天使と悪魔の会話
散文的な書き物です。
在るとき天使か下界を散策していると、一人の悪魔が蹲っていた。
天使は悪魔の側により、声をかけた。
「どうしたの、浮かない顔をして。」
悪魔は声をかけたのが天使だと知ると、
「何だ、天使か、面白くない。浮かれやがって。俺に同情か。何様だ。キラキラしやがって、幸せそうな面で。どうせ俺のような、薄汚い奴を笑っているのだろう。同情するのは良い気分か。さぞかし、こんな惨めな奴にお恵みを与えられて、良い気分だろうね。」
と言って、天使を睨み付けた。
天使はその睨み付ける瞳に少し驚いたようだったが、直ぐにニコニコして、
「どうしてそんなに、自分を責めるのさ。世界はこんなに美しいのに。そんなことを考えるよりも、もっと楽しいことを考えようよ。」
と朗らかに言った。
その朗らかさが気に障ったのか、悪魔は、更にとげとげしくなった。
「何を、そんなにニコニコして。馬鹿か。世界が美しいだと。とんでもない。世界は歪んで、汚くて、裏切りと、欺瞞と、殺傷に満ちているんだ。油断すればお前もガブリさ。」
とげとげしい悪魔の言葉も何のその、天使はニコニコして言った。
「なんでそんなに、世界は歪んで、汚くて、裏切りと、欺瞞と、殺傷に満ちていると考えるんだよ。世界はこんなに美しいのに。そんなことを考えるよりも、もっと楽しいことを考えようよ。」
悪魔は更にいらいらしていった。
「なんたる馬鹿だ。周りは敵だ。油断大敵。お前のような馬鹿は、すぐに俺たち悪魔の餌食さ。」
悪魔の批判も何のその、天使はまたニコニコして言った。
「どうしてそんなに、周りは敵だ、油断大敵だなんて考えるのさ。世界はこんなに美しいのに。それに僕は君たち悪魔の餌食になんて成らないさ。」
悪魔は天使の朗らかさに、軽い怒りを覚えながら言った。
「なんたる馬鹿だ。いいかい、昔からのよしみだ。良く教えてやる。悪魔は狡猾さ。いくつも罠を張って、お前を悪の道に連れ込み、お前の魂を奪っちまうんだよ。良く用心することさ。」
天使は悪魔の言葉に、朗らかに返した。
「ありがとう、親切な悪魔さん。僕の心配をしてくれて。でも大丈夫。僕には神様がいるからね。」
天使の底抜けの朗らかさに、悪魔は怒りを通り越して、半ば呆れながら言った。
「お前は神を信じているか。」
天使は相変わらずニコニコしながら返した。
「うん。」
悪魔は又怒りに火が付いた。
「神様だと。戯けが。そんな物が居るはず無かろう。そんな空想とでたらめを信じるのはもう止めにしたらどうだ。馬鹿を見るだけだ。そうだ、俺が良い証明だ。神が居るのだったら、どうして俺みたいな悪魔が出来るんだね。そうか、神も底意地が悪いのか、戯れに俺みたいのを沢山創ったのだ。」
悪魔のとげとげしい言葉に一寸驚いた天使は、直ぐニコニコして言った。
「どうして自分をそんなに責めるのさ。僕は君を悪魔だなんて思ってないし、もし神様が悪魔を創ったと言っても、天使も創ったのだからね。」
天使の底抜けの朗らかさに、悪魔の怒りは益々募った。
「なんたる馬鹿な、要領を得ない答えだ。いいかお前は馬鹿なんだ。悪がこの世にある。それは厳然たる事実だ。神が居るのなら、悪など無かろう。」
天使は悪魔の問いに何のその、歌うような朗らかさで答えた。
「そうだね。悪はあるね。でも善もあるんだ。悪は在ると君が言えば、僕は同じ理由で善はあると答えるよ。」
「呆れた馬鹿だ、善など存在しない。よしんばあるとしても、悪に飲まれて消えてしまうんだ。」
「ないものはない。あるものはなくならない。ないものはあるものにできない。あるものはある。同じ理由で善がある。悪が消えないのなら、善も消えないよ。」
「悪が勝つんだ。」
「同じ理由で善が勝つよ。」
「理想主義者だ」
「お互いね。」
「えーい、お前と話していると頭がおかしくなる。」
頭を抱え込んだ悪魔に、天使は穏やかな表情で言った。
「ねえ。君、今、幸せかい。」
「いいや、酷い気分だ。」
「どうして、酷い気分でいるのさ。」
「分からない。ずーとそうなのさ。」
「どうして酷い気分でいるのさ。世界はこんなに美しいのに。君も本当は美しいのに。なんで、こんなに辛い顔をしているの。」
「選べるのかね。」
「それは君が答えることだよ。僕たちは神の子だからね。」
「善が良い。幸せがいい。」
「…。」
「神は私も愛してくれるのだろうか。」
「君は、君自身と世界を愛しているの。」
「いいや。」
「そう…。そろそろ僕は行くね。また会おうね。」
天使はそこで初めて憂うような顔して、真っ白な羽を広げて空高く飛び去って行った。
「待ってくれ。」
悪魔は、天使の後を追ったが、既に何処かへ飛び去った後のようだった。
一人残された悪魔は、地面に腰をかけ、今までの問答を、今一度じっくり考え出した。
読んでいただけましたら幸いです。