍王の妹君じゃ!!≫
アイちゃんが、無言のままの俺達を訝しむ。
「…何々?なんでみんなだんまりなのよ…?」
「今、みんなでお話し中なんでしゅ。アイはシーと一緒に早く回収と解体終わらすでしゅ!!」
「…ちょっ、えっ?お話って…誰も喋ってないけど…まさか…テレパシーとか…?」
そんな疑問だらけのアイちゃんを、シーちゃんが引き摺っていく。そして俺も疑問だらけだった。とにかく話を整理してみる。
まず、クレアは擬人化した『黒龍』だ。攻撃方法の是か非かは一度置いといて、相手が黒龍である事を知らずに勝ってしまった。そこまでは良い、うん理解出来るよね。
…けどなんでそこからいきなり結婚とかの話になるんだよ!!話が飛びすぎだろ!?勝った相手としか結婚しないとか、そんなの知らんがな!!まだお互いの事、何も知らないのにだよ?
そもそも、この人…というかこの黒龍さんは一体、何歳なんだよ?俺の疑問に、ティーちゃんが答えてくれた。
≪クレア姉さまは大体、三千八百年位生きているから、人間で言うとじゃな…三十八歳位じゃ…。
完全に行き遅れじゃな…≫
≪はぁ、そうですか…≫
≪アンソニーは40代後半と言っておったな?≫
≪うん。そうだけど…≫
≪ちょうど良いと言ったのはじゃな、年齢的なモノもあるが、姉様の様な粗野な…≫
と言いかけて言葉を変えた。
≪…元気の良い女性はアンソニー位の変人じゃないとダメかもしれんと思ったんじゃ…≫
『変人』って所は言い直してくれないんだ…。
≪まぁ、あの攻撃については思う所もあるが勝ってしまったからのぅ…。いきなりじゃから戸惑うかもしれんが、どうせアンソニーも結婚する予定なんかないじゃろ?だから丁度いいんじゃ≫
なんか凄く強引な持って行き方だな…。というか、偉く簡単にくっつけようとしてくれたな…。
結婚出来ない理由については、多分シーちゃんが言ってたのが正解なんだろう…。その辺りをティーちゃんが改めて教えてくれた。
≪クレア姉さまは若い頃にじゃな、龍族間のお見合いをさせられそうになった時に断ったんじゃ。わらわに勝てる相手としか結婚はしませぬ!!と父親である龍神さまに言い放って里を出てのぅ…。それ以来というもの、姉さまに結婚を求める龍族の男達を片っ端から返り討ちにしてしもうてな…。
八大龍族の中で、誰も声を上げる男がおらんくなったんじゃ…後は言わんでも分かるじゃろ?≫
…ええ、分かります。誰も勝てないから同族で嫁の貰い手一切いなくなったって訳ね…。それで他種族の強そうなヤツに片っ端から勝負挑んでるのか…。
迷惑な美人だな…。
しかし、どうでもいいけど俺の胸倉掴んだまま、恥ずかしそうにするのはやめろ!!苦しいから早く下ろしてくれ!!
そんな遣り取りの中、ガイアスは戦闘で出来たあちこちの大穴を一生懸命埋めていた。…いや、アンタまだいたんかいw
◇
俺はクレアに胸倉を掴まれたままだったがその後、報告の為に皆で村に戻るという事でなんとか解放された。クレアの事を聞いている間に、解体と素材回収などはあらかた、シーちゃんとアイちゃんで終わらせたようだ。
もう既に昼を過ぎていた。午後二の刻くらいかな…。余りに色々あったので、昼ごはん食べるの忘れてた…。早く村に帰って、風呂に入ってさっぱりした後、何か食べたい所だ。
退治も解体も回収も終わったので、みんなで村へ帰る事にした。帰りがてら、依頼報酬の配分を決めておく。
「俺は金に困ってないから、アイちゃんが全部持って行っていいよ…って、言いたいとこなんだけど、ギルドから何か言われても困るし、折半で良いよね…?」
「ええっ、半分もくれるのっ!?」
俺の提案に驚くアイちゃん。今回の報酬については、スラティゴの商業ギルドもお金を出しているとエルカートさんから聞いている。Sランク、Aランクが対象の退治依頼なので相当の報酬額だ。
「まぁ、一応ウォーターボール当ててたし、退治に参加はしてるからね」
しかし、うーんと考え込んで黙ってしまうアイちゃん。
「アイよ、今回はサービスじゃ。取っておくとよいぞ。それともう少し、他の魔法も訓練した方が良いのぅ?使える魔法は最低でも二種類は持っておかんとダメじゃ」
「…うん…」
ティーちゃんに言われて、力なく返事をするアイちゃん。得意の火炎魔法が使えず、不完全燃焼でやるせないのかもしれない。しかし、そこはティーちゃんの言う通り、魔法系統の幅を広げるしかない。
「ちなみにじゃな、水は火炎と相性は良くないからの?」
「えっ?そうなの…?」
驚くアイちゃん。
「…アイよ、そんな事も知らんのか…」
ティーちゃんが呆れる。
「何処で魔法を習ったんじゃ?そんなあべこべな事、教えるヤツがおるんかの?」
その言葉に、アイちゃんが気まずい顔を見せる。
「…わたしがやってたゲームのキャラなんだけど…」
ティーちゃんが肩を竦めて溜息を吐く
「良いか、ゲームの世界の事は知らんが、この世界で魔法系統を伸ばしていくには相性が必要じゃ…」
一旦立ち止まり、そこらに落ちていた枝を手にしたティーちゃんが、地面にガリガリと魔法の相関図を書いていく。
「まずこの世界の元素魔法は基本五つに分かれる、それは知っておるな?」
うんうんと頷くアイちゃん。
「よく見るんじゃ。火と水は離れて位置する。これは相性が悪い。火の系統を活かす元素を選ぶんじゃ。そうすると相互作用でさらに強くなる」
続けて話すティーちゃん。
「隣の元素は相性が良い。火の両隣は風と土になっておるじゃろ?火→土→木→水→風。この流れをペンタグラムに当て嵌めると分かり易いんじゃ。よいか、アイの場合はまず火を基本にして風魔法を訓練し火の威力と連射スピードを上げるか、土魔法で、火の攻撃の形態変化と防御力を上げるかの、どっちかじゃな」
アイちゃんは、ふむふむと真剣に聞いている。
「今からでも遅くない。風か土のどっちかの系統を訓練するんじゃ。そうすればさらに上位の魔法系統も開けるでな」
「うんっ、解かった!!」
と言って敬礼するアイちゃん。そんなアイちゃんにティーちゃんが聞く。
「ところでアイよ、話は変わるんじゃがセンチピードの甲殻の小さい破片で良いからくれんかのぅ、ちと研究してみたいんじゃ」
ティーちゃんに言われて小さい破片を渡すアイちゃん。
「これだけでいいの?」
「うむ、内蔵の方はもらったからの。破片はこれだけで良い」
そんな事を話しながら、再び村へ向かって皆で歩き出した。
◇
しかし…どうでもいいけど、クレアがさも当たり前の様に俺達に付いて来る。鼻歌を歌いながら…。そしてさっきまでの偉そうな態度はどこへやら、気軽に話しかけてくるのだ。
「主はエネルギー弾は見せられない、と、言っておりましたが何故なのです?」
そう聞かれて俺は、話すかどうか少し迷った。まぁ、クレアとは今後、敵対する事はないだろうから話しても良いかな。
「アレは…弓攻撃なんだよ、だからあれだけ接近されてると出せないんだ。しかも今回は闘気を使ってたから、練るのに少し時間が掛かるんだよ…」
「んんッ?主はアーチャーだったんですか?…ふむ、闘気を使った弓攻撃ですか…。中々面白い発想ですな!!いつかは見せて頂きたいものですなァ…」
そんな事を話しつつ、俺達に付いてくる。
「しかし主は見た事のない珍しい装備を持っておりますな~」
さっきまで、人間のくせにとか、人間如きとか、かなりの上から目線だったのに急に態度が変わってる。まぁ、龍だからその他の種族に対しては、こんなもんなんだろうけど…。
例えるなら、今まで敬遠してたけど、話してみたら意外といいやつじゃん的な、軽いノリだ。俺は密談でティーちゃんに聞いてみた。
≪…ティーちゃん、クレアが付いてくるんだけど…何でw?≫
≪…あぁ、やっと結婚相手が現れたから、色々話してみたいんじゃろ…≫
≪ふーん、まぁそれは良いけど…。これから村に入るのに、この格好はちょっと…≫
≪…あぁ…確かにそうじゃな…≫
ティーちゃんが、クレアに事情を話してくれた。
「クレア姉さま、これから人間の村に入るからの。もうちょっと衣装のイメージを変えてくれんかのぅ…?」
「…ん?これではダメなのか?」
「…そうだな、ちょっと露出が多いかな…」
俺はそう言ってみたけど、ちょっとどころじゃないんだよね。変に目立ちそうだし、着替えてくれるならそれに越したことはない。
「クレアさん、ちょっとその格好は色々まずい気が…」
アイちゃんも言ってるし。シーちゃんと、リーちゃんはその辺りは全く興味がないのか、先に走って行って薬草類を採集していた。ティーちゃんがひそひそでリーちゃんを呼ぶ。
≪リーや、ちと世界樹から女性衣装のカタログを持って来てくれんかのぅ?≫
≪はーい!!≫
リーちゃんはすぐに、世界樹の洋服屋にあるカタログを持ってくる。
「姉さま、この中から選んでみてはどうかのぅ?」
俺とティーちゃんとアイちゃんで、カタログからいくつかの服を選んでクレアに勧める。俺は上着にタイトな黒パーカーと赤いタンクトップ、そして動きやすそうな黒いレギンスパンツをチョイスする。
全体的に綺麗目な大人スポーティーな感じだ。クレアは美人だし、スタイルも良いからシンプルな衣装でも良いんじゃないかと思った。何より、露出を抑える事が出来るし…。
「…主が選んでくれた服にするか…」
そう言うとクレアは瞳を閉じる。暫くすると、クレアの全身が強い光を放った。その直後、俺とアイちゃんは衝撃のシーンを目の当たりにした…。