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救い出された新たな命

女の身体が、ゆるやかな流れの川を漂い流れていた。


長い髪が水面に扇のように大きく広がり、顔と胸元、力なく丸まった両手が水の上に浮き出、女の全身を覆う布が、肌に貼りついていた。

仰向けに浮かんだ女の顔には傷一つついておらず、両の目は何者にも視点を合わせずに、ただ、うっすらと見開かれていた。


すでに意志を持たぬ女の身体は、人にも獣にも見つけられることなく、ゆっくりと流れていた。


川岸には両側から緑樹がうっそうと生い茂り、土手に群生した草が、いくつもの白い花を、女を見送るように咲かせていた。


この時、ヴェールを羽織った3人の女性が近くを通りかかった。

天界から降り、地上を訪れていた慈愛の女神レーゼと2人の従者である。


3人のいる場所から近い川岸では、そこだけ植物が生えていなかったため、女神は樹木が作り出したアーチ形の門の先に唐突に現れた小川の流れを目に止めた。


一方で、女神の従者2人は、花冠を作るための花を熱心に籠に摘んでいたため、そちらに気づくことはなかった。


「あれは何でしょう?」


女神が心地よく、それでいて気品のある声を発した。


2人の従者は花を摘む手を止め、女神の視線の先に目を向けた。


従者たちはすぐさま小川のほとりに赴き、しばしそれを見た後、レーゼの元に戻ると、それが人間の女の死体であることを伝えた。


ヴェールの下の女神レーゼの優美な顔は、一瞬で血の気の引いたように強張った。


「なんということでしょう。

ここに連れてきなさい」


女神に命じられた2人の従者は、小川の中に入ると、すっかり硬直した女の死体を引き上げ、女神の元へと運んだ。


草の上に仰向けに寝かせられた女の死体を、女神は覗き込んだ。


目をうっすらと開いた女の顔には、死してなお、儚げな美しさが浮かび、それを見下ろす女神の頬は震えていた。


「可哀そうに。

殿方に捨てられたことに絶望し、身を投げたのですね」


レーゼは女の側にしゃがみこみ、つぶやくようにそう言うと、女の濡れた頬や髪をそっと撫でた。


女神の麗しい瞳には、涙が浮かんでいた。


そのまま、女を見つめていたレーゼだったが、女の腹部に手を当てた時、あることに気づいた。


「おや?この者の身体には、別の命が宿っている。

母親をたすけることは出来ないが、子どもはたすけられるかもしれない。

でも、母親の胎内にいる子どもの体が小さすぎて、取り出すことが出来ない」


女神レーゼは顔を上げた。


「天界から持参した小箱をここへ」


従者の一人が女神の元に、鮮やかな刺繍に彩られた小箱を持ってきた。


レーゼは小箱を開けると、その中から一体の人形を取り出した。


手のひらに余るほどの大きさのその人形は、胴と頭、手と足らしきものが付いているだけで、目も鼻も口も無かった。


「ひとまず子どもの魂だけを取り出し、この人形に移します。

その先どうするかは、後から考えることにしましょう」


レーゼはその手を、女の腹のあたりに近づけた。

女神の白い手が、布の上から女の身体に触れると、まばゆいばかりにその箇所が輝きだした。

続いてそこから、水晶玉のような小さく綺麗な物体が水中から浮き上がるように、女の身体の外に現れた。

レーゼはしなやかな指で、その球をそっとつかみ、続いてそれを人形の元へと運んだ。

女神が輝く手で人形の上に球を置くと、それは浸み込むように人形の中へと沈んでいった。


すると、目も鼻も無い人形の体が、トクントクンとかすかな鼓動を打ち始めた。


「子どもの命を救うことは出来ました。

でも、このままでは生きていくことは出来ない。

天界の神々の力を借りることにしましょう」


レーゼが言うと、従者の一人が女神の前に進み出た。


「旦那さまの浮気を咎めて地上にいらしたというのに、今、天界に戻られては、無駄になってしまいます」


続いて、もう一人の従者も口を開いた。


「たかが人間の女が一人、死んだだけでございます。

その子どもをレーゼさまがたすけることなど、無いのではありませんか」


従者2人の言葉に、女神は柔らかい笑顔を浮かべて首を横に振った。


「私には、この憐れな女を見捨てることは出来ません。

いえ、女の命を救うことは出来ませんでした。

しかし、せめてこの女の身体に宿っていた子どもだけは救ってやりたいのです」


「今、天界に戻られても、多くの神々はゼオナレスさまの側につき、力を貸してはいただけないと思われます」


従者の一人が、なおもレーゼを思いとどまらせようと、そう言った。


「男性の神々は難しいかもしれません。

しかし、優しい女神たちなら、きっと力を貸してくれるでしょう」


レーゼは変わらぬ表情のまま言った。


慈愛の女神レーゼの意志の固さを見てとった2人の従者は、これ以上何も言わなかった。

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