発動した女神の呪い
それから数週間が過ぎた。
あるところに働き者の農夫と優しい妻が暮らしていた。
ある時、夫がいつものように畑に行くと、産着にくるまれた一人の赤子を見つけた。
夫は、
「子どものいない、わしら夫婦を天の神さまが憐れんで授けてくださったに違いない」
そう考え、赤子を抱きかかえると、家に戻った。
これを聞いた妻も喜び、2人はこの子どもを育てることにした。
子どもは、エリヤと名づけられた。
エリヤは子どものなかった優しい両親の愛情を一身に受け、すくすくと育った。
だが、エリヤが7つの誕生日を迎えると、父は仕事中の事故で亡くなり、それから半年も経たずに無理がたたった母が病に倒れ、夫の後を追った。
母は亡くなる前、病床で自分たちが本当の両親ではないことをエリヤに告げた。
エリヤは母の手を両手で握りしめ、泣きじゃくりながらそれを聞いた。
最後に母は、赤子のエリヤを見つけた際、くるまれていた産着と一緒にあったペンダントを彼に渡した。
母はそれを見届けると、安堵したように息を引き取った。
両親を失ったエリヤは次に、この辺り一帯を治めていた長の元に引き取られた。
裕福な長の元で愛情を受けて過ごすうちに、エリヤが受けた心の傷もいくぶん薄らいでいった。
だが、エリヤが長の屋敷に来てから3年が過ぎたある夜、金品目当ての賊が長の屋敷に忍び込み、そこに住む者たちを皆殺しにしてしまった。
ただ一人、エリヤを除いて。
屋敷内には、その家の者だけでなく、賊の無残な死体がいくつも転がっていた。
家族を殺されたことに怒ったエリヤに、返り討ちにされたのである。
これは女神たちがエリヤに授けた祝福の力によるものであったが、血だらけの幼いエリヤと、むごたらしい賊の死体を見た人々は驚き、そしてエリヤを恐れた。
そして、
〝エリヤを愛した者はすべからく不幸になる〟
はからずも、嫉妬の女神ジギルの授けたエリヤへの祝福、いや呪いは、達成されたのである。
もちろん、エリヤ自身はそんなことを知る由も無かった。
悲しみに沈んだエリヤだったが、自らの意志でこの地を離れることを決意した。
「本当のお父さんとお母さんを探しに行こう」
次の日、まだ夜が明けぬうちに、2組の夫婦と過ごしたこの地から旅立って行った。
エリヤは行く先々で歓待された。
女神たちが授けた有形無形の祝福によるもので、特に美を司る女神アルラが授けたエリヤの美貌は際立っていた。
エリヤは10代の半ばにもまだ達しておらず、あどけなさも残していたが、同じ年頃の娘ばかりか、はるか年上の女たちさえ夢中にさせた。
エリヤは、そうした女性たちと恋に落ちることもあった。
ほとんどの場合、エリヤは相手の女性に一方的に言い寄られて付き合った。
しかし、本当の両親を探すという目的を持っていたエリヤが、1人の女性に固執することはなかった。
そのため、エリヤを巡って女たちが争うことも珍しくなかった。
中には、エリヤに恋焦がれながらも実らず、自ら命を絶つ者もいた。
エリヤを恋い慕う女が次々と現れる一方で、エリヤの周りから女たちが一人、また一人と消えていった。
「彼を愛する者は必ずや不幸になる」
嫉妬の女神ジギルの呪いからは、誰一人逃れることが出来なかった。
そんな有様だったので、一方でエリヤは大変に男たちの嫉妬を買った。
だが、女神たちから数多の祝福を受けたエリヤには、腕ずくで叶う人間の男は居なかった。