全宇宙時空警備隊長官。
俺がうちうじくうけえびいかたいの隊員に噛みついてやろうと振り返ったその時、体格の良い男がそこに立っていた。
その男は体長は百八十ほどで、先の二人の男達と同様、透き通るような白い肌だった。吊り上がった目尻と琥珀の瞳を持ち、シルバーのショートヘアの厳つい男だ。
ガッチリ体型で濃紺に黄色のラインの入った警備服を着ていた男は、部下を下がらせると、俺の額をガッと掴む。
「…ふむ。酔っぱらって暴れている犯罪者はコイツか?酔い覚ましに、少し俺が遊んでやろう…」
そう言うと男は、俺の頭を掴んだ右手に力を込める。
「…ぐわぁぁッ!!…いッ、イデッ、イデデデデデデッ!!オイッコラッ!!いきなり現れて何しやがんだっこのッ…アイアンクローかよッ!!」
俺はすぐに『虚』を使い、アイアンクローから逃れた後、神速で距離を取った。
「…くそッ、痛ってぇな!!少し酔いが覚めちまったじゃねーか!!」
「そりゃ良かったな、人間。お前がシラフになるまで叩きのめしてやる」
余りの頭の痛みに、俺は膝を付いたまま男を見上げる。
「…マジで痛ぇ…アンタがカンチ…いや、チョーカンってヤツか?大層な自信だな…?」
突然現れたチョーカンと俺が睨み合っている向こうで、焦っているクレアとティーちゃんとシーちゃんが見えた。
≪…あ、主…その男は…かなり危険ですぞ…≫
≪…姉さまもようやく思い出したかの…?≫
≪…あぁ、思い出した!!確か人間界における一万二千年前の大戦を完全終結させた男だったな…≫
≪そーでしゅ。両勢力の兵力を魔法で殲滅して人間の戦意を喪失させたんでしゅ…≫
≪そして八代前の魔皇の右腕にして、自らも魔王として魔界の地方を治め、数々の勇者、英雄を葬ってきた伝説の魔族、ゼルク様じゃ…≫
≪…確か引退後は、行方を暗ましたと聞いていたが…≫
クレアとティーちゃん達が話していると、いつの間にやら、リーちゃんも起きて合流していた。リーちゃんは眠そうに目を擦りながら二人に状況を確認していた。
≪…何かあったんですか?起きたらアンソニーのポケットの中に居ましたけど…≫
≪…リーよ、見るんじゃ。ゼルク長官が来ておる…≫
ティーちゃんに言われて、リーちゃんが長官を見る。
≪…あぁ、ゼルク様ですか…。何で全宇宙時空警備隊の長官がわざわざ来てるんですか?≫
≪…アンソニーが、転移協定に違反したんじゃ…。地球から本人の許諾なしで連れてきてしもうてのぅ…≫
≪…超長距離の転移はわたしの転移魔法でないと飛べませんよ…?まさか…?≫
≪そのまさかでしゅ。アンソニーはお酒に酔った勢いで『神幻門』を使って地球まで飛んだんでしゅ!!≫
≪リーがアンソニーのポケットの中にいたのは、何かあった時の保険として連れて行ったからなんじゃろう…≫
≪今は泥酔して暴れてる最中でしゅ…≫
それを聞いたリーちゃんは改めて、ゼルク長官を見る。
≪一度、叩きのめして貰えばいいクスリになるんじゃないですか?≫
≪それもあるんじゃが、転移協定違反の方もあるんじゃ。このまま暴れておると刑期が伸びるどころか終身刑、極刑もありうる…≫
≪…ハァ、フラムの教育にも良くないし、困ったもんですねぇ…≫
そう言いつつリーちゃんは、クレアに抱っこされたフラムを見る。フラムは時空警護隊長官と俺を見て遊んでいると思ったのか、相変わらずケラケラと笑っていた。
ウィルザー、ブラント、禅師、テンダー卿、ロメリックもいきなり現れた男達に戸惑っていた。
クレアと妖精族三体が話している中、俺とチョーカンは睨み合ったまま対峙していた。
俺とチョーカンが対峙する一方で、ウィルザーが二人の警備隊員に近づく。
「…王国のハンターが暴れて済まなかった。怪我はこちらで回復させよう」
ウィルザーがブラントに目配せする。頷いたブラントは、二人の怪我の状態を見て、ヒーリングの魔法を施した。
「…ところで君達に聞きたいんだが、どこから来た?そしてホワイトは…逮捕すると言っていたがヤツは何をやったのだ?」
ウィルザーの質問に、男二人は視線を合わせている。話していいものかどうか迷っているようだった。
「…大変申し訳ない…この星の市井人には話せない事項なので…」
上司の男の言葉に、ウィルザーが自らの来歴を話す。
「わたしはこの星の者ではない。召喚された者だ。ホワイトと同じ地球からの召喚者なんだ」
その言葉に再び男達は目を見合わせる。部下の男が懐からスマホの様なものを取り出し、「失礼します」と言うとウィルザーの顔を取り込み、映像から人物照会をした。
「…レイソル・ウィルザー。…子爵家の三男として在籍。確かに、地球からの召喚者の様ですが…何故、子爵家の三男に…?」
その言葉にウィルザーが答える。
「…その辺りは少し事情があってね。あまり詳しくは話せないんだが…」
そう言いつつ、ブラントを見るウィルザー。
「ブラント、済まないが少し席を外してくれ…」
「…解りました」
すぐにブラントはその場から離れて、ロメリックとテンダー卿のいる場所まで下がる。それを確認した男二人は、今回の件について話を始めた。
「…今回、ホワイトはこの星から地球まで転移をしたのですが、それ自体は何の問題もないのです。問題は『無許可で現地人を連れて来た』という所にあるのです…」
「…それのどこが問題になるのだ?確かに、ホワイトは強制的に地球人を連れてきているが、召喚とて同じ事だろう?…それなら何故、教皇領の者達は罰せられないのだ?」
ウィルザーの言葉に、至極最もな質問であると二人の男が頷く。そして上司の男が答えた。
「…その通りです。今回の件は召喚と同じ様なケースになりますが、教皇領の『召喚』についてはその都度、関わった者すべてが消えています。結局、召喚に関する捜査については毎回、コールドケース(未解決事件)としてお蔵入りになっているのです…」
上司が話を続ける。
「…我々、時空警備隊は全宇宙艦隊から警備網を張って、転移する者、召喚する者達を逐一、調査しています。そして違反者がいれば追跡し拘束し調査を行います」
後を継いで部下の男が話を続ける。
「今回の件に関しては、本人がそれを知っていたかどうかというのも刑の軽重に関わってきますが、事実として無許可で現地人を連れて来たという事が明白であり、『全宇宙連邦、転移・召喚に関する協定事項』に抵触するのです…」
続けて上司の男が説明をする。
「この協定事項には幾つかの規定がありますが…一つ、現地の歴史、未来を変えるような行動はしてはならない。二つ、みだりに現地人を無許可で召喚、転移させてはならない…などがあります。今回は本人が知ってか知らずか、堂々と何度となく転移し、現地人を連れてきています。そして『転移』を見られています。地球に『転移』が一般に浸透するのは二十三世紀後半からなのです。この点についても罪を問われる可能性があるでしょう。しかし…あれだけ泥酔して暴れていると公務執行妨害の罪まで付きます。一番の問題はアレでしょうね…」
その説明に、考え込むウィルザー。しばらくして誰に言うでもなく静かに呟く。
「…とにかく、アレを…暴れているのを止めなければ困った事になるな…」
その言葉に二人の男も、頷いていた。
◇
チョーカンからどんな攻撃が来ても対処出来るように、俺はネコ足立ちで構えていた。暫く睨み合っていたが、未だにチョーカンのスキルは視えない…。
いつもならとっくに視えているはずなんだが…。
考えていると突然、目の前からチョーカンの姿が消えた。次の瞬間、俺の背後に姿を現す。
…速い!!そう思って振り返ったが、背後に立つチョーカンを見て、しまった!!と思った。俺はすぐに前に向き直ると、すぐに前面に闘気を張る。
しかし既にチョーカンは目の前で拳を構えていた。
「…くそッ、幻影かよッ…!!」
未だにチョーカンの能力は見えていない。ここからどんなスキルが飛び出して来るか分からない。俺は瞬時に、防御から攻撃に切り替えて衝撃を相殺しようと闘気ハンドを繰り出す。
しかしチョーカンの攻撃が一瞬、速かった。闘気ハンドが粉砕される事はなかったが、拳圧の衝撃で俺は後ろに吹っ飛んだ。
「くっ…!!」
俺は吹っ飛ばされた先で、尻もちを付いていた。…くそっ、やられた!!幻影なんか使いやがって…。しかし、何故ゾーン・エクストリームが発動しなかった…?攻撃意思があればその瞬間、チョーカンの動きは極端に遅くなるはずだ…。
…この男、何者なんだ…?
「…お前、泥酔してる癖によく気が付いたな。何故幻影だと分かった?」
「…気配がなかったからな、すぐに解かったぜ。さっきのが転移だったとしても転移を使う俺ならすぐ気が付く…」
俺は身体を起こしつつ、膝を付いて言い放った。
「俺はよォ、呑めば呑むほど強くなるッ!!今度はこっちから行くぜッ!!」
俺には地面に展開されているチョーカンのスキル範囲が見えていた。未だにスキル自体は見えなかったが、恐らく範囲内で何らかの作用を起こす、というものだろう。
そう予想した俺は、身体を起こしつつ、『跳躍』を前面に使い突進する。
「喰らえッ!!斬〇拳ッ!!」
余裕で笑っていたチョーカンはその瞬間、顔色を変えた。俺は右掌底で、左肘打ちを固定し、突進しつつ打込む。
恐らく空間内で俺の動きを制御出来るスキルであろう事を予測し、スキル『すり抜け』を使って、あのキャラの技を繰り出した。
「…空間掌握、障壁!!…くッ、コイツッッ…!!」
俺の突進肘打ち攻撃を、当たる間際で止めようとしたチョーカンだったが、全てのスキルをすり抜けるこっちの攻撃は止められなかった。
チョーカンは直接、俺の攻撃を腕で防御する。瞬間、チョーカンは衝撃で数メートル後退したが倒れる事は無かった。
このオッサン…いや、オッサンの俺がオッサンていうのも変なんだが、とにかくこのチョーカンと言う男は只者では無いようだ…。
俺はチョーカンと対峙したまま、クレアとティーちゃん達の話を思い出した。
伝説の魔族、ゼルク…だったか…?
俺は思わず、フッと笑ってしまった。
「…伝説か何か知らねーけどよォ…俺はゼ〇ダの伝説は知ってるけどゼルクの伝説なんて知らねーわッ!!」
そう言いつつ、今度も俺は先手で動く。膝のバネを使い…と言うか今回も『跳躍』を前に使いつつ、突進しながら拳を繰り出した。
「…行くぜ!!バーンナッ〇ルッ!!」
今度はアニキの方の技を使う。しかし当たる寸前で違和感に襲われた。確かに突進で接近していたはずだったが俺は元の場所に戻っていた。
…あれっ?何で戻ってる…?考える暇もなく、接近していたチョーカンの上段蹴りが俺を襲う。
…クソッ、どうなってる?
俺は慌てて左腕で防御態勢を取りつつ『朧』を発動した。しかし、何故か解らなかったがチョーカンの蹴りは俺の左腕にヒットした。
俺はそのまま吹っ飛ばされて、地面を転がる。すぐに立ち上がろうとした瞬間、チョーカンのサッカーボールキックが俺の左側頭部を襲う。
俺はすぐに地面で這ったまま、闘気を纏い三度『跳躍』を前に使う。チョーカンの蹴りが、俺の頭を蹴り上げる前に、俺の頭突きがチョーカンの腹に炸裂した。
今度はチョーカンが吹っ飛んでいく。
「…グフッ!!このッ、クソ〇キがァッ…!!」
俺は頭部を蹴られる寸前、チョーカンの足を見て、何故『朧』が強制解除されたかようやく解った。




