8.実の兄が来た
翌日もまた店の前には、ワタクシ達の動画を撮影するお客さん達の姿がありました。
作戦とはいえ、また今日も人々の好奇の目に晒されなければいけないんだな……と憂鬱になったその時、お客さんの中によく見知った顔を見つけたのです。
「あ、あの品の無い服装と頭の悪そうな雰囲気は……アレク! アレクじゃないですか!」
よく見知ったその顔は、人の良さそうな笑顔を浮かべ軽やかな足取りでショーケースに近づいてきました。間違いなく兄のアレクサンドルです。
ワタクシは片足を引きずりながらも必死でガラスに飛びつきました。
「アレク! ワタクシです! あなたの弟のジェルマンです!」
『おー、ワンチャン元気だな~!』
「いや、そうじゃなくて! く、なんとか伝える方法は……」
伝達方法を考えている間に店員さんがアレクに話しかけ、ワタクシはショーケースから出され彼の腕に抱きかかえられました。
『可愛いなぁ~、ネットでオマエの動画観てさぁ。近くだったから来てみたんだよ』
「アレク! ワタクシです! ジェルマンです!」
『ん、オマエ……ジェルによく似てるなぁ! 青い目がそっくりだ!』
「だーかーらー! ワタクシですってば!」
『……ん? さっきから俺の顔見てキャンキャン鳴いてどうした? 俺がものすごいイケメンだって? ――いや、違うな。これは、そうだ。俺に飼って欲しいってそう言いたいのか?』
「そうですよ! ですから早く!」
アレクの問いかけに必死で尻尾を振ってキャンキャン鳴きました。
『……ごめんな。うちで飼ってあげたいけど、ジェルがきっと反対すると思うんだ』
「いや、反対しませんから! 助けてください!」
「期待させてごめんな。周囲にハスキー飼いたい人がいた気がするから聞いておくから……」
そう言って、アレクはワタクシを店員さんへ返してしまいました。
バタンとショーケースの蓋が閉じ、ワタクシは再びガラスの向こうからアレクの姿を眺めることになりました。
「――どうした、チビ。知り合いだったのか?」
「えぇ……」
「優しそうな人だったな」
「はぁ……」
ワタクシは千載一遇の脱出のチャンスを失ったショックで、上の空で返答していました。
すっかり自分達を売り込む作戦のことも頭から抜け落ちて、ガラスの向こうで遠ざかっていくアレクの背中をただぼんやりと眺めることしかできなかったのです。
そのうちにだんだん視界がぼやけてきて、気が付けばそのまま眠っていました。
翌朝、目を覚ますと、そこは自室のベッドの中でした。
「あ……久しぶりに帰ってきた気が。あー、疲れた。こうも夢が続くとなんだか寝た気がしませんねぇ」
しかし、夢がこれで終わりとは思えませんでした。きっとまた今夜眠れば犬になっているのではないでしょうか。
そろそろ処分される夢を見ることになるんじゃないかと思うと、胃が痛くなります。
「昨日はアレクが来たのに助けてくれなかったし……あ。そうだ、アレク!」
兄のアレクサンドルに今まであった出来事を話しておこうと、急いで彼の部屋をノックしたのですが返事がありません。
その代わり、リビングのテーブルに「知り合いの家に出かけてくる。遅くなるから晩御飯はいらない」とメモ書きが残っていました。
「こんな時にどこへ行ったのやら……しょうがないですね」
結局アレクに相談できないまま一日が終わり、ワタクシは不安に思いながらもベッドで眠りについたのです。