フリーSランクハンター。
スラティゴの東側で帝国からの刺客を迎撃していたクレア達四人の前に、極彩色のフードとマントを羽織った体格の小さな者が現れた。
フードから大きな赤い一つ目が覗いている。
「わたしは帝国生物兵器開発研究所所属、一つ目族のラキリク・サリーと申す。よくわたしが召喚した者を倒せたものよ…おぬしらは何者か?」
「そんな事はどうでも良い。一つ目の。お前は闘いに来たのだろう?わらわ達が何者かなど必要なかろう?」
話しつつ、クレアは一つ目族に付いて、自分の記憶を探っていた。
(…一つ目族か…。昔、何かの折に聞いた事がある気はするが…思い出せんな…)
≪…リーよ。聞きたい事がある。応答せよ…≫
≪…はいはーい、何…?≫
≪一つ目族についての情報だ。簡単に頼む…≫
≪知識の書庫にアクセス…一つ目族、サイクロップスとは区別される。頭と目が大きく体が小さい。『魔念道』一種の超能力を使う種族…これで良い?≫
≪うむ。助かった。所で主は順調に王都に進んでいるのか…?≫
≪…いや、あちこちの防衛に呼ばれて敵を片づけてるよ?次は王都の防衛に行くんじゃないかな…≫
≪解った。わらわは後から王都に向かうと伝えておいてくれ≫
≪はーい≫
クレアは長距離密談を切るとクライを見る。
「クライよ、目の前のアイツはお前と似たような力を使う。遠慮なく叩き潰してこい!!」
「…解りました。先生から教えられた新たな力を試してきます!!」
そう言うとクライは、『魔念道』使いラキリクと対峙する。
「…わたしの相手にただの人間を出してくるとは…。何たる屈辱!!魔念道の中でも最高位に位置するわたしの六色魔念道で全員殺して差し上げますよッ!!」
ラキリクが叫んだ瞬間、クライがテレポートで動いた。
「サイコブレードッ!!」
「…何ッ!?速いッ!!しかしわたしに反応できない程ではないッ…!!」
クライはクレアに教えられた通り、右腕をサイコエネルギーで覆い、刀をイメージした。そして昔見た日本の映画の居合斬りを実践する。
結果…。
「…グハッ…!!そッ…そんなッバカなッ…!!…何故…だ…」
そう呟いたラキリクは六色魔念道を出す前に、クライに斬られて倒れた。
ラキリクは確かに避けた。しかしクライの振り抜いたサイコブレードは避けたはずのラキリクへサイコキネシスの剣圧を飛ばした。
クライはそのサイコパワーの剣圧のみで、避けたラキリクを真っ二つに斬り落したのだ。
「クライよ、よくやった!!その調子で今後も修練に励むのだッ!!」
「はいッ!!ありがとうございますッ、先生ッ!!」
融真、キャサリン、エルカートは、速攻で終わった闘いを見て、半笑いで顔を引き攣らせていた。
◇
王都エニルドの東、中央戦線では、王国軍と帝国軍の間に割り込む様に、血塗れの男がフラフラと一人、現れた。
男は、身長百七十程で黒髪ボサボサの短髪。顔の彫りが深く青白い顔、ダボついたカーキ色のカーゴパンツ、真っ黒なTシャツ、その上にブラウンのミリタリージャケットを着ていた。
笑う帝国軍兵士達。それを見た帝国軍大将のタイガも鼻で笑う。
「…フンッ、何だアレは(笑)?ヤツらはまともな将兵すら出せないのか(笑)?」
三十人のハンターを含む王国軍三万に対し、タイガの率いる帝国軍は十二万、そのうち東の『噴奴』戦で鍛えた騎兵が四万いた。
王国軍の向こうに見えるのは王都エニルドの城門。そして中央戦線も平野戦だった。タイガは、簡単に踏み潰せる、そう思っていた。
しかし、王国軍は今回、動員出来る総兵力の三分の一しか動員していなかった。理由はこの男が、味方をも巻き込む可能性が大きいからだ。
両軍の対峙する中へ、血塗れの男がフラフラ進んでいく。帝国側からの飛んで来る矢をギリギリで避けるものの、傷が増えてどんどん流血する男。
流れた血が滴り、地面へと吸い込まれて行く。
進軍しつつ、それを見ていた星騎将の一人、金髪ショートヘアの碧眼の男、巨蟹のキャス・シーザーがタイガの傍に馬を寄せる。
「…タイガ様。あの者、北部にいるはずの能力者ジョニー・ハートバーンと思われます。情報と違いますが、どうされますか…?」
同じく従軍していた二人の星騎将、アッシュカラーでショートヘアの男、獅子のシン・レオール、銀髪ロングヘアの女、鋼鉄処女アイラ・メイデンもタイガに注目する。
「…たった一人の血だらけのヤツなど、どんな能力者だろうが踏み潰せ!!先陣はオレがいく。騎馬兵を前へ。右翼にキャス、左翼にシン、アイラは俺の後ろからついて来いッ!!魚鱗の陣にて全軍突撃ッ!!一気にヤツらを踏み潰せッ!!」
叫んだタイガは、王国軍が既に少しづつ後退している事に気が付いていなかった。
大将の号令と共に、土埃を上げながら突撃してくる帝国軍に対して、血塗れの男が薄笑いを浮かべて呟いた。
「『マリオネスブラッド』!!」
大軍が男を踏み潰そうとした瞬間、その男を中心に赤黒い巨大剣山が突如地面から現れた。中心は三十メートル程の高さまで飛び出し、騎馬も鎧など関係なく、赤黒い剣山は全てを巻き込んで帝国軍の四分の一をあっという間に串刺しにした。
それを見た王国軍は、すぐに全ての兵を引いて門を閉ざす。
広範囲に渡る巨大剣山は、魚鱗の陣を敷く帝国軍の先頭を騎馬兵ごと刺し貫き、人、馬、鉄の装備が命を吸い取られる様に萎んでいく。
暫くの後、大きな剣山は結晶が砕けるように散って消えた。剣山が消えた後、男はふらつきながら顔を上げる。目の前には、四つの大きな鉄の棺桶が残っていた。
重厚な合金の棺は、鋼鉄処女アイラの能力『インターフィアーコフィン』(妨害する棺桶)だ。
それを見た男が笑う。
「…ぉッ?防御したヤツがいたか…ハハッ…面白いね…」
その男はエニルディン王国、フリーSランクハンターの一人、ジョニー・ハートバーン。通称『血塗れ(ブラッド)ジョニー』だ。
一人呟くジョニーの前で棺桶が重厚な音と共に開く。
「…よくやったアイラ!!初撃を防御すればこの程度の能力…」
そこまで言ったタイガの目の前でジョニーが呟く。
「…『ブラッド・液化』…」
その直後、タイガの背後にいた星騎将アイラが呻き声を上げる。
「…アァァッ…」
同じく星騎将シンも液化した血液を浴びていた。
「…クソッ…何だッ…これ…は…」
足元から液化した血液に絡み付かれたアイラと、全身に血液を浴びたシンの二人は体の内部から血を弾けさせて倒れた。
「…まず二人…次は…」
「…そうか。テメェが北部で二個師団を潰したジョニーかッ!!面白い能力だな!!オレが直接叩き潰してやるッ!!」
そう叫んだ瞬間、タイガは全身に闘気を纏うとジョニーに向かって突進した。
それを見たジョニーは、突進して来るタイガに薄笑いを浮かべて忠告する。
「…アンタの後ろの人、何か苦戦してるみたいだけど放っといて良いの?」
そう言われて振り返ったタイガが見たのは、キャスが必死に、地中から飛び散って来る煮沸する血液を蟹盾で防御する姿だった。そのキャスの背後に、血液が迫っていた。
「オイッ!!キャス後ろだッ!!」
タイガに言われたキャスは、すぐに蟹の甲羅を呼び出す。
「キャンサーカラペイス!!」
なんとか、煮沸して飛び散る足元の血液を、全身甲羅で防御したキャスだったが、次の瞬間、飛び散っていた血液が突然、蒸発した様に消えた。
「…『ブラッド・気化』…」
ジョニーの呟きの直後、血液が気体化し、盾と甲羅の隙間から入り込んでいく。キャスが呼吸した瞬間、気化した血液が体内に侵入した。
「…かはッ…!!…そ、そんなバカな…完全に防いだ、はず…だ…」
キャスは激しく血を吐いた後、そのまま地面に倒れた。キャスもアイラ、シンと同様に地中に吸収されていく。
「…アンタは大丈夫なんだね?…俺の気化血液、吸い込んでないのか…?」
「…血液を操る能力か…。硬質化で吸血、液化で煮沸、そして気化で毒に変化させて相手の体内に侵入して殺す…か。面白い能力だが…」
そう言うと、タイガはマントを捨てる。黄色と白を基調とした虎を模した重鎧と両腕に籠手を装備していた。
「闘気を持つオレにはそのスキルは効かんな!!そしてオレは闘気を回転させる事が出来る!!お前の能力がどれだけ変化しようとも通用せんッ!!」
タイガはスキル『白虎闘気』を回転させる事により、ジョニーの気化血液を防御していた。
タイガの両腕の籠手からナックルガードが飛び出す。
「今度はこっちの番だなッ!!行くぜッ!!」
タイガの拳による高速打撃が襲い掛かる。
タイガの連続の打撃がジョニーの頬を掠める。仰け反り、避けてその体勢から地面を転がり張って距離を取る。
「『ブラッド・液化』!!」
「それはもう効かねぇって教えてやったろうがッ!!」
地中から飛び出し襲い掛かる煮沸する血液を、闘気スピンエフェクトで難なく弾き返すタイガ。
「…チッ、よりによって闘気持ちが相手とは…」
そのまま液化した血液を気化させ毒に変化させたが、やはり回転効果で全て霧散してしまった。
(…まずいな…。こっちの攻撃が通らない…。そろそろスキルの時間切れも来そうだな…)
飛び掛かる液体の血をタイガが跳ね返し、ジョニーに襲い掛かる。攻撃をフラリフラリと巧みに避けるものの、ジョニーにはこれ以上打つ手がなかった。
スキル『マリオネスブラッド』は自分の血液と奪い取った血液、鉄分で広範囲に、強くスキルを展開する事が出来るが、使った分を補充しなければ燃料切れとなる。
更に『硬質化(吸血)・液化(煮沸)・気化(毒)』とスキルを三段変化させて相手に勝つ事が出来なければ、血液が持つまで防戦一方という弱点があった。
ジョニーは既に、スキルを三段変化させている。そのどの形態も、タイガには通用しなかった。
(…後は時間稼ぎしか出来ないか…。目の前の大男は俺とは相性が悪い…。禅師爺さんがいれば何とかなるだろうが…)
しかし、相手は大将格、ハク・タイガである。思考を回しながら避け続けて時間稼ぎを出来る程、甘くなかった。体術ではタイガに分があった。隙を突かれたジョニーは一瞬、タイガの動きを見失ってしまった。
「オラオラァッ!!ボケッとしてんなよッ!?最高の一撃、くれてやるからよォォッ!!しっかり耐えて見せろやァッ!!」
タイガが声を上げて、闘気にスピンエフェクトを掛けてジョニーの腹を今にも抉ろうとした瞬間。ジョニーの視界の横から、高速回転する何かが突如、タイガの脇腹を激しく抉った。
「…ぐッ、ぐオォォォッ…なッ、何がッ…!?」
タイガの巨体が、そのまま錐揉みしながら吹っ飛んでいく。回転してタイガの脇腹に突っ込んできたのは一人の男だった。
「…くゥゥッ!!…イッテェェェッ…!!」
「…はッ(笑)?」
突然現れてタイガを吹っ飛ばし、頭を抱えて蹲る男を見たジョニーは驚いていた。




