黄金バットは火を噴かない
物置には、幼少期に買って貰った金属バットがある。表面が金で、黒のグリップと模様。結局、幼少期私が使う事は無く、家の倉庫にしまわれていた。
「そう言えば、親父に買って貰ったなぁ。これ」
私はバットを持って、振ってみた。
振り方は、私には分からなかった。
親父は、野球が好きだった。プロ野球も見ることが好きで、入る日はテレビは親父の物だった。それに、プロ野球が映る日に限って、私の好きなテレビ番組が入るのだ。私は、それが悔しくて、その時から野球に悪い印象を持ち始めたのかも知れない。
ある日、親父が私に金色のバットとグローブ、それにボールを買ってきた。
テレビに影響されたのか、自分の好きな物を嫌いにならないで欲しいといった願いなのかは分からない。だが、私の脳裏には、それらを私に見せてくる親父の顔が忘れられない。
嬉しそうで、どこか期待している顔だった。そして、親父はこう言った。
「野球、やってみないか? 」
私にとって、それは魔の誘いだった。キャッチボールでさえ、やりたくなかった。私にとって野球とは、親父が好きな物で、食卓に流れる物で、自分には関係ない物。
「嫌だ、やりたくない」
それが、私の答えだった。
あれから、20年たった。親父は、あっけなく死んだ。塩っ気のある物が好きで、何にでも醤油をかけるようなしょっぱ口で、一時期は相撲取りみたいな風体だったから。
それでも、生きて欲しかった。
まだ、私は何も返せていない。
倉庫にあったバットは、新品に近かった。20年が立っているとは、思えないほど。それが、何故か憎たらしくて。下手くそなフォームで、何度か振った。
体が徐々に温まって、汗が服ににじむ。倉庫の中は、風が吹いてこず、蒸し暑くなってきた。
「早すぎだよ、親父」
思わず、呟いた。
親父は、幸せだったのだろうか。
俺が子供で、本当に良かった?
振り払うように、でたらめに振った。
「あっ」
金属バットが、私の情けない声と一緒にすっぽ抜けた。
倉庫の中で、音は反響してけたましく響いた。
倉庫の窓から入った光が、バットを照らした。
黄金バットは、火を噴かなかった。