カイザーセンチピード。
男が戦闘から逃げた事を知ったギルドマスター禅師はギルド職員に指示を出した後、急いで西門へと向かう。
「…遅かったか…」
西門に到着した禅師が呟く。
「…で、ヤツは許可証は置いて行ったのか?」
「ええ、少し前でしたが、確かに許可証は返してもらってます」
「このバカ者共がッ!!何故止めんかったのじゃッ!!」
激昂する禅師に、衛兵二人が恐る恐る弁解する。
「…わ、わたし達はマスターがホワイトさんに依頼の許可を与える為の試験で手合わせしている事は聞いていましたが…。逃げているという連絡が入ったのはつい先程です…。ホワイトさんが門を出ていった後でしたけど…?」
「…俺達も門外を慌てて探したんですが、もう既にだいぶ離れていた様で見つかりませんでした…」
衛兵の言葉に禅師が深い溜息を吐く。
「…そうじゃったか、すまんな…」
(あヤツのあのスピードなら、既にかなりの距離を走破しているじゃろうな…)
「それで、オオヤマルはどうした?」
「アイリスでしたら、例のマジカルジェット箒で爆走して行きましたけど…」
「…ふぅっ、アイツもか…」
ギルドマスター禅師は溜息が止まらない。
「それで、オオヤマルの許可証は…?」
「…えーと、通り過ぎる際に投げ返されました…」
「オオヤマルのヤツッ!!今度来たら叱り付けてやらんとな…!!」
(…しかし、オオヤマルの方はいつもの事じゃから良いとして、問題はあのホワイトという男じゃな…。二人の子供も底知れぬ魔力を持っておった…。このまま野放しには出来んのぅ…。王国に定着するとは限らんし、帝国に渡られても困る。近いうち王宮に参内し王に諮るか…)
顔を顰めたまま、思案に耽る禅師。その目の前に恰幅の良い、タキシードを着たにこやかな紳士が現れた。
「まぁまぁ、怒りを鎮めて下さい先生。今後の事は庁舎で話しましょう」
物腰の穏やかな紳士の言葉に、禅師のしかめっ面も幾分か緩む。
「…とんだ失態を見せてしまい申し訳ない。メイヤーズ市長…」
「いえいえ、オオヤマル嬢はいつもの事でしょう?しかし、ホワイトという男、禅師先生を煙に巻くとはなかなか面白そうな輩ですなぁ」
そんな事を話しながら、二人は庁舎に向かって歩いて行った。
◇
アイリスは四メートルほどの高度を保ちながら、風の様に街道を抜けていく。アイリスが跨っているのは、魔力で動く箒型の魔工機だ。
まるでバイクに乗る様に、その箒に跨って最高速度80キロで一気に飛んでいく。
(おかしいな~…そろそろ追い付いても良い頃だと思うけど…。でもあのオジサン、普通のスピードじゃなかったからなぁ…。…まさかもうスラティゴに着いてるなんてないよね…?)
爆走しながら、考えるアイリス。
(依頼はスラティゴから出てたから、あの人は絶対あの村を経由するはず。速く追い付いて交渉しないと…)
そんな事を考えつつ、アイリスは街道を爆走していた。
◇
俺達は、ベルファを出てからすぐに近くの森に入り、リーちゃんにスラティゴ近くの森まで転移してもらった。今は、スラティゴのハンターギルドに来ていた。
交番並みの小さなギルドで赤色依頼の紙を見せる。
「…おおっ!!アンタが受けてくれたのか?」
スラティゴのハンターギルドのマスター、エルカートさんが喜ぶ。
何度かここには風呂に入りに来ている。ついでに盗賊を退治して何度も引き摺って来てたので覚えてくれていた。
「目撃情報だと今の所、森の中で暴れているだけなんだそうだが…。いつこっちに向かってくるかわからないからな。早急に退治をして欲しいんだ」
「分かりました、すぐ行ってきますよ」
俺達は目撃情報から、大体の位置を確認して向かう事にした。
「それでこの事は村の人には話してるんですか?」
俺の質問にエルカートさんは困った顔を見せた。
「…難しい所なんだ。ここ数十年、こんな事はなかったからな。住民がパニックになるのは避けたい。だからまだ知らせてないんだ…しかし巨大なセンチピードがこっちに向かってきてから警報を出しても避難が遅れる可能性もある…」
難しい顔のままエルカートさんは黙ってしまった。
「取り敢えずこっちに来る前に退治しますよ」
俺が言うと、表情が幾分か和らいだ。
「頼む、何とか頑張ってくれ…」
その言葉を受けて俺達は森に向かった。
◇
スラティゴから海岸線に沿って北上していく。情報のあった場所ですぐにセンチピードを発見した。
…すんごいデカかいからな…。
確かに、このサイズのセンチピードならすぐに村を襲撃出来るだろう。こりゃ、かなり危険だな…。
俺は『バードアイ』で離れている巨大センチピードを見る。
小高い丘のような場所で、センチピードは狂ったように森の木を薙ぎ倒して暴れていた。軽い環境破壊だ…。
「…うーむ、木の精霊トレントラが怒っておる…」
「早く退治した方がいいでしゅね…」
しかし、余りのデカさに俺は驚くばかりだ。人間達にとってはかなりの脅威になるだろう…。
「ティーちゃん、この距離から鑑定は出来そう?」
「うむ、やってみる…『カイザーセンチピード』突然変異種となっておる。ただの変異種なら問題ないが、『突然変異』じゃ、何か裏がある様な気がするのぅ…」
あんなデカいのが急に現れたから絶対なんかあるよな。
「…で、大きさってどれくらいか分かる?」
「…ふむ、体長五十メートル程じゃな。ついでにバーサーク化しておるのぅ」
「うはっ、デカい。しかも狂暴化してるのか…」
色々、調べるのは後にしてとりあえず退治が先だ。幸いな事に、センチピードはこっちに気付いてない。
「ここは奇襲で行こう」
「そうじゃな、先手を打って優位に戦闘を進めた方がいいじゃろう」
「う~、いくでしゅっ!!」
「じゃ、あのポイントの近くまで転移するよ?」
三体とも、俺の提案した奇襲作戦に賛成だ。では、やってみますか!!俺達はリーちゃんにポイント近くまで転移して貰った。
◇
残念な事に、奇襲攻撃は失敗に終わりました…。
転移した後、すぐに俺はファントムランナーで接近した。持っていたタガーで即座に攻撃する。その瞬間―。
…バキッッ!!という音と共に、タガーが壊れた…。
壊れたのは、ベルファのギルドで借りていた木小剣だ。返すのを忘れて、カリパクしちゃってたよ。しかも二本とも壊しちゃった…。
俺は慌てて、アイスエッジと腐蝕のタガーに持ち替えた。
瞬間、センチピードの腹の両側から無数に生えている鋭い足が、俺を挟み込む様に攻撃してくる。慌てて神速で距離を取った。
喰らうと胴体を輪切りにされそうな攻撃だ…。
奇襲は失敗したが、事前に打ち合わせた通り、俺とシーちゃんが牽制攻撃をして、ティーちゃんの精霊魔法で押していくという作戦だ。
俺は神速を発動し、ストームラッシュを使って多方向から攻撃する。しかし、硬すぎる甲殻に阻まれて、刃は通らないし氷結効果もすぐに打ち消されてしまった。
…どういう事だ、硬いのは分かるけど…氷結効果が消えた…?
一旦、バックステップで下がり範囲をセット。誘い込んでパラライズボルトを喰らわせる。しかし、ちょっと揺らぐものの、センチピードは麻痺も受け付けなかった。
俺は両手に持っていたタガーをプラチナタガーに入れ替え、再び接近して脚や腹の節を狙いタガーを突き込む。しかし全く歯が立たなかった…。
「どうなってる?効果はすぐ消えるし硬すぎるし…」
油断してると、俺の頭を狙って上から頭ごと地面にドッカンドッカン突っ込んで襲い掛かってくる。俺が避けて後退した後、シーちゃんが猛烈な勢いで真直ぐ飛んで来た。センチピードの頭に、高速弾丸ドロップキックをお見舞いする。
「とぅぅーりゃぁっ!!」
おおっ、センチピードがグラついた。すかさず、センチピードをそのまま蹴って退避するシーちゃん。
「今じゃ、シルフィア。ジャベリン!!」
間髪入れず、ティーちゃんが呼び出した精霊シルフィアが、魔法をマシンガンのように打ち込んでいく。しかし、甲殻に当たった瞬間、精霊の魔法が霧散してしまった。
≪…わが魔力が霧散するとは…ティーア。あのセンチピードの甲殻には何かあるのぅ≫
「ふむ、おかしいのぅ。鑑定では甲殻がどうとかは見えんかったが…」
≪ティーアよ、あの甲殻自体を鑑定してみてはどうか?≫
シルフィアの提案に、ティーちゃんは鑑定対象をセンチピードから、その『甲殻』に切り替えた。その間に俺達は、牽制攻撃を繰り返して時間を稼ぐ。
グラつかせて翻弄し、押してはいたが決定打が無かった。俺は、再びタガーを腐蝕のタガーに入れ替えて節と節の間を狙う。
タガーで腐蝕効果を突き込む。一瞬、腐蝕の効果が表れた。やったか!?と思ったが腐蝕の効果はすぐに消えてしまった。
どうなってる?ティーちゃんの魔法も、俺のタガーの効果も、すぐに消えてしまう。唯一効いているのはシーちゃんの直接攻撃だけだ。
しかし、シーちゃんもしばらくして、なんか手と足が痛いでしゅ…と言い出した。龍眼でシーちゃんの身体の周りの魔力の流れを見る。それを見て俺は驚いた。シーちゃんが纏っているプロテクトの魔法がかなり薄くなっていたのだ。
(あの甲殻、なんかあるな…)
そんな事を考えている俺に、ティーちゃんが『ひそひそ』を飛ばしてきた。
≪二人とも聞くんじゃっ。その甲殻には特殊な効果が付いておるぞっ!!≫
ティーちゃんが情報を送ってくれた。
『特殊甲殻』センチピードが突然変異時に獲得した特別な甲殻。魔力、魔法効果、武器に付随する効果を無効化する。
これは…キャンセル効果か!!だから魔法と魔法効果が効かないのか…。
しかし…これは困った…。全くもって予想外の事態だ。全ての効果を伴う攻撃がキャンセルされては、打つ手がない。しかも硬すぎて歯が立たないし…。
≪ティーちゃん、モンスターが変異する時って甲殻とかにこんな特殊な効果付いたりするの?≫
≪今まで聞いた事も、見た事もないのぅ。これがはじめてじゃ≫
そうか…普通ではありえないという事か。そして今の状況は極めて危険だな…。
俺は退避を視野に入れていく。このまま攻撃し続けても、こっちの攻撃効果を無効化されてはそのうち力尽きてしまうだろう。
そうなったらセンチピードに喰われて終わりだ…。
龍神弓のエネルギーショットもキャンセルされるだろうし…。普通の矢で攻撃しても弾かれるだろう。冷静に考えて、やっぱりここはいったん退避だな。
「皆っ、いったん退避だっ!!もう一回作戦を練り直してリトライしようっ!!」
そう叫んだ俺に、ティーちゃんが激しく反対した。
「ダメじゃっ!!、アンソニーよっ、すぐ諦めて逃げてはいかんぞっ!!何か手を考えるんじゃっ!!さっきもお爺から逃げたじゃろっ!?これ以上、逃げたら信用を無くしてしまうぞっ!!」
その言葉に、俺はハッとした。
「スラティゴのギルドマスターはアンソニーが退治するのを期待しておるじゃろう?このまま逃げて帰っては村に誘導してしまいかねんぞっ!!ここで決着をつけるんじゃっ!!」
俺は目を閉じる。禅爺から逃げてここに来た手前、このまま帰ってダメでした、などとは言えない。もう二度と、依頼など回してもらえないだろう…。
…ティーちゃんの言う通りだ。このまま逃げるのはダメだ!!逃げる事が必要な時もある。けど、それでもやれるだけの事はやらないと。逃げるのは最後の手段だ。まだやれる事はある!!
俺は深く、息を吐いた。




