余計な仕事は増やして欲しくない。
イシュニア帝国、碧星老将トウガ・セイリョウ宿舎にトウガと星騎将ジュウド、意識を失ったままのマショリカ、寝たままの鋭斗と隗、そしてジード博士がいた。
トウガと博士はジュウドに問い掛ける。
「ジュウドよ。一体何があったのだ?」
トウガに問われたジュウドが重い口を開く。
勇者PTが無断で別の星へと転移をした事、そしてPT全員をマショリカに連れ帰る様に命じたという。
博士がトウガを見る。
「済まなんだ。ワシが強者の情報をうっかり話してしまいましてな…」
「…ふむ。その強者とは?」
「嫁らしき亜人と、子供を連れた男で、名はアンソニー・ホワイトと言うのですが…。その話をした途端に鋭斗が飛び出して行きまして…」
トウガがジュウドを見る。
「それで、マショリカはその男にやられたのか…?」
「…マショリカは魔皇を名乗る幼児に敗北したようです…。わたしには信じがたい事でしたが…」
「…ふむ、ではお主もその魔皇を名乗る幼児に負けたのか?」
「…いえ、わたしが救援要請を受けて到着した時に魔人から言われたのです。勇者PTの数人が亡命を望んでいる事、そしてそれについて話があるなら王国最強の男と話してくれと言われまして…」
「現段階でエニルディン王国最強の男と言えば『皇 逸鉄』のはず…。という事はその子連れの男とは別に『逸鉄』がそこにいた、という事なのか?
「…いえ、魔人が言っていたのは博士の言うアンソニー・ホワイトという男の方です。異常なまでのスピードで接近し、転移させられました。そしてわたしはその男の従者と闘い…敗北しました…」
ジュウドの言葉に、トウガと博士が驚きで顔を見合わせる。
「従者じゃと!?ジュウド殿がアンソニー・ホワイトではなくその従者に後れを取るとは…。そのような者は先のアローゼル人体実験の際にはいませんでしたぞ!?」
博士の言葉に、暫く考えていたトウガがジュウドに問う。
「その従者とはどのようなヤツなのだ…?」
「…機械人形の様に名乗っていました。恐ろしく精密な動きと素早さで兵器を操り、更に電磁シールド、プラズマという高エネルギーを放出する事が出来る機械人形です…」
それを聞いたジード博士が唸る。
「…そうか。それは恐らくサイボーグかアンドロイドじゃな。しかしこの星にそんな者が存在していたとはのぅ…」
「…いえ、博士。その者は元は別の星にいたようです。文明がかなり発展しているような事を話していました」
ジュウドの言葉に博士が誰にともなく呟く。
「ホワイトとは別に厄介なヤツが現れたのぅ…」
そんな博士を見ながら、トウガが話す。
「博士。近いうちに西部戦線は再び動き始めます。『噴奴』との停戦がなっていないワシはまだ動けません。変わりに玄星老将から二部隊、朱星老将から一部隊救援に出るようです。タイガのヤツは気に入らんのですが何卒、戦意高揚の為にも博士の生物兵器で何とか支援をしてやって下され…」
「…解っております。何体か無事に残っているのでそれを投入する予定です」
そう言いつつ、博士が話を続ける。
「タイガ殿と二人の星老将様にお伝え下され。皇 逸鉄、ジョニー・ハートバーン。更にアンソニー・ホワイトとその機械の従者。この者達は尋常ならざる力を持っています。舐めて掛かるといくらタイガ殿とはいえ、只では済みますまい…」
博士の言葉に頷くトウガ。ジュウド以下救護室にいた者達に静養する様に話すと、トウガは救護室から出て行った。
◇
俺は、ウェルフォード村でリベルトと合流した。リベルトには幻影魔法の使える妖精達を四体付けて、それぞれ、クレア、ティーちゃん、シーちゃんに化けて貰って偽ファミリーで移動して貰った。
報告によると盗賊にはあったが特に被害は無かったとの事で安心した。妖精達が幻影魔法で盗賊達を攪乱した後、精神魔法を使って退散させたそうだ。
俺達は宿屋兼料理屋で、改めてリベルトから『東鳳』の調査報告をして貰う。
「椿姫の叔父である天流は東鳳から逃れ、西大陸に行ったと思われます。引き続きその足跡を辿って行きますので今しばらくお待ち下さい」
「うん。引き続き調査の方よろしく。東鳳の件はアマルが見つからない事には何も進まないからね」
俺の言葉に頷くリベルト。俺達が話していると突然、男が料理屋に駆け込んで来た。服装から見てどうやらギルド職員の様だが…。
その男は入って来るなり、キョロキョロと周りを確認する。そして俺を見た瞬間、声を掛けて来た。
「突然で申し訳ない。アンソニー・ホワイトさんですね?」
「えぇ、そうですが…良く俺だと解りましたね?」
詳しく聞いてみると、王都から緊急伝書が届いたという。ブレーリンからウェルフォードに向かっている俺に、伝書を渡すようにとの事だったらしい…。
「村の門衛に聞きました所、台帳を見て滞在中という事で緊急伝書をお持ちした次第です」
俺は渡された緊急伝書を開いて読んでみる。王都への出頭を後回しにして、緊急で『軍港クロナシェル』に救援に向かって欲しい、と書かれていた。
どうやら砂の王国『サウスサウザンド』からの国境侵犯があり、紛争にまで発展しているようだ…。
ついに動き出したか…。俺達は東鳳の件を一旦、後にしてクロナシェルについての緊急伝書の内容を皆に話した。
「…どうやら砂の王国が動き出したらしい。大河を挟んで国境紛争になってるって…」
「それでどうしろと書いてあるんじゃ?」
「救援に行って欲しいってさ。取り敢えず王都への出頭は後回しで良いみたい」
「…ん?王都に出頭とは?何かあったのですか?」
リベルトに問われたので、先にあった泥酔暴れん坊事件の話をざっくりとした。
「…そうですか…。それはやってしまいましたね…」
話を聞いたリベルトが苦笑いを見せる。
「取り敢えず出頭は後回しで良いみたいだからクロナシェルに行こう。リベルトも付いて来て欲しいんだけど…」
「…えぇ、わたしも行きますよ。今のクロナシェルの状況を見てどうするか考えましょう」
方針が決まったのでギルド職員に、俺達がクロナシェル救援に行く事を伝書で王都に知らせてくれと頼んだ後、俺達は宿屋兼料理屋を後にする。
ウェルフォード村の西門を出た俺達はリベルトを伴い、転移でクロナシェル近くの森に向かった。
◇
森の中、小高い丘の上から俺達はクロナシェルを見下ろしていた。港がある軍事城塞の様な感じで、地形としてはクロナシェルの城壁の周りは森に繋がっている状態だ。
攻める方も護る方も中々やりにくい地形だ。これならサウスサウザンド側も軍を出しているという体で、睨み合いだけしていれば良い様な気がするがそう出来ない事情があるのかもしれない。
同盟国なのか、隷属しているのかは解らないが先に砂の王国を動かし、連動して帝国が動くと言った所か…。
…全く。どいつもこいつも俺の仕事を増やしやがって…。
俺はレーダーマップを広域展開して周囲を確認する。
「今の所、敵軍は多くはない。けど既に上陸してクロナシェルを包囲しつつあるね。まずはどうするかな…」
俺の説明を聞いたリベルトが即座に対策を出した。
「まず最悪の場合を想定しましょう。現段階で最悪なのは本格的に攻め込まれてクロナシェルが完全包囲される事です。ですのでまずは包囲を崩す事から始めた方が良いでしょう」
俺は頷きつつ、どうやって奴らを河の向こうまで引き上げさせるか考えた。
「しかし、あやつらはどうやって気付かれずに大河を渡れたんじゃ?」
「そーでしゅね。お船で渡ってきてたら気付いてもおかしくないんでしゅがねぇ?」
二人の疑問に、恐らくだけどと行った後、俺は一つの仮説を話す。
「昔の兵法実戦書とかだと、夜間に軽装で河を潜って渡河するって言うのがあるね。あともっと凄いのだと河の下に地下道掘っていた、なんてのもあるよ」
俺の話に、元軍人のリベルトもうむうむと頷いている。古代の武将は中々スケールが桁違いな作戦決行したりするからねw
「…さて、どうやって奴らをクロナシェルから引き上げさせるか、だけど…」
俺の言葉に、リベルトが策を提案してくれた。
「敵の本陣を急襲しましょう。サウスサウザンド側の対岸には都市はありません。つまりどこかに陣を敷いているはずです。本陣から火の手が上がれば、挟み撃ちを警戒して敵軍は包囲を解いて戻るかと…」
「孫臏兵法のアレか…」
リベルトが提案した策は、敵の包囲を解く為に、敢えて包囲を無視して敵の首都に攻め込んでいくヤツだ。ここ、クロナシェルの場合だと敵本陣に攻め込んで包囲を解くように仕向ける感じだな。
「良し。それで行こう。敵本陣には俺が行くよ」
「待って下さい!!まずはクロナシェルに入って作戦を共有しましょう。出来れば中からも敵軍掃討に出て貰いたいですからね」
「そうじゃ、その方が良いじゃろ?」
リベルトとティーちゃん二人の提案を受けて俺達はまずクロナシェルに入る事にした。
◇
緊急事態なので当たり前なんだが門は固く閉ざされていた。しかしそんな事は俺達には全く問題にならない。全員、リーちゃんに纏めてクロナシェルの北門の中に転移させて貰った。
俺は衛兵に突きつけられた槍を掴んですぐに緊急伝書を見せた。
「…ハッ!!大変失礼いたしました。まさかこのような形で城塞内に入って来られるとは思わず…」
「…いや、こっちこそ驚かせてスマンね。緊急みたいだったから…」
「…伝書でホワイトさんが救援に来る事は伺っております。作戦室へご案内いたします」
俺達は衛兵に連れられてクロナシェルの作戦室へと向かう。途中、一般兵達と共にハンター達も戦闘準備をしていた。小さな子供達を連れているのでどうしても人目を引いてしまう。
クロナシェル庁舎の二階、作戦室で送られて来た緊急伝書を見せつつ、城主ウォール・リジットと対面する。
「アンソニー・ホワイトです。それからうちのPTメンバーです」
「ウォール・リジットと申す。よくぞお越し下さった。救援、感謝しますぞ!!」
黒い短髪に日焼けした色黒の肌、屈強な体躯で如何にも軍人といった厳つい風貌で眼光鋭い男だ。フルメタルアーマーを装備して腰には二本の剣を両側に下げていた。
大きな机の上に、ここら辺りのマップを拡げて複数人が無言で難しい顔をしていた。
「…しかし、噂には聞いていましたが…。本当に子連れで闘っておられるのですな…?大丈夫なのですか?」
「…えぇ。この子達はかなりの魔法が使えますので…」
「…そうですか。ではこれ以上は何も申しませぬ…」
と、言いつつウォールさんはやっぱり何か言いたげだった。いや、解りますよ?こんな所に子供連れて来てからに…。そう言いたいんだろうけど、この子らがいないと不測の事態が起きた時に、俺だけじゃどうにもならんからねw?
ここにいる人達は俺達が、カイザーセンチピード、キメラモンスター、覚醒吸血鬼の件を処理した事を伝書で知っていたが初対面という事もあり、いまいち信じられないようだ。
ここは我慢して貰おう…。そんな事を考えていると、そこへ元気な…と言うかうるさい声が飛び込んで来た。
「オイッ、ホワイト!!お前出世したな!!フリーでSかよッ?ていうかお前、もう一人子供いたんだな(笑)?」
そんな事を言いながら入って来たのは、グレンさん達PTメンバーだった。
あらら、グレンさん達も呼ばれてたのか…。グレンさんの言葉でこの場にいたハンター達がざわつき始めた…。
「…あぁ、あれはマスター禅師に嵌められたんですよ…」
俺の言葉にウォールさんが驚いた顔で俺を見る。
「…フリーでSランク…ですか?それでは逸鉄、ジョニーと並ぶ実力を持っている、と見て良いですな?」
「わたしはその二人を知りませんが、お役には立てるかと…」
俺の言葉に、うむと頷くウォールさん。子供達についてもボルドさんとフィルさん、エルンさんとルーシュさんに盗賊襲撃の時の話をして貰い、納得してもらった。
「では、皆集まったようなので今回のサウスサウザンドからの国境侵犯、及び紛争に付いて対応を練りましょう。どなたか意見のある方は挙手をお願いします…」
ウォールさんの言葉に、沈黙するクロナシェル軍関係者とハンター達。誰も手を上げないので俺が手を上げた。
「ホワイトさん、どうぞ…」
ウォールさんに促された俺は今回リベルトが立てた作戦を説明する事にした。
「俺達が敵本陣を急襲してきますよ」
「…はッ!?」
その場にいた全員が、驚いた顔で俺を見た。




