俺の最大奥義。
禅爺によって電撃自体を弾かれてしまった俺は、打つ手を失くして焦った。こんな爺さんにどうやって勝つんだよ…。
何とか必死に考える俺の前で、禅爺が笑う。
「ホホホッ、その腰に付けておるタガーを使ってもよいぞ?」
…いやいや、これは刃が付いてるから…。そう言おうとして、訓練場の壁に練習用の木小剣があるのを見つけた。
「…ちょっと、そこの人。それ二本取ってもらえます?」
「…ぁ、あぁ…いいぜ…」
ギャラリー全員が静まり返っていた。余りのスピードと激しさに声が出ない様だ。俺は木小剣を二本、受取ると構えた。
「次は俺から行かせて貰いますよ!!」
「良いぞ、来い。若いの!!」
神速で一気に三方向から接近する。禅爺は動かず、眼だけを動かして俺の動きを追っている。…どういう動体視力してんだか、この爺さん…。
更に、もう一段階、神速のスピードを上げてタガースキル、『ストームラッシュ』を使い、一気に攻撃を仕掛ける。両手に持った木小剣で、とにかくひたすら切り付けていく。
しかしこのジジイ、三方向からの乱撃を、顔色変えずに素手で捌いてやがる。こっちもマジでやらんとシャレにならんな…。
流石、元Sランクって言うだけはあるわ…。
俺は更に、圧力を強める為に神速のスピードを上げた。
「…ほうっ、まだ早くなるか、面白いのォッ!!」
…俺は全然面白くない!!
更に速度を上げた後、ストームラッシュの圧力を強める。スピードを上げて三方向から、一気にストームラッシュで圧力を掛けた。
「…くッ、やるのぅ、若いのッ!!じゃが甘いわッ!!」
叫んだお爺が、俺の攻撃を凌いだ合間に下段蹴りを繰り出してくる。俺はすぐに、バックステップで退避。しゃがんで範囲攻撃をセットして誘い込む。
躊躇してる場合じゃないので、範囲でパラライズボルト、更にプラズマバインドをセットして時間差で発動させた。
連続で攻撃して動きが乱れれば、こっちにも攻撃のチャンスは出来る。そう考えたが、禅爺はセットした全ての範囲攻撃の中を素早く躱し、移動して急接近してきた。
こりゃ、厄介な爺さんだ…。
「こざかしい攻撃じゃのぅ…」
そう言われても、それが俺の…というかゲーム内での戦闘スタイルだったんだからしょうがないじゃん…。
「お主、スピードは中々のモノじゃが攻撃が単調過ぎるぞぃ、すぐに読めるわ!!」
そんな事言われてもなぁ…。こっちはゲームのスキルをトレースしただけの素人だ。
「中々楽しめたがそろそろ終わりにさせて貰おうかのぅ…」
その言葉に俺は焦りが募る。龍神弓を使うわけにもいかんし…。本気で殴るとどうなるか分からんし…。さぁ、どうするか…。そんな事を考えている俺の前で、お爺が肩をグルグル回しながら言い放つ。
「ワシの持っておる、最大奥義を見せてやろう、出すのは何年振りかのう、ホホホッ!!」
その瞬間、ギャラリーが沸く。
「おおおっ!!幻の技だ!!」
「凄いもんのが見れるぞ!!」
「あの兄ちゃん、大丈夫か?」
俺はすぐに避けられるように構える。目の前で禅爺が大きく足を踏ん張り、腰を落として構えた。身体の周りに、凄まじいオーラが集まっていく。
禅爺は気合を吐くと両掌を開いて手首で合わせ、さも獅子が咆哮しているかのように素早く前に突き出した。そして叫ぶ。
「『獅子咆撃弾ッッ!!』」
…はw?俺はそれを見て思わず笑ってしまった。波〇拳w?カ〇ハメ波w?…しかし、俺の中ですぐに笑いが消えた…。
…マジで気弾を出しやがった!!このジジイッ!!
しかも獅子が咆哮しているのを模したようなドデカい気弾だ。猛〇〇歩拳かよォォッ!!俺を目掛けて一気に気弾が飛んできた。
…訓練所、ッていうかこの爺さんッギルド壊す気かッ…!!
しかし、直線で来る攻撃だから避けるのは簡単だ。…けど、このジジイの技だ、最大奥義って言うくらいだから、絶対なんかあるなと思ってたら、やっぱりあったよ…。
厄介な事に、避けた後に気弾が俺を追尾してきやがった!!
俺は神速で逃げつつ一瞬、周りを確認する。そして訓練所の隅にある訓練用木人形の前に神速を使って移動した。
申し訳ないがギャラリーに被害が出ない様に木人形に犠牲になって貰う為だ。
俺は人形に一瞬、触れると中範囲を設定する。その後、龍眼で気弾を観察する。視る限り、気弾には属性は見えない。無属性だ。
すぐに俺は、プラズマバインドを木人形に設置した。気弾が最接近した直後に、プラズマで気弾を捕らえて爆発させる事にした。これなら範囲内だけで爆発するから、周りに被害は出ないだろう…。
多分だけど…。
着弾、直前。ギリギリで神速を使って気弾を回避する。同時にプラズマバインドを発動させた。木人形に設置したプラズマが、気弾を捕らえた次の瞬間―。
ドゴオオオォォォォォーンッ!!
木人形が、大きな音と共に範囲内で爆散した。発動後に範囲は解除されたので、もくもくと粉塵と木の破片が飛び散っていく。ギャラリーからは俺が爆散したように見えたかもしれない。
粉塵が晴れた後に、俺が無傷で立っているのを見たギャラリーから拍手喝采が湧いた。
「おおっ、スゲェ」
「あんなもん、どうやって避けたんだ」
ギャラリーはかなり驚いていたが、俺はあんまり嬉しくなかった…。なんか奇術師のショーの様な気分になったからね…。
しかし、まったくもってとんでもない爺さんだ…。ギャラリーに被害が出たらどうするんだよ…。
しかも、あの威力だと確実にギルドの壁、破壊してたぞ…。
…仕方ないな。俺は覚悟を決めた。やりたくはないが、やるしかない。
「…禅さん、アンタはマジで凄い人だよ。正直驚いた…。その強さに敬意を表しますよ」
「ふん、そんな世辞はどうでも良い。お主、咆撃弾からよく逃れる事が出来たのぅ…?どうやった…?」
お爺の言葉を無視したまま、俺は気合を入れなおして言い放った。
「アンタの奥義を見せて貰ったから、俺も最大奥義を見せますよ…」
「…ほぅ…、それは楽しみじゃのぅ…」
≪おっ、アンソニーよ、やっとやる気になったかの?≫
俺はチラッとティーちゃんの方を見る。
「…禅さん…もう俺はアンタを老人扱いはしない。死んでも恨み節は言わんで下さいよ?」
「ホホホッ、ますます楽しみじゃのう。さぁ、全力で掛かって来いッ!!」
俺は、訓練所の真ん中で、構え無しで立つと、深く呼吸を吸う。
既に、先程の粉塵の中で、セットは終わっていた。飛び散った粉塵も、利用させて貰う。
後は発動するだけだ。
俺は大きく息を吐いた。
「コオオオォォォォォォォッ…!!」
そして俺は魂を燃やすかのように叫んだ。
「…オォォォォッ、震えるぞッ魂ッ!!爆発する程ヒートォォッ!!これで終わりだァァーッッッ!!」
俺は叫びながら出来るだけ力強く、設定した範囲の真ん中に拳を振り下ろした。
―瞬間。
大範囲で『暴風雷塵』が発動した。暴風と粉塵に混ざり、稲妻が走る。激しい暴風と粉塵と稲妻が禅爺とギャラリーの視界を完全に遮った。
数分後、ようやく粉塵が静まり、視界を取り戻す禅師とギャラリー。
「…くッ、中々の凄まじいスキルじゃのう…。この隙に隠れたか…どこから来る?いつでも来いッ、良いぞッ?」
姿の消えた男に、ギャラリー達も騒然としていた。
「…あの兄さん、消えたぞ?隠れたのか?」
「逃げて避けるばっかりのヤツかと思ってたら、あの兄ちゃん結構凄い奥義持ってたんだな…」
しかし、ギャラリーがざわつく中、先程までそこにいたAランクの少女は姿を消していた。スキル、暴風雷塵が晴れた瞬間、慌てた様に少女はすぐにギャラリーから抜けてギルドの外に出る。
きょろきょろと周りを見渡して呟く少女。
「…まだそんなに遠くに行ってるはずはないと思うけど…」
焦る少女。
「…オジサァーンッ、待ってよォォ~ッ!!わたしも同じ依頼受けてるのよォーッ!!」
叫びながら、少女は街を西の方へ走って行った。
訓練所内では、固唾を飲んで様子を窺うギャラリーの中、禅師が構えを解いた。グレン達から消えるスキルの事を聞いていたので隠れていると警戒していたが…。
しかし、いつまで経っても現れなかった。気配を全く感じない事に気付いた禅師は、ふうッと大きく息を吐くと叫んだ。
「…アイツッッ!!逃げよったなァァッッッ!!」
禅師の怒号と共に、訓練所のギャラリー達から一瞬にして爆笑の嵐が巻き起こった。
「オイオイ、あの兄さん、逃げたんか(笑)?」
「よくやった方だけど、さすがに先生には勝てなかったな(笑)!!」
「いやいや、あれだけ盛り上げといて逃げるんかいッ(笑)!!」
「あの兄ちゃん、なんかおもろいな(笑)」
笑いと共に、様々に言い合うギャラリー達。その中でしかめっ面をした禅師が周りのハンターや冒険者に問い質す。
「…お主ら、アイツが逃げる所が見えたか…?」
その質問に戸惑うハンターと冒険者達。
「そこに座っていたヤツの二人の子供は何処に消えた…?」
聞かれたハンター、冒険者達は口々に言い合う。
「そういや、どうやって逃げたんだ?」
「これだけの人数がいる中で…」
「暴風で視界を遮られていたとはいえ、気配も感じさせずに逃げるなんてな…」
「二人の子供もいつの間にか消えてるし…」
言い合うギャラリーの中、難しい顔を見せる禅師。
(消えるスキルを使って逃げたか…しかし気配まで消すとはな…)
考え込む禅師に、受付のギルド職員が声を掛ける。
「マスター、先程アイリスさんが来てましたよ?何でも今朝方、赤色依頼を受けたとか言ってましたが…恐らくセンチピード退治の事かと…」
「…で、オオヤマルはどこにおる…?」
「ホワイトさんも同じ依頼を受けようとしている事を伝えたら、先程ギルドを飛び出していきました…。本部からの伝書連絡だと、許可を得る前にアイリスさんが赤色依頼の紙を持ってギルド本部から飛び出したそうで…」
「なんじゃとッ!!オオヤマルのヤツ、また見切り発車しおって。あやつめ!!依頼の内容をよく読んでおらんな!!森の中で火炎系魔導師がどう闘うんじゃ…!!」
(…今回はホワイトもおるから、大丈夫じゃろうが…しかし逃げたのを考えると…不安を感じるのぅ…)
少し考えた後に、禅師が指示を出していく。
「西門で検問を実施じゃ。見つけ次第、ホワイトとオオヤマルを止めろ!!それから、王都に伝書鳩を飛ばしてセンチピード討伐隊の要請じゃ!!別で王宮にも伝書鳩を飛ばせ。ワシから王に伝える事があるでな…」
禅師の指示のもと、忙しなく動き出すギルド職員達。街の人達はパラパラと仕事に戻って行った。
◇
俺は足早に、街中を歩いて行く。途中チラッと商店が見えたので、そこで美味しそうな果物を数個買っておいた。
リーちゃんを肩に乗せて足早に歩く俺に、ちょこちょこと必死に付いてくる二人のちびっこ。
「アンソニーよ、あれで良いんかのぅ?」
「そうでしゅ、なんか不完全燃焼みたいでモヤモヤするでしゅよ…」
足早に街を西に歩きながら、俺は二人に言った。
「…いいの、いいの。あれ以上やっても意味ないと思うよ?俺は。お爺の奥義っぽいのも見れたし、かなり訓練になったから、アレくらいで良いよ…」
俺は爆散した木人形の粉塵に紛れて大範囲を設定、木人形の粉砕された粉塵を利用して暴風雷塵を発動させた。
ポイントはこちらの意図を読まれない様に、出来るだけ必殺技を放つかのように見せる事だ。
ちなみに俺は最大奥義なんて持ってない。
敢えて言うなら『逃げ足だけは速い』だなw!!
俺は、好きな漫画のセリフを少し変えて、如何にもな感じで訓練所の床に拳を当てた。暴風雷塵を発動させてからすぐに『大気光象』を使い、更に合わせて『サイレントウォーク』で足音と気配を消す。訓練所の壁際にある階段を上って、ギルドマスターの部屋に入った後、窓から飛び降りた。
俺は覚悟を決めて、さっさと逃げる事にした。正直めんどくさくなってきたからですw
街の西門に到着。俺が許可証を衛兵に返そうとしたら、…アッ、と言う顔をされたので、先程商店で買っておいたフルーツをさっと渡した。
「お仕事ご苦労様です!!皆さんで食べて下さいな…」
そう言って、許可証と一緒に強引に渡しといた。
「…あ、ああ、すまんな…。アンタも気を付けて行けよ…?」
「はい、ありがとうございます。それでは出発します!!」
そう言いつつ、俺は敬礼して三体と一緒にさっさと街の外へ出た。