フラムちゃんとあそぼう。
俺達はチャビーと未依里の今後の事を話しあった後、フラムが帰ってくるのを待つ事にした。
恐らくフラムが転移で帰ってくれば、エミルも戻ってくるだろう。未依里をこのまま放ってはおけないだろうからな…。
アルギスの仇討ち、スキル奪還、そして未依里の事を考えれば、今すぐではなくとも再び態勢を整えて来る事も考えられる。
という事で、俺は皆に少し隠れて見ててくれと頼む。
「…ん?何でじゃ?」
ティーちゃんにどうしてかと聞かれたが。勿論、現在進行形で酒を呑んでいるのがバレると困るからだ。
今は籠手から風を出して呼気を上に逃がしているが、この子達は勘が良い。
離れて貰わないとすぐバレそうな気がするんだよなw
取り敢えず、適当な理由を話して置く。
「…皆で待ち構えていたら、ここまで来ても警戒して遮蔽を解除しないかもしれないからね。俺一人で待ってた方が良いと思うんだよ…」
「いや、もう既にこれだけ人が集まっているのを見ているのだ。今更、警戒するようなヤツではないだろう?」
ウィルザーが言うと、テンダー卿も続いて見解を話す。
「フラムちゃんが帰ってくるとして、エミルが再びこの国に転移で来る、と言うのは教皇領側が警戒して許可しないのではないかと思いますが…」
「まぁ、普通はそうでしょうね。しかし今回、エミルは未依里ちゃんを置いて行ってます。それならば何とかしてまた戻って来るかと思いますよ?」
テンダー卿の言葉に、ブラントが私見を述べる。ロメリックは一人、苦渋の表情でだんまりのままだ。
「…まぁ、フラムが戻るまで取り敢えず離れていて下さい…」
俺がそう言うと皆、渋々と言った感じで離れる。
俺は広い草原の中、胡坐をかいて座る。アイテムボックスから例の木製水筒を取り出して、少しづつ吞んでフラムを待つ。
俺は空を見上げる。もう陽がかなり上ってきていた。真っ青な空に雲がまばらに見える。風が穏やかで爽やかな朝だ。
こんな日は、皆でピクニックにでも行きたいもんだ…。そんな事を考えつつ、俺はフラムが帰ってくるのを待っていた。
◇
教皇領。エレボロス教、総本山―。
エレボロス教皇領は教皇を頂点として、領地を治めている一つの国である。領内は小高い山を中心として放射状に、四つに区切られた修道教区に修道士達の宿舎があった。
更にその外側に同心円状に半分が商業区、もう半分が工業区が拡がっていく。その外側には、教皇領でヒエラルキーの一番低い農業区が拡がっていた。
その中心に建っているのがエレボロス教大聖堂である。
大聖堂の中、フラムはエミルに抱っこされたまま、祭壇の前にいた。その前で膝を付き、エミルが礼をしつつ戻ってきた事を報告した。
「…よくぞ戻ってきた。エミルよ…」
教皇は所用で出ているとの事なので、代わりに大司教がエミルを迎えた。
「…して、今回の戦果はどうであったかな?」
大司教にそう聞かれたエミルが答える。
「…チャビーは離反しましたが、ホワイトの子供を連れて来ました。恐らく子供を追ってここに来るはずです!!」
そう説明し、早急に兵の配備をお願いします、と進言した。了承した大司教は、すぐに各教区の司教から司祭へと伝達、エレボロス教が誇る修道兵の配備に掛る。
エミルが話している間、フラムはじっとエミルを見ていた。そんなフラムの視線に気付いたエミルは、未依里とはよく喋っていたのにだんまりになった事で、フラムが怖がっているのかもしれないと思って声を掛けた。
「あなたのパパが来たら開放して上げるから…。それまでちょっと待ってて…」
その言葉に反応したフラムが、エミルを見上げてにこっと笑う。
その笑顔に驚くエミル。さっきまで全く喋らないし笑わなかったのに、パパという言葉が出た瞬間、反応した。
フラムをじっと見ていると、もぞもぞと動き出す。そしてエミルの腕からスルリと抜けだすと、ぴょんっと飛び下りた。
そして辺りを一頻り見回すと、「あぅーっ」と声を上げて走り出した。
「…ちょっ、ちょっと、どこ行くのッ…?」
慌ててフラムを追い掛けるエミル。
「…ごめんッ、皆!!その子、捕まえて!!」
エミルは周りの司祭、修道女、修道兵に頼む。しかし、フラムは楽しそうに走り回りながら、細胞の記憶を読み取り、スキルを使って巧みに逃げ周る。
捕まりそうになったら、『すり抜け』でスルリと逃げ、囲まれたら『跳躍』で飛び越え、旋風掌を使って空中で軌道を変えてくるくると回って着地する。
再び囲まれたフラムは『サンダークラップ』を使って目暗ましすると、大人たちの足の間を『ファントムランナー』でジグザグと抜けて行く。
終いには『神速』を使って移動して逃げ回り、大人が取り囲んでも捕まらなかった。楽しそうにケラケラ笑いながら、礼拝堂の中を好き放題、跳んで走り回るフラム。
兵の配備を確認していた大司教も、大慌てで修道兵達にまず子供を捕まえろと指示を出した。フラムは追い掛けられるのが楽しいのか、エミルには逃げ回って遊んでいるようにも見えた。
捕まえようとする人達を軽く振り切って、玄関口まで到達したフラムは一度振り返ると、エミルに向かっておいでおいで、と身振りで伝える。
「…もぅ、あの子、何がしたいのよ…」
追い掛けていくエミル。しかし大聖堂の玄関口をぴょんと飛んで扉を開けると外に飛び出した。
急いでフラムを追い掛けたエミルはそのまま大聖堂の外に出る。見るとフラムが修道兵達と追いかけっこをしていた。
「…あの子、なんなの…父親の真似をして逃げて遊んでるのかな…?」
外に出て来たエミルを見たフラムはにこにこ笑いながら立ち止まる。修道兵達が止まったままのフラムを捕まえようとした瞬間、再び笑いながら走り出した。
そして修道士達がいる教区へと紛れ込んでしまった。修道兵達は、急いで人員を分けて、各教区へとフラム捜索に出る。
一般的に修道士や修道女は同じ修道服を着ているので子供を見つけるのは容易い。しかし工業区や商業区に逃げてしまうと子供達もいるので解からなくなる可能性があった。
大事な人質である。見失っては交渉が出来なくなってしまうので、大人たちは必死だった。
しかし修道教区に遮蔽を使って隠れたフラムは、時々姿を現しては修道兵達を見てケラケラと笑う。
そして再び、追い掛けっことかくれんぼが始まった。慌てて修道教区までフラムを追ってきたエミルは、それを見て呆れてしまった。
「…今度はかくれんぼか…。あの子、完全に遊んでるわね…」
追い掛けると面白がって余計に逃げたり、隠れたりするかもしれない…。
そう思ったエミルは、修道兵達に一旦、追うのを止めさせてみた。すると動かなくなった大人達を見て不思議に思ったのか、フラムが建物の影からひょっこりと顔を出して見せた。
「…あっ、あそこだ!!いたぞッ!!」
一人の言葉を号令に、再び追いかけっこが始まったが、フラムはエミルを見つけると、今度は真っ直ぐ戻ってくる。
そしてびょんっと飛び上がった。慌てて抱き止めたエミルは、にこにこしているフラムを見て呆れ気味に話す。
「…あなた遊んでるの?大人達を揶揄っちゃだめよ?後で怒られるわよ?」
漸く、エミルの元に戻った子供を見た修道兵達は、やれやれと疲れた様に解散していく。
一頻り遊んで疲れたのか、フラムはコテッと身体を預ける。その瞬間、エミルもフラム自身も予想にしなかった事が起こった。
細胞の記憶の読み取りをそのままにしていたフラムに、エミルの全ての記憶が一気に流れ込んでくる。同時にフラムの身体が光を放った。
≪新スキル、『リーディングメモリー』を習得しました≫
フラムの頭に中に、インフォメーションが流れる。インフォメーションの声に驚いたフラムは突然、頭を上げて眼をぱちっと開いた。
辺りをキョロキョロと見回した後、不思議そうにエミルを見上げる。
「…何?どうしたの…?」
エミルも、突然身体を発光させたフラムを驚きの目で見る。フラムはもぞもぞ動くと、再びエミルの腕の中からするりと抜けてぴょんと飛び下りた。
フラムは一度振り返ってエミルを見ると、にこっと笑い、身振りで手招きをした。そしてエミルと修道兵達の目の前で、「あぅーっ!!」と叫んだ後、消えてしまった…。
「…なッ…きッ、消えたッ…!?まさか、あの子…転移スキルを持ってたの…?」
フラムが転移を使って消えた事に、呆然としていたエミルは、ハッとなり慌てて大聖堂の中に戻った。
すぐに大司教に謁見しフラムが転移で消えた事を報告すると、エニルディン王国への再度の転移の許可を申請するエミル。
しかし、事情を聴いた大司教は、待ち伏せを危惧してそれを却下した。
フラムが消えて人質も失くして困ったエミルは、大聖堂から出て未依里と共に住んでいた第一教区の家屋に戻る。
今や仲間だった者達は、悉くエミルから離れてしまった。
残っているのはダン老師のみ。そのダン老師も戦闘での負傷の治療中で動けなかった。相談出来る者がいなくなったエミルは考えに考えた結果、ある事を思い出した。
この教皇領には、少なからず他国のスパイが紛れ込んでいる。確かエニルディン王国からのスパイと思われる修道士がいたはず…。
エミルは急いでその男が住んでいる修道教区の民家に向かった。その家の前に来たエミルが急いで扉を開ける。
「…ちょっ、ちょっとあなた何ですか!?突然ノックもなしに入って来るとは…」
ボサボサの黒髪で質素な修道服に身を包んでいた男は、片手にスナック菓子の袋を持っていた。
もしゃもしゃと食べながら慌ててお菓子を隠す。
「…今更、隠しても遅いわよ!!」
突っ込むエミルに、男はやれやれと言った感じで再び、スナック菓子を出して食べる。男の前で、エミルは声を落として静かに話を始めた。
「教皇領ではお菓子は禁止になっているはずだけど…?なぜあなたはお菓子を持っているの?」
「…ふむ。聖女様か…。いや、元聖女様だったかな?お菓子はここに来る前にある能力者から大量に買ってアイテムボックスにストックしてるんですよ。…ところで何用ですかね…?」
「…あなた、王国のスパイでしょう?頼みたい事があるんだけど…」
その言葉に男は立ち上がると、窓の傍に立つ。外を眺めながら、静かに話を始めた。
「…突然ノックもなしに人の家に入ってきて何を言うかと思えば…」
男は窓から差し込む太陽の光をバックにスナック菓子を片手に持ち、顔を上げて顎の下に手を添えて妙なポーズを極める。
「…如何にも。僕はエージェント13(サーティーン)。何故僕がスパイである事を知っているのかな?」
男はポーズを崩すことなく、エミルを睨むように眼だけを動かして話す。
「…誤魔化すかと思ったけど…随分素直に認めるのね。あなた、教皇領の調査力、侮ってると痛い目に合うわよ?…ところで、それってジ〇ジョ立ちってヤツ?」
エミルの言葉に、相変わらず姿勢を保ったまま話す男。
「…ほぅ、あの漫画を知っているのか。僕はあの漫画が大好きなんだ。最近の若い子は知らないと思っていたが…。で、この僕に頼みたい事って何かな?」
「…あなたにエニルディン王国への転移を頼みたいのよ。お願い出来るかしら?」
その言葉に、ふむと唸った男はエミルから視線を外すとスナックを食べながら、椅子に座る。
「…元聖女様が王国へ行きたいと…。亡命ではなさそうだが…何故かな?」
「…仲間を…未依里を連れ戻したいのよ…」
男は椅子に座り、スナック菓子を食べながら眼を閉じる。暫くした後、眼を開くと話を始めた。
「…先程、キミから忠告を頂いたので、こちらからも忠告しよう。未依里という子を連れ戻すのは止めた方がいいだろう。それからキミも早くここから離れた方がいい…」
「…何故かしら?何故わたしが教皇領から離れないとダメなの…?」
エミルの言葉に、やれやれと言った感じで肩を竦める男。
「未依里という子はまだ小さい。だからその能力を死ぬまで利用される。そしてキミは王国で二度、同じ男に敗北している。そして二度とも、その能力を抜き取られている…。これがどういう事か解るか?」
その言葉に沈黙するエミル。
「…もう既に今朝方の動きは影からの報告で知っている。アルギスの後ろ盾を失くし、能力を失った聖女など教皇領にとっては無用の者。消されるならまだましな方だが…キミは若い女性だ。僕から言わずともその先は解かるだろう?」
男の言葉に、考え込むエミル。
今回の戦闘では、教皇様から直接下賜された『飛砕剣』をも奪われている。確かにこの男の言う通り、このままここにいては危険だろう。
エミルが今後の事を考えていると、急に外が騒がしくなってきた。男は相変わらずスナック菓子を食べながら立ち上がると窓から外を覗いた。




