表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黄金バットは火を噴かない

作者: 多田真

 物置には、幼少期に買って貰った金属バットがある。表面が金で、黒のグリップと模様。結局、幼少期私が使う事は無く、家の倉庫にしまわれていた。

「そう言えば、親父に買って貰ったなぁ。これ」

 私はバットを持って、振ってみた。

 振り方は、私には分からなかった。


 親父は、野球が好きだった。プロ野球も見ることが好きで、入る日はテレビは親父の物だった。それに、プロ野球が映る日に限って、私の好きなテレビ番組が入るのだ。私は、それが悔しくて、その時から野球に悪い印象を持ち始めたのかも知れない。

 ある日、親父が私に金色のバットとグローブ、それにボールを買ってきた。

 テレビに影響されたのか、自分の好きな物を嫌いにならないで欲しいといった願いなのかは分からない。だが、私の脳裏には、それらを私に見せてくる親父の顔が忘れられない。

 嬉しそうで、どこか期待している顔だった。そして、親父はこう言った。

「野球、やってみないか? 」

 私にとって、それは魔の誘いだった。キャッチボールでさえ、やりたくなかった。私にとって野球とは、親父が好きな物で、食卓に流れる物で、自分には関係ない物。

「嫌だ、やりたくない」

 それが、私の答えだった。


 あれから、20年たった。親父は、あっけなく死んだ。塩っ気のある物が好きで、何にでも醤油をかけるようなしょっぱ口で、一時期は相撲取りみたいな風体だったから。

 それでも、生きて欲しかった。

 まだ、私は何も返せていない。


 倉庫にあったバットは、新品に近かった。20年が立っているとは、思えないほど。それが、何故か憎たらしくて。下手くそなフォームで、何度か振った。

 体が徐々に温まって、汗が服ににじむ。倉庫の中は、風が吹いてこず、蒸し暑くなってきた。

「早すぎだよ、親父」

 思わず、呟いた。

 親父は、幸せだったのだろうか。

 俺が子供で、本当に良かった? 

 振り払うように、でたらめに振った。


「あっ」

 金属バットが、私の情けない声と一緒にすっぽ抜けた。

 倉庫の中で、音は反響してけたましく響いた。

 

 倉庫の窓から入った光が、バットを照らした。

 黄金バットは、火を噴かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ