王女にまつわる恐ろしい噂
数年後、エリヤは成長し、二十歳になっていた。
変わらず流浪の旅を続けていたエリヤは、とある国に辿り着き、その中心の町に入った。
そこは大勢の人が行き交い、かなり栄えていた。
ここで、エリヤは奇妙な話を聞いた。
町の中心から少し離れた丘の上に、この国の王宮があり、そこには国王夫妻と一人娘の王女が住んでいる。
この王女は昨年結婚したのだが、相手の男はその日の夜のうちに死んでしまった。
国王は別の男を王女の結婚相手に招いたが、その男も結婚式の翌日の朝、王女の寝室で無残な死体となって発見された・・・・・・。
エリヤは真剣な表情で、行商人の男の話に聞き入っていた。
国王は、王女の結婚相手が死ぬたびに新たな婿を迎えたが、誰一人、結婚式の翌日まで生き延びた者は居なかった。
国王は恐ろしくなり、花婿を探すのを諦めようとしたが、王女の結婚相手に名乗りを上げる者は後を絶たなかった。
「その男たちはどうなったのですか?
やはり死んだのですか?」
エリヤが尋ねると、行商人の男は日焼けした顔に苦笑いを浮かべ、顎に残る無精髭をさすりながら、うなずいた。
「どうして死ぬとわかっているのに、王女に求婚する者が後を絶たないのですか?」
エリヤがなおも尋ねると、男は押し殺した笑い声を上げ、
「そりゃあ、王女さまと結婚となりゃあ、いずれはこの国の王になれるんだぜ。
死ぬかもしれねえと思っても、手を挙げる価値はあるだろう?
それに、レナス王女はこの世の者とは思えねえほど美しいんだぜ」
「へえー」
この後も行商人の男はべらべらとまくし立てた。
「王女さまとは誰でも結婚できるのですか?」
「王さまの宮殿に行って認められればな。
だが、ここ最近は結婚式の当日になって逃げだす奴らが続出してるそうだ」
「え?どうして?」
「やっぱり命が惜しいのかねえ。
おっと、来た来た、あの男が次の花嫁だ」
行商人の声に、エリヤは後方を振り返った。
少し離れた場所を、髭面で屈強そうな男が我が物顔で歩いていた。
エリヤよりも遥かに大柄な男だった。
「ずいぶんといかつい奴だが、あいつなら、もしかしたら生き残るかもしれねえな。
俺も花婿に立候補しようかと思っていたが、どうも出る幕はなさそうだ」
「あの男はどこへ?」
「これから王さまのところに行くんだろう。
王さま夫妻と王女さまの承認が得られれば、明日にも結婚式が取り行われる」
「明日にも結婚式・・・・・・」
エリヤは言い終わらないうちに歩き出していた。
「おい、どこへ行くんだ?」
行商人の声も耳に入らず、ただ、いかつい男の後を追っていた。
王宮に着いた男は、国王夫妻、そして娘のレナス王女に謁見していた。
王宮の外、生け垣の隙間からこの陽を覗いていたエリヤは、王女の姿を見た途端、釘付けになってしまった。
「なんて美しいんだ・・・・・・」
エリヤの心は一目で王女の姿に奪われた。
「あんな美しい女性と結婚出来たら」
エリヤは王女に結婚を申し込んでいる男が羨ましくなった。
男はもっぱら国王夫妻とだけ話をしていた。
王女はずっと口を閉ざしていた。
うつむき、憂いを帯びたその顔は、エリヤがこれまでに会ったどの女性よりも麗しかったが、同時にひどく悲しげにも見えた。
謁見を済ませた男は、国王夫妻とレナス王女に頭を下げると、王宮の門から出てきた。
一方で、国王夫妻と王女は、王宮の奥へと姿を消した。
王女はやはり口を開かず、笑顔一つ見せなかった。
王宮を後にした男は、上機嫌で来た道を戻っていた。
エリヤは、どうするわけでもなく、男の後を重い足取りでついていった。
途中、うっそうと木々が生い茂る森に差し掛かった時、エリヤの頭にある考えが浮かんだ。
「あの男に頼んで、王女の花婿を変わってもらうというのはどうだろう?
もちろん、断られるだろうが、その時は力づくで・・・・・・」
そんなことを思いながら、エリヤが顔を上げた時だった。
意気揚々と進む男の前に人影が一つ、立ちはだかった。
それを見た男は足を止めた。