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骨の魔物、スケルトンその5

「はぁ……」

「なんだその、自分の信じるものが揺らいであらゆるものが嫌になって、とりあえず早く帰りたいようなため息は」

「やけに具体的っすね!?」


 仄暗い墓所、その入り口を出てすぐの古ぼけた小屋。既に使われなくなって数年は経つのか、木製の壁面には虫食いがいくつも見られ、支柱の一部は今にも傾いてしまいそうなほど腐食している。

 そんな場所から、夜も深まった時間だというのに騒がしく会話をする声が響いていた。いや、騒がしいの大部分は片方の少女……テラによるものだが。


「助けてやったというのに、感謝の一つくらい言ったらどうだ?」

「助けたって、あたしは死なないって言ったじゃないっすか」


 部屋の中央に置かれたテーブルにはいくつも棒状の『食糧』が用意されていた。見た目はパンによく似ているが、表面はざらざらとしていてむしろ油の衣のようで、しかし味わいはさっぱりと……というより無味無臭で、しかもなかなか噛みきれない。スポンジを段ボールで包んだらこんな味と食感になるだろうか。


 正直こんなものは人に食わすものではない気がするのだが、テラは喋りつつももしゃもしゃと一心不乱にそれを、しかもとても美味しそうに口に運んでいる。その様を見て、行灯の明るさのつまみを調整しながらレパルは呆れ気味に口を挟んだ。


「……わざわざ拠点からお前のために運んでやった飯はうまいか?」

「助けてくださりありがとうございますマジで感謝してますうまいっす、はい」


 がっつきすぎていたこともあって、テラは喉につっかえてむせてしまった。ちなみに自分の分の食料の大半を差し出してるぞと、小声で男はぼやく。


「接続……失敗、座標取得……失敗、緊急事態用プロトコル参照……、同期を中断……完了、ローカルメモリ指定……完了、再度接続……失敗、地上においても変化なし」


 先ほどから少女は、目の前の男と会話しつつも、椅子に座ったままの体制で目を瞑り、瞑想しているかのようなポーズで何かをひたすらに呟き続けていた。


「さっきから、一体何をぶつぶつと喋っている?」


 レパルは怪訝そうに、目の前であぐらを組み目を閉じているというのに器用にも飯を口に運び、もしゃもしゃ食いつつ独り言を呟く女に問いかけた。


「ある種の呪い、あるいは術式……いや、魔力の流れがかけらも感じられないか」


 あるいは、その手の『人を騙して討つ』ような類の人間は、己の死すら偽造して殺しにかかってくるという。レパルはそれをまず疑ったが、疑った時点で否定できるほどに目の前の女に魔力が微塵も感じられなかった。


 あるいは、魔力すらも騙せる……いや、そんな者はいない。外部から観測される魔力を完全に0にするなど不可能。それは絶対的な法則であり、小枝が折れたら下に落ちるのと同じくらい自明の理だ。そうレパルは結論づける。


「あたしには言うくせに、自分も独り言ぼやいてるじゃないっすか」


 気づけば、テーブルの上に山盛りに置かれた食料は全てきれいさっぱり無くなっていた。平らげた本人はあっけらかんといった風である。


「……そろそろ、お前が本当に何者なのかを言う気にはなったか」

「いやなんでそんな詰問口調なんすか、しかも腕の組み方と表情がマジでカタギじゃねぇっす」

「カタギ……?」


 レパルのやや高圧的な問いかけに、テラは無言でわずかに身体を伸ばすと、小屋の壁際までよって自分の背丈よりも大きい木造の開き窓を開けた。


「この小屋があのジメジメした地下と直接繋がってたから外を見るタイミングがなかったっすけど、ここからならよく見えるっすね」

「……? 何を言っている?」


 テラはほんの一瞬部屋の隅に隠れた地下通路の扉を横目で見やり、嗅ぎ慣れない墓場の夜の空気を肺にいれて美しく澄み渡った夜空に浮かぶ異物(・・)を指差した。


「あれ、あのでっかい赤い星、横に並んでるより遥かにでかい(・・・・・・)やつ、アレなんすか?」

「それがお前が何者なのかと関係するのか?」

「いいから、こっち来て早く答えるっすよ」


 空に浮かぶそれ(・・)を凝視しつつ、テラは手招きする。仕方ないなと小さくぼやき、レパルはテラの見る空の方に目を向け、そして指しているものの正体を即座に言い当てた。


「魔界月だろう?」


 聞いたことのない未知の言葉に、テラはほんの僅か眉を潜める。レパルがまったく驚いていないあたり、あれだけすぐ側まで急接近した(・・・・・・・・・・)月が異常な現象ではないということ。


 テラは月に向けたままの指を縦方向にスライドし、今度は巨大な月の真下に見えていた小さな雲の方を指差して問いを投げる。


「じゃあ、あの木……雲から生えてますけど?」

旅樹(りょじゅ)だ」


 はるか遠方に見える山……目測から標高7000メートルは下らない山脈の、その表面を覆い尽くすように張り付いている巨大な影を指差す。


「なんか馬鹿みたいなデカさのムカデが向こうの山に見えるっすけど」

龍百足(りゅうむかで)だな……ほう、めずらしいじゃないか。アレほどのサイズなら数百年は生き延びて来た個体だ。わざわざ擬態を解除するとは、なんだったか……繁殖期か? 残念ながら神獣は専門外だから、詳しいところはわからないがな」


 空で燃えながら火の粉を撒き散らす鳥、トゲトゲのハリネズミのような爬虫類、そして歩く骨を順に指差す。


「あの燃えてる鳥……」

緋喰鳥(ひくいどり)。炎魔素を纏う、極めてポピュラーな魔鳥類だ」

「あのトゲトゲの亀みたいなやつ……」

千本亀(せんぼんがめ)。爬虫類の魔物に属さぬ亀とは近縁種だ」

「あの動く骨……」

「スケルトンだな、後で俺が狩る」


 次々に列挙されたそれらは、全て窓の外に広がっていた世界に我が物顔で存在していたモノたちだ。そして、テラの記憶には存在しないモノたちでもある。


(はぁ……書庫へ接続できなくても、ローカルの記録だけ見たとしても、コレ(・・)は無いっすね。うん、ありえん、断じてありえんっす)


 テラが記憶する、幾万幾億の地上世界。それらの世界全てを統合しても、目の前の世界を満足に説明することはできなかった。歪な形態をした鳥や亀はまだマシだが、そもそも骨が元気に動いて人間を殺しにかかってくる、そんな常識外れな現象を素面で信じられるだろうか?


 どこかの馬鹿が、テラが地上に降り立たない間に生物兵器でも作り上げたのではないか?


 いや、その可能性はひどく薄いだろう。そうテラは結論づける。

 少なくともここ数万年単位では、書庫の知識の差分、すなわち新たな世界の知識の増加量は極度に少なくなっていた。そしてそのほとんどをローカル、つまりは自分の記憶に保持しておいたテラにとって、目の前の光景を説明するための何かを持ち合わせてはいなかった。


「つまり、まあ要するにこれは……そういうことっすね」


 一人得心のいった少女は、開きかけた窓を完全に開け放つ。外の涼しげな夜風とともに、外界に蔓延(はびこ)る異形達の小さな鳴き声が入ってくるようになる。


「ここは……あたしの知る世界とは異なる原理の世界、要するに異世界(・・・)ってことっすね」

「なんだと?」


 導き出された結論は、書庫のあった世界とは別世界に来てしまったという突飛な発想。しかし、それ以外にテラが納得のいく答えは持ち合わせていなかった。


(ぐあーーー!! 最悪の結論っすけど、その可能性が今一番高いっす! ふざけんなっすどうりで数万年も賢者候補がこないと思ったんすよ! 確かいつぞやの馬鹿賢人が地上で次元転移の方法論とかやってた気がするっすけどもしや……いや、今はそんなことどうでも良いっすね。……仮にここが異世界なのであれば、あたしが書庫の内外で感じた違和感にも説明がつくっす。それと、この男(レパル)の奇天烈な言動も)


 座標が合わず空に浮いてしまった扉、奇妙な手品のような力を行使する人間、そして跋扈(ばっこ)する奇怪な生き物(?)たち。


 書庫と異なる世界が繋がる……想定の事態の中でも、テラが予想だにしなかった現象だ。


(書庫の完璧なシステムが駆動している限り書庫世界との接続先が別世界になるなんてそんな馬鹿げたミスは起こり得ないっすけど、あたしが保守をしてこなかったツケってことっすかね……。おそらくは、ベースとなる世界が違うせいで書庫との接続がおかしいってことなんだろうっすね。仮にここがあたしの知る世界ならば、星の核内部から異なる銀河にいたるまで、書庫に繋げられない場所など存在しないはずですし……あ、ブラックホールとかなら接続が悪くなる可能性はあるか)


 自分の知る世界と土台は相同だが、まとわりつく違和感がその世界がテラの知るものとは異質であることを如実に示している。


「認めたくはない、認めたくはないっすけど……ここ(・・)は全知を誇るあたしのライブラリを持ってしても未知が多すぎるっす。世界を司る神がわからないってことは、つまりは世界自体が異なると考えるのが自然だと思うっす」


(まあ、あくまでもあたしの(ここ)に入ったローカルライブラリの情報と照らし合わせた上での未知ですけど)


 コツンとテーブルを叩き、テラはオーバーに肩を竦めてそう説明した。実際のところテラは世界そのものを司れるような強大な神ではないが、現地民にはできるだけ見栄を張る癖があり、今も胡乱な目をしているレパルに対し薄目でドヤ顔をしている程である。


「……そんな与太話を頭から信じて貰えると本気で思っているのか? 神を自称する奴でまともな人間と会ったことはないんだがな、神などいるはずもなかろう」

「あ、なんか魔物とかそんなのはいるけど、神仏についてはあたしの知る世界と近くてあんたみたいな無神論者もいるんすね。覚えておくっす」


 レパルはテーブルの上で腕を組みかなり威圧的な態度を取るが、それを飄々(ひょうひょう)と大して気にもとめずにテラは返答する。

 テラにとっては、神だとかそういった類の話は信じてもらえた例の方がはるかに少なく、別に信じてもらう必要もまったくない。ただ単に偉そうにしたいから、神を自称しているだけである。


「お前は、一体何を隠しているんだ? 瀕死の状態から一切の魔力・神聖力の行使なしに回復するなど前代未聞だ」

「隠してるつもりはないっすけどね……おわ、なんすかこいつ」


 窓を開いていたからか飛んできた羽虫を、テラは何の気なしに掴んでその異質な姿をまじまじと観察する。見てくれはサイズ感無視の腹の膨れたダニのようだが、棒状の何かから成分不明の有色のガスを噴出して浮かんでおり、中々に気味の悪いフォルムだ。ただ、テラはむしろ楽しそうに表面をさすったりしている。


(……こんな生き物も、見たことも聞いたことも当然ながら記録にもないっすね。まあこのくらいなら、書庫で作れなくもない(・・・・・・・)ですけど)


 そんなテラの様子を鋭い目つきで睨みながら、レパルは手元にボロボロの羊皮紙のような動物の皮で作られた薄茶色の紙を出し、そこに何かを記載 (どうやったのか、指でなぞっただけで赤い文字が浮かぶ)し始めた。


「異世界だなんだという話は置いておくとして、お前の能力を誰かにばらす気は俺にはない。書庫(あのばしょ)についても、そこまで頑なに秘匿しているというのなら、口外しないことを命約(ラフ・レイジ)を使って契約しても良い」


 どうやらレパルは、テラが特異な能力を極秘の施設か何かで取得し、それを隠したがってるのだとだいぶ食い違った方に解釈したらしい。


「なーんか話がこんがらがってきてるっすね。ちなみにラ……命約(ラフ・レイジ)? それを使った上で契約破るとどうなるんすか?」

「死ぬ」

「いや重い重い! そんな気軽に命をベットするなっすよ!」


 驚きのあまり思わず両手で静止のジェスチャーをとったために、テラの両腕で固定され舐め回すように観察されていた虫は、慌てたような挙動で拘束を逃れそそくさと窓の外に逃げてしまった。


「あー、しまった逃げられた」


 虫が飛行した場所にはガスの名残か色のついた粒子が舞っており、それをつかもうとしてもまるで雲のように触れた先から霧散して消えてしまう。


「それで、お前は命約(ラフ・レイジ)を受けるのか?」

「受けるわけないっす! あたしはともかく、あんたは死なせるわけにもいかないっすよ!」

「そうか……」


 レパルは手元の契約書っぽい何かを途中まで書き上げていたようだが、テラのその言葉に心なしかガッカリしたような素振りを見せる。

 書きかけの紙はレパルがわずかに掌で覆い隠すだけで、チリも残さず焦げ付きもなく燃え尽きて消滅していた。


「わかったっす。わかったっすよ。じゃあこうしましょう。あたしはこの世界で適当にぶらぶら生きてるんで、あんたはその間に書庫への行き方を探すっすよ。それで見つかれば、あたしの知る限りの情報をあんたに教えてやるっす」


 多少なりとも何も知らぬレパルが気の毒になったのか、テラは条件を提示して書庫の情報の開示を仄めかした。


(まあ、最初からそのつもりでしたけど。ていうか本来なら、書庫(あっち)でちゃんと手続きしてこいつに知識を叩き込む手筈だったんすけどね。それに死なずのあたしも、流石に知識にない異世界でどうなるかなんてわかったものじゃない。あたしの本来の能力発揮のためにも、まずはこの世界の情報を集めまくる必要があるっすから、こいつを利用するのは悪くはない手っす)


「なるほど、タダでは教えないと。……死体にして情報を抜き出すか」


 だが、これもまただいぶ捻くれた解釈をされてしまったようだ。心なしかレパルの顔に影がさし、気温が数度下がったと錯覚させるような寒気があたりを包む。


「いやいやいやいや何言ってんすかあんた頭大丈夫っすか!?」


(あーそうだったこいつやべー奴だった! こんなやつに協力頼むのとか最悪の手じゃんこれ!)


「冗談だ」

「冗談に聞こえないんすよあんたのそれは……」


 冗談の全く似合わない男は、やはり表情一つ変えずにそんなことをのたまっていた。彼のような人間がこれまでいなかったわけではないが、ことこのような異常事態の中テラにとって縋れる藁がこんな性格の悪い人物だということは泣きっ面に蜂だ。


(だけど背に腹は変えられないっすね……そもそも、どのみち賢者として選ばれちゃったものは変えられないですし、コイツとは付き合いが長くなりそうっす……)


 これまでの賢者との関わり合いでは常に書庫という絶対的優位な立ち位置から口出しできたのに対し、今回は同じ地平で接する。そのため、人間性が死んでても問題なかったこれまでとは異なり、色々と自身のメンタルが死ぬ予感しかしない、そう心の中で愚痴を零す。


 しかし腹を抑えて未来を不安視している目の前の少女のことなど構いはせず、レパルは先ほどの契約書とはまた異なった何かの資料をテーブルに広げて、表情を仏頂面に固定したままそれに目を落としていく。


「そういえば、お前はこの後どうするんだ? この世界をぶらぶらするだとか言っていたが、アテはあるのか?」


 そう言って、先のテラの提案には明瞭な返事はしないまま、資料の中の一つに紛れていた古ぼけた書類をテラに見えるように広げた。

 そこに描かれていたのは、形はテラの知るものではないが明らかに大陸と海、山脈、島々などを記した『世界地図』であった。


「いくアテは……何もないっすよ。この地図上のどの場所も、あたしの記録に照合して一致する所はないですから。ていうか、あたしら今どこにいるんすかこれ」


 茶色の染みで掠れて読めない文字を凝視し、多少読めても異界の法則不明な言語で理解できないでいた少女は、ふとした疑問を目の前で他の書類と睨めっこする男に投げた。


「今いる場所はここ……この帝国領の一番隅だ。西側が山脈で遮られ、帝国領の他の都市とは物理的に断絶している」

「み、見事なまでの僻地」


 帝国領と呼ばれる大国の、東の果て。北と西を山脈に囲まれ、南と東を巨大な森林に遮られている。今テラたちがいるのは、そんな場所だ。


(一番近い街が全部山越え森越えしないといけないじゃん!)


 そのあまりにも生存に適さないエリアがスタート地点だったことに頭を抱え、テラは地図を穴が開くほどに凝視してどこかに休息が取れる街か村かがないかどうかを探す。

 しかし、やはりどこを見ても閉ざされたこの墓地の周りに安全圏を見つけ出すことはできない。


「いくアテがないならここの都市はどうだ?」

「いや遠い!」


 レパルの指差した先は山越え森越えした先の、『帝国領』とやらの中心に程近い場所だ。縮尺がわからないが、今いる場所から見える山と地図上の同座標の山から推察して、多分100 kmはくだらない。


「そういえば魔術が使えないんだったな。なら、こっちはどうだ? ここからなら徒歩でも1日あれば着く」

「いや山頂! てかこんなところに街なんてあるんすか!?」


 レパルが指差した箇所は連なる山脈の頂、おそらく地図の等高線らしき線から予想するに周りの山々と比べても最も標高の高いであろう場所であった。地図に街らしき形状のものも、街の名も記されてはいない。


「ここは浮遊都市ネブラの昇降領域だ。ちょうど明日開かれる魔物生態学会の方の今年の開催地で、地上に降り立っている時期になる」

「ふ、浮遊都市? 魔物生態学会……?? ……情報のアプデがついていけないっす」


 都市は地上にあるもの、それが常識なはず。よしんば空に浮かぶ居住区があるとしても、少なくともテラの持つデータの中には巨大な飛空挺から国一つが丸々収まった飛空要塞とその程度だ。……いや、後者は普通に都市以上だったとかぶりを振る。


「今年は別に俺が参加する理由があるわけではないが、俺との共同研究者が参加してるんでな。まあ、あまり気乗りはしないが……」


 テラが頭の中のローカルメモリと睨めっこして逐次情報の精査を行っている前で、レパルはあまり気にも止めず、ずっと遠くの空の方をじっと見つめてそうため息を吐いた。


「え、てか明日ってことは、あんたはここからいなくなるってことっすよね?」

「まあ、そうだな」


 できればあと数日はレパルにねだりまくって食糧を確保しつつ、付近一帯の植生くらいは調べておきたかった。そう心の中でボヤきながらチラリとテラは男の方に目をやるが、レパルの顔にくっついていたのはたぶん全く意図を察していないような無表情だ。


 仕方がないのでテラは、「あ〜明日一日どーしよー」とか「まさか食糧無しで生きろなんて鬼畜はそうそういないっすよね」とかボソボソ喋ってわざとらしくレパルの方にチラチラと視線を送る。


「おい、まさかついてくるつもりか」

「たりめぇっすよ、右も左も分からない一般人のあたしを殺戮ドクロがさまようこんな場所に置いて行っていいと思うんすか?」

「いや、お前自分のこと神だとか言ってなかったか? 神かどうかはともかくお前の不死性、死に体のお前が何事もなかったように蘇ったのだから、何の問題もあるまい?」

「それとこれとは話は別っす! 不死身は死なないってだけで、死ぬなんて正直嫌に決まってるっすよ」


 テラは自分の腕の甲をつねるジェスチャーと心底痛そうな表情をしてみせて、痛いのはやめろという意思表示をする。


「寒季のこのくらいにネブラ山脈の中腹によく出没する食人樹精霊(ヒュミル・ドライアド)土喰竜(オオミミズ)はスケルトンとは比べものにならん危険度の魔物だが、それでもついてくるのか?」

「そ、そんなのがいるんすか……」

「スケルトンが100体いれば村一つ潰せるが、こいつらは1匹で街一つ潰せるな」

「インフレが激しい!」


 スケールの規模もさることながら、そんな明らかに危険な生物がそれほど遠くもない地に生息していることを事も無げに語るものだから、テラには目の前の男の人間性がいっそう分りづらくなる。


「てか、そんな場所オススメしてるの、頭どうかしてると思うんすけど?」

「よく言われる。だがお前の不死性があれば死にはしないんだから、喰いちぎられようが潰されようが大丈夫じゃないか?」

「あんたは不死の生物になんか恨みでもあるんすか……てか、それなら連れていっても良くないっすか?」

「お前の面倒を見る余裕はない。それと、目の前で死なれては明日の飯が不味くなる」

「自分の心配だったんかい!」


 ため息混じりにレパルはそう語り、おもむろに手元の紙の一枚を取り出す。ついで、不可思議な言葉を紡いだと思うやいなや、それはふわりと下から風が吹いたように浮き上がり、テラの方へと綺麗な直線軌道で飛んでいった。

 たぶんその紙を華麗にキャッチしようとしたのだろうが、見事におでこにぶつかり掴もうとした腕は空を切っていた。


「そこにもある通り、依頼にあるスケルトンの最低討伐数にはまだ50体ほど足りていない。期日が後二日である以上、明日の夕刻にはここには戻ってくる。どうせ、まだあと数百体は骨どもを狩りたいからな」

「いや、読めねっすよ何書いてあるんすかこれ」

「『スケルトン 狩猟数50 必要狩猟数100』だ。他にも被害の詳細や期間などが記載されてはいるが。しかし、もう驚きもしないが公用語すらも知らないのだな。発話はできるというのに」

「そこはあたしにも謎ですけど」


 テラは床に落ちた紙を拾い、そこに書かれた文字をどうにか読み解こうとした。が、四角く黒く塗りつぶされた文字の一つ一つに何一つの差異を見つけることはできず、わからないために結局諦めてそれをレパルに戻した。


「ともかく、とりあえずここで待ってりゃいいんすね? あたしは今のところ文無し宿無し戦闘力無しに加え現地の知識も無しなんで、あんたの助けを頼りにしてるんすよ?」

「……なぜ俺がお前の世話をすることが確定している」

書庫(・・)について、あたしが何者なのかについて知りたくはないんすか?」


 喋りつつ対面で資料整理をしているレパルの前までわざわざ歩き、テラは身長差から見上げる形で指差して、そんな持って回った風な言い方をした。

 そんなテラのことをわずか視線を移して睨みつけ、それからレパルはわずかにため息を吐いて頭を抑えた。


「ふん……まあいいだろう。どうせ見殺しになどするつもりはなし、そんなことをすれば後が怖いからな」


 半ば諦め気味と言った風で、小声で「騒がしい小娘のお守りまでついたか……なぜ俺が……」とぼやいていた。


「後が怖い……?」

「こっちの話だ」


 手を仰いで明らかに話題を逸らそうとする。こんな傲岸不遜な人間が何を怖がるというのかはわからないが、テラは目の前の仏頂面男が怖がってる様を妄想してほくそ笑んでいた。


「明日の準備をしてくる。スケルトンどもにまた殺されたくなければ、しばらくはそこで待っていろ」


 そんなテラの様子に気づいてか気づかずか、やや刺のある言い方でそう告げると、赤い棒状の何かを片手に部屋の外へと足を向けた。


「あ、それなら!」

「なんだ?」


 部屋を出ようとしたところで、テラは指をパチリと鳴らしてレパルを呼び止めた。呼び止めた張本人は、腕組み足組みしてなぜかやたらに自信ありげというか威張った態度だ。


「晴れてあたしらは一蓮托生、運命共同体、死なば諸共な訳ですし、一つめちゃくちゃ重要な頼みごとしていいっすか?」

「……言ってみろ」


 死なば諸共は違うくないか、という疑念の顔を少し覗かせつつ、小さく頷くことで大仰に振る舞う少女の次の言葉を促した。

 テラはそんなレパルの前まで再び歩み寄り、手に持った先ほどの食べ残しのパンもどきの切れ端を鼻先まで近づけ、目をキラキラさせながら頼みごとを口に出した。


「さっきのこれ、このパン、あと10人分持ってきてくれっす!」

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