王女の双子の兄
「なんだ、てめえは」
男が声を上げた。
男の行く手には、外套に身を包んだ人物が一人、顔を伏せて立っていた。
その人物が顔を上げると、凛々しい少年だった。
その身体は、目の前に立つ、いかつい男に比べ、遥かに小さかった。
「なんだガキか。運が良かったな。
普段ならぶちのめしてるところだが、今、俺は上機嫌なんだ。
わかったら、さっさと消え失せろ」
男は突如現れた少年を相手にしようとはせず、能天気に笑っていた。
一方、少年の方はその場に立ち続け、道をゆずろうとはしなかった。
それどころか、
「忠告する。少女レナスとの結婚は諦め、さっさとこの国を去れ。
さもなくば、痛い目を見ることになる」
少年は、男を見据え、そう言った。
相対す男の機嫌が、みるみる悪くなった。
「ガキだと思って優しくしてりゃ、つけ上がりやがって。
おめえの方こそ死にてえのか」
男は巨体を揺すり、少年を捕まえようとおどりかかった。
少年はひらりと遠のき、これをかわした。
「おまえの容姿、言葉遣い、たたずまい、どれをとっても王女の結婚相手として相応しくない。
王女との結婚は諦めろ」
相手を捕まえることが出来なかった男は態勢を崩し、前方に倒れこんでいたが、対する少年の方は呼吸一つ乱れていなかった。
「うるせえ。
俺は腕っぷしなら誰にも負けねえんだ」
男は再び少年に襲いかかった。
「忠告しても無駄ということか。
武器は持っていないな。
ならば、こちらも素手で戦おう」
少年は、腰に下げている、やや短めの剣を脇に置いた。
「舐めた真似しやがって」
怒り狂った男は、少年にその太い腕を伸ばした。
少年は苦も無くそれをかわすと、片足で男が伸ばした腕を蹴り上げ、さらに高く跳び上がった。
身体が男の顔と同じ高さまでくると、少年は一瞬で男の顔に拳と蹴りを見舞った。
鈍い音が辺りに響き渡り、男はもんどりうって背中から崩れ落ちた。
木陰から見ていたエリヤの視線は、少年の動きに釘付けになっていた。
拳も蹴りも、エリヤの目で捉えられぬほど速かった。
少年は倒れた男の頭の側に立つと、自身の顔を少しだけ近づけた。
男の顔と少年の顔とでは、その大きさに数倍の違いがあった。
「どうだ、諦める気になったか?」
「誰だ、てめえは?」
男は顔をしかめ、どうにか頭を起こした。
「私はこの国の王女レナスの双子の兄、サーヴだ」
「なんだと?」
少年の言葉に、男のみならず、隠れて様子をうかがっていたエリヤも驚いた。
「兄である私が、妹のレナスの花婿に手を挙げた者たちの腕を試させてもらっている。
おまえには妹と結婚する資格は無い。すぐに立ち去れ」
王女の双子の兄、サーヴと名乗った少年は、冷たく、そう言い放った。
「くそ、王女の身内だからって容赦はしねえぜ」
男は苦しそうな表情を浮かべ、ふらふらと立ち上がろうとした。
だが、完全に立ち上がる前に、少年は男の顔に拳と蹴りを数発叩き込んだ。
男は、再びその場に倒れこんだ。
仰向けに倒れこんだ男は、完全に気を失っていた。
「ひどい仕打ちだが、殺されるよりマシだろう」
少年は衣服に付いた埃を手で払いながらそう言うと、不意に、
「君、ちょっと手伝ってくれないか?」
エリヤに背を向けたまま、そう言葉を発した。
突然のことに、エリヤも頭が真っ白になったが、すごすごと木陰から姿を現した。
「まさか、気づいていたなんて」
エリヤが戸惑っているのを気に留める様子も無く、サーヴは、
「この男の体を道の脇に移動するのを手伝ってくれないか?
重くて私一人では手に負えないんだ」
そう声をかけた。
エリヤは、言われるままに男の元に行き、太い足を掴むと、その大きな体を道の脇の草むらへと引きずって移動させた。
少年の身体は、遠目で見ていた時よりも、さらに華奢に見えた。
「この身体でこんな大男を」
エリヤが少年を見ていると、
「じろじろ見るな」
そう少年にたしなめられた。
エリヤは悪いことでもしていたように、慌てて目を逸らした。
エリヤは草むらの奥、姿が完全に隠れる場所まで、倒れている男を移動させた。
「たすかったよ。じきに目を覚ますとは思うが、道の真ん中にいつもでも寝かせておくわけにはいかないからな。
これだけ痛めつければ、妹と結婚しようとは思わないだろう。
ともかく、ありがとう」
少年に礼を言われ、エリヤは妙な気持ちになった。
エリヤを上目遣いに見る少年の顔が凛々しく、そして何故だか愛らしく思えた。
考えてみれば、この少年は麗しい王女レナスの双子の兄なのだから当然と言えば当然なのだが。
ふと見ると、いつの間にか少年の姿は消えていた。
「なんて素早い・・・・・・」
王女レナスの双子の兄、さらには華奢な身体で恐ろしいまでの強さ・・・・・・。
この日、少年のことがエリヤの頭からずっと離れなかった。