第四話:獣化
三人称です。
「あれ?よく見たらドミニクじゃないか?」
「ドミニクって言えば、商人なのに肉弾戦が好きな戦闘狂じゃないか」
「うわ〜 そんな奴とマジで戦いたくねえわ」
「今、ドミニクと戦っているあの細っこいのは誰だよ。可哀想にな」
「おお そう言えば誰だ?」
「見ない顔だな」
「俺はドミニクに勝つ方に賭ける お前今日の夕飯奢れよ」
「ああん?! ずりいぞ」
「それじゃあお前の方が有利じゃねえかっ」
「それは最後まで見ないと分からんぞ」
言い合っていた二人の背後から別の声が聞こえた。二人は同じタイミングで振り返ると、一人の老人が立っていた。
「うわっ?! 爺さん脅かすなよ」
「お〜、それはすまん 驚かせたな〜」
「面白い賭けをしていると思ってつい聞き耳を立てておったんじゃよ」
「お詫びにわしも賭けに混ぜてくれんか?」
「わしはあの細い方に賭けよう。負けたら二人分奢ってやるわい」
「えっいいのかよ 爺さん」
「お〜 いいともいいとも」
老人はほくほくと笑った。一人は訝しむ顔をしたが、夕飯がタダになるのなら乗らない手はない。いい暇つぶしにはなるだろうとあまり考えなかった。自分たちが負けた時の条件を聞かなかったことに気づかなかった。
「お〜」
「きゃあああー」
その時ギャラリーが盛り上がったのか歓声がより一層湧き上がった。ドミニクは衣服が破れ、強靭な肉体を晒していた。というよりも自分から服を破ったのだ。自らの肉体を強化する為に。
彼は先ほどよりもすごい速さでエルヴィスの元に突っ込んでいった。獣人族は自分の体に獣の血が流れている。
普段は生活しやすいように人型に変化しているが、この「獣化」の姿こそ獣人族の本来の姿なのである。
ドミニクは獰猛な肉食動物のライオンの血を引いている。今のドミニクはふさふさとした毛に覆われて立派なたてがみがある。瞳もギロリとした猫目がになっており、睨まれたらゾッとするような威圧がある。
躊躇なくドミニクはエルヴィスに飛びかかる。ドミニクは獣化して、人型の時より、数倍ものスピードとパワーが上がる。そのまま向かえば、線の細いエルヴィスなどぺしゃんこにされると誰もが思っただろう。
だが、次の瞬間、空中に吹っ飛ばされたのはドミニクだった。変な鳴き声を上げて、
「にゃふん」
ギャラリーは空高く舞い上がったドミニクを見上げ、ドーンと地面の上に落ちたを見届けた。
顔面から着地したドミニクはまたも可愛らしい声を上げて地面に突っ伏した。
「ふんにゃ」
ギャラリーは一瞬何があったのか知らずに、静寂に包まれる。夕飯を賭けていた二人組の男性は老人に話しかけた。
「どういうことだよ 爺さん」
「どうして、倒れているのがドミニクであの細身が無傷で立っているんだ?」
「おほほ わしも最初見たときは眉唾もんだったが」
「あいつイカサマしてるんじゃねえ」
近くにいたギャラリーの一人がいうと、老人はそれに一蹴する。
「はん たわけが」
「自分の目は節穴か」
獣人族は動体視力も優れていることは獣人族であれば誰もが知っている。老人の説得力ある言葉に周りは沈黙する。
「爺さん すげえな」
「な〜に ただの暇つぶしじゃよ」
「それにしてもどうやってあの巨体をぶっ飛ばしたんだ」
二人は思案げに首を振りながら考えるが中々思いつかない。
「何も見かけだけが強いとは限らない」
「それよりも」
「うん?」
「わしが勝ったから今日の夕飯を奢れ」
二人組の若者は一瞬呆気に取られた。
「はっ?! どうゆうことだよ」
「何をいっておるんじゃ? 賭けるのはお前さんたちだけとは言ってないぞ」
「タダとも言っておらん」
「はあ? そんなん屁理屈じゃねえかっ」
「それに爺さんあの細いのが勝つことを知っているようだったじゃねえか」
若者は老人の屁理屈に付き合ってられないと隣にいる相棒に声をかける。
「行くぞ」
二人の去り際に老人は声を上げる。
「そうかい…そうじゃの〜」
「いいさ 生い立ち短いじじいなんじゃから」
さっきまでの元気さとは打って変わって、か細い声に二人は罪悪感を募らせる。
「…おい爺さん 昼飯ぐらい奢るぞ」
「そうかい すまないの〜」
目元は申し訳なさそうにしているが、口元は笑っていた。二人組は口元をひくつかせながら、近くの居酒屋に入って行った。
ドミニクは唸り声を上げると、目の前に悠然と立つエルヴィスを睨みながらも口元はほくそ笑んでいた。
「それでこそ 我がライバルよ」
「あのな…何回も言うが、俺たちライバルでも何でもないだろう」
カウントが始まり、十秒以内に立ち上がらなければ敗者となる。
「9・10」
審判が数え終わり、ドミニクは地面に伏せたまま動かないことを確認し、声を高らかに上げる。
「勝者 エルヴィス」
勝者には惜しみない賛辞と歓声が湧き上がり、ピリオドを迎える。
「さてとーー」
エルヴィスはその場から立ち去ろうとするが、叶わず足首をガチリと握られる。握ったのは未だ地面に伏しているドミニクである。
「どこに行く この後は宴を用意しているのだから」
ニヤリとドミニクは笑いかける。
「分かったから離してくれ」
「皆さんも夕方からフリーズ商会で夜に宴をやりますのでぜひ来てください」
声を出したのはドミニクの妻レイヤである。商会の経理を担当している彼女が人が集まっているこの時を狙わないわけがない。
「お前の奥さん、たくましいな」
「ああ そうだろ」
「あの ドミニクさん。 お腹の方は大丈夫ですか」
ドミニクに心配そうに声をかけたのはエルヴィスの妻マリノアである。
「おお 大丈夫ですよ これぐらいもう少ししたら良くなるので」
ガハハとドミニクは口を開けて豪快に笑った。