第三十三話:それはかつてあった都の話・エピソード8
「私、そんなこと全然ー」
「奥様落ちつつ」
興奮する母と使用人の同じようなリアクションに当の本人は不思議そうに首を傾げて説明する。
「うん? 恋人はいないぞ、最近外で出会ったある村の住人が妊婦で手伝いをしているんだ」
「えっ、あ〜 そ、そうだったの…」
自分の息子が何か過ちを犯したんじゃないかと思った母のレダはほっと安堵のため息をついた。
「その女性は夫を事故で亡くしているから何か手伝いができないと思って」
「……そうだったのね」
自分も、もしお腹に子供をいたまま夫が亡くなったらと考えたレダはその女性シエラを想い哀しそうに呟いた。
「最近、城内で見かけないと思ったら、そんな事があったのね」
「そうなんだ」
母と父は二人とも教育的熱心ではなくどっちかっていうと周りの側近達が熱心である。弟のポリュデウケスは幼い頃から勉学に励むことが好きだったが、カストールの場合は自分はやらないと行けないからやるという感覚であった。
「とりあえず、このことはここだけの話にしなさい」
「分かりました」
カストールは素直に頷く姿をみて、どうして口止めしたのかこの子は分かっているのかとレダは心配になる。父の性格に似ているのはポリュデウケスと言われているが、実際は向こうみずに考えているのはカストールではないかと思ってしまう。
何も考えず城中のいろんな人にこんなことを話されたらどうなるか…母親でさえ一瞬取り乱してしまったしパニックになったのだ……でも本当の事を言うとちょっぴり残念ねなのは確かで、あの子に好きな人が出来ていつの日か紹介してほしいと胸の内に思っていた。
と、母の杞憂を知らずにカストールは出ていなかった夜会に久しぶりに出席するとポリュデウケスを見つけた。
「兄上!、今日は夜会に出られるんですね」
ポリュデウケスは嬉しそうにカストールに歩み寄った。
「ポリュデウケス、久しぶりだな」
「どこへ行かれていたのですか? 最近は外を出ているから、お姫様たちがさみしがっていましたよ」
「そうなのか?……それはお前もじゃないのか」
「え?」
「街で会った、確か名前はヘレネだったか」
「だ、誰のことですか〜」
とぼけたような表情をしているが、ポリュデウケスは嘘をついている時語尾を伸ばす癖もある。
「そうか、俺の気のせいだったか」
カストールはあえて知らないフリをするとポリュデウケスの方から予想外な言葉を掛けられたのだ。
「僕よりも兄上はどうなんですか?」
「俺か?」
「はい。ここ最近表情が柔らかくなったと言うか、そして時に思いにふけっているところがある。それで僕はこう考えたんです、それは恋ではありませんか?」
「恋?……俺が誰に恋をしているんだ」
「それは外にいる誰かじゃないですか」
『外にーーあっ、もしかしてシエラのことか?……でも何か違うようなもっと……』
ふと、そういえば目の前にいい手本がいるではないかと思い出した。
「お前がヘレネに向けるような感情ってことか……?」
とカストールは無意識に呟くと、「え、いや、それは……?!」とまさかそこを突かれるとは思ってなかったポリュデウケスは慌てて弁解しようとするが、カストールは考え事に夢中になっていた。
シエラに向ける感情はでも恋と言うよりは尊敬という意味合いが強いかもしれない。それは母と父に向けるものと似ている。
『……恋ってなんだ?』
その瞬間だった。何か胸を締め付けられるような感覚に襲われる。急に立ち止まったカストールにポリュデウケスは訝しむ。
「どうしたんですか?」
「悪い、急に用事を思い出した」
ポリュデウケスは話しかけようとした時には彼はもうすでに目の前から消え去っていた。
カストールは転移魔法を発動し、ミサンガを送った彼女のもとに向かった。家の中に入るとシエラがいた。
シエラのお腹は大分大きくなっており椅子の上に手編みをしていた。これから生まれてくる子供のために。
シエラがカストールに気づいた。
「あら、トールさん、もう用事はすんだの?」
「ああ、仕事は済ませてきた。 村には医者を呼んである」
「!…もうそろそろかしらね」
大事そうにシエラは膨らんだお腹を撫でた。
カストールの通り、シエラは村にいき、そしてーー
「うぎゃああ、うぎゃああ」
「……赤ちゃんは」
「お母さん、元気な女の子が生まれましたよ」
助産師がお腹の子を取り上げて女の子を見せた。
「私の赤ちゃん…レメクとの」
「赤ちゃんの名前はもう決まっていますか」
助産師はシエラに優しく語りかけた。
「はい。 この子の名前はーー」
数時間後、シエラとやっと面会できる事ができたカストールは部屋の中に入るとそこにはベットで横になっているシエラがいた。
その隣のゆりかごの中には生まれたての赤ちゃんがいた。
「トールさん、抱いてくれない?」
その言葉を聞いたカストールは思わず首をふった。
「ふふ、そんな慌てた顔初めてね」
「生まれたばかりの子供を見るのは初めてだ」
「そうなの?」
自分ではあり得ないぐらいの小さな手に興味をそそられたカストールはその手のひらの上に指を乗せるとギュッと掴まれた。
「小さいな」
カストールは指を離そうとしたが思いの外赤ちゃんの握力は強く無理やりは離せなかった。
「…離してくれないんだが」
困ったように生みの母親に助けを求めるが、
「この子ったら、トールさんのことを気に入ったようね」
ふふとシエラは嬉しそうに赤ちゃんに笑いかけるのを見て、赤ちゃんが指を離すまで付き合うことにした。
「そういえば、この子の名前は決まったのか?」
「ええ、女の子だったらノアって決めていたの」
「ーーノアか、いい名前だな」
〇〇
それから数年が経ち、間も無くしてポリュデウケスがヘレネを同族に迎えた。王都でもいろんな事があったらしくまずは友達からの関係という事らしい。
カストールはそれを見て心から祝福した。しかし喜んだのはごく一部だけで貴族の令嬢たちはポリュデウケスが平民の娘を気に入ったことにやっかんでいた。
階級社会とはそんなものでフレイヤと他の女性たちは他にも噂をしていた。
「そういえば最近カストール様もお見かけしませんわね」
「ええ、城の中でお見かけしませんし……」
「もしかして」
「なんですの?」
「弟君と同じように気に入った娘がいるのでは」
「それは本当ですか?」
フレイヤは驚いたように目を開けた。
「でも姿が見えないのはおかしいですよ」
「どうされたのですか、皆様方」
突如現れた声に返事をしようとすると、
「それはーー」
話に熱中していて誰が近づいているのか気づかなかった令嬢は身分の高い弟王子に慌てて会釈をした。
「ご機嫌よう、ポリュデウケス様」
ポリュデウケスに気づいたフレイヤは先に挨拶をした。弟王子の登場に令嬢たちは色めきだつ。
「ポリュデウケス様よ」
「やはりかっこいいわね」
「ええ」
「皆様、お久しぶりです。 最近はご無沙汰でしたが、また来れるようになりました」
「あの…」
一人の令嬢が恐る恐るといった口調で話しかける。その様子にポリュデウケスは優しく語りかける。
「どうされました」
「貴殿にお相手がいるのは誠なのでしょうか?」
その返答はここにいる誰もが聞きたいことでポリュデウケスの言葉を一語一句聞き逃さないように固唾を呑んだ。
「はい、とても大切な人です。まだまだ未熟なところがありますが、よろしくお願いします」
ポリュデウケスは胸に手を当てて礼をするその真摯な振る舞いにお嬢様たちのハートは射抜かれた。
「ポリュデウケス様、私は応援いたします」
「ありがとう」
素直に話すポリュデウケスにお嬢様達は涙目になりながらも言葉をかけた。それから別の話題に移り、
「それとカストール様も夜会に来られてませんよね」
「兄上ですか」
「最近お見かけになられないのでどうされているのかと…」
「わかりました…兄上に伺ってみます」
その言葉で女性たちは一気に華やぎ、元の調子に戻って行った。
『全く、切り替えの速さに恐れいるよ』
それよりもと弟である自分も最近会っていなかったので心配になる。
『どこで何をしているんだろう』




