超筋肉博士と巨大ガーゴイル。
ジード博士は、背後に静かに降り立つ者に、気付いていなかった。
「…フォッフォッ、さてもう一本打ってパワーアップしてやるか。こやつらの絶望する顔が見えるようじゃわ…」
一人呟きつつ、ポケットから注射器を一本取り出した博士は、キャップを外してそれを自らの腕に打つ。
「ぐッ、グオォォッ、来るッ、来るぞッ!!エネルギーが満ちて来るわいッ!!」
博士か叫んだその瞬間、増強し破裂寸前の筋肉が更に丸太の様に太くなる。眼は赤く血走り、血管が浮き出ていた。
静かに博士の背後に降り立った者が、遮蔽を解いて姿を現す。
「…ふむ。異常発汗を感知、心拍数が上昇。これは覚醒剤の様なモノですね…」
その呟きに、驚き振り返る博士。
「…お、お主、いつの間に…?」
「先程から上空で見させて頂いてましたよ?中々の戦闘力ですね。その風貌、アナタがジード博士ですね?」
突然現れた白のシャツにスラックスを履いた無機質な表情の異質な者に、周りにいたハンター達が騒めく。
「…会った事はないが…お主、何故ワシの名を知っておる?何者じゃ!?」
「わたしはエイム。エイム・ヒトリゲンです。アナタの事はホワイトさんから伺っておりますよ」
「…ホワイトじゃとッ!?…そうか、お主がジュウド殿を倒したホワイトの従者か!!」
その言葉にフッと表情を崩すエイム。
「わたしは従者ではなく、守護者ですよ?」
「どちらでも良いわ。最高の実験体に会う事が出来るとは。軟弱ハンターを連れ帰るより遥かに価値があるわぃ!!」
「ふむ。アナタではわたしを連れ帰る事は出来ません。先程、上から全て解析させて頂いてます。アナタがわたしに勝てる確率は0.00235…」
大きな輪の中の中央で、博士と応酬するエイムを見て、ウィルザーとブラントが驚いて顔を見合わせる。
「…アイツは!!」
ジード博士と対峙するエイム。エイムを知らない侯爵は、突然現れたエイムが何者なのか二人に問う。
「…次から次に…。今度現れたのは何者だ…?」
「…父上、あの方はホワイトさんの家族の一人ですよ。戦闘能力の高さを買ってホワイトさんが仲間にしたとか…」
「…ほう。それ程までに強いのか?興味深い。観戦させて貰うか…」
侯爵が観戦を決め込む中、ウィルザーが疑問を呟く。
「しかしヤツはどうやってここまで来た?ブレーリンからここまではどのルートを通ったとしてもかなりの時間が掛かるはずだぞ…?」
「…確かに。伝書ではエイム殿が昨日、ブレーリンを防衛した事が報告されています。今朝、早くブレーリンを発ったとしても半日で王都に到着は出来ないはず…」
ウィルザーとブラント、侯爵はエイムがアンドロイドであり、ジェットブースターが搭載されている事を知らなかった。
三人とランディPT、ハンター達が見守る中、既にエイムと博士の戦闘は始まっていた。
剛力の拳をギリギリで躱すエイム。
「…ほほぅ、その動きは…お主、ジュウド殿を真似ておるのか!?」
「…そうです。わたしは基本的な戦闘技術は組み込まれていますが…おっと、これ以上話すのは後に自分を不利にする可能性があります。ホワイトさんに注意されていたのを今、思い出しました」
笑いながら淡々と博士の猛攻を躱し、距離を取るとその指から針を飛ばすエイム。しかし、小さな針は博士の表皮に刺さったものの、すぐに落ちてしまった。
「…くッ、アイツ何なんだ!?自信満々に出てきやがった癖にあの程度の攻撃しか出来ないのかよッ!?」
治療を受けつつ、声を荒げるランディ。しかし特殊動体視力のスキルを持つ霍延の見立ては違っていた。
「…ランディ、あの針は少量だが何か液体を打ち込んでいたのが見えたぞ?何か狙いがあるはず。しかも不要な動きを排除したかなり精密な動きだ…。アイツは相当強いぞ…」
その横で同じく動体視力スキルを持つフィンも続けて話す。
「…そうだな。アイツは俺達より確実に強い…。あの針は地味な攻撃だが恐らく時間差で爺さんに何らかの効果を出すモノだろうな…」
「…はぁ?ホントかよ…?」
二人の意見に、ムスッとした不満な表情のランディ。その目の前で激しい攻防が展開されていた。
「フォッフォッ、そんな毛ほどの針を撃ち込まれたとてワシの超筋肉には通らぬわぃッ!!」
そう言いつつ、筋肉ゴリラの様な腕でエイムを連続で殴りつける。しかしスッと最低限の動きで全ての拳打による攻撃を避け、掌を翳す。
エイムの掌から出た強烈な炎が、博士の背後を襲う。
「…ちッ、あちッ!!…お主、炎まで出すのか!!」
白衣に燃え移った炎を転がって消した博士は体勢を戻すと、懐からナイフを三本同時に投げ付ける。しかし、腕から仕込み剣を出したエイムは、難なくそのナイフを弾き返した。
「…ふむ。そろそろ効いてくるはずですが…」
一人呟くエイム。その時、膝を付いた低い位置から、高速タックルで突進しようとした博士を異変が襲う。
身体を起こそうとした博士は突然、バランスを失いよろけた。躓いて再び膝を付いた博士の身体が急速に萎んでいく。
「…ぐッ…これはどういう事じゃ…!!」
博士の動揺に、笑いを浮かべるエイム。
「…ようやく効果が出ましたか。前のままでも勝てない事もないのですが勝利は確実に、ですからね。フフ…」
それを見たランディが驚いて霍延とフィンに視線を向けた。
「…そうか、そういう事か…。あの針が射出した液体は…」
そう言いつつ霍延がフィンを見る。
「…あぁ、筋収縮剤だろうな…」
二人の見解に、ランディはエイムと博士に視線を戻す。
「超筋肉が二段階に戻った所でワシの力は変わらんわぃッ!!」
そのまま膝を付いた体勢から、高速タックルでエイムに突進する博士。それを体捌きで避けるエイム。しかし博士はエイムを通り過ぎた瞬間、そのまま地面に手を当てた。
同時に博士を中心に円形の陣が現れる。
「ほんに、面白い奴じゃて!!お主は必ずワシが連れて帰るッ!!これを喰らって気絶するが良いわッ!!」
地面に現れたオレンジの円形陣を見て、その後ろからシグルスが叫ぶ。
「オイッ!!あんた!!その陣はヤバい!!早く退避するんだッ!!」
その言葉にチラッと視線を向けたエイムはシグルスに目礼するとすぐにジャンプした。
「そのスキルは先程、上から見ていましたよ?上に逃げれば何の事はない…」
しかし、そんなエイムを見上げた博士が笑う。
「…掛かったな!!飛んでば逃げる事は出来まいッ!!」
叫んだ博士は、足に力を込めて空中にいるエイムに向かってミサイルの様に跳んだ。
しかし、インパクトの瞬間、エイムは博士の動きに合わせるように両肩、両足のブースターを使い、回転して避けた。
「何じゃとッ!!そんなバカなッ!?」
「普通の『人』ならば避けられないでしょうね。しかしわたしは違う…」
そしてそのままの勢いで博士の顎を右脚で蹴り抜く。
「…ぐッ…こやつめッ!!やりおるわぃ…」
空中で蹴られて仰け反り、呟く博士。
「…じゃがワシはまだ敗けては…」
呟く博士の言葉が止まる。一度着地したエイムが、再び跳躍して博士を肩に担ぐとその首に左手を掛ける。
「そうですね。アナタが生きている限り、ホワイトさん達に平穏は訪れない。だからここで決着を付けますよ」
博士の左腿も右腕で固めて、タワーブ〇ッジの体勢でそのまま急降下していくエイム。
しかし、博士は足でエイムの右腕を振りほどき、宙でカラダを反転させると、エイムの左手も振りほどくべく、太い両腕でエイムの左腕を掴みに掛る。
「…フンッ!!この程度の力ではワシは拘束など出来ぬぞッ!!一人で地面に激突するが良いわッ!!」
「そうはいきませんよッ!!」
自ら、博士の首から左手を離したエイムは、すぐに博士の白衣の襟の部分を掴み直すと、そのままブースターを使って空中で軌道を変えた。
博士の身体に、サーフボードの様にしてその上に乗ったエイムは、左膝を博士の腰に当て、右手で博士の足を再び拘束する。
その体勢のまま、エイムは博士を地面に激突させた。それを見たランディが思わず呟く。
「…オイオイ、マジかよ…?空中で体勢を入れ替えやがった…!!」
同じくそれを見たウィルザーが笑う。
「アレではまるでレスリングだな(笑)」
騒めくハンター達。濛々(もうもう)と土埃が上がる中、エイムは油断なく、博士から距離を取る。そしてヨロヨロと立ち上がる博士に再び、一瞬にして接近した。
仕込み剣で、博士の筋繊維に瞬時に斬り込みを入れていくエイム。接近と退避を繰り返し、身体の各部位をどんどん斬っていく。
反撃しようとする博士だったが、先に両腕、次に両脚の筋繊維と血管を斬られた為に、全身から大量に血が流れ出し、意識が朦朧となり動きが鈍くなっていた。
「…こやつめ…ちょこまかと…」
多くの血液を失った事で、博士はついに動きが止まってしまった。チャンスと見たエイムがトドメとばかりに仕込み剣を構えたその瞬間、それは突然起こった。
辺り一帯の空間が地面から揺らいでいるのが見えた。
「…ふむ。これは…蜃気楼?いや、光学迷彩で何者か隠れているのでしょうか…?」
一人呟いたエイムは、空間の揺らぎに接近すると仕込み剣を高速で動かす。しかし空を斬るばかりで手応えはなかった。
その間にも、揺らぎはどんどん強くなり、博士の身体がその揺らぎに同化する様に不明瞭になっていく。その現象を前に動かなくなったエイムに、ランディが叫ぶ。
「オイッ!!お前ッ、何やってるッ!?早くジジィにトドメ刺せよッ!!」
しかしその現象を目の前に、解析を始めたエイムにはランディの声が聞こえていなかった。
「…クソッ!!しょうがねぇッ!!俺達でやるぞッ!!」
叫んだランディが大剣を持って、揺らぎの中に消えていく博士に突進する。
「お、オイッ、待てッ!!ランディッ!!むやみに近づくなッ!!」
フィンが叫ぶも、揺らぎに突っ込んだランディの大剣が沼に沈んでいく様にズブズブと空間に吞まれて行く。
「…クソッ!!剣が抜けねぇッ…」
吞まれた大剣の先が、その空間の中でぐにゃりと曲がるのが見えた。慎重にその現象を観察していたエイムが、ランディに気付いて高速接近する。
ランディはその瞬間を見ていた。
高速接近したエイムが問答無用でランディを押し退けようとしたその時、揺らぎの空間の中でぐにゃりと曲がった大剣の先が空間から飛び出して来た。
エイムはランディが自身の大剣で刺突されるその直前で吹っ飛ばし、飛び出して来た剣の先を仕込み剣で細切れにすると瞬時に退避した。
ランディのバスターソードは完全に揺らぎに呑み込まれていた。そんな事には構わずランディは吹っ飛ばされて尻餅をついたままエイムを見上げる。
「オイッ!!お前ッ!!どうすんだよッ!!ジジイに逃げられちまうぞッ!?」
エイムはその言葉を無視したまま、空間の揺らぎの下を見たかと思うと、仕込み剣にプラズマを纏わせる。すぐに揺らぎに接近したエイムは、その空間を両腕のプラズマソードの高速刺突で掘削を始めた。
プラズマソードが揺らぎの中に存在するスキル素粒子を破壊し、削っていく。
そしてついに、博士がいたであろう場所まで到達した。しかし、その時には既に博士は地中へと沈んでいた。
若い女の声だけが辺りに反響する。
「…フフ、わたしのスキルを突破出来る者がいたとは驚きです…。しかし一瞬、遅かったですね…。まだ博士を失う訳にはいきませんので…連れて帰らせて貰いますよ。いずれまた会いましょう…フフ…」
その声と共に、揺らいでいた空間も消えた。同時に建物の影から一部始終を見ていた男が舌打ちをした後、その場から去った。
◇
王都東門内で暴れていた巨大変異ガーゴイルを連れて、俺達は監獄惑星シニスターの大陸中央へと転移した。ガーゴイルが巨大だったのでかなり強い意志で『神幻門』を発動した所、ジョニーとキース達まで巻き込んでしまった…。
「…だ、旦那…ここは…!?」
「…あぁ、ここは別の星なんだよ。ここなら少々暴れても大丈夫だからな。詳しくは後から話す。とりあえずガーゴイルを殺るぞ?」
しかし、ジョニーとキース達は、倍になった重力と空気の薄さに困惑していた。唯一、女性蜥蜴人のレイザだけはすぐに適応していた。
俺達が話している間、ティーちゃんとシーちゃんがガーゴイルを牽制してくれている。
ティーちゃんの呼び出した大地の精霊ガイアスがボウリング玉サイズの岩石をガンガン投げ付け、そっちに気がとられている間に、シーちゃんが弾丸ドロップキックでガーゴイルの顔面に突っ込んだ。
ジョニーとキース達は、ティーちゃんとシーちゃんの戦闘と召喚されたガイアスを見て顔を引き攣らせ、苦笑いしていた。
「…旦那。色々聞きたい事があるんだが…それは後にしとくよ。取り敢えず作戦はあるのか?」
「あぁ、あるにはあるんだが…皆は重力と酸素濃度は大丈夫かなのか?」
俺の言葉に一同頷く。
「…解かった。くれぐれも無理はしないでくれ。それじゃ簡単に作戦を説明する…」
皆に牽制して貰っている間に、俺が『闘気版トルネードアロー』を溜めて放つ、と説明した。
「…とにかく俺が闘気エネルギーを溜め終わるまで、何とか皆にガーゴイルの足止めをして欲しいんだ…」
俺が説明していると、ジョニーとキースPTの面々が何か言いたそうな眼で俺を見ていた。
「…旦那、突っ込んでいいか?」
「…何だ?」
「アンタ弓まで持ってんのかよ(笑)?一体どんだけスキル持ってんだ(笑)?」
「あぁ、その辺りも後で話すよw取り敢えず作戦開始だ、やるぞ!?」
俺の言葉に一同、強く頷いた。




