憑りついた魔物
王女レナスは自室に引きこもったまま、食事も一切とらなかった。
部屋に入った王女はベッドの上に身体を投げ出すと、大きくため息をついた。
「ああ、どうして私と結婚しようなんて考えるの?
私の夫となった者が、次々と死んでいるというのに」
王女は自室の天井をぼんやりと見つめていた。
辺りは暗さを増し、窓から差し込む光も弱まっていた。
やがて、太陽が没した。
すると、部屋の中にぼんやりとした黒い影が現れた。
王女はすぐに体を起こすと、蝋燭に火を灯した。
影はしだいに濃くなっていき、邪悪な生き物の姿を形どった。
頭には2本の長い角を生やし、2本の長大な牙は口の中に収まりきらず、手と足の指先には鋭利で長い爪を持ち、その背には蝙蝠のような膜のある巨大な翼が生えていた。
身体を起こした王女は驚きもせず、彼女の寝室に現れたこの邪悪な生き物を見上げた。
「このところ、おまえの花婿となる男が現れぬようだが、どういうことだ?」
漆黒の魔物は、しわがれた声で言った。
「幾人かの男たちが私との結婚を望んでやって来ました。
ですが、みな式の当日に私の前に姿を現しません。
きっと、私と結婚した者が次々死んでいるので、恐れをなして逃げたのでしょう」
魔物は王女の目の前に来ると、その両頬に手を添えた。
「おかしいな。
おまえのような美しい娘をものに出来るというのに、式の当日に逃げ出すなどとは」
王女は魔物から目を逸らそうとしたが、魔物は王女の頬に添えた手に力を入れ、それを許さなかった。
「どうか、どうか、お許しください。
これ以上、男たちを殺さないでください」
王女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「それは出来んな。おまえの夫はこの俺だ。
おまえと結婚しようと考える者は八つ裂きにし、その心の臓を喰らわねばならん」
「ああ・・・・・・」
王女はがっくりとうなだれた。
「そういえば、以前、おまえの双子の兄がこの俺に歯向かったことがあったな。
なかなかの剣の腕前だったが、人間が俺に勝てるわけが無い。
散々に叩きのめしてやったが、どうなった?」
魔物が尋ねると、
「兄は酷い傷を負い、あれ以来、姿をくらませました」
王女は力なくそう答えた。
「そうか、俺に逆らおうなどとするのが悪いのだ。
俺を倒すことが出来るのは、背中に星の形をした痣を持つ者だけだからな。
もっとも、そんな奴が地上に居るはずも無い。
それにしても、真夜中を過ぎねばおまえに会うことが出来ぬのが残念だ」
「私も残念でございます」
「しばらく喰っておらぬから、そろそろ人の心臓を喰らいたいわ」
王女は何も答えなかった。
やがて、空が白み始めると、魔物は王女の前から姿を消した。
王女は安堵のため息を吐くと、
「やはり、あの方を死なせるわけにはいかない。
私との結婚は諦めてもらうしかないわね」
独り言のように、そうつぶやいた。