ヘルメットマン。
うつ伏せのまま、男を見上げて戸惑うフィーア。その男は派手な赤に黄色のラインの入ったフルフェイスのヘルメットを被り、真っ赤な全身タイツに、グローブとブーツ、そしてベルトを付けていた。
そして男は、ビチャビチャのずぶ濡れだった。
「アーッ、ハッハァーッ!!大丈夫だったかな!?ちびっこよ!!」
「…んっ!?おんし、誰じゃっ!?」
同じく突然、現れた男に驚く蹴鞠。
「…貴様は…ま、魔族…では、ないな…?に、人間かぇッ…!?」
問い掛ける蹴鞠の脚が、止められたまま全く動かない。
(…こやつ、只者…ではない、な…。天使の、力を…顕現させた身共の蹴りを…完全に、止める…とは…)
「アーッハッハァーッ!!ちびっこをイジメる悪いヤツはこの『正義のお兄さん』が許さないぞッ!!」
「…ほう。ぉ、お主、変な恰好を、しておる…くせに、い、良い度胸じゃのぅ。に、人間…如きが、身共と闘う…か?」
自信満々にヘルメットマンが言う。
「ちびっこよっ!!ここからはこの『正義のお兄さん』に任せて貰おう!!」
立ち上がり、服に付いた砂を払いつつ男を見上げたフィーアが突っ込む。
「…いや、だからおんしは誰なんじゃっ!?」
「アッハッハーッ!!わたしは名乗る程の者ではないッ!!正義のヒーローだからなッ!!」
「…おんし、意味不明じゃのう…。まぁ、よいわ。そこにおるヤツと闘うと言うなら任せるが、周りの施設を壊さんようにするでな?」
そう指示をしつつ、てててっと走って下っていくフィーア。
「うむ。解かったぞちびっこよ。ここからそんなに動く事はないから安心するんだ!!」
「…に、人間…如きが、た、大層な口を、ききおって…こ、ここから動かぬ、だと…」
そう言うと蹴鞠は、止められた右脚を一旦引いてヘルメットマンに高速で蹴りの連撃を放った。
◇
俺達はウィルザーの案内を受けて屋敷の中へと入って行く。金属の檻の様な西洋の門を開いて敷地内に入ると、学校のグランドくらいの広さの庭があった。
暫く人が住んでいなかったのか庭にはかなり雑草が生えていて、せっかくの噴水が草木や苔で覆われている。勿論、水は出ていない。
門から続く石畳を歩いて行くと東側に二階建ての建物があった。
「…そこは警備の者が常駐する宿舎だな。この屋敷の前の持ち主が貴族でな、相応の人数の警備員が住んでいたんだ。結構デカいだろう(笑)?」
ウィルザーの説明を聞きながら、俺は警備宿舎の建物を見る。その周りが草木で覆われていたが建物自体はまだまだ使えそうだ。
庭の整備をしたら警備員を雇うか…。
続いて警備宿舎から西へと石畳の坂を登っていくとまたまた宿舎があり、その手前に、下の庭の半分程の広いスペースがあった。
「…そこの宿舎は執事、召使いと料理人、あと徒弟などが寝泊りする宿舎だ。引っ越しして落ち着いたら諸々、雇うと良いだろう…」
話を聞きていた俺はふと、気になっていた事を質問した。
「さっき貴族が住んでたって言ってたけど、その人の爵位は?これだけの規模だと相当、爵位高いよな?」
「まぁ、そうだな。俺の妻の叔父が元々、住んでいたんだが後継に恵まれ無くてな…。ここの王室は女系しか生まれないそうだ…」
ウィルザーが説明を続ける。
「…妻が前王の娘なんだよ。これ以上は言わなくても察しは付くだろう(笑)?」
…あぁ、婿養子に入ったわけね…。今までの話から考えると…ここに住んでいた奥さんの叔父さんは前王の兄弟だな。という事は…。
…公爵かw?道理で屋敷、と言うか館がデカいわけだよ…。
召使い宿舎の手前に拡がるスペースを東に抜けると、これまた大きな倉庫?があった。そこから西へと石畳の登り坂があり、そこを上がると丘の頂上に着いた。
…四階建ての超デカい洋館だ。一体、何部屋あるんだか…。
その手前に楕円形の大きな花壇があり、その周りを石畳の通路が囲んでいる。
門を入ってここまで、馬車で上がって来れるように、綺麗に石畳が整備されていた。
今は草ボーボーだが人が住んでいて管理されている時にはかなり良い感じだったんじゃないかと思われる。
「…では館の中を案内する。二階の一部から上は居住部屋だから、案内するのは一階だけだ。後、裏庭もあるからそこは自分達で確認しておいてくれ…」
…マジか!!この館の裏にまだ庭があるのかよw!!広すぎだろっw!!
俺が心の中で突っ込んでいるその前で、ウィルザーが館の正面玄関の大扉を開ける。その時、俺の肩に突然、リーちゃんが現れた。
◇
突然現れたリーちゃんが、俺の耳元で叫ぶ。
「アンソニー!!フィー様から緊急要請!!魔界に『神の使徒』の幹部が現れたみたい。ティー様、シー様と今すぐ来てくれって!!」
「…うわっ、いきなり来て俺の耳元で声上げないでよっ!!びっくりするじゃんっ!!」
…ていうか『神の使徒』って何だっけ…?
あぁ、そういやそんなヤツらいたなwすっかり忘れてたわw
フラムがにこにこしながら、俺の肩に乗っているリーちゃんを見て、小さな両手を伸ばす。リーちゃんを抱っこしようとしているようだ。
それとなくスーッとティーちゃんの方へ飛んで逃げるリーちゃん。
「…あぁぅ~…」
フラムが残念そうな顔をしてティーちゃんの方に手を伸ばす。
俺はフラムの鞄から妖精人形を出して抱っこさせつつ、エイムに緊急事態が起こった事を伝える。
「エイム、緊急事態だ。悪いんだが俺の代わりに館の説明を聞いておいてくれ」
「何かありましたか?」
エイムに聞かれて俺はチラッとウィルザーを見る。
「…俺に構うな。緊急なのだろう?俺は能力者なんだよ。お前の周りを飛ぶ妖精が視えてる。そして今、妖精が話した事も聞こえているんだ」
「…マジで!?ウィルザーはリーちゃんが視えていたのか…」
「あぁ。視えてる。お前に最初に会った時からな。それと『神の使徒』なるヤツらも知っている。その辺りは俺の事も含めて後で話す。夕刻までには戻って来てくれ」
「…ぁ、あぁ。解かった。エイム、後を頼む…」
俺の言葉に頷くエイム。
「何やら強そうな者が現れたようですね。わたしも同行したい所ですが、今回はここでウィルザーさんからお話を聞いておきます」
俺はその言葉を聞いて頷いた後、行ってくると言い残してティーちゃんとシーちゃん、フラムと一緒に纏めてリーちゃんに転移して貰った。
…ところで魔界ってどこにあんのよ…w?
◇
その頃、魔界では蹴鞠の激しい蹴り技に、ヘルメットマンが、その蹴りに合わせるかのように、寸分たがわず同じ姿勢、同じ強度の蹴りで対抗する。
蹴りでヘルメットマンの脚を粉砕してやろうとしていた蹴鞠は、驚きを隠せなかった。男が瞬時に反応した事に対する驚きもあったが、完璧に蹴鞠の蹴りの強度、スピードと同じだったのだ。
(…こやつッ!!人間の癖に…何故、身共と同じ蹴りを…は、放てるのじゃッ!!)
「アッハッハ!!これくらいならわたしにも真似出来るぞ?さっき見たからなッ!!紅芋ハッスル脚だったかなッ?」
「…ぉ、お主、身共を、バカに…しておるのかッ…こ、これは…ただの連続蹴りぞぇ!!今から、み、見せてやるのが…本物の八衝脚じゃッ!!」
怒りの声を上げたその瞬間、蹴鞠の脚が鈍く光を放つ。
「覚醒・紅蜘蛛八衝脚ッ!!」
蹴鞠の蹴りが消える程に、更に攻撃強度とスピードを上げて男に襲い掛かる。
「…おッ!!ほッ!!よッ…ハッと…!!」
蹴鞠の激しい蹴りを、武道の型の構えで軽く受けるヘルメットマン。
男はふざけているのか、途中途中でヒーローポーズを見せながら、蹴鞠の攻撃を止めていた。
「アッハッハーッ!!中々強い攻撃だな!!だが着物おばさん!!これくらいならまだまだわたしは余裕だッ!!」
「…このメット被りの人間がッ!!身共がおばさんじゃとッ!?そう言う貴様は声がオッサンであろうがッ!!」
『オッサン』と言い返されて、いきなりテンションが下がるヘルメットマン。
「…ぉ、オッサン…こ、このわたしが…」
しかし、生来の性格なのか自分に言い聞かせているだけなのか、すぐに気分を戻す。
「ァ…アッハッハーッ!!いや、違うぞッ!!わたしは正義のお兄さんであって決してオッサンなどではないのだッ!!」
そう言いつつ、相変わらず変なポージングで蹴鞠の蹴りを完全に止める男。その様子を見ていたフィーア、美濃、フェンがジト目で男を見ていた。
「…誤魔化してはおるがあやつ、動揺しとったでな?あれは中身がおっさん確定じゃな!!」
「相手に『おばさん』などと言うからブーメランが帰ってくるのだ。しかしあの変な人間、受けるばかりで攻撃せんな?」
美濃の指摘に、その隣で観戦していたフェンが説明する。
「…美濃殿。あの人間、中々面白い能力を持っていますぞ?どうやら攻撃を『受ける』事によってエネルギーを自分の方に引き込んでおりますな…」
フェンの説明に、ふむと唸った美濃がフィーアを見る。
「美濃さんや。フェンの言う通りでな?あの男、相手の力を吸い取っておるんじゃ。しかもほわいとのように複数のスキルを同時併用しておる。見た目はおかしなヤツじゃが中々の人間じゃな…」
フェンはフィーアの解説にうんうんと頷きながら、ふとした疑問を観戦中の二人にぶつける。
「しかしあの男、どうやって魔界に入り込んだのか…?」
「…そうじゃな。現状、この魔界大陸に侵入するには『転移』でしか入ってこれんでなぁ。今回のあの神の使徒の幹部の様に『天から降ってくる』、というパターンもあるが人間ではまず無理じゃろ…」
「…あの男、お嬢様を助けに入った時、かなりずぶ濡れでしたぞ?ここは海に近い。まさかとは思うが…」
美濃がフェンを見る。視線を向けられたフェンが答えた。
「…魔海域を泳いで抜けて来たと?船が難破してここにたどり着いた、という方がまだ信憑性がありますぞ…?」
「…どちらにせよ、二人とも警戒は解かんでな?あの男がわっちらの味方とは言い切れんからの…」
フィーアの言葉に頷く美濃とフェン。
「…そう言えば…本来、ここに来るべき者はどうなってます?」
フェンの問いに美濃が答えた。
「…噂をすれば、だな。…転移サインを感知した。もう到着するであろう」
「そうじゃな。もう来るでな?あやつがおらぬでは『天使』を助ける事が出来んからの…」
三人の魔族が話す中、妖精族を連れた男が転移で現れた。
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