晩餐会2
一通りの挨拶を終えて全員が座り、テーブルを囲んだ。
お酒はどうします?と聞かれたのでウィスキーのダブルの水割りを頼んだ。他の各人の分もブラントがまとめて注文を取っていた。
全員、食事は終わっていた様だ。今はナッツを摘まんで酒を呑んでいた。今回の料理で一番珍しいモノであった鮨と刺身について評価を貰った。
「今回、ワシか特に希望して出して貰ったんですがのぅ。プロを連れて来よりましてな…」
チラッと俺の方を見つつ、ニヤッと笑う禅爺。
俺は…と言おうとしてわたしはと言い替えたが、ウィルザーが身を乗り出してきた。
「ホワイトくん、この場はそう畏まった場ではない。一人称など何でも良い。自由に話してくれ」
そう言われたので弁解を始めた。
「…俺は調理人であって料理人ではないんです。舎利とシャリ玉…酢を混ぜたご飯なんですがアレの玉の方を握るのが難しいんですよ。それでパラゴニアで源さん(プロ)に会ったのでお願いした、と言う訳です」
「確かに。スシを口に入れた時のホロホロと崩れる加減は絶妙でしたな」
大商人スタイラーが、うんうんと頷き感心する。
「僕と義兄は先日、試食会を館で開いた時に戴いたんですが、ホワイトさんが作った鮨も刺身も美味しかったですよ?」
その言葉にブラントが反応する。
「テンダー卿もロメリックも、どうしてそう言う時に僕を呼んでくれないんですか?」
「そうだな。ロメリック、今度からは俺達も呼んでくれ」
ウィルザーにも言われ、苦笑いのロメリック。このメンバーの中ではロメリックが最年少なので、良くイジられてそうだなw
話をしているとテンダー卿がオランデール伯爵に問い掛ける。
「この話はこれくらいで。伯爵、今回ブラント、ウィルザー、スタイラーさんがこの場に集まった理由は何でしょう?」
テンダー卿の問いに答えようとした伯爵を手で止める禅爺。
「それについてはワシから話をさせて貰います」
禅爺が話したのはカイザーセンチピード、継ぎ接ぎキメラ、変質した狼達と覚醒吸血鬼ブラスレクとジード博士についてだった。
いずれも俺達が関わった件だ。
「…ここ数カ月、立て続けに起きている王国内地での事件に付いてです。最近、内地での工作が多過ぎるかと。幸運な事にいずれもホワイトが関わり、被害を最小限に止めておりますがこれは帝国側が再び攻め込んで来る前兆かと思います…」
「…フゥ。アイツら、二度撃退されて痛い目に会った癖にまだ懲りてないのか…?」
ウィルザーが酒を煽りつつ呟く。続いて禅爺の話を引き継いで伯爵が話を始めた。
「今、帝国とは停戦中ですが先生とわたしは近々、戦争が起きると踏んでいます。昨日のスラティゴからの伝書による防衛策の申し立てもあります故、王宮では各都市に防衛強化の発令を検討中です…」
伯爵がチラリとスタイラーを見る。話を聞いたスタイラーは、うぅむと唸った。
「各都市の商会、商会員、丁稚奉公、個人商人にいたるまで身分照会を徹底しろという事ですな?…しかし、それをやると国内の流通が鈍りますが…」
伯爵は更に話を続ける。
「…スタイラーさん、身分照会の徹底もそうですが、国内交易の安全も徹底しなければなりません。ハンター、傭兵不足の所申し訳ないのですが…」
「…護衛依頼の許諾をBランクのハンター、傭兵まで下げてはどうでしょう?SとAが防衛に就いている以上、それしか方法はない気がしますが…」
ブラントの提言に、伯爵、テンダー卿、スタイラーが唸る。
「…確かにそれしか無いんじゃが、工作には教皇領だけでなく、砂の王国サンド・サウザンドからも来ておる。裏で帝国と手を結んでおるのじゃ。それはホワイトとロメリックが以前、確認を取っている。相手が能力者となるとBランクでは死体を増やすだけかと思うがのぅ…」
「…禅師、他に良い方法はあるか…?」
ウィルザーに聞かれた禅爺が俺を見る。
何故、俺を見る…w?
禅爺に釣られて全員が俺を見る…。だから 何で俺を見るの…w?
酔いが回っていたが考える振りをした。俺だったらどうするかな…。そこで思いついた事を話してみた。
「アイテムボックス持ちを捜してはどうですか?そう言う能力者は結構いると思いますよ?」
「…ふむ。確かにそうですね。皆、戦闘系の能力者ばかりに目が行ってますが荷物持ちの能力者も発掘すると運搬に役立ちますね…」
そんなブラントの言葉に、禅爺が突っ込みを入れる。
「アイテムボックス持ちが襲われたらダメじゃろう?そこはどうするんじゃ?」
そう言われてブラントは俺を見る。
「教皇領のヤツらは能力者を転移送迎するヤツがいましたよ?王国でも各都市間で転移能力者を常駐させておけばいいんじゃないっスかね?転移で移動すれば襲いようがないと思いますけど…」
酔っているので俺の口調も軽くなってくる。
「…ほほう、それは検討の余地がありそうですな?」
スタイラーは伯爵に確認を取る様に見る。
「…ふむ。いいでしょう。非戦闘系の能力者発掘と一緒に王宮にて提案してみます…」
伯爵の言葉に、皆一様に頷く。そのタイミングで禅爺の所に、ギルドの従業員が慌ててやってきた。
何やら耳元で、コソコソと話している…。
「…ふむ。やはり来たか…」
禅爺の言葉にロメリックが問う。
「…先生、何かありましたか…?」
「うむ。帝国の能力者が現れたようじゃ…。相手は単独、既に北の外門を破壊されたようじゃな…」
その情報に俺はまたか…と思った。予想はしていたが本当に現れるといい加減、腹が立ってくる。そんな俺の目の前で禅爺が立ち上がった。
「…まさか先生が出る訳ではありますまいな?」
伯爵の言葉に構ってくれるなと言わんばかりに手を振る禅爺。俺は一気に酒を飲み干すと席から立ち上がる。
「…禅さん、俺が行きますよ。ここで呑んでて下さい…。アイツら毎回毎回、人が気持ち良く酒呑んでるところに来て邪魔しやがって、叩き潰してやる…」
考えていた事が口から出てしまったが酔っ払いはそんな事は気にしないw
その前にもうちょっと酒が欲しいと頼むと、ウェイターがすぐに用意してくれた。
「ホワイト殿、そんなに呑んでて大丈夫ですか…?」
テンダー卿に聞かれたが、俺は更にウェイターから酒を貰い二杯目を飲み干す。
「…あぁ、ご心配なく。俺は呑めば吞むほど強くなるんですよぉw!!」
俺は適当な事を言って誤魔化した。
「…ホワイトさん、僕が代わりましょうか?」
ロメリックにそう言われたが、問題なーいッッ!!と叫んだ後、俺は皆に向かってビシッと敬礼した。
「行ってきます!!」
そしてすぐに『神幻門』を発動、北門の外に出た。その瞬間、男達は驚きで目を見合わせていた。
「…先生!!かの者が『転移スキル』を持っているとは…情報にはなかったですが…?」
オランデール伯爵の言葉に禅師も頷く。
「…ワシも今、知った所です…」
禅師の言葉に、テンダー卿、ロメリックも同じく今知ったと話す。
「確かに、ギルド本部のホワイトさんの資料には転移スキルの記載はなかったですね…」
ブラントに続いてスタイラーも話す。
「まぁ、特殊なスキルを持っていてもそれを開示する義務はありませんからな…」
「…伯爵。王国各都市に転移防止障壁を張っているはずだったな?」
ウィルザーの質問に伯爵が頷く。
「…張っています。転移からの市街地テロを防ぐ為にどの都市にも転移防止障壁があります。外部からは当然ですが、内部からも転移で出る事は出来ません…」
「…という事は、ホワイト殿が持っている転移はその障壁を突破出来るという事ですね?」
テンダー卿の言葉に全員が頷く。
「…しかしそのような転移スキルは存在自体がかなりの危険因子になり得ますぞ?」
スタイラーの言葉に、ウィルザーが頷きつつ禅師を見る。
「…礼を言うぞ、禅師。今回、よくぞ俺達を呼んでくれた。あの者は確かに、王国の外に出られては危険な存在になる。『影』が付いているが注視しておいてくれ」
「…解かりました」
「テンダー、ロメリックもヤツから目を離すな。おかしな事があれば伝書を王宮に飛ばしてくれ」
「了解しました」
「…解りました」
先程まで気怠そうに話し、振舞っていたウィルザーのハッキリとした切れ味の良い話しぶりに皆、緊張感を見せる。
そこまで話すと再び背もたれに寄り掛かり、ワインを煽るウィルザー。
「…それは良いがあの男、あれだけ酔っていて本当に闘えるのか?」
ウィルザーが笑いつつ、全員を見る。
「…まぁ、何とも言えませんが。ただ、僕はその実力の程は見ているので大丈夫かと…」
そう言いつつ苦笑いを見せるロメリック。
「そう言えば禅師先生はホワイトさんと一度、手合わせしてますよね?どうでしたか…?」
ブラントの問いに唸る禅師。
「…実は昨日の変質狼の件で救援に向かった時なんですが…。ヤツが嫁の母親と闘っているのを目撃しましてな…」
「ん?何故、ホワイトさんが奥さんのお母様と闘っていたのです?」
ブラントが疑問を口にする。
「それは嫁の一族にある婚姻の際のしきたりの様で、その夫の実力を測っていたという事でしたが…」
「…で?どうなったのだ?」
結果に興味を見せるウィルザー。
「…以前ワシと手合わせした時とは格段に変わっていましたぞ」
「変わっていたとはどういう事でしょうか?」
長らくハンターをやっていたテンダー卿が言葉の真意を問う。
「…成長…いや、そんなモノではないですな。アレは『進化』している、といっても過言ではありますまい…」
「進化?同じ人間がたった二週間足らずでどう進化するというのだ?」
ウィルザーの言葉に、禅師が説明をする。
「以前、手合わせした時と同じスキルを使っていたのを見ましたが、不利になり始めた瞬間、ヤツの攻撃軌道と打撃形態が変わったのをこの目で確認しました…。そして避け切れないであろう攻撃を、完全に回避したのも見ました」
「…避け切れない攻撃をどうやって回避したのです…?」
ブラントの疑問に禅師が応える。
「…消えた…という他ないでしょうな…それもやはり、不利になってからの突然の変化です…」
「消えただと?それもスキルなのか?」
ウィルザーにも問われ応える禅師。
「正に、霧散したように消えたのですよ。そしてすぐ元に戻った…。そして再び、あり得ない速度での打撃の応酬…。最終的にワシが止めましたが…続けていたらどちらかが死ぬまで闘っていたでしょうな…」
「…ホワイトさんもですが、そのお母様の方も尋常な強さではないですね。もし、ですよ?今のホワイトさんと先生が闘ったらどうなります?」
ブラントの質問に、全員が禅師を見る。
「…スピード、手数、威力、全てが依然より確段に上がっています。…ワシでは勝てる気がしませんな…」
「…先生がそこまでおっしゃるとは…。外に来ている敵をどう処理するか、皆で拝見させて頂きますか…」
スタイラーの言葉に皆、無言で頷いた。
◇
転移で外に出た俺は門にガンガンぶつかっている巨大な球を見ていた。軽自動車ほどの黒い球だ。
「なんだ?コレが刺客か?」
さっきまでドンドンと音が聞こえていたのはコイツが門を破壊している音だったようだ。しかし、この黒い球は何なんだ…?
俺は後ろから近づいてみる。一定の距離を取っては高速で転がり、門にぶつかっている。俺が近づいても何も反応しない。
内門がミシミシと音を立て始めていた。
こりゃヤバいな…。俺は急いで門から距離を取ると、黒い球が止まる場所にアイスエッジで地面を何度も刺して凍った道を作る。
何も知らない黒い球は勢い良く戻って来ると氷の道の上でツルっと滑り、そのまま森の方へと転がって行った。
「…ぷぷっw!!転がって行きやがったwはい、これで退治終了っと…」
俺が街の中に入ろうとすると、顔を真っ赤にして凄い形相をした男が森の中からプンスカ怒りながら出て来た。
「うおおぉぉぉぉぉいッ!!テメェ、何しやがったァッ!!」
「…ん?何って、黒い球が門壊そうとしてたから、氷の道で滑らせてやったんだけど?ところでお前誰?」
俺が聞くと男は肩で息をしながらガニ股で接近してきた。身体中に木葉や折れた枝などが引っ掛かっている。
「そりゃこっちのセリフだッ!!テメェこそ誰だッ!!…って顔真っ赤にして…まさかテメェ酔っ払いか…?」
「ん?あぁ、そうだけどw?お前の顔も真っ赤だけどな、あはははっ…!!」
森の中から出て来たのは、黒髪でつんつん頭の真っ黒なフルメタルアーマーを装着した中肉中背の男だった。