帝国将官。
シニスター大陸中央に、突如降り立った帝国将官は細い眼でゆっくりと周りを確認する。抉れた大地と凄まじい破壊の後に眉を顰めた。
その男は色白な肌、金色の短髪で金属の軽鎧の上に帝国で闘衣と呼ばれる布を纏っていた。男は後ろを振り返ると、何もない空間に話し掛ける。
「…どうなっている?この破壊の跡は何だ?異世界人はどこにいるのだ…?」
≪…この破壊の跡については何も解りませぬ。勇者キラーマンPTは最後の通信で南にベースキャンプを設置したとの事です≫
暫く話を聞いていた男は南を見る。
「…ベースキャンプがあるのか?では南に…」
≪…マショリカ様、南には居ませぬ…≫
「…何?居ないのか?追尾マーカーはどうした?」
≪…今、確認しております…≫
空間からの応答を待つ間、マショリカという男が星の環境を確認する。…空気が薄い…。そして重力が強いのか…身体への負荷があるな…。
待っていたマショリカに空間から応答が入る。
≪…どうやらPTは散っているようです。北に一人、西に四人です…≫
「…散っているのか?全く、世話の焼ける事だ…。他の生体反応はあるか?ヤツらはある男を狙ってここに来ているとジード博士から聞いたが…」
≪…生体反応は多数あります。一際強い生体反応は北に一人、西に一人。南東に一人、後は南東、南西に多数の生体反応があります…どうされますか?≫
空間からの問いに暫く考えるマショリカ。
「…星騎将ジュウド様からの命はPTを連れ戻す事だ。まずは西に向かう。四人を回収後、北にいる一人を回収に行く。では向かう。転移せよ…」
そしてマショリカは大陸中央から消えた。
◇
俺は天に向かって呼び掛ける。
「…神様、我が呼び掛けにお答え下さい!!」
大きな声で叫んでみたがこれが結構恥ずかしい…。瑠以からは神様?本当に神様に呼び掛けてるんですか?とか言われるし…。
俺はこれまでの経緯は後で話すから暫く質問はしないでくれと瑠以に頼んだ。
俺は再び天を仰ぐ。反応がないな…そう思った直後に天から声が響いた。その声に瑠以は目を見開いて驚く。
「…うむ。ホワイトよ、現在の状況はどうなっておる?」
「凶悪犯五人のうちボナシス、アスモアを倒しました。ラス、スロウの二人は戦意がない為、証明となるモノだけ貰っています。アンドロイド、エイムは娘の護衛として仲間にしました」
「…解った。良い良い。ゼルクの手前、五人を倒して来いと言ったが状況を見極めてお主がそう判断したのならそれで良い。今回の事、よくよく反省はしたのかのぅ?」
「…はい。転移協定に違反した事、そして酒を飲み過ぎて暴れた事について深く反省しております。二度とこの様な事は起こしません…」
俺は膝を付いて頭を下げる。
「お主は全宇宙時空警備隊に目を付けられておる。もし再び、お主が道を外れそうになった時は…解っておるな?」
「はい。そうならぬように努めます…」
「うむ。では帰還を許可する。子供もそちらに送ってしまった故、シニスターからの転移の件は見逃す事とする…」
…あ、転移してたのバレてたのか…。
「では『神幻門』、『ゾーン・エクストリーム』、『虚』、『イミテーションミラー』の停止を解除する。こちらから転移させる事が出来るが戻る準備は良いか?」
俺は神様の気遣いにお礼を言いつつ、こちらでやる事があるので今しばらく滞在してから戻りますと伝えた。
「解った。では今後も、依頼の件を忘れずこの世界で活動してくれ。ではの…」
それを最後に、神様との対話が終わった。チラッと瑠以を見ると聞きたい事が山ほどありそうな顔をしていた…。
軽く、今までの経緯を話して、信じるか信じないかはアナタ次第です!!と言っておいたw
◇
その頃、魔族のエリアでは、フィーア、スロウ、煉、要が朝食を食べ終わった所だった。
直後に、スロウが侵入者を感知した。
「…魔皇様、新たな侵入者が二人来ました。突如現れていますので転移で来たものと思われます…」
「…最近は侵入してくるヤツが多いのぅ…。どれ、顔でも見に行くかの…」
まだまだ眠そうなフィーアとスロウが小屋から出る。その後ろから煉と要も付いて出て来た。昨日の昼間から転がっていた二人、鋭斗と隗はフィーアが魔念力で納屋に放り込んでいる。
拡がった畑の向こう側に、一人の男が歩いてくるのが見えた。
「…アレはイシュニア帝国の記章じゃな。もしかしたらPTを連れ戻しに来たのかもしれんのぅ…。スロウや、スキルは発動しておるかの?」
「…はい。既に展開しております。魔皇様、どうされますか?」
「…そうじゃの。一応、戦闘に備えるでな?煉と要は下がっておくんじゃ…」
フィーアの指示で、顔を見合わせた煉と要の二人は小屋の前まで下がる。
「また畑を荒らされても困るでな?こっちから出向いてやるかの…」
歩いてくる男に向かって、フィーアとスロウが歩いていく。丁度、畑を超えた所で二人は帝国将官と対峙した。
「無断侵入は困るでな?おんしはここに何をしに来たんじゃ?」
男はフィーアを無視したまま、スロウを見て話す。
「我は帝国十二星騎将ジュウド様の副官、マショリカ・メルロームと申す。こちらに帝国所属の勇者PTがいると思うのだが…」
そう言いつつ、マショリカは細い眼で二人の後ろ、小屋の前にいる煉と要を確認する。
「…ふむ。それがどうかしましたかね?マショリカ殿…でしたか…?」
「上司より、PTの回収を命令されているのだ。大人しく引き渡して貰いたい。さすれば危害は加えぬ。どうか…?」
その言葉に、帝国将官マショリカを見上げてフィーアが言う。
「おんしはそう言うが煉と要は帝国へは戻らぬと言うておるでな?納屋におるバカ二人なら連れて行っても良いぞ?」
「…子供は黙っておれ。大人の話に首を突っ込むものではない…」
マショリカの言葉に、スロウが慌てて説明を始めた。
「…マショリカ殿。こちらは現魔皇であるフィーア様です。知らぬとは言え、以降は無礼をお控え下さい…」
「…ふん。魔王などと…。子供の遊びになど付き合ってはおれんのだ。早くPT全員を引き渡さぬと痛い目に…」
その瞬間、焔の魔障気が一気に拡がる。
「…魔王ではない、『魔皇』じゃ。五人の魔王を統べる魔界の最高位なのじゃ!!おんしこそ今すぐここから出て行かぬと闇の狭間で永遠に苦しむ事になるぞ…?」
フィーアは髪を逆立て、宙に滞空して眼を光らせる。炎の魔障気と同時に圧が拡がっていく。
「…魔皇様っ…落ち着いて下さいっ!!僕の風の魔障気が流れてしまいますっ…」
スロウが宥めるも、フィーアの怒りは収まらない。マショリカは魔障気と凄まじい圧に一瞬怯んだものの、それを自身のスキルで防御する。
「…絡繰りは解からぬが、この様な子供騙しの奇術などで帝国将官は怯まぬ!!」
「言うたな?この小童が!!わっちが転生したばかりとも知らずただの子供じゃと思うたのがおんしの終わりじゃ!!」
声を上げたフィーアが一瞬にしてマショリカに接近する。しかしその瞬間、マショリカを防御していたフィールドが鋭角化して大きな槍となり、フィーアの小さな身体を貫いた。
それを見たスロウが一瞬、顔を強張らせたが、暫くして肩を竦めると自身の範囲を消して後ろに下がる。
そして畑の前に魔障気の風で壁を作った。
「…僕の魔風障壁で耐えられるかな?畑が荒れるとまた僕の仕事が増えるからなぁ…」
そう呟きつつ、畑を護る事を最優先にして二人の戦いを見ていた。
◇
神様との対話が終わった後、俺達は一度、転移で大陸南西部の洞窟に向かう。リーちゃんには、先に魔族のエリアに戻って貰った。昨日話し合った事を自勢力エリアの男達に話してからそっちに戻るとフィーちゃんに伝えて貰う為だ。
そして俺は、フィーちゃん、ラスと話し合って決めた事を、男達に話した。
「これからの事を話すから良く聞いてくれ。暫くしたら、俺達は元にいた星に戻る。これからはラスにこの星を仕切ってもらう様に頼んでおいた。ここまでは良いか?」
一度話を切って、男達の反応を見る。
「…ボス、配給争奪戦の時にあれだけやり合ってた相手だぞ?いきなりそう言われても…」
男達は顔を見合わせる。まぁ、そりゃそうだろうな…。そこで俺はラスから受け取ったタテガミを束ねたモノを見せる。
「…それは?」
「これはラスのタテガミの一部なんだ。降伏させた訳じゃないんだが戦意がない事の証明として貰った。信じるかどうかはお前達次第だ…」
それから、と言いつつ俺はフィーちゃんからの提案を話す。
「西の魔族の土地にいる魔皇様から、畑を耕す事を条件として移住しても良いと提案して貰ってる。魔族のエリアの気候は温暖だし、作物の育ちも良いらしい。安定的な食糧自給の為にも良いと思うんだが…。勿論、ラスの件も魔族のエリアへの移住の件も強制はしない…」
俺の言葉に、男達は沈黙したままだ。
「もうボナシスもアスモアもいない。アスモアの配下は勇者キラーマンに全滅させられている。生き残っているのは此処とラスの所だけなんだ。配給は分け合えば十分足りる。更に魔族のエリアで作物を育てれば生活も楽になるはずだ」
沈黙していた男達の中、一人が声を上げた。
「…そうだな。此処にいてもひもじい思いをするだけだな。ボス、アンタが来てくれたおかげで配給もかなり手に入ったがいつかは尽きる。これからの事を考えてボス、アンタを信用するよ。ラスの事については納得いかない部分もあるが取り敢えず俺は魔族のエリアに行く…」
その言葉に俺は頷く。続いて何人かが声を上げて移住を決断した。大体、五十人いる中で半数ほどが移住に賛成した。
「まずは先に行った者からどんな様子か確認を取って、それから後の者が続いても良い。受け入れはいつでもしてくれるからな」
そう伝えると男達が全員、頷く。話を伝えて魔族のエリアに戻ろうとした俺達の前に、先に戻っていたリーちゃんが現れた。
≪アンソニー、魔族のエリアに侵入者!!帝国の将官で能力者みたい。今はフィー様が応戦中!!≫
≪また帝国のヤツが侵入してきたのか?ていうかこの星ってそうそう簡単に来れる場所なのかw?≫
≪転移させて来た者もいると思う。取り敢えずすぐ戻って!!≫
≪フィーちゃんが闘ってるんでしょ?なら大丈夫じゃない?≫
≪問題はそっちじゃないのよ。帝国の将官は勇者PTを連れ戻しに来たみたいなのよ…≫
…そう言う事か。鋭斗と隗は良いとして、煉と要はどっちも亡命希望だからな。まぁ、連れ去られたとしても俺は『神幻門』が復活してるし、場所は瑠以の記憶をフラムに読んで貰えばすぐ行けるから全然問題ないけどなw
そう考えつつも、取り敢えずどんなヤツが来てるのか見たかったのですぐに戻る事にした。
「皆、緊急事態…って程でもないけどすぐ戻るぞ!!」
俺はそう言うと瑠以を見る。
「お前らのお迎えに帝国の将官が来てるらしいぞ?」
「…やっぱり来ましたか。あの人達はわたし達が自由に動く事を良く思っていなかったですからね。すぐ戻りましょう、煉と要が危険かもしれません」
その言葉に俺とエイムが頷く。そして俺は全員纏めて『神幻門』で魔族のエリアに転移した。
◇
既に『闇の幻影』を使っていたフィーアは、マショリカの初撃を難なく躱した。魔障気で闇の炎を纏って分身した後、間髪入れず多方向から『魔障炎迅拳』を叩き込む。
マショリカは片膝を付いて激しく呼吸を乱していた。身体中が焼けただれて装備は所々焦げている。
スキル『サンドクリーピング』を使い、炎を防ぐので精いっぱいだった。マショリカは目の前の幼児が、まさか自らの力を軽く上回ってくるなど思ってもいなかった。
マショリカは砂を操り、必死に防戦するも闇の魔障気を含んだ炎は砂を溶解させて簡単に入り込んで来る。今は砂を呼び寄せ多重防壁を張って何とか魔障気の干渉を凌いでいた。
大きく肩で息をするマショリカは、初陣の時以来の恐怖を感じていた。帝国将官として幾多の戦場を潜り抜け、十二星騎将のジュウドの副官として東部方面で戦果を重ねてきた。
そのマショリカが、初めて見る人外の力に恐れを隠せなかった。
今まで敵兵を蹂躙して来た力が、全く通用しないのである。しかし呻くようにマショリカが声を上げる。
「…我の仕事は目の前の子供を倒す事ではない…。PTを回収すれば我の勝ちなのだ!!」
瞬間、地面を張っていた砂が一本のロープの様になって煉と要を縛り上げた。
補足。帝国将官は古代ローマ帝国の将官をイメージしてます。




