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SIDE-L(1)

 学校やお寺に銀杏を植えるのは、燃えにくいからだと聞いたことがある。

 昔、京都の有名な寺で大きな火災が起きたとき銀杏の木だけが燃え残り、その後も何度か火の手を浴びたが四百年間枯れること無く美しい枝振りを残しているそうだ。

 でも私は、その銀杏に聞いてみたい。焼け野に一本、燃え残ることは辛く無いのかと。

「入学式の時、大きな木だなって思ったけど……あまり近くで見たこと無かったな。本当に立派な銀杏ね」

 銀杏の大木を見上げると、濃い藍色と茜色が混じり合った空に星が瞬いていた。

「ねっ、綺麗でしょ? 俺、リリ子先輩と一緒に見ることが出来て嬉しいですよ!」

 末村瑠依まつむら るい。三年生が引退した我が校の新聞部、唯一の部員。茶色がかった癖っ毛、緩めたネクタイに弛んだ着方の制服。チャラくて冗談ばかり言うし、授業中は寝ていて不真面目だと噂されていた。

 でも私は知っている。意図的に隠しているけれど、彼はかなり頭がキレるのだ。

 私物の一眼レフカメラで撮る写真はテーマも明確でアングルも完璧。たまにしか書かない記事は簡潔明瞭で的確。紙面レイアウトを任せれば秀逸なデザイン。

 同学年女子より上級生女子の人気が高く入学以来アプローチが途切れないようだが、上手く立ち回って適当に遊んでいるらしい。

「ルイくんと二人で下校してる所をファンクラブの子に見られたら、わたし虐められるかも知れない」

 銀杏の木から校門に続くケヤキ並木を歩きながら少し意地悪っぽく呟いた私の言葉に、ルイくんは顔を顰める。

「は? リリ子さんのファンクラブ、抜け駆け禁止なんですか?」

「違うよ、ルイくんファンに虐められそうだなーって。知らないの? 二年生と三年生メインの末村瑠依ファンクラブあるんだよ?」

「あぁ……そっちか。でも関係ないですよ、俺の本命はリリ子さんなんで」

 入学式後、ルイくんは上級生対面式や部活動紹介が行われる前に入部希望で新聞部にやってきた。そして開口一番「オレこの高校に合格したら絶対、リリ子さんと同じ部活に入るつもりだったんです」と、言い放ったのだ。

 部室に現れた彼を見た私は……心臓が止まるかと思った。

「そうだ、リリ子さん。奢りますんで駅前に出来たタピオカ屋に行きませんか? 温タピって新メニューがオレ、めちゃ気になってるんですよね。知ってます? タピオカって原材料、芋だって?」

「知ってるわよ、そのくらい」

 さくりさくりと、ローファーが積もる落ち葉を踏む。

「芋と言えばオレが通ってた幼稚園、毎年秋に全園児一緒の芋掘りイベントがあったんですよ。契約してる農家さんで芋掘って、園の隣にある神社で落ち葉の片付けを手伝ってから焼いて貰うんですけどね……」

 ルイくんの話も続きが気になって私は足を止めた。

「ふぅん……いいね、そういうのって」

 心臓の鼓動が、どんどん早くなる。

「その神社にも銀杏があって、俺が年中の時に年長さんのカワイイ女の子が綺麗な銀杏の葉ばかり集めてたんですよ。たぶんオレ、年上の彼女にイイトコ見せたかったんだろうなぁ……一所懸命手伝ったんですけどね、先生に銀杏はダメだって怒られちゃったんです。銀杏って燃えにくくて煙も多いから焚き火に向かないって。もう名前も顔も覚えてないけど、あの子元気かなぁ……」

 ルイくんはそう言って、無邪気な笑顔を私に向けた。私は動揺を悟られないように必死で平静を装う。

 小刻みに震える両手を誤魔化すため、寒そうに擦り合わせた。

「ルイくん、小さい頃から女の子に優しかったんだね」

「ええっ? それじゃあまるで、幼稚園児からナンパ男みたいじゃないですか?」

 ふざけて口を尖らせる真似をしてからルイくんは、また笑った。

 だけど、その笑顔は作り物だ。

 本当は、その女の子を覚えているんでしょう? 覚えているのに、わざと忘れたふりをしているんでしょう?

 彼は、私があの事件の原因だと知っている。

 そして私は、彼が殺したいほど憎んでいる事に気付かない振りをする。




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