3.お兄ちゃんの気持ち
翌朝、目が覚めたワタクシは自室のベッドであくびをしながら大きく伸びをしました。
……あぁ、また犬になる夢を見てしまいました。しかも自分達が売れ残りだったなんて。
あまりにも的確で残酷な評価に、ため息をつきました。
それにしても、同じ夢を継続して見るなんて不思議なこともあるものです。どうせならもっと楽しい夢を見たいですが。
「また今夜も、夢の続きを見そうな気がしますね……」
――その予感は見事、的中したのでした。
その日の夢は、ショーケースの扉が開いていて、幼稚園くらいの女の子と両親が品定めしている光景でした。女の子は目を大きく見開いてじっとワタクシの顔を見つめています。
『このわんちゃん可愛い! シベリアンハスキーだって!』
……よかった。売れ残りのワタクシ達にも目を向けてくれる人がいた。
そのことがうれしくて、クゥーンと甘えた声で鳴いて尻尾を振って女の子に感謝しました。
『あ、わんちゃんが起きたよ! ねぇ、パパ。このわんちゃんどう?』
女の子がワタクシ達を指差して可愛い声でたずねると、父親は少し困った顔をしつつもはっきりと言いました。
『足が悪い犬なんてやめておきなさい』
アシガワルイイヌナンテヤメテオキナサイ――そう、そうですよね。
誰だって飼うなら健康な犬が良いに決まってます。
だからそう思われるのは仕方ないし、わかるけど……でも、面と向かって言われるのは想像以上に辛いことでした。
『それよりこっちの大きい方はどうだ』
ワタクシがしょげている横で、父親がお兄ちゃんの方へ手を差し出そうとしました。
しかし、彼はケンカでもするかのように腰をかがめて、うぅ~と唸り声をあげその手を威嚇したのです。
『――なんだ、可愛げが無い犬だな。他のにしよう』
唸ったせいで家族連れは、あっさりお兄ちゃんから興味を他の犬へ移してしまいました。
せっかく興味をもってもらえて、彼だけでも売れるチャンスだったのにどうして。
その日の夜、店が閉まった後。ワタクシは尻尾をピンと立て逆毛になりながら尋ねました。
「ねぇ、お兄ちゃん。昼間はどうしてあんな態度を取ってたんですか? わざと唸ったでしょう?」
「……どうでもいいだろ」
「人間が嫌いなんですか?」
「別にそういうわけじゃねぇけど……」
「あんな可愛げの無い態度じゃ売れ残りますよ?」
「それでいいんだよ!」
――それでいいとは、どういうことなんでしょう?
ワタクシがしつこく問い詰めるので、お兄ちゃんは渋々語り始めました。
「最初は俺たちだけじゃなくて、兄ちゃんや姉ちゃん達も一緒だったのに。みんな買われて知らない所に行ってバラバラになって……残ったのは、俺とチビだけになった」
家族のことを思い出したのか、語りながら彼は淋しそうな目でショーケースのガラスの向こうを見ていました。
「俺たちってすごく大きくなるらしいんだ。だからまとめて飼ってくれる人ってなかなかいないんだって」
「確かに大型犬を何匹も買える人は限られてますからね……」
「――ってことはさ。売れるときはバラバラだ。俺かチビ、どっちかが最後に残されるわけだろ? もし俺が先に売れちゃったらオマエは一人ぼっちになっちまう」
「え……」
「チビが先に売れるならいいよ。でも今日みたいに……」
お兄ちゃんはとうとう言葉にならなくなったのか、きゅぅーんと鼻を鳴らしました。
彼が言えなくても、昼間の状況を見れば言いたいことはわかります。
「……えぇ、痩せっぽちで見栄えが悪くて足も悪いワタクシは売れないでしょうね」
「そんなことない、オマエはすごく可愛い!」
彼は必死で否定するようにキャンキャン吠えました。
「ふふ、お兄ちゃんは優しいですね」
「とにかく、俺だけが売れるのはダメだ……わかったら早く寝ろ」
そう言ってお兄ちゃんはワタクシに身体を寄せ、すやすやと眠り始めました。
まさか彼がそんなことを思っていたなんて。弟を一人ぼっちにしたくない彼の優しい気持ちはわかります。
でも、それがいつまでも通用するとは限らないのです。
「売れ残った犬がどうなるのか、お兄ちゃんはわかってるんでしょうか……?」
暗闇の中、これからどうすべきか考えているうちに、ぴったり寄り添っている彼の体温で自分の身体もポカポカしてきてだんだんと眠くなってしまい、ワタクシはゆっくりと意識を手放しました。