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骨の魔物、スケルトンその2

「いや、確かにあたしは聞いたっすよ、あんたが『アンデッド』対策がどうたらこうたら喋っていたのは。そんな空想の話を真正直に話す心が幼い子なんだな〜顔に似合わず可愛い〜なんて考えたくらいっす。いや可愛いは無いっすね」


 遠目にいくつもの巨大な構造物、『書架』が並び立つ異様なる世界。その中心、見晴らしの良い草原のど真ん中で、少女と青年が何やら口論をしていた。


「なのになのに……なに大真面目にこんな大量に書いて論じてるんすか!? なんすかアンデッド出没の歴史ってあんた馬鹿なんすか! それとも妄想癖があるとでもいうんすか!」


 少女はいきりたち、大声で青年を糾弾した。

 そして机に置いておいた、質量と中身を無視した不可思議な書物をつまみあげ、どこからともなく現れた木製の小さな棚に仕舞い込む。


「……これは本当にあんたがここに来たのは何かの手違いみたいっすね。『スケルトンがたくさん王国国有の墓地に出没したため、それを一挙に退治する方法についてー』って。こんなん大の大人が大真面目にかくなーすよ。大大大恥っすよこんなん、黒歴史っす。てかなんすかスケルトンって、骨が動くとか魔法の力とか悪霊とか……それ許されるの妄想の中とかファンタジー作品の中だけっす! いったい何を書こうとしてるんすか!」


 少女の捲し立てるような発言に対し、青年はしかし落ち着き払い不機嫌そうに返す。


「妄想……? 魔物は確かに時として人の心の弱さが生み出すものだが、妄想で片付けられるものではないぞ? それに……その口ぶり、まさかお前スケルトンを知らない、などとは言わないよな……? 辺境の村娘でも知ってるような一般常識の魔物だぞ」

「なんでそんな可愛そうな人を見る目でこっちを一瞥したんすか。まさかまさか、本気の本気ってわけじゃないっすよね」


 少女が訝しげに問うても、青年は依然表情を強張らせたままでむしろ「何言ってんだこいつ」といった呆れ顔までしてみせる。


 その青年の態度に、少女はあらゆる可能性を頭の中の『ライブラリ』を参照することで探索し、ものの数秒である一つの可能性に辿り着く。


(あー、妄想癖爆発して本来の知識を正常にアウトプットできない、っていう奇人変人の例は過去にあったっすね。そいつは知識量と発想力は凄まじかったっすけど、口が追いついてなかった、というか色んな意味でアホだったから世に爪弾きされてたんすよね)


 5万と5228年前に書庫への扉を開けた人間は、およそあらゆる世界の条理を定式化する脳みそを持っていたが、喋る言葉はなんと自作の奇妙奇天烈な言語であり、要するに厨二病であった。


 おそらく目の前の人間もその類だろう。そう考えた少女は、言葉を紡いだりコミュニケーションをするよりまず、彼の言葉が指し示す本来の意味を掴むことから始めようと決めた。


「どうした、なぜ押し黙る」

「黙ってたわけじゃないっすよ。試験は合格っす。はい、合格。おめでとーございますっす。ぱちぱちぱちー」

「なんだ藪から棒に。まるで心のこもらない言葉だが、命令を与えられるだけの土人形(ゴーレム)だったのか?」

「あーはいはいそうですとりあえずもうそれでいいっす。じゃあ、こっからが本題っす」


 先ほどもそう言っていなかったか? という青年のツッコミは完全に無視。少女はくるくると指先で弧を描くように動かし、ついでその指先を何も存在しない虚空へと向ける。

 すると指差した方向に、どこからともなく草原に似つかわしくない、鉄製の3階建ほどの大きさの扉が出現していた。


「これは……」

「あんたがさっきくぐってきた扉っすよ」


 先ほど青年がこの地に足を踏み入れた時に鎮座していた重厚な扉。扉をくぐった次の瞬間には跡形もなく消えていたため、彼はその存在を失念していた。


「……人並みに魔法は使える、と」

「このデカさの扉を出現させるのが人並みの魔法だったら、あんたの考える魔法とやらのスケールのデカさにびびるっすよ……」


 もちろん魔法など信じるわけないっすけど、と小声で少女はこぼし、ついで扉の方をじっとみつめる青年の前まで移動した。


「そこの扉はあんたがくぐってきた時間で停止してるっす。つまりここは時間を気にせず読み物にふけることの出来る場所っす……いや、そんな事はどうでもいいっすね。そこの扉はあんたの好きな場所を指定して飛ぶ事ができるっす」

「なに?」


 つまりは帰れるということか、と青年が口を開けようとしたが、その言葉を予期したように少女は先んじて手で待ったをかける。


「確か、『スケルトン』がどうとか言ってたっすよね? その討伐方法、確かめさせてもらうっすよ?」

「魔物の知識を持たないお前が判定できるとでも?」


 皮肉げな笑みとともに、そう詰め寄る少女。細身の腕を組んで小馬鹿にしたようなその態度に、やはり気にもとめない青年は平坦に返す。


「ああそれなら、あんたが書き連ねたさっきのレポがあるじゃないっすか。あたしはそれ全部覚えてるんで、その実践ってことっすね」

「なるほど」


 馬鹿らしい話ですけど、と小声で付け足し、指をほんの僅か横になぐ。すると、扉はまるで最初からそうであったかのように、開く瞬間すらなくその大口をあけていた。


「……お前、本当はわかってるんじゃないのか?」

「なんのことっすか。まあともかく、試験合格祝いにあたしをエスコートするっす。そのついでにあんたの言ってることを見極めさせてもらうっすよ」

「ふん、面倒ごとが増えたか。だがまあ、もののついでだ。どうせお前のいう通りにしないとそれを返却もしないのだろう?」


 ため息混じりに少女を、そして綺麗に棚に仕舞い込まれた書物を一瞥する。


「ご明察っすよ。ま、読んだ時点でライブラリには蓄積(・・)されるっすから、これには別にもう用はないっすけど」


 それなら安心だ、と胸を撫で下ろして青年は扉の前まで歩む。

 そして扉の先が見えるところまで進んで、()()()()()()()()()()()()、その歩みは停止していた。


「……おい、ひとつ聞いていいか?」

「ひとつと言わずいくつでも。答えてやるっすよ」


 近くの茂みの中に落ちていた小指程度の大きさの石を拾い、無造作にそれを扉の先に放り投げる。投げて、いつまで経っても何かにぶつかった音が返ってこない。


「これは、いったいどういうことだ」


 彼の目の前に広がっていたのは、扉の先の景色は、日の光を反射させる雲で覆われていた。というか、雲しかなかった(・・・・・・・)


「ん〜? げ、何じゃこりゃ」


 その光景は、本来あり得ないはずの景色だった。いや、やろうと思えば可能ではあるが。


「これはアレっすかね。いやしかし何でそうなるのかな……うーめんどー」

「おい、1人で納得をするな。説明をしろ」

「空間座標は基本的に相対座標なんすけど、稀に不具合から初期化されることがあるんす。その場合、自動的にパスを外して絶対座標を演算してから繋ぎ直すシステムがあるんすけど、それすら止まるというレアを引きあてちまったってことっすね。本来地上のはずが、座標が崩れて高度数千メートルの所に扉ができてしまったってことっす、多分」


 めんどくさそうなわりにはやけに饒舌に少女は捲し立てた。しかし、対する青年は言葉を反芻して首を傾げる。話を振ったはいいが、その内容は理解できるようなものではなかった。


「さっきといい、お前が何を言っているのかよくわからん。よくわからんから問題点も判然としないが、ともかくこの雲はまやかしの類ではない、ここは空の上という理解であっているか?」

「まーだいたいそうっすねー。あ、待てよ」

「?」


 指をパチりと鳴らし、何か面白いことを思いついた子供のような満面の笑みで少女は青年の方を見やる。

 青年は、話はしつつも扉の先に広がる不可思議な光景に興味を示しその様を観察していたため、少女の方は見えていない。


「えい」

「は?」


 だからこそ、次の瞬間に起きたことには、これまで全く表情を崩さなかった青年の顔に心からの驚愕を貼り付けさせた。

 つまりは、蹴り飛ばしたのである。思いっきり、少女が青年を。背後から、雲海よりもはるかに高い空の世界へと。


「な、なにぉ……」


 少女の見てくれ通りのそこまで強い蹴りではなかったが、身を乗り出して雲を観察していたためにたたらを踏み、そのままバランスを崩して青年は空に放り出されてしまった。


「うーん。バッドエンドってやつっすね。まあデッドエンドにはならないっすけど」

「この……ふざけっ」

「うん?」


 宙に放り出された状態で、青年は器用にも紐上の何かを扉に向けて放つ。よく見ると先端は錨のような形状をしており、上手いことそれが扉の靴擦りに引っ掛かった。


「お、なんかカウボーイっぽいっすね」


 引っかかったそれに興味ありげに少女は近づく。そして何となく予想はついていたが、青年の体を地上に繋ぎ止める希望を、摘み上げてそのまま空に帰そうとする。


「座標のズレを直すのにも少し時間かかるですし、それまで居座らせるつもりもないですし。ぶっちゃけさっさと落ちてその顔で泣きはらして欲しかったっす。ま、どうせ死なないし恨まないでくださいっすよ〜」


 そう言って雲間に錨付きの紐を投げ入れようとした。


「あれ?」


 しかし、何度腕を振っても一向にそれが空に放たれない。どころか、なぜか先ほどからそのか細い腕にかかる重量が人一人分からどんどん重くなっていっているようにも思える。

 いや、思えるではなく、事実重くなっていた。


「ぐえ、え、なんすかこれ!? やば、引っ張られ……」

 見ると、指で摘んでいたはずの小さな錨はどこかへ消え、なぜか伸びていた紐の先が少女の腕に繋がっていた(・・・・・・)

 耐えきれない重さに腕ごと床に押し付けれら、そのままずるりずるりと開け放たれた空の世界に引き摺り込まれる。


「ちょ、ちょ待って、ストップ! ストーップ!」


 どうにか鉄扉の縁にしがみつこうとするも、もはや片腕で支え切れる重量ではなく、たまらず空に投げ出されてしまう。


「あっ」


 そして、投げ出されたために、彼女の腕にかかっていた異様なまでの重みの正体に気がつく。いや、正体、と言えるか定かではないが。


「ひ、な、なんすかアレ……」


 大地を生きる人間にとってもはや自由落下しか自由のない空の只中で、空の自由を謳歌する生き物、鳥。

 紐で繋がれた先、青年の脚部に、夥しい数の鳥の白骨死体が張り付いているのが見えた。しかも、それらは遠目でもわかるくらいはっきりと、羽をばたつかせて動いているのである。


 鳥の骸骨が寄り集まった集合体は、さながら一個の巨大な生物のように、骨だけで構成された翼を広げてゆっくりと羽ばたく。


 だが、羽ばたいても羽ばたいても一向に状況は変わらず、先ほどから二人と骨の鳥はただ落下しているのみであった。


「ちっ、マナ枯渇高度か」


 骨の鳥にがっちりと足を固定している青年は、忌々しげに眼下に広がる雲を一瞥し、それから自分より上空で落下してきている、事の発端の少女の方を見る。


「ふん」

「ぐえっ」


 腕に固く巻き付けた紐を両方の腕で思い切り引っ張り、少女を自分が乗る骨鳥の背に叩きつけた。ちょうど後頭部から落下していたことが災いし、受け身も取れずに硬い骨の大地に頭から激突した。カエルを腹から押し込んだときのような何とも言えない声が聞こえたが、多分気のせいだろう。


「魔力で受け身も取れないのか……こいつ、いったい何なんだ?」


 頭部を強打したせいで目を回し伸びている少女を横目に、青年は足元に迫りつつある雲海を睨む。


「ガスクラウドの反応は無し。島龍(しまくじら)の影も見当たらない……攻撃性の魔物によるリスクは今のところ無し。だが、低濃度マナ領域から高濃度マナの雲に突っ込むのは危険だ。どうするか……」


 骨の鳥ごと猛スピードで落下している中、雲海に突っ込む危険性を考え対応策を練ろうと悩む。


「高高度調査部隊は確か、生身の人間に防護(レジスト)再生(レジネ)魔素反発(マナフォビク)をかけて先行させ、マナの壁を破る荒い方法をとっていると聞いたが……自分にはかけられんし、かといって召喚したこいつらには付与術式は効果は無い。さて、どうするか」


 と悩むそぶりをしつつ、気絶して白目を向いている隣のちょうどいい生身の人間一人を視界にとらえる。


「元はと言えばすべて、俺を蹴り落としたコイツのせいだからな。恨みはしないだろ」


 そう言って手を合わせると、暴風に煽られながらも手際良く腕に紐を絡めて固定し、紐のもう片方の端が繋がれた倒れ伏す少女の首根っこを掴む。さすがに絵面が悪すぎるが、それだけの乱暴をされても気絶した少女は目を覚さない。


「コイツの落下速度を上げる必要があるな。四重式、いや五重になるが、まあなんとかなるだろう」


 骨鳥の背から少し身を乗り出し、右手で掴んでいた少女を思い切り投げ飛ばす。風圧で彼女の顔面が大変なことになっているが、そんなことは気にせず青年は続けて何かを呟き始める。


加速(ディアーセル)防護(レジスト)再生(レジネ)魔素反発(マナフォビク)


 すると、次の瞬間には少女の体が俄かに赤、黄、緑、黄の順に輝き、そして目にも止まらぬ速さで下方にすっとんでいった。


「……付与魔法の効きが強すぎる。どういうことだ? やはりあの娘は何かしら特異体質なのか? いや、まさかこれは……」


 腕に固定した紐が張り、反動で何度か空中を勢いよく往復する。さながらバンジージャンプのように。ひとしきり跳ねた後に、白目のままの少女の身体は空中に固定された。


「う、うーん」


 と、タイミングがとても悪いことに、そんな地獄のようなスカイダイブの先頭に吊るされた少女は目を覚ましてしまう。当然、状況を理解するなり頭を抱えて泣き叫ぶ。


「うええええ!? え、何、なんで、あばばば……」

「マナ流動界面を過ぎたか」


 腕に巻き付けた紐は何かの力により糸電話のように機能し、青年の声を紐の先の少女に届ける。が、今のこの状況では話を聞けるはずも無し。


「ど、どうしてこうなるんすかあああぁぁぁ……」


 空気の壁に何度も顔の肉を引っ張られ崩壊した顔面とともに、少女は頭から突っ込む形で雲海に激突した。


「ぐぼへ!」


 その瞬間に、雲海が開いた(・・・)。厚く大地を覆い尽くしていた灰色の雲は、少女の頭からの突貫により、まるで水に油滴を垂らしたように、そこだけぽっかりと穴が開いていた。

 そして、雲に覆われていた薄緑色の地上が曝け出されていた。


 眼下に広がる灰の雲とは別の景色に、青年は安堵のため息を吐く。


「この程度の高度ならば、召喚した魔物だけで問題なく耐え切れるな。あとは……」


 雲の壁を突破し、既に役目を終えた先鋒を、腕に巻かれた紐を手繰り寄せて引き揚げる。見た目は完全に網を引き上げる漁師のようだ。実際、引き揚げられた少女は死んだ魚のような目をぐるぐると回していた。


「うっぷ」


 弾みで吐きそうになるのを堪えつつ、全く動揺したそぶりを見せない青年の方を睨む。


(ふ、不覚……管理者のあたしがいいように振り回せれて、その上一瞬とはいえ気絶するなんて……ていうか、これはなんすか?)


 既に地上に激突するまで秒読みとなった状況下で、自分の身体に残る違和感を少女は不思議がる。


(体内の代謝が1.2倍、血流の促進、疲労感の減退、それから……)


 やけに身体が軽い。いや、自由落下の最中なのだから体感で軽く感じるのは当然と言えば当然だが、そうではない。身体の内側から膨張するような、言いようのない違和感。


 体調が良くなる類のものではなく、無理やり臓器を活性化させられている感覚。身体中を駆け巡る血流の動きが感じられるほどに鋭敏になった神経、異様に拍動するようになった心臓。


(あー、これは)


 例えるのなら、熱々の湯船に何時間も浸り、足先から頭までのぼせ上がる状態。

 つまりは、二度目の意識放流。少女の意識は、崩れて宙に飛び散る気味の悪い骸骨鳥のオブジェとともに真っ白に消えていった。

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