酔っ払いはふざけるのがお好き。
エミルは、剣に呼び掛けてスキル名を叫んだ後、剣を地面に叩き付けた。その瞬間、剣の刃が砕け散って地中に姿を暗ませる。
俺はすぐにレーダーマップを確認した。無数にある範囲の中の何かが真っ赤に点滅している。空中に欠片はない…地中だな…。
俺はすぐに走って範囲から出る。しかし、エミルが俺を目で追うと、範囲はその形を変えて、まるで真っ赤な大蛇のように俺を追尾してきた。
やはり地中を移動してるようだ。動く俺を追い掛けて、足元から地響きにも似た音が聞こえてきた。
俺は少し、走るスピードを上げる。瞬間、地中の鉱物を吸収した大きな剣の欠片が巨大な蛇のようになって飛び出してきた。
「うはっ、こりゃ凄いな…」
俺は、エミルから付かず離れずの一定の距離で走り回って逃げ続ける。俺を追尾する剣の欠片は再び、地中へと潜り姿を消した。
走りながら視ていると、エミルの周りに展開していた範囲がズレて俺の場所をポイントとして赤く拡がる。この能力は俺のスキルと同じ様に、範囲設定の大きさや場所を移動、調整出来るようだ。
俺が立つ地面の真下、直径二十メートル程の範囲が真っ赤になり、その色が濃くなってくる。範囲が広い。その範囲一杯に赤い光点が埋め尽くしていた。
危険を感じて、すぐに跳躍を使って上空に逃れた。その瞬間、範囲の中から無数の剣の欠片が地面を突き破り、巨大な剣の山のように飛び出してきた。
剣山が下から俺とフラムを串刺しにしようと襲い掛かってくる。
「…おっと、これはまずいな…」
もうすぐ足元まで、無数の針の山が迫っている。瞬間、フラムが小さな掌から旋風掌を出して跳躍の軌道を変えた。
しかし、フラムのかわいい旋風掌では威力が足りず範囲から逃れるまでは行かなかった。
「よくやったぞフラム!!後はパパに任せろっ!!」
フラムにヒントを貰った俺は空中で旋風掌を放つと、跳躍の軌道を変えて剣山の範囲から完全に離れた。
このまま形状を変えて俺達を追尾してくるかとも思ったが、範囲の中、真直ぐ上に伸びて来るだけで動く事は無かった。
俺達を逃した、剣の山はすぐに地中に潜ると、その範囲を凝縮して再び大蛇のように地中から飛び出してきた。
…想像していたよりもかなり面白い能力だ。俺はそれを見てよくこんなスキルを短期間で発現させたものだと少し感心した。
俺が着地した場所を狙い、一気に剣の欠片が一本の巨大な剣のように突進してくる。俺はすぐに背を向けて走り出した。
エミルはこのスキルを使う為に、この広い農場を選んだのだろう。
しかしエミルの使うソードペインのスキル範囲がいくら広いと言っても、精々二百メートル程だ。前回、エミルと闘った時は真獄の中だ。アレが大体直径百メートル。
エミルのスキルの最大の弱点は、操作する本人がその場所からほぼ動かない、という事だ。真獄のように対象を一定範囲内に留めるならまだしも、今回のスキルはその範囲がいくら広いと言っても限界はある。
そしてこの農場はめちゃくちゃ広い。俺は迷う事無く、農場の中を走って逃げた。当然、エミルは俺を捕らえようと走って追い掛けて来る。
今回は、神速もファントムランナーも使わない。エミルが新しいスキルを発現させてそれが強力であったとしても、この二つのスキルを使うと追い付いて来れないだろう。
そして待ち構えていると、剣の欠片が俺に襲い掛かった瞬間、ゾーン・エクストリームが発動してしまう。
そうなると、すぐに戦闘が終わって、面白くなくなってしまう。
だから俺は普通に走って逃げた。エミルのスキルの範囲が、追い付けそうで追い付けない絶妙な距離を保つ。俺は脳のリミットが外れてるし、ステータス自体が振り切れているので、普通に走っても速い。
フラムを抱っこして走っても、だ。
「…くっ、あの男…どういうつもりッ…逃げ回るってどういう事よッ!!」
膝に両手を付いて肩で息をしていたエミルに近づく。
「おーい!!もう終わりかっ?エミルっ、お前持久力無さ過ぎるぞっ!!ほれっ、走って追い掛けて来いよ!!」
俺は木製水筒の酒を飲みながらエミルを煽る。俺に煽られてムキになったエミルが再び追い掛けて来た。
「あっはっはー、ほーらほらっ、早くオジサンを捕まえてみな~?」
「…くぅっ、あ、あの男ッ…!!」
俺は余裕で木製水筒を開けてどんどん吞み干す。足の止まった俺を見て三度、追いかけっこが始まった。
それを見てケラケラと笑う未依里。その後ろに控えていたチャビーは、呆れていた。抱っこしているフラムもケラケラと笑っている。
それを見ていた、ウィルザー、ブラント、禅師、テンダー卿、ロメリックは顔を引き攣らせていた。
「…オイ、禅師。一体アイツは何をやってるんだ…?」
「…遊んでおるようですな…。全く本気で闘っておりませぬ…」
「…ははは…ホワイトさんは中々面白い人ですね…」
ブラントもウィルザーと目を合わせて笑っている。そんな中、再びエミルが両手を膝に付いて止まった。俺はそれを見てそろそろだなと、思った。
今度は走ってエミルに近づいていく。目の前まで接近した俺は、止まったその場所でランニングをしつつ話した。
「おーい。これで終わりか?終わりならお前の負けで良いよな?」
その瞬間、エミルが顔を上げる。
「…掛かったわね。止まれば近づいてくると思ったわ!!」
エミルの言葉と同時に、俺の背後から、大蛇の様な剣の欠片が襲い掛かる。俺はそれを見て密談を飛ばした。
≪皆!!そろそろだ!!戦闘準備してくれっ!!≫
≪大丈夫じゃ≫
≪いくでしゅよぉ~≫
≪任せて下され!!≫
俺は剣の大蛇から逃げる為に、エミルの頭上ギリギリをジャンプして跳び越す。相打ちになるかと見ていたが、剣の欠片達は正確に俺を追ってエミルの頭上を越えた。
俺はエミルを飛び越して前転した後、上体を起こして振り向くと片膝を付き、体勢を整える。そんな俺とフラムの頭上から剣の欠片が襲い掛かる。
しかし、その動きは唐突にその動きを止めた。
俺の範囲に剣の欠片が入った瞬間、ゾーン・エクストリームが発動した。エミルは俺の範囲には入っていなかったが、攻撃者である為に動けなくなった。
レンジがあって離れた攻撃であっても、使用者が動けなくなるのは地獄で閻魔様が蛇腹剣を使っていた時に見ている。エミルもやはり、攻撃する剣の欠片と同時に動きを止めた。
「…はい。ごくろうさん。これで終わりだ…」
俺は立ち上がりエミルの背後に立つ。エミルは何が起こったのか解からないようだ。
その瞬間、フードが現れた。
「…エミル様、撤…」
全てを言い終わる前に、フードがその身体をくの字に曲げて吹っ飛んでいく。
横からクレアにミドルキックで蹴られた事に気付く事無く、フードは吹っ飛んだ先で気絶していた。
チャビーの背後にいたフードは、大地の精霊ガイアスの巨大な手に掴まれて、恐怖の余り失神していた。未依里を冠ししていたフードは、シーちゃんがアトラクト(誘引)で引き寄せてプロテクトにぶつけて気絶させた。
俺は動けなくなったエミルの前で、動きを止めている剣の欠片達に闘気ハンドを出して翳す。
そして俺は飛砕剣に付いているスキル『ソードペイン』を抽出した。その瞬間、剣の欠片達は元の剣の状態に戻り、音を立てて地面に転がった。
俺はその飛砕剣を拾うと、アイテムボックスに放り込む。同時にエミルは動けるようにはなったが、その場にしゃがみこんだ。
あのスキルは相当な集中力が必要な様だな…。
走り回らされた事と、剣の欠片を操作する事での精神疲労で、エミルは片膝を付いて肩で激しく呼吸をしていた。
エミルが新たに発現したスキル、『アサルトインダクション(攻撃誘導)』はこれ単体ではその真価を発揮出来ないようなので抽出せず放っておいた。
俺はエミルの後ろから、そのまま話をする。
「…エミル、お前の敗けだ。融真、ギャル子、クライはこの国で亡命申請中なんだ。未依里とチャビーの為にも、もうこれくらいでいいだろう…?」
俺が淡々と話す中、エミルは激しく肩で息をしつつ声を搾り出す。
「…ま、まだ…よ。…ま、まだ…終わって、ない…」
エミルの言葉に、俺は思わず顔を顰めた。なんちゅう、頑固さんだ。もう終わりで良いだろうに…。
俺とエミルが話している向こうで、皆が集まって気絶したフードの身柄を拘束している。
「…奥さんも子供らも、中々の手際じゃったな…」
拍手をしながらの禅師の言葉に、さも当然と言わんばかりに頷くクレア。
「なんだ?ホワイトよりも家族の方が格段に強いではないか(笑)」
「…いや、今回はその実力を隠していたのかもしれないですよ(笑)」
ウィルザーの言葉に、ブラントは笑いながらフードの身柄拘束を手伝う。そうこうしていると、更にブレーリンから警備隊が出動して来た。
◇
俺が諭しているというのに、聴くどころか全く諦めていないエミルに俺はどう説得するか考える。
「…ま、まだ…未依里が…未依里が、い…る…」
「…エミル、あんな小さな子に闘わせる気か…?お前の個人的な理由で小さな子を闘いに巻き込むのは筋違いじゃないのか?」
俺の言葉に、エミルは肩で息をしながら無言のままだ。俺とエミルが話していると、チャビーと未依里、アイちゃんも近づいてくる。
「…え、エミル…もう、これくらいに、しとくだど?おではもう闘わないど?み、未依里も、同じだど…」
「…エミルおねぇちゃん…こんなこと、やめよう…」
未依里の言葉に、無言のまま肩で息をしていたエミルが声を搾り出す。
「…未依里…お願い、だから…も、もう闘えるのは…あなたしかいないのよ…だから…お願い…」
そんなエミルに、アイちゃんが言葉を掛ける。いつになく強い口調だ。
「…エミル、それはダメよ。絶対にダメ。どんな理由があろうと、小さい子を闘いに巻き込んではダメ。この子の…未依里の未来を考えて上げて!!」
「…アイ…には、関係ない…わたしは…地球に戻って復讐するまで敗けられない…未依里のお母さんも…捜してあげだかったのよ…。アルギス様の力でわたし達二人は望みを叶える事が出来たのに…それをこの男がッ…この男が全てを壊したのよッ!!」
アイちゃんが俺を見る。俺は首を横に振って肩を竦めた。
「…未依里、わたしが…教皇様に地球に戻れるように…お願いするから…だからお願いッ…今はわたしの代わりに…」
そこまで言われた未依里は、身体を震わせながら一歩、前へ出て来る。
「…み、未依里。た、闘う必要はないどッ…」
「未依里ちゃん、ダメよ。スキルを出した瞬間、わたし達は敵になるのよ?絶対闘っちゃダメ!!」
アイちゃんの説得にも、未依里はもう一歩前へ出て来る。俺達が説得する中、うちのメンバーとウィルザー、ブラント、禅師、テンダー卿、ロメリックが近づいてくる。
俺は振り返ると、無言のままそれを手で制する。俺の合図に、近づいてくる皆の動きが止まった。それを確認した俺は、未依里を見る。
ウェーブの掛かった長い黒髪で病的な程に色白だ。眠そうな二重瞼と黒い瞳、余り食事をしていないのか、少し細い。
右腕に可愛い人形を抱いて、白いワンピースと白い靴下、赤い靴を履いていた。
未依里が俺を見上げる。するとフラムが身を捩って下にいる未依里を見た。すると下ろしてくれと言わんばかりにフラムがもぞもぞ動く。俺はすぐに布を解いてフラムを下ろしてやった。
どうするのか見ていると、にこにこしながら未依里の方へと一歩近づく。
「…だめ、きけんだから、こないで…」
そんな未依里の言葉にも構う事なく、もう一歩近づくフラム。
…これはっ…お子ちゃま対決、勃発か…?
皆が固唾を飲んで見守る中、四歳の未依里とその半分ほどの背丈しかないフラムが向かい合って立っていた。




