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9.新しい家族

 目を覚ますと、よく見知ったいつものショーケースの中でした。

 ワタクシのすぐそばで、お兄ちゃんがペロペロと毛づくろいをしています。


 ガラスの向こうでは小さなトイプードルやチワワがすやすやと眠っていて、奥では店員さんがご飯の支度をしています。普段とまったく変わらぬ光景です。

 ワタクシは、とりあえずまだ自分達が処分されていなかったことにホッとしました。


 しばらくすると、店のドアが開いて家族連れが入ってきました。


「チビ、おはよう。見てみろ、こっちにお客さんがきたぞ。今日も作戦するか?」


「……えぇ。あんまり期待できないですが、やるしかないですよねぇ」


 その時やって来たのは、知り合いにワタクシ達のことを聞いて遠方から来たという家族連れでした。父親と母親、そして小学生くらいの男の子と女の子も一緒です。


『あ、ワンチャンだ! 見て見て、この子だよ!』


 子ども達はショーケースを覗き込んで目を輝かせました。


『すみません、この二匹を飼いたくて来たんですが……』


 父親が店員さんに話しかけ、お兄ちゃんとワタクシはショーケースから出されて、子ども達に抱きかかえられました。


『わーい! ワンチャン可愛い!』


『僕、このワンチャン飼いたい!』


 子ども達は大喜びで、小さな手でワタクシとお兄ちゃんの頭や背中を撫でています。

 しかしその光景を見た父親がワタクシをちらっと見て、店員さんに言いました。


『あ、この子は足が悪いんでしたね……』


『えぇ、生まれつきでして……』


 店員さんは、またか……とでも言いたげな声で説明しました。

 父親もそれに対し、難しい顔で相槌を打っています。


 ――あぁ、これでワタクシはまた売れ残るのでしょう。だったらせめてお兄ちゃんだけでも……どうか彼だけでも助けてください。


 そう願って目を閉じた瞬間、彼は想像もしなかった言葉を口にしました。


『そうか……じゃ、この子がもう少し大きくなったら獣医さんに相談して、車椅子も買わないとなぁ』

 

 え……車椅子?


『そうねぇ。車椅子はどんなのがあるのかしら?』


 母親はそう答えて、店員さんに犬用の介護用品のパンフレットを見せてもらっています。


 ワタクシがポカンとした顔で父親を見ると、彼はしゃがみこんでワタクシのあごをふんわりと撫でながら優しく語りかけました。


『うちは田舎の一軒家でね。広い芝生の庭もあるし、なかなか良いところなんだよ。どうだい? お兄さんと一緒にうちの子になってくれるかい?』


 まさしく奇跡のような申し出です。ワタクシは目を輝かせてクゥーン……! と鳴きました。


『よしよし、よろしくな』


『本当、可愛い子達ね。会いに来てよかったわ~!』


『ワンチャンたち、一緒におうちに帰ろうね!』


『やったー! おうちにワンチャンが来るぞ!』


 新しい家族は、皆温かい言葉でワタクシ達を撫でながら歓迎しました。

 隣で抱っこされているお兄ちゃんも同様に優しく撫でられ、クンクン甘えた声を出しています。


 そして、ワタクシとお兄ちゃんが入ったキャリーが乗った車は家に向かって出発しました。

 キャリーの中で、良い飼い主に巡り合えたことをお兄ちゃんと喜び合い、安心して車の振動に身を任せるうちにスヤスヤと眠りに落ちて……


 ――目が覚めるとそこは、いつものワタクシの部屋でした。


「あれ……お、お兄ちゃんは?」


 とっさに手を伸ばすと、もう灰色の毛で覆われた子犬の手ではなく、すらりと白い人間の手に戻っています。


 その時、ドアをノックする音がして兄のアレクサンドルが部屋に入ってきました。


「あれ? ジェルがこんな時間まで寝てたとは珍しいな、そろそろ飯にしようぜ。お兄ちゃん腹減ったわ」


「は、はい……」


 ワタクシはアレクと一緒にトーストを齧りながら、ここ数日の夢の中で見た一部始終を話そうと思いました。

 しかし、それよりも早く彼の方から意外な話を聞くことになったのです。


「昨日さ、久しぶりに知り合いの家に遊びに行ってたんだ。その家ワンチャン二匹飼っててな。すげぇ可愛いから動画撮ってきたんだよ!」


「ワンチャン二匹……」


「おう、俺たちみたいな青い目の可愛いシベリアンハスキーでな、小さいほうが車椅子でさぁ……」


「えっ⁉ ちょっと動画見せてもらえないですか⁉」


「お、いきなりどうしたんだよ……ほら、これ」


 アレクが差し出したスマホをひったくるように奪い取って動画を再生すると、そこには……


 お日様の光が降り注ぐ青々と綺麗な芝生の上を、仲良く歩く二匹のシベリアンハスキーの姿がありました。


 一匹は小柄で犬用の車椅子を装着していて、活き活きと楽しそうに尻尾を振りながら元気いっぱい歩いています。

 そして隣には、その姿を守るかのように歩調を合わせて歩く大きく凛々しい犬の姿がありました。


「あぁ。よかった。本当に、よかった……!」


「え、ジェル。何をそんなに感激してるんだ……?」


「えぇ、まぁ……いろいろありましてね――」 


 ワタクシはアレクに事の顛末を話し、画面の向こうで仲良く寄り添う二匹の末永い幸せを心から願ったのでした。


ここまで読んでくださり本当にありがとうございました!

アレクとジェルが活躍するオムニバスコメディ「それは非売品です!」もぜひよろしくお願いいたします!

※9月1日追記:10話目を追加しました。エンディング後のおまけ要素と思って読んでいただけますと幸いです。

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