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西の門番アレス

「本日も異常なーし!」

 青く澄んだ大空を仰ぎ、声も高らかに自分は言う。

 異常なしーーいつも通り、問題なし、危険なし。

 自分がなによりも愛するその言葉が今はなぜか歪んでいるように思えた。

 なぜだろう? 

 それは、実は異常があるからだろうか?

 心が洗われるような青い空、優しく肌を撫でる穏やかな風、遠くに聞こえる王都の喧騒、近くの木々にとまった小鳥のさえずり。

 人知れず私だけが独占している郊外での幸せのひととき。

 そこに異常などない。

 ある筈がない。

 目に映る光景には全く異常はない。

 ではどこに異常がある?

 自分はどこに異常を感じている?

 やはり、あの噂か……。あの噂に自分は異常を感じ取ったのだろう。

 それはいつから囁かれだした事なのだろう?

 自分という人間はもともと噂話などには全く興味がなく、他人よりもそういった情報を仕入れるのが明らかに遅いのは自分でもよく分かっていた。

 だから自分がその噂を耳にした時にはすでに王国全土に広まっていると思わせるほど、町中のあちこちで囁かれていた。


『奇跡の聖女は存在しない。ホーリーズ家はペテン師集団だ』


 何千年という遥か昔からこのハイランド王国を護り続けている《奇跡の聖女》の末裔、ホーリーズ家。

 邪悪から人々を守ために、女神の力を授かり聖女として日々祈りを捧げてくれている尊い存在。

 皆に愛され、神に愛された存在。

 この国に住まう人間ならその存在を知らぬものなどいようはずもない。

 なのに、なぜ?

 なぜあの様な噂が広まった?

 自分には到底理解しがたい。

 聖女とは皆を守る存在であり、女神の化身であり、幸せへと導く尊い存在のはずなのに。

 幼い頃、誰だって両親から言われたはずだ。悪い事をしていると聖女様が悲しむと。聖女が涙を流せば邪悪が襲ってくると。聖女を悲しませない様に常に感謝をして、人として良い行いをしようと。

 誰もが似た様なことを言われて、これまで育ってきたはずだ。

 それらはこの国にとって、人々にとって、ごく当たり前のことの筈だ。

 日が昇り朝が来て、日が沈み夜が来る。それくらいのごく自然な当たり前のことである筈なのだ。

 それこそ、異常なしの筈だ。

 だが、人々が口にするあれらの噂話は異常だ。

 異常すぎるほどに異常なのだ。

 噂話の内容を詳しく聞けば分からない事もない。話の道理は一応筋が通ってはいる。だが、かなり歪んだモノの見方をしていると自分は思う。

 そういう風に見れば確かに悪い事をしているように見える。

 そういう捉え方をすれば確かに自分達の都合の良い事を言っているように聞こえる。

 全てを逆にーーいじわる的に考えれば噂話は確かに成立する。

 だが、なぜ人々はわざわざそんな事をする?

 自分にはそれが分からない。

 そんな噂話に火がついて、勢いがついて、遂にホーリーズ家は国外追放になるらしい。

《奇跡の聖女》の末裔、ホーリーズ家。そして、当代の聖女セシリア・ホーリーズ。

 自分の幼馴染の婚約者。

 このまま本当にセシリア様が国外追放される事になったら、幼馴染の彼との婚約はいったいどうなってしまうのだろう?

 彼はセシリア様について行くというだろうか? 

 だが、彼とセシリア様との婚約を破棄させるよう働きかけがあったとも耳にしている。

 皆の声を無視して国を飛び出し結婚したとしても、国に残る彼の家族は深く傷付くことになるだろう。

 そうだ。二人の妹さんの事も心配だ。彼は妹二人をとてもとても可愛がっていた。だから、もしかすると自身の結婚については諦めるかも知れない。

 自分が幸せを掴むために誰かが犠牲になるなんて、人一倍正義感が強い彼がそんな事を出来るとはとても思えない。

 まして犠牲になるのが大切な家族ともなれば尚の事だ。

 だからきっと彼は自身の幸せを放棄する。

 自身の気持ちに嘘をついて、どんな形であるかは知らないが思ってもいない事をセシリア様に伝えるのだろう。

 あれほど仲の良かった二人だ。その仲を引き裂かれるのは身を引き裂かれるほどに辛いだろう。

 友として彼に何もしてあげられない自分が情けなくて仕方がない。

 自分はただ、この西の門を警備する事しか出来ないが君の幸せを心より願っているよ。

「……ん?」

 あれは……あの集団は……ホーリーズ家? 本当に国を出るのか……ホーリーズ家なくして、聖女なくして本当にこの国の安全は保たれるのだろうか? 

 自分にはやはり分からないが、国が決めた事なら致し方ない。

 西の門番として、永きにわたって護り続けてもらった身として、最後くらいはせめてホーリーズ家の旅の無事を心より祈ろう。

 最高の笑顔と感謝の気持ちを込めてーー。









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