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エージェント13。

 エニルディン王国からのスパイ、エージェント13と話した後、エミルが今後の事を考えていると外が騒がしくなってきた。


 エージェント13が窓からそっと外を覗く。家の外では、武装した修道兵達がこの家を囲みつつあった。


「…ふむ。キミ、尾行されていたね?そろそろ僕も危なくなってきたかな…」


 そう言うと男はエミルを見て質問する。


「…僕はこのままここから逃げるつもりだが…キミはどうする?未依里を連れ戻す云々よりも先にこの状況を脱した方が良いかと思うがね」

「…じゃあ、わたしを転移させてくれるって事でいいのね?」


 その言葉に、男は不敵に笑うと、堂々と言い放った。


「僕はそんな便利能力なんか持ってない!!」

「じゃあ、どうやってここから逃げるのよ?ていうかあなたここまでどうやって来たのよ?」


 エミルの言葉に男は特段、焦る様子もなく食べていたスナック菓子をアイテムボックスに入れる。


「キミは逃げる時どうする?」

「…強行突破して…走って逃げる…。わたしにはそれしか出来ない…」

「うん、正解!!それでいいんだよ。僕もそれしか出来ないからね」


 男の言葉に、呆れるエミル。


「…あなたねぇ、何言ってるのよ?外を武装兵が囲んでるのよ?そこを強行突破して走って国境線までたどり着いても帝国領を歩くか海に出るしか王国に帰る道はないわよ?しかもそこまで武装兵を撒いて辿り着けるかどうかもわからないのに…」


 呆れてモノが言えないと言った感じで溜息を吐くエミル。そんなエミルに男が言う。


「僕は別に地面を歩くとは言ってないけどね」

「…地面を歩かないでどこ歩くのよ?もしかして海の上を歩くとか?」

「…海か。悪くないけど、僕が海の上を歩くと災害が起きちゃうからね」


 男の言葉に、エミルは少し考えた後、無言で上を指さした。


「…正解!!さぁ、どうする?まだキミから返事を聞いてないけど、こんな良いタイミング次はないと思うよ?僕に付いて来るって事で良いかな?」


 少し考えたエミルは覚悟を決めた。


「あなたに着いて行くわ。空を歩くって言うのが不安だけど…。信じてるからね?失望させないでよ?」

「あぁ、大丈夫だ。ちょっと準備するから待っててくれ」


 そう言うと男は奥に設置してあった棚を開ける。


「この貧乏くさい服からもやっとおさらば出来るな…」


 そう言いつつ、男は修道服を脱ぎ捨てる。その下にはだぼだぼの黒字のVネックロングTシャツとブラウンカラーのボロボロダメージバギーパンツを身に付けていた。


「…あんまりさっきと変わらないと思うけど…。所であなた装備無しでどうやって強行突破するのよ?」


 エミルの言葉に、男は棚の奥に隠してあった教皇領での調査書を全部アイテムボックスに放り込みつつ、答えた。


「…あぁ、僕には装備なんか必要ないんだよ。見てれば解かる。さ、行くか」


 そう言うと男はドアを開けて外に出る。エミルもその後に続いた。


「…大人しく掴まるか、ここで死ぬか選びなさい。まぁどちらにせよスパイは極刑だがね…。エミルはこちらに来なさい」


 大司教を筆頭に武装修道兵約三百人が家屋と二人を取り囲んでいた。


「僕は拒否するね。キミも何か言って上げたらどう?」


 そう言われてエミルは、ハッキリと答えた。


「わたしは未依里を迎えに行きます。ここにはもう戻りません。教皇様によろしくお伝えください」


 エミルの言葉に大司教が怒り露に声を上げる。


「教皇様に恩を受けながら勝手な事は許さぬ!!エミルよ、今帰って来ぬと取り返しがつかぬことになるぞ?独房行は確実、それでも良いのかッ!!」


 大司教の言葉に、怯むことなく言い返すエミル。


「大きな声で恫喝すれば帰ってくるとでも思いましたか?大司教様ともあろうお方がこれ程までに浅慮(せんりょ)とは。わたしはそちらには絶対に帰りません」


 エミルの言葉に顔を真っ赤にして震える大司教。この小娘がッ…と呟きつつ大司教が修道兵に号令を掛ける。


「…良い、許可する!!男は殺せッ!!エミルは生かして捕えろッ!!まだまだ使い道はあるからな!!」


 その言葉に、男が肩を竦める。


「…オイオイ、僕だけ殺すって。コレって男女差別じゃないかな?まぁ最も、僕は掴まりはしないし、殺されもしないけどね」


 そう言うと男はエミルを振り返り、「もう少し僕の傍に寄って」と言うと、すぐに正面に向き直る。そして静かにスキルワードを口に出した。


「『グラビティマニピレイト(重力操作)!!』」


 その瞬間、凄まじい地鳴りと共に周りを取り囲んでいた大司教と修道兵達が周辺の家屋ごと見えない圧力によってメキメキと潰れていく。


 大司教と修道兵達は膝を付き、立ち上がる事すら出来ず、地面にメリメリとめり込んでいく。その様を見たエミルは絶句した。


「…これって…重力を操ってるって事…?」

「そう言う事。ね、見たろ?僕には剣も防具も必要ないんだよ」


 そう言うと男は、地面にめり込んで気絶した大司教達に挨拶をする。


「…ではごきげんよう。僕達はもう行きますので…って聞こえていないか…」


 そう言いつつ、宙に浮いて行く男。そしてエミルも続いて宙に浮いていく。百メートルほど浮いた所で、男はエミルに指示を出す。


「重力がないと移動が速いからね?僕から離れない事。離れると下まで真っ逆さまだから。下を見ずに真直ぐ僕に付いて来て」


 そう言うと王国の方角を確認して、スケート選手のように滑り出す男。それを見てエミルも、慌てて男から離れない様に同じ様に空を滑っていく。


 教皇領の去り際に、下をチラッと見るエミル。下では大司教達を救助する修道士達が駆け回っていた…。



 俺が草の上に座り込み、空を見上げてまったりしていると目の前の空間に突然、光の裂け目が出来た。激しい光と共に、その中からフラムが飛び出してきた。俺は慌ててフラムを抱き止める。


「…おかえり、フラム。随分遅かったな?どこかで遊んでたのか?」

「あうーっ、あぅあぅっ!!」


 どうやら教皇領でだいぶ遊んできたようだ…。

 

「あぅ、あぅぅー、あぅ、あぁう、あぅぁー、あぅ(ひと、いた、いっぱい、おっかけっこ、かくれんぼした)」


 余程楽しかったのか、フラムは笑顔で話している。そして胡坐(あぐら)をかいている俺の上に立つ。

挿絵(By みてみん)

「あうぅ、あぅっ(記憶、みた)」

「…ん?記憶?誰の記憶を見たんだ…?」


 俺が聞くと、フラムは少し背伸びをして、俺の額を手でぺちっと触る。すると、光と共に俺の頭の中に一気に記憶が流れ込んで来た、


 これはっ!!…全ての記憶を読み込んた時、それがエミルの記憶だと分かった。俺はすぐにフラムのスキル欄を視る。やはり『リーディングメモリー』という新しいスキルを覚えていた…。


 スキル説明文を読んでみる。


『リーディングメモリー』他人に触れる事で、その人の記憶を読み込む事が出来る。読み込んだ記憶を、他人と共有する事も可能。青色スキル。


 となっていた。


 俺はエミルの記憶を見て、どうするかを考えながらフラムを草の上に下ろしてやる。


「みんな心配してたから帰ってきたよーって言っておいで…」


 そう言うとフラムはすぐに未依里を見つけて、テテテッと皆の方へ走って行った。


「あぅあぅー!!(かえってきたよー!!) 」

「フラム、お帰りじゃ」

「おかりでしゅ」

「…あぁぁ、良かった。あなた、てんいスキルもってたのね」


 元気に戻ってきたフラムを見て、みんな喜んでいた。未依里もフラムが戻ってきたので一安心のようだ。そんな未依里に、フラムが何やら話し掛ける。


「あぅあぅ、あぅ、あぅぁ、あぅぅ、あぅっ(おいでおいで、した、姉さん、かえる、きっと)」

「…エミルおねぇちゃんに帰ってくるようにいってくれたの…?」

「あぅっ(うん)」

「…ありがとう」


 二人の会話を聞いた皆は、エミルが戻ってくる可能性を考えて再び、警戒をする。


 フラムは皆に帰ってきた報告をすると、俺の所に走って戻ってきた。俺は座ったまま、フラムを抱っこして座らせる。


「あのお姉ちゃん、帰って来るかな?」

「あぅあぅ、あぅ、あぅぁ、あぅっ(おいでおいでした、かえる)」

「じゃあのんびり待つか…」


 そう言いつつ俺は再び空を見上げる。フラムは鞄から、幸せターンを出してポリポリと食べはじめた。


 お菓子を食べるフラムに雲を指差して見せながら、あれは人の顔みたい、あれはパンみたいだな、と話してやると雲を見てケラケラ笑う。


 周りの皆は、エミルがどこから現れるか解らないので警戒をしていた。


 そんな時、フラムが雲を指差して、「あぅあぅ」と俺を呼ぶ。俺はフラムが指差す方を見た。


 空の彼方、雲と雲の間に黒い点が見えた。それが徐々に大きくなってくる。フラムを見ると『バードアイ』の望遠機能を使って見ている。


 俺もバードアイを発動させて空を見上げた。そしてそれを見た瞬間、驚いた。


 「…オイオイ、マジかよ…?嘘だろ…?」


 俺はその黒い点の正体に驚いて、フラムを抱いたまま立ち上がる。俺が空を見上げて、突然立ち上がったので、皆も同じ様に空を見る。


「どうした?ホワイトよ、何かあったかの…?」


 禅爺に聞かれて俺は空を指差した。フラムは「あぅあぅ」と未依里を呼ぶと

空を指差す。

 

「あぅっ、あぅあぅ、あぅ(おそら、とんでる、きた)」

「…えっ?どこ?おそらのあの黒いの?」


 未依里はフラムの指さす方を見ている。エミルは転移で帰ってくるだろうと思い込んでいた俺達は、一様に驚いていた。


 皆の中でもかなり目が良い禅爺とロメリックは早くもそれが誰なのか気付いたようだ。


「先生、どうしましたか?何ですか、あれは…?」


 ブラントも空を見上げているがいまいち解らないようだ。そんな中、ウィルザー、クレア、ティーちゃん、シーちゃんは禅爺たちと同じくそれが誰であるか分かったようだ。


「…アイツ…帰ってきたという事は何かあったな…?」


 ウィルザーは空を歩いている二人の人間を見て、それが王国に所属するある能力者だという事に気付いた。俺は余りにも想像を超えたエミルの帰還に、度肝を抜かれた。


「…まさか…冗談だろ?教皇領にあんな能力者いたのかよ…?」

「…いや、アレはこの王国所属のエージェントだ。菓子ばっかり食ってるふざけたヤツなんだが能力は確かなんだ…」


 ウィルザーの言葉に、ブラントも気付いたようだ。


「13(サーティーン)ですか…。エミルを連れて戻ってきたと言う事は何かありましたかね…?」


 俺は酒が回っていたがバードアイを発動させたまま、空を見上げて混乱する頭の中を整理する。


「…スパイの能力者が、エミルを連れて空を歩いて…戻ってきた…か。あり得ねぇ…」


 天空から登場するマンガみたいなヤツなんて初めて見たわ…。


 俺達が空を見上げている中、透明のエレベーターに乗っている様にエミルがスーッと、一人だけ降りて来た…。


「…オイッ、13(サーティーン)オマエも下りて来いッ…!!」


 ウィルザーに呼ばれた男は、エミルだけを下ろすと、そのまま呼びかけを無視して、王都方面へと空を滑るように去って行った。


「…あ、アイツ…俺を無視して行きやがった…!!」

「…まぁまぁ、彼はいつもあんな感じだから今更でしょう」


 ブラントの言葉に、肩を竦めて溜息を吐くウィルザー。戻ってくるのを待っていた皆の前で、地上に降り立ったエミルが全員を見回して言う。


「…彼、この中に一人、凄く嫌いなヤツがいるからすぐ王都に帰るって言ってたわよ?」


 その言葉に、それぞれを見るウィルザー、ブラント、禅師、テンダー卿、ロメリック。しかし、それが誰の事を差しているのかを知っていた者は、敢えてウィルザーを見る事をしなかった…。


「おねぇちゃん!!」


 戻ってきたエミルに駆け寄り、抱き付く未依里。そんな未依里をそっと抱いてやるエミル。その後ろから、チャビーとアイちゃんも集まってくる。


「…ただいま、未依里。置いて行ってごめんね…」


 エミルは未依里に謝ると、今後の事を話し始めた。



 皆が見守る中、未依里に話をするエミル。


「…未依里。わたしも教皇領には帰らない。これからどこに行くか決めてないけど…これまで通り一緒に生活しよう。何とかして未依里が大きくなるまでわたしが働くから…」

「エミルおねぇちゃんがそれで良いならわたしもそれで良いよ」


 未依里の言葉に、うんうんと頷くエミル。しかしその表情は暗い。


「…ごめん、未依里…お母さんの事なんだけど…叶えてあげられそうにない…ほんとにごめん…」


 エミルの言葉に、未依里が首を横に振る。


「…うぅん、ママの事はいいの…。こっちのせかいにくる前に、おじさんとおばさんが話してたから…ママがもどってこないの…しってる…」


 未依里が続けて話す。


「きょうこうりょうの人たちは、がんばればママがもどってくるって言ってたけど、あれはうそだとおもう。だって、わるいことばっかりさせようとしてたもん…」


 エミルがそんな未依里をギュッと抱きしめてやる。その様子を見て、禅爺とクレアが何故か鼻を啜りながら泣いていた…。


 何で…w?


 エミルは未依里の頭を撫でながら、静かに呟く。


「…ただ、未依里、ごめん。一つだけ…わたしには、一つだけやらなければいけないことがあるの…」


 そう言うとエミルは強い眼差しで俺を見た。

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